「エキストラの宴」ワーク・イン・プログレスの様子。

菅原直樹がつづる「ゆるゆる狂気の旅路 ~OiBokkeShi 10年の歩み~」 第1回 [バックナンバー]

介護と演劇の結びつきが広げた、地域とのつながり

岡山県奈義町でのOiBokkeShiの活動

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劇作家、演出家、俳優、介護福祉士の菅原直樹が、「老いと演劇」OiBokkeShiを立ち上げて今年で10年。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念に基づき、さまざまな状況・年齢の人たちと創作を続けている。本連載では、そんな菅原、そしてOiBokkeShiの10年間の歩みについて振り返る。

10周年を迎えた、「老いと演劇」OiBokkeShi

OiBokkeShiの活動を始めて10年になる。88歳の時に出会った看板俳優の岡田忠雄さんは98歳になった。岡田さんの家には、今村昌平監督からもらった色紙が飾られている。そこにはこう書かれている。

「狂気の旅に出た」

100歳を目前にした岡田さんと演劇活動を続けるにあたって、本人も周囲の人も常に不安や迷いがあるのだけど、そんな活動を支えるのがこの言葉だ。どこまで行けるのかわからないけど、ゆるゆると“今この瞬間”を大切に旅を続けたいと思う。

近年、OiBokkeShiの活動も多岐に渡ってきている。この連載では、それらの活動を3つの視点で紹介してみようと思う。「奈義町での活動」、「老いのプレーパーク」、「岡田さんとの活動」。当然ながら全ての活動を紹介することはできないが、これらの視点で語ることでOiBokkeShiの全体像が見えてくるのではないかと思っている。

「老いと演劇」OiBokkeShiの看板俳優・岡田忠雄さんの自宅に飾られている、今村昌平監督の色紙。

「老いと演劇」OiBokkeShiの看板俳優・岡田忠雄さんの自宅に飾られている、今村昌平監督の色紙。

岡山県奈義町を拠点に

僕が住んでいる岡山県奈義町でOiBokkeShiの活動が始まったのは、2020年の「ハッピーソング」という作品からだ。奈義町文化センターで上演した作品だが、出演者はこれまでOiBokkeShiに出演してきたメンバー。エキストラ出演として奈義町の人々に出演してもらった。

当時岡田さんは94歳。コロナ禍真っ只中で高齢者が活動を自粛する中、岡田さんが舞台の上で見せたエネルギッシュな演技は多くの人々を勇気づけた。

2022年に上演された「老いと演劇」OiBokkeShi第8回公演「ハッピーソング」より。

2022年に上演された「老いと演劇」OiBokkeShi第8回公演「ハッピーソング」より。

「おかじいと一緒に舞台に立ちたい!」

岡田さんの演技の虜になった奈義町の人々からそんな声が上がった。その声に応えるべく、奈義町で一般向けの演劇ワークショップを開催することになった。

集まったのは、認知症のある人、障害のある人、家族介護者、医療・介護の仕事をしている人、まちづくりに関わる人などさまざまだ。年齢は20代から70代まで、大半が演劇経験のない人々だった。

1年半、月に1回のワークショップを続けて、2022年2月にはワーク・イン・プログレス「エキストラの宴」を行った。

ワーク・イン・プログレスというのは、制作途中の作品を公開する手法だ。奈義町の人々と演劇を作るにあたって、ゆっくりと時間をかけて臨もうと思ったのだ。脚本は途中までしか出来上がっていなかったが、多くの観客が見守る中、メンバーは堂々とした演技を披露した。

「エキストラの宴」ワーク・イン・プログレスの様子。

「エキストラの宴」ワーク・イン・プログレスの様子。

その年の7月には奈義町文化センターでの本公演を行った。

興味深かったのは、このワーク・イン・プログレスを経て、出演者が増えたことだった。出演者の家族が公演を見て「自分も出たい!」と声をかけてきてくれたのだ。

参加する内田京子さんの夫・一也さんは、脳血管障害の後遺症で半身麻痺になり、失語症などの症状がある。京子さんは夫の介護から離れ、自分の楽しみとして活動に参加していた。しかし、ワーク・イン・プログレスを経て、共演者である認知症のある人が生き生きと演技をする姿を見て、本公演に一也さんも誘って一緒に出演することになった。現在では、一也さんは奈義の活動ではなくてはならないムードメーカーになっている。

2022年に岡山の奈義町文化センター大ホールにて上演された「エキストラの宴」本公演の様子。

2022年に岡山の奈義町文化センター大ホールにて上演された「エキストラの宴」本公演の様子。

「エキストラの宴」は、僕にとって夢のような舞台だった。OiBokkeShiの合言葉は「介護と演劇を結びつけることで、地域が舞台になり、地域住民が俳優になる」だ。しかし、旗揚げ当初はここまで多様な人々と一緒に舞台を作れるとは思ってもいなかった。この舞台はOiBokkeShiの新機軸となった。

ワークショップを重ねて、いよいよ新作へ

「エキストラの宴」が終演してからも、出演者の興奮は冷めなかった。

「これでおしまいにするのはもったいない。発表が目的でなくてもいいから、毎月集まって演劇をしよう」

月に2回のワークショップをこれまで2年間続けてきた。さまざまなプログラムを体験することで、演劇の新たな形式やメンバーの新たな一面を模索してきた。

そして、ついに今夏、新作公演「恋はみずいろ」を上演する。

これまで10年間岡田さんと一緒に舞台を作っていたが、今回の作品で岡田さんは初めてお休みとなる(並行して、岡山市で岡田さんが出演する舞台は準備中)。今回は岡田さんのスピリットを引き継いだ奈義町の人々たちで作品を上演する。

「恋はみずいろ」チラシ

「恋はみずいろ」チラシ

奈義町のメンバーとの活動はどんどん面白くなってきている。

振り返れば、出会ったばかりの頃はそれぞれ「認知症のある人」や「障害のある人」など、それぞれの属性で見てしまうことがよくあった。ワークショップで演劇を楽しむことはできるかもしれないけど、舞台作品を作ることはなかなか難しいかもしれない、と。

しかし、ワークショップを続けていくうちに、自然と舞台作品を作ってみようという気になってきた。

「セリフを覚えられない」「体が思うように動かない」「発話が明瞭ではない」など、従来の演劇を作るにあたっては支障となってしまうことはたくさん起きる。

しかし、演劇の作り方を工夫するればそれらは支障ではなくなるし、そういったことを重ねることで新しい演劇が生まれると思っている。

稽古場では、その人らしさを認め合い、共に表現を楽しんでいく。すると信頼関係が築けて、みんな自信がついて、一人一人ではできないことでも、その集団では実現できるようになってくる。

今作に挑むメンバーは意欲に満ちている。演劇活動を続けていて面白いところは、メンバーとの信頼関係が深まるが、作品ごとに新しい役を演じるので、その都度、自分の新しい一面を見せられるところだ。「今度はあれをやってみたい」「こんな自分を出してみたい」という思いが伝わってくる。「エキストラの宴」よりさらに高みを目指したいと思う。

今回、会場となるのは奈義中学校。去年、建て替えたばかりの新校舎だ。まったく中学校に見えないエントランスを、まったく老人ホームに見えないエントランスに見立てて演劇を上演する。

僕たちが作る舞台は、現実のふりをした虚構の世界だ。しかし、僕たちが舞台を作る過程で生み出した関係性や価値観が、作品を通して地域に広がっていけばと願う。

ぜひ、多くの方々に奈義町でしか観ることができない“新しい演劇”をご覧いただきたい。

「恋はみずいろ」の会場となる奈義町立奈義中学校。

「恋はみずいろ」の会場となる奈義町立奈義中学校。

菅原直樹 プロフィール

菅原直樹(撮影:草加和輝)

菅原直樹(撮影:草加和輝)

1983年、栃木県生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団に俳優として所属。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。

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