SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2025のクロージングセレモニーが本日7月26日に埼玉・SKIPシティ映像ホールで開催。コンペティション部門の受賞結果が発表され、28分のアニメーション「水底(みなそこ)のミメシス」が最優秀作品賞(グランプリ)に輝いた。
若手映像クリエイターの登竜門として新たな才能の発掘を目指す本映画祭。コンペティションは国内から公募し、13作品がノミネートされた。今年は従来あった国際コンペティションが見送られ、より日本の才能に焦点を絞る形で国内コンペに1本化されている。審査委員長は「ある男」「遠い山なみの光」の
「水底のミメシス」は人々の能動性を奪うAI型生物が存在する島を舞台に、人間的な社会を取り戻そうと海の下で秘密裏に活動する組織ミメシスの運動にのめりこんでいく斉木ハジメを描いた物語。武蔵野美術大学の造形構想学部映像学科(アニメーション領域)出身の茂木毅流と、オーストリア国立ウィーン美術アカデミー美術学部に在籍する長澤太一が共同監督を務めた。
石川は本作が持つ「強度」や「語りかけてくる意志の強さ」を評価。「荒削りだったり、言葉で説明しすぎていたり、冗長でプリテンシャスだ、という指摘もあったが、そんな欠点ごと、作品全体が押し切ってくる力があった。作り手としての迷いや葛藤が、むき出しのままぶつけられていることに強く心を動かされた」と語った。
このほか「長い夜」を手がけた草刈悠生が、今後の長編映画制作に可能性を感じる監督に贈られるSKIPシティアワードを受賞。板橋知也の「ひみつきちのつくりかた」が観客賞、西田祐香の「お笑えない芸人」がスペシャル・メンションに選ばれている。各作品の監督と審査員によるコメントは下部にまとめた。
石川はコンペティション全体の総評として「何よりも心を動かされたのは、それぞれの作品に込められた『この映画をどうしても撮りたい』という強い意志。作り手が、仲間を集め、時間や資金や労力を注いで完成させた作品が、こうして川口の地で、世界に向けて産声をあげたという事実だけで、すでに賞以上の価値があると思う」とコメントしている。
また、石川は映像作家・川田淳が日本語学習支援を通じて交流する近隣の在日クルド人家庭を捉えたドキュメンタリー作品「夏休みの記録」に言及。「賞からは漏れてしまったが、子供たちが駆けつけた温かい雰囲気の公式上映は、今回の映画祭のハイライトの1つだった。そしてこの映画が、SKIPシティで上映されたこと、それ自体が本当によかったと思う」と話す。
さらに映画祭が行われる埼玉県川口市を取り巻く現状を踏まえ、「川口という街は、今や多様な文化や背景を持つ人々がともに暮らす国際都市となっている。ここで今起きていることをニュースなどで目にすることはあるが、そこに映し出されているのは一部に過ぎないことも知っている。そうした遠くからでは見えない日常の声や姿を、映画という形で可視化すること、それを偏りなく共有し、語り合う場を生むこと──それは映画が持つ本来の力であり、映画祭の本質的な役割だと信じている。これからの時代、何を語るべきか、どんな声を届けるのか、どんな形で映画と向き合っていくのか、その1つのヒントが、今回の映画祭には確かにあったと思う」と語った。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2025 コンペティション部門 受賞結果
最優秀作品賞(グランプリ)
「水底のミメシス」(監督:茂木毅流、長澤太一)
SKIPシティアワード
草刈悠生(「長い夜」監督)
観客賞
「ひみつきちのつくりかた」(監督:板橋知也)
スペシャル・メンション
「お笑えない芸人」(監督:西田祐香)
最優秀作品賞「水底のミメシス」に関するコメント
茂木毅流(監督)コメント
友達と手ぶらで帰るつもりでいた。アニメーションに興味があるというだけで自分のもとに集まってくれた30人ほどの仲間たちの思いが、トロフィーを持ってみると感じ取ることができ、彼らの思いをこの場で強く感じ、驚きと喜びで震えている。現在ウィーンにいる共同監督の長澤太一が引っ込み思案な自分を引っ張りだしてくれた。2人について来てくれた仲間たちみんなでこの気持ちを持ち帰りたい。
石川慶(審査員)コメント
今回のコンペの中で、審査員2人がもっとも高く評価したのが「水底のミメシス」と「長い夜」。最終的に「水底のミメシス」を選んだのは、作品が持つ「強度」に圧倒されたから。ここで言う強度とは、完成度や映画的センスではなく、映画がこちらに向かって「語りかけてくる意志の強さ」。荒削りだったり、言葉で説明しすぎていたり、冗長でプリテンシャスだ、という指摘もあったが、そんな欠点ごと、作品全体が押し切ってくる力があった。作り手としての迷いや葛藤が、むき出しのままぶつけられていることに強く心を動かされた。初期の作品は、“自分の声が届いているかどうか”が一番大切。その声は、プロとして作品を重ねていく中で、いつの間にか失われていってしまうものでもある。だからこそ、その最初の「強度」がどれだけ大きいかが、作家としての持続力にも関わってくる。今、世の中には“声を失ってしまった映画”がたくさんある中、「水底のミメシス」には、その声が、生々しく、強く、確かにあった。
SKIPシティアワードに関するコメント
草刈悠生(監督)コメント
映画は監督1人だけのものではない。観客席の出演者たちにも拍手を送ってほしい。名誉ある賞、映画祭開催、そしてクラウドファンディングで支えてくださった皆様へ感謝したい。支えがあったおかげでこの場に立つことができた。トロフィーの重みから今後の長編映画への期待を感じている。「灯台守」への期待でもあると思い、素晴らしいメンバーとともにその期待に応えられるよう、これからもがんばりたい。
水野詠子(審査員)コメント
監督が果敢にチャレンジした普遍的なトピック、大切な人を失ったとき、人間がいかにその悲しみと向き合い克服していくか、克服とは何なのか、現代の若者の生き様を通して、孤独と葛藤を丁寧に描いた本作。草刈監督のシネマ的なアプローチを確かに感じ取ることができ、満場一致での受賞となった。この賞には、監督の2作目をぜひ観てみたいという審査員一同の強い希望が込められている。また今回、監督を支えたキャスト、クルーの皆さんが会場を訪れ、ともにこの上映の場を盛り上げている姿に感動した。今後の製作活動でも、映画は皆の力が1つとなってできる美しい創造物であることを忘れず、10年後、20年後もずっとシネマを作り続けていただきたい。
観客賞「ひみつきちのつくりかた」に関するコメント
板橋知也(監督)コメント
コロナ禍の当時、暗いニュースや不幸な出来事が続く中で、「とにかく自分自身も観客も楽しめる、面白い映画を作りたい」という一心で制作した。観客賞という素晴らしい賞をいただけたこと、大変光栄に思う。
クーン・デ・ローイ(審査員)コメント
本作は非常にエンタテイメント性の高い作品。完成度も高く、これが長編デビュー作だと聞いて驚いた。板橋知也監督は、人間関係や、葛藤、孤独といったテーマを鋭い観察眼で描き出す手腕を見事に発揮しており、丹念に描かれたシーンやセリフを通じて、4人それぞれの登場人物の内面に触れることができる。彼らが歩んできた道のりを理解するにつれ、自然と共感が芽生えてくる。この作品は、より多くの人に観ていただくに相応しい映画であり、多くの観客の心を打つことになるだろう。
スペシャル・メンション「お笑えない芸人」に関するコメント
西田祐香(監督)コメント
まさか賞をもらえると思わず、大変驚いている。監督としてここに立っているが、この映画をともに作り上げた11人の正規メンバーとともに立っている気持ち。主人公のように、自分も理想の自分が生まれては闘ってを繰り返して生きていくのだと思う。改めてSKIPシティの映画祭は素晴らしい、埼玉が大好きになった。
クーン・デ・ローイ(審査員)コメント
今年は力作が多く、それぞれに個性があるため、審査員一同、スペシャル・メンションを授与したいと考えました。
誰しもが抱える「自分とは違う自分になりたい」という願望を、独創的に描いた作品。主人公が、自らの人生を取り戻し、自分自身と折り合いをつけていく姿を通して、見る人にも、ありのままの自分でいいのだと思えるきっかけを与えてくれるかもしれない。
特に感銘を受けたのは、独自性のある編集で、この物語に独特の躍動感とエネルギーを与え、見るものを引き込む作品になっていた。自らの選択を恐れず、映画界で自身の道を切り開くための勇気あるデビュー作として評価したい。新しい声を力強く世界に発信する監督として、今後の作品にも期待したい。
石川慶 総評
今年のコンペには、多様で高いレベルの作品が揃った。それぞれまったく異なる世界観やテーマを持ちながら、どの作品も確かな見どころがあり、審査は難しかったが、何よりも心を動かされたのは、それぞれの作品に込められた「この映画をどうしても撮りたい」という強い意志。作り手が、仲間を集め、時間や資金や労力を注いで完成させた作品が、こうして川口の地で、世界に向けて産声をあげたという事実だけで、すでに賞以上の価値があると思う。はっきり言ってしまえば、そこらで何となく作られた“志のない”商業作品よりも、よほど存在価値がある映画たちであり、すべての作り手に、心からおめでとうと言いたい。
今年で22回目を迎える本映画祭。20回を超える国際映画祭というのは、世界的に見ても特別な存在。これまでにこの場で上映された何百という作品や、ここを訪れたフィルムメイカーやスタッフの記憶や思いを考えると、この映画祭の歴史は、川口という街にとってかけがえのない財産であり、誇るべき文化的レガシーだと思う。映画祭を通じて「川口」の名前がどれだけ広く知られているか、ということも、ぜひ地元の皆さんに知っていただきたい。今回、国際コンペティションが見送られたことで規模は縮小したが、どうかここで立ち止まることなく、外に開かれた国際的な映画祭として成長を続けていただきたい。
本当は1作品ずつコメントしたいが、ドキュメンタリー作品「夏休みの記録」に関して一言だけ触れておきたい。賞からは漏れてしまったが、子供たちが駆けつけた温かい雰囲気の公式上映は、今回の映画祭のハイライトの1つだった。そしてこの映画が、SKIPシティで上映されたこと、それ自体が本当によかったと思う。川口という街は、今や多様な文化や背景を持つ人々がともに暮らす国際都市となっている。ここで今起きていることをニュースなどで目にすることはあるが、そこに映し出されているのは一部に過ぎないことも知っている。そうした遠くからでは見えない日常の声や姿を、映画という形で可視化すること、それを偏りなく共有し、語り合う場を生むこと──それは映画が持つ本来の力であり、映画祭の本質的な役割だと信じている。これからの時代、何を語るべきか、どんな声を届けるのか、どんなかで映画と向き合っていくのか、その1つのヒントが、今回の映画祭には確かにあったと思う。
おおとも ひさし @tekuriha
SKIPシティ映画祭グランプリは「水底のミメシス」、審査委員長・石川慶の評価は - 映画ナタリー
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