映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」が、6月27日より全国で公開中。福田ますみのルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を原作とする本作は、児童への体罰で告発された小学校教諭・薮下誠一が、法廷で「すべて事実無根の“でっちあげ”」と完全否認する様子が描かれる。綾野剛が薮下を演じ、体罰を受けたとされる児童の母・律子に柴咲コウ、薮下を追う記者・鳴海に亀梨和也が扮する。監督は「悪の教典」「怪物の木こり」などで知られる三池崇史が務めた。
映画ナタリーでは、本作の主題歌を担当するキタニタツヤにインタビューを実施。綾野が“最後の最大の共演者”と評した書き下ろし曲「なくしもの」に、キタニが込めた思いとは。見どころや楽曲の制作秘話、本作から受け取ったメッセージについても語ってもらった。なお本文には一部ネタバレを含むためご注意を。
取材・文 / かわむらあみり撮影 / 清水純一
映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」主題歌入り予告公開中
音楽だけでも上を向けたらいいなと思って
──映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」の主題歌オファーを受けたときのお気持ちからお聞かせください。
まず作品の概要を聞かせていただき、「こういうことを書いたらいいのでは」と、頭の中に楽曲の題材が次々と浮かんできて。すぐに想像力が湧いてきたので、その時点で映画の完成が楽しみになりましたし、「いい曲が書けそうだ」と思いました。
──そうして書き下ろされた主題歌「なくしもの」は、本作のどんなところにインスピレーションを受けて制作されましたか?
いつもなんらかの作品に曲を書かせていただくときは、特定のキャラクターにスポットを当てることが多いですね。心を寄せることができるキャラクターの一面を発見しないと、歌詞が書けないので、今回は綾野剛さん演じる小学校教諭・薮下誠一というキャラクターに寄り添いました。「彼はどういうことを思っているだろうか?」と想像力をめぐらせて、楽曲の世界を描いていって。綾野さんの演技に引っ張られながら、楽曲制作を進めました。
──「なくしもの」は映画を締めくくるエンドロールで流れてきます。まるで薮下たちの心の叫びのような歌詞と、結末を希望にあふれた未来へ導いていくようなサウンドが印象的でした。どのように仕上げていかれたのでしょうか?
映画を観て思ったのは、事件のルポルタージュがベースになっているので、ファンタジックな味付けになるわけではなく、ストーリーには救いのない時間もあるということ。事件は解決するけれども、薮下の名誉のすべてが回復するわけではない。薮下の事件があって、そのあとは登場人物たちがなんとなく日常に戻っていくさまがすごくリアルで、現実的。だからこそ、音楽だけでも上を向けたらいいなと思って仕上げていきました。ただ、楽曲がすごく上を向いているかといえば、向き切らない感じになっているかもしれません。この作品の温度感にも似ている形で音楽が仕上がったということでもあるので、それはそれでいいと思っています。
うれしいことを言ってくれるじゃないの!
──綾野さんは主題歌について「キタニさんがこの作品にとても誠実に向き合ってくれて、(この楽曲は)“最後の最大の共演者”だなと思いました」とコメントされていますね。
そうなんです! とてもありがたいですし、うれしいことを言ってくれるじゃないの!と思いましたよ(笑)。直接ご本人からその言葉を聞いたわけではなく、映画の情報がニュースになった際にファンの方々と同じように記事を見て知ったのですが、光栄でした。
──「なくしもの」は映画をご覧になった方と、楽曲単体でお聴きになる方とでは、また違う響き方をするかもしれません。
確かに聴いてくださる方の経験次第では、どういうふうにこの曲を受け取ってくれるんだろうと非常に興味深いです。映画を観た方なら、薮下の曲だと思うかもしれないですし、そうではなく薮下の奥さんの希美(木村文乃)の曲だと思うかもしれないですね。
──キタニさんはこれまでにも多くのタイアップ曲を手がけていますが、オリジナル楽曲とは異なる曲作りでの工夫などはあるのでしょうか?
オリジナル曲だと、最近自分が言いたいことを主軸に据えるのですが、タイアップのときはその作品を観て「自分は何を言いたくなっただろうか?」と考えます。歌詞やメロディを書く前に、まず登場人物の心情に寄り添って、どこに共感できるかを探っていくことから始めています。
──ご自身の活動としては、初のホールツアーが9月27日に始まります。「なくしもの」もステージで披露しますか?
もちろん、しますよー!(笑) 新しい曲はどんどんやるタイプなので、出し惜しみせずに披露する予定です。映画もご覧になっていただきつつ、ライブにいらっしゃる方には、この曲も楽しみにしていてほしいです。
綾野剛ではなく、そのキャラクターにしか見えない
──これまで主題歌のことを中心にお話を聞きましたが、あらためて映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」をご覧になって印象的だったシーンはありましたか?
柴咲コウさん演じる氷室律子のシーンです。実は、原作「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」をコミカライズしたマンガも読んでいて。映画には、マンガにはなかった律子の過去の描写があったのですが、そこがとても印象的でした。律子はかなりヤバいやつですが、それ相応の過去が何かしらある、というヒントを与えるようなシーンだと思っていて。このシーンがあるのとないのとでは、律子の印象がかなり変わる。映画を観ていると、律子を攻撃していいことになってしまいそうなんですが、その手をふと止めてしまうシーンでもあると感じましたし、完全なる悪人は存在しないのではないか、と思ってしまいます。そういう意味では、亀梨和也さん演じる週刊誌の記者の鳴海三千彦だって、観ていて「この野郎!」と憤りを感じるのですが、彼は仕事だからやっているわけですよね。さらに律子たち親子を被害者だと思い込んで、この人たちを守れるのは自分が書く記事だけだ、というプライドと信条のもとに仕事をしている。嫌いになりきれない感覚がありました。
──主演の綾野さんご自身には、どんな印象をお持ちですか?
“テレビの中の人”という感じです。綾野さんを初めて知ったのは……いや、もう“さん”付けで呼ぶのも図々しい気がするぐらいのドキドキ感があります(笑)。テレビや映画を観ていると、さん付けしないですよね!? 「綾野剛だ!」とフルネームで言ってしまうぐらいの距離感ですが、そんな綾野さんを初めて観たのは、不良マンガが原作の映画「クローズZERO II」(2009年)でした。今回の映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」と同じ三池崇史監督の作品で、綾野さんは漆原凌という、丸坊主の集団の中で1人だけ髪の長いキャラクターで「すごくかっこいいな」と見入ってしまって。自分が高校生や大学生の頃に美容室に行ったときに、綾野さんの写真を見せたこともありました。いろいろな髪型をされていて、おしゃれでしたし、ファッションアイコンとしても注目していた存在でしたね。
──今回の主題歌制作の際、薮下に感情移入されたそうですが、映画をご覧になって俳優・綾野さんのすごさはどこだと感じられましたか?
「クローズZERO II」を観てから今までずっと、すごい俳優さんだと思っています。自分は演技に関してはずぶの素人なので、そのすごさを口で説明することは難しいのですが、この作品では薮下の事件があってからずっと、彼は目を背けたくなるような表情をしているなと。素人にそう思わせるなんて、すごいことですよね。それはつまり、演技でやっている感じではなく、本当に薮下がいてその思いがこちらに伝わってきた、綾野剛だとは思わないで観ていたということ。どの作品でも、綾野剛ではなく、そのキャラクターにしか見えないのがすごさではないでしょうか。
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人と会話をするために必要なものが、映画という存在