
菅原直樹がつづる「ゆるゆる狂気の旅路 ~OiBokkeShi 10年の歩み~」 第3回 [バックナンバー]
OiBokkeShiの原動力、98歳の現役看板俳優・岡田忠雄
老いの現実と向き合いながら、旅は続く
2025年3月11日 17:00 2
劇作家、演出家、俳優、介護福祉士の
岡田さんと出会い、OiBokkeShiの作品づくりが始まった
岡田忠雄さんは現在、サービス付き高齢者住宅で生活をしている。
OiBokkeShiの活動を続けて10年。岡田さんと出会った頃は88歳だったが、現在は98歳。今年の5月で99歳を迎える。
長年、自宅で認知症の奥さんを介護しながら演劇活動を続けてきた岡田さん。2年前に奥さんを看取ってからは、自宅で一人暮らしを続けてきた。しかし、昨年の夏に入院したことをきっかけに、自宅に戻ることが難しくなってしまった。
そして、サービス付き高齢者住宅への入居を決意。10年間の付き合いの中でも、これは大きな環境の変化と言えるだろう。介護が必要となり、これまで以上に自由気ままな外出が難しくなってしまった。
これまでOiBokkeShiは、岡田さんの老いに寄り添いながら演劇活動を続けてきた。
10年前、演劇ワークショップの参加者としてやってきた岡田さんと出会い、OiBokkeShiの作品づくりが始まった。自宅で認知症の奥さんを介護し、いわゆる「徘徊」に悩まされていた岡田さん。その経験を元に創作されたのが、旗揚げ公演となった徘徊演劇「よみちにひはくれない」だ。
実在の和気町の商店街を、俳優も観客も一緒になって行方不明になった認知症のおばあさんを探し回る──。そんな作品だ。
また、2年前に岡山芸術創造劇場ハレノワで上演された「レクリエーション葬」は、脳梗塞を発症し入院中の岡田さんの「生前葬をしたい!」という発言をきっかけに生まれた作品だ。観客は、まるで岡田さんの生前葬に参列しているような気分で作品を鑑賞する。
OiBokkeShiの多くの作品は、岡田さんのその時々の老いの現実から生み出されている。
だからこそ、岡田さんがサービス付き高齢者住宅に入居したからといって、「さすがにもう演劇活動を続けていくのも難しいだろう」とはならない。
岡田さん自身、「俳優に定年はない。歩けなくなったら車椅子の役、寝たきりになったら寝たきりの役、最後には棺桶に入る役ができる」と語っている。
私たちは、岡田さんの老いの現実と向き合い、従来の演劇の枠にとらわれることなく、ともに新たな演劇づくりに挑戦していく。
岡田さんに会いに行かなかれば
1月末に岡田さんが入所するサービス付き高齢者住宅から電話があった。
「岡田さんが先週、新型コロナウイルスに感染しました。現在は熱も下がり、症状も落ち着いてきていますが、食事を一切受け付けません」
岡田さんは98歳にしては食欲旺盛な方だったため、この報告を受けて一気に心配になった。コロナ感染を機に、みるみるうちに状態が悪化してしまうこともあるだろう。
また、最近は岡田さんに面会に行けていなかったことを後ろめたく感じていた。仕事が立て込んでしまい、この1カ月、岡田さんに会えていなかったのだ。
僕が住んでいる奈義町から岡田さんが暮らす岡山市までは、車で1時間45分ほどかかる。そのため、スケジュールを調整しないと、なかなか会いにいくのが難しかった。
前回、正月に会いにいったとき、「わしは監督に見捨てられた!」と嘆いていた。もしかしたら、食事を受け付けないのも、そんな思いが募ってしまったせいかもしれない。
早く岡田さんに会い、芝居の話をしよう。
普段、演劇を計画するときは、まず僕の頭の中で企画を固めてから、キャストやスタッフに声をかける。しかし、今回はそんな悠長なプロセスを踏んでいる場合ではない。
さっそく、これまで参加してくれたメンバーに連絡を取り、岡田さんの現状を報告した。企画が固まっていない状況ではあるが、作品づくりに向けて動き出すことを伝える。
そして、何よりも岡田さんに会いに行かなかれば。僕らにできることは、公演の日を決め、それを目標に岡田さんを元気づけることだけなのだから。
「岡田さん、またお客さんをあっと驚かせる舞台を作りましょう。ご飯もしっかり食べてくださいね」
僕はスケジュールの調整をし、電話のあった翌々日に面会に行くことを決めた。そして翌日、面会の許可をもらうため、サービス付き高齢者住宅に電話をかけた。
すると、職員さんはこう言った。
「あ、岡田さん、今朝の食事から完食です」
翌日、安心した気持ちで岡田さんに会いに行った。
部屋に入ると、岡田さんは酸素吸入をしていたが、僕の姿を見るなり「監督! 待ってました!」と、いつも通り張りのある声で迎えてくれた。
元気そうでよかった。
さっそく、岡田さんの現在の状況を踏まえ、新作公演ができないかと検討していることを伝えると、岡田さんはすぐに「わしは『楢山節考』と『父帰る』がしたい!」と言い出した。
これは、もう10年間ずっと言い続けていることではある。どうやら岡田さんは、息子に姥捨山に捨てられる老親の役や、家出した父親が何十年ぶりに家族と再会するシーンを演じたいという強い思いがあるらしい。これはもう性癖といっていいかもしれない。
以前、「レクリエーション葬」の劇中でも、家出した父親と家族が再会を果たすシーンを作った。しかし、それだけでは岡田さんの欲望は満たされなかったのだろう。
サービス付き高齢者住宅の一室で、岡田さんのいつも通りの熱い要望を聞きながら、ふとアイデアが浮かんだ。
レクリエーション「父帰る」
岡田さんが入居しているこのサービス付き高齢者住宅で、OiBokkeShiとしてレクリエーションを実施させてもらえないだろうか。他の入居者さんや職員さんにも参加してもらって。
OiBokkeShiのメンバーが簡単な演劇ワークショップを実施し、その中で「父帰る」の設定を即興的に演じていく。もちろん、岡田さんにも出演してもらう。
OiBokkeShiの活動に影響を与えてきた“スカウト活動”
昨年、岡田さんがサービス付き高齢者住宅に入居したばかりのころ、僕のもとに電話がかかってきた。
「監督に話したいことがある」
切羽詰まった様子だったので、一体何事かと思い、翌週すぐに岡田さんのもとへ駆けつけた。すると、岡田さんは開口一番こう言った。
「ここの職員の〇〇さんはいい俳優なんよ。今度の作品に出演させてもらえんじゃろうか」
施設で勝手にスカウト活動を行っていたのだ。その報告だった。
このスカウト活動は今に始まったことではない。岡田さんは会う人会う人に芝居の話をし、少しでも興味を示した人には、必ずと言っていいほどスカウトをする。
この岡田さんの癖というか行動によって、OiBokkeShiの活動も大きく影響を受けてきた。
近年、OiBokkeShiの活動は岡田さんのスカウト活動が発端となり、演劇経験のない人々が次々と舞台に出演するようになっている。
とはいえ、岡田さんにスカウトされた人々の多くは、その場では話を合わせるものの、実際にセリフを覚えたり稽古に参加したりするとなると、二の足を踏んでしまう。
しかし、もしレクリーションという形でサービス付き高齢者住宅で演劇ワークショップを行い、その中で遊び感覚で岡田さんと共演してもらえたらどうだろう。それなら、きっと気軽に参加してもらえるのではないか。
どこまでも、ゆるゆると
改めて、OiBokkeShiの活動は、岡田さんに突き動かされていると実感する。創作の原動力は、いつだって、老いていく中で何がなんでも演劇にしがみつく岡田さんの凄まじい熱意なのだ。
岡田さんの家には、今村昌平監督の色紙が飾られている。それは、岡田さんが「カンゾー先生」にエキストラで出演した際にもらったものだという。
「狂気の旅に出た」
岡田さんは、この言葉の意味を最初はわからなかったという。しかし、OiBokkeShiの活動に関わるようになってから、この言葉の意味がわかったのだと。
OiBokkeShiと岡田さんの活動は、この言葉によって支えられている。僕たちはどこまでも、ゆるゆると狂気の旅を続けていく。多くの仲間とともに、まだ見ぬ演劇を求めて。
- 菅原直樹
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1983年、栃木県生まれ。青年団に俳優として所属。2014年に「老いと演劇」OiBokkeShiを旗揚げ。2018年、彩の国さいたま芸術劇場「世界ゴールド祭2018」ではさいたまゴールド・シアター出演による「徘徊演劇『よみちにひはくれない』浦和バージョン」を作・演出。2021年9月に英国エンテレキー・アーツの招聘により「徘徊演劇」の英国版を上演。2019年、平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)、平成30年度(第20回)岡山芸術文化賞準グランプリ、奈義町文化功労賞、2019年度(第1回)福武教育文化賞など受賞歴多数。
菅原直樹 Naoki Sugawara @sekiseita
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