これは、
喜志は「鵜山さんは台詞の意味や効果を的確に伝える演出家として高く評価されているが、今回の舞台もそういうものになるに違いない。本公演はもちろんだが、稽古を早く見たい」、鵜山は「『悲劇』にしろ『喜劇』にしろ、『生』と『死』の相克から最大限のパワーを引き出すことが究極の目的です。そのためには人間世界のスッタモンダだけではもの足りない。われわれを包んでいる不可知の宇宙の息づかい、死者たちの世界や、森羅万象との交感にこそ目を凝らし、耳を澄ます必要がある。話せば長いことながら、そこがやはり舞台の、そしてシェイクスピアの醍醐味じゃないかと考えています」とそれぞれコメントした。
喜志哲雄コメント
私が「から騒ぎ」を訳したいと思ったのは、シェイクスピアの台詞が何よりも好きだからである。この劇には、理路整然たる台詞を語る人物はほとんど一人も登場しない。いちばんひどいのは、ベネディックとベアトリスという男女で、愛し合っているのに、そのことを認めようとしない。ベアトリスの従妹のヒーローが結婚式の席で身に覚えのない非難を浴びせられるに及んで、やっと二人は愛し合っていることを認める。今回の演出を担当される鵜山仁さんは、この場面について「この芝居一番の醍醐味だ」と言われた。同感である。鵜山さんは台詞の意味や効果を的確に伝える演出家として高く評価されているが、今回の舞台もそういうものになるに違いない。本公演はもちろんだが、稽古を早く見たい。
鵜山仁コメント
最近、「愛」と「自由」とは互いに反発する両極に向かうエネルギーではないか、という妄想に取り憑かれています。「愛」は独占、もしくは献身という、一見180度方向の違う、しかし共に「自由」の放棄につながるような、「生」のエネルギーの保全を意味し、片や「自由」は、「愛」に代表されるようなしがらみを捨て、孤独な「解放」=「死」を目指す、マイナスの符号のついたエネルギーではないかとも思えるわけです。純粋な「愛」と純粋な「自由」とは、エネルギーの絶対値としては多分釣り合っていて、めぐりめぐって同じ地点で落ち合うことになるような気もします。もしかしたらこういうめぐりめぐりを「から騒ぎ」と呼ぶべきなのかもしれません。
まあ、とにかく、「悲劇」にしろ「喜劇」にしろ、「生」と「死」の相克から最大限のパワーを引き出すことが究極の目的です。そのためには人間世界のスッタモンダだけではもの足りない。われわれを包んでいる不可知の宇宙の息づかい、死者たちの世界や、森羅万象との交感にこそ目を凝らし、耳を澄ます必要がある。話せば長いことながら、そこがやはり舞台の、そしてシェイクスピアの醍醐味じゃないかと考えています。
兵庫県立ピッコロ劇団 第74回公演「から騒ぎ」
2022年10月6日(木)~10日(月・祝)
兵庫県 兵庫県立尼崎青少年創造劇場 ピッコロシアター 大ホール
作:
翻訳:喜志哲雄
演出:
出演
ドン・ペドロー:
ドン・ジョン / 墓守:吉村祐樹
ベネディック:
クローディオー:
コンラッド:谷口遼
ボラーチオー:堀江勇気
レオナートー:森好文
アントーニオー:
ヒーロー:樫村千晶
ベアトリス:
マーガレット:
アーシュラ:有川理沙
修道僧フランシス:
ドグベリー:孫高宏
ヴァージス:
夜警I / 使者:浜崎大介
夜警II(シーコール):
桜 @Q0gtO43etrrfg
ステージナタリー / ピッコロ劇団がシェイクスピア「から騒ぎ」喜志哲雄の新訳を初上演、演出は鵜山仁 https://t.co/e45THU6U6N https://t.co/qRKgL7Sfaf