フリーだと住む部屋も見つけられない(笑)
──脚本家はフリーで仕事を受けている方も多いですが、向井さんの場合は事務所に入っていますよね。
生々しい話ですけど、会社に所属するとクレジットカードが作りやすいんですよ。フリーだと住む部屋も見つけられない(笑)。駆け出しの頃は、山下くんも大学の先輩の熊切(和嘉)さんも大家さんを説得するために、自分が取材された雑誌を持って行って「こういうことやってんすよ!」って説明して、信用してもらったり。世間は厳しい(笑)。
──お仕事を受ける際は事務所が窓口になっているんですか?
俺の場合は、作品を気に入ってくれた人が直接連絡をくれますね。7割このパターン。会社には「これやることになりました」って事後報告です。お金の交渉だけ任せています。34、35歳ぐらいまでは来るもの拒まずなんでも受けていました。
──青春映画、ファンタジー、時代劇、どんなジャンルでも書いているのはそういう理由だったんですね。
とにかく腕を付けなければと思ったんです。俺は、自主映画で作っていた独特の間とか、そういうもので面白がられてきた人間なんです。脚本としていいものを書いていたか?というとそうじゃなかった。でもプロとして仕事をするようになると、急に技術を求められる。それまで感性だけでやってきたから、ヤバいなと。「
──プロとして働くようになってから、初めて教則本を買ったんですね。
それまでは三幕構成(※物語を設定、対立、解決の三幕で構成する方法)すら知らなかった。だから教則本を読んで謎が解けましたね。よくできてるんですよ(笑)。それまでは起承転結も嫌ってた。そんなんじゃ今までの映画は超えられないっしょ! オリジナルっしょ!みたいな。ちゃらちゃらやっていましたよね(笑)。それだと、うまくいかなくなってくる。
──シナリオ理論を学ばれて、創作の手順は変わりましたか?
少し変わりましたね。昔はちょっとした会話とかシーンから膨らませて、物語を作っていた。小さいものを大きくしていたんです。でも今はまず大きなテーマを考えて、その中にキャラクター、セリフを入れていく。プロットを書いて、同時にキャラクターを作って、そのあとに箱書きです。
──原作のある作品とオリジナル作品を書くときの違いはありますか?
原作ものをやるときは、原作からテーマを見つけて、それに付随した部分を抜き取っていく。何をやらなくて何をやるのかを選択します。実写化するときに、キャラクターにリアリティを持たせる必要も出てきますね。オリジナルの場合はテーマを考えて、そこから膨らませていきます。
──「
原作は天真爛漫でふわふわしたキャラクターなんです。お嬢さまだから、何も知らない。でもそれを実写でやるのはきつい。母親がいない家庭で育った女の子にしたらうまいこと着地した。ただ脱ぐ必要があったので、役者さんが見つからなかったんです。
──
最後にオーディションに来たのがサクラさんでした。ぱっと部屋に入ってきた瞬間に全員が「この子しかいない」って思った。とにかく存在感がすごかった。サクラさんが演じてくれたことによって、よりリアリティのあるキャラクターになりましたね。脚本はスタッフと役者しか読者がいない。俳優のために書いているから、キャスティングが決まるのは大きいです。
脚本ってなんなんだろう?って、しんどくなった
──30代中盤まではどんなお仕事も受けていたということですが、それ以降はどんな心境の変化があったのでしょうか?
原作ものばっかり書いていて、脚本ってなんなんだろう?って、しんどくなってしまった。一度業界から離れたくなって、日本文化庁の新進芸術家海外研修制度を使って中国の北京に行きました。
──3年間、中国に住んでいたんですよね。
北京にいる頃に短編小説を書いて、それを運よく日本で発表できました。クソほどの反響もなかったですけどね(笑)。でも、創作に向き合うことができた。それから仕事を選ぶようになりました。
──仕事を受ける基準はありますか?
オリジナルができるかどうか。原作ものをやる場合も社会性のあるものをやりたいと思っています。あとは監督と面白い仕事ができるかどうかも重要ですね。「
──年齢を重ねていく中で、書くものに変化はありますか?
ありますね。わかりやすいところで言うとTHE BLUE HEARTSつながりで「リンダリンダリンダ」と「君が世界のはじまり」は比べられる。今観ると「リンダ」の頃ってとがっているんです。なんかやらなきゃって、欲を感じる。何者でもなかったから、とにかく業界の人に認められたかったんです。「俺たちみたいなやつがいるぞ。こっちを見てくれっ!」って。乱暴な言い方をすれば、お客さんのことなんか一切考えてなかった。だからヒットしたのは偶然なんですよ。「君が世界のはじまり」は真逆で、お客さんのことしか考えてない。特に若い子たちに伝えたいという思いが強かったですね。下から上に挑んでいるのが「リンダ」、おっさんが若い子に語り掛けているのが「君が世界のはじまり」です。
──「君が世界のはじまり」を拝見して、登場人物がすごくきらきらしているのが印象的でした。
あははははは! 俺も、初号を観たときに今回、やけにきらきらしたなあって思いました(笑)。あのきらきらは基本的にふくださんのものです。でも自分で書き足したオリジナル要素も斜に構えずにストレートに書いていましたね。それに初号で初めて気付いて、俺もおっさんになったんだなって(笑)。
──書いているときは無意識だったんですね。
無意識でしたね。今は世の中にメッセージ性の強い、ストレートな物語が多い。ああいうものに触れているから俺も感化されて、まっすぐになってきているのかも。どっちがいい悪いじゃないんで、また斜に構えた作品も書くと思います。
──仕事をするうえで決めているルールはありますか?
ないですね。この場所じゃないと書けないとかそういうこともないです。ただ、まずはパソコンではなく構成とかアイデアとか、なんでも紙に書き出していきます。赤ペンをよく使いますね。飲み屋で誰かが言った一言も気に入ったらメモします。
──向井さんはセリフをとても大切にしている印象があります。
大事です。ずっとこの仕事をしていて、つくづく脚本というのはセリフと構成だなと思います。だからいいセリフを書く人には刺激を受けますね。
──影響を受けた脚本家はいますか?
倉本聰先生です。「北の国から」は、人物配置、人物の出し入れ、関係の作り方、そこから生み出されるセリフ……とにかく素晴らしい。全集も持っていて、今でもたまに読みます。
──今後、仕事をしてみたい人はいますか?
これからの人とやりたいという気持ちが強いです。逆に歳上の人は苦手ですね。上京したての頃、かなり歳上の監督と一緒に本作りをしたんですが、まあ怖かった(笑)。
作り手はどんなに苦労しても作る
──長年映画業界で働いている向井さんから観て、業界の問題点はどんなところでしょうか?
はっきりしてますよ。(きっぱりと)お金がない! なさすぎる(笑)。これはみんな言っている。韓国映画があんなに勢いがあるのは国策にしているからです。お金で現場が守られている。映画を撮るだけじゃなくて、人材を育てるのもすべてお金が掛かる。
──新型コロナウイルスの影響で、公的な補償の重要性が今まで以上に叫ばれています。コロナで向井さんのお仕事に影響はありましたか?
脚本家の場合は、次の企画開発の時間に充てられるので、仕事はありました。それに、作り手はどんなに苦労しても、お金がなくても結局は作品を作る。重荷がすべて現場に降りてくるのは危険なことではありますが、もっと危惧しているのは、映画館が存続するかどうか、お客さんが劇場に戻ってくるかどうかです。今は配信もあるので、お客さんが「配信でいいじゃん」と思ってしまう恐れもありますよね。
──コロナ禍で描くものに変化はありましたか?
この前、短編ドラマを作ったんですが、町に出たら100人中100人がマスクをしていた。そうなると登場人物にもマスクをさせるか?という話になりますよね。2020年の日常を撮るってそういうこと。キスシーンもハードルが高くなっている。何も考えなくてもコロナ後が自然と切り取られていくと思います。
──映画業界で働くために脚本家を目指している人もたくさんいると思います。向井さんは、シナリオ作家協会のシナリオ講座で講師もされていますよね。
脚本家になる方法はいろいろあります。でも、これという正解がないのが難しい。一番挑戦しやすいのはコンクール。みんなフジテレビ ヤングシナリオ大賞や、テレビ朝日新人シナリオ大賞、城戸賞を目指しています。あとは、小さな制作会社に入ってそこでちょこちょこ書かせてもらうとか。今はあまりないですが、脚本家の弟子になるという方法もあります。人との出会いは大切だと思いますね。
──自主映画を作るというのも1つの方法ですよね。
そうですね。でも、最近はチームで作らないのが残念です。自主映画だからこそ誰かが書いたものを、誰かが撮ったほうが面白いのに。若くて我が強いから、1人でやりたくなっちゃうのもわかる気はしますけどね。
──あなたにとって脚本家とは?という問いに「肉屋で魚を売っているような人」と書いていただきました。
映像の仕事なのに、使っているのは言葉。だからチグハグなんですよね。そもそも映画って、被写体とカメラさえあれば脚本がなくても作れる。でも、それだけじゃ伝わらないときにセリフを付け足すんです。脚本は本来なくてもいいものだし、それだけでは売れないもの。そのことは常に自覚しようと思っています。
──尊敬する映画人にジョン・カサヴェテスを挙げているのも、そういう理由からですか。
そうです。脚本じゃないところで何かを撮ろうとしている人なので尊敬しています。熊切さんに「カサヴェテス最高ですよね!」って言ったら、「脚本家がカサヴェテスの映画好きなんて言っちゃいけないんじゃないの?」ってツッコまれましたけどね(笑)。
──脚本は本来なくてもいいものと思っていらっしゃるのには驚きました。
映画は画(え)とアクション(動作)なんです。今は、そんなこと守って作っている人は少ない。だからキャラクターはしゃべりっぱなしですけどね(笑)。でも、本来は画とアクション。バスター・キートンだって、(アルフレッド・)ヒッチコックだってみんなそうやって作ってきた。「丹下左膳」もそうなんですよ。脚本を書き続ける限り、それは忘れたくないですね。
向井康介(ムカイコウスケ)
1977年1月17日生まれ、徳島県出身。大阪芸術大学在学中に
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