動き出すブロードウェイ

動き出すブロードウェイ [バックナンバー]

コロナ禍のニューヨークに見たもの、感じたこと(後編)

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ブロードウェイの劇場街が今年の夏に再開した。新型コロナウイルスの影響で約15カ月にわたって閉鎖されていた間、劇場関係者や現地で活動する日本人アーティストは何を見て、何を思い、再開にどんな希望を抱いているのか。

このコラムでは、ニューヨークの演劇事情を知るアーティスト5人に現地の様子を前後編でつづってもらう。前編では、タップダンサーの熊谷和徳、シグネチャーシアターの芸術監督であるマシュー・ガーディナーと国際的に活動するプロデューサーのナタリー・ラインが思いを寄せた。後編にはニューヨークの大学で教え、自身のカンパニーを持つ芦澤いずみ、現代演劇やコンテンポラリーダンスの企画・制作を手がけ、今年からニューヨークに滞在する橋本裕介が登場する。

芦澤いずみ(Izumi Ashizawa Performance)

芦澤いずみ(Photo by Michaelis / Philenews)

芦澤いずみ(Photo by Michaelis / Philenews)

あえてすべてをやめてみた

2020年春は私にとって、24時間救急車のサイレンが鳴りやまなかったり、いつも通る葬儀場近くの路上に会社名の記載されていない冷凍トラックが止まっていたり、友人の家族が次々に亡くなったり、大学の教え子のお父様が亡くなって、十代の若さで突如一家の大黒柱となり、学業との両立に苦しむ姿を目の当たりにしたりと、死と隣り合わせの日々でした。そんな中、COVID-19が広まっていないグリーンランドでの作品作りの予定が2020年夏から秋に入っていましたが、演劇をやらないことが人の命を救うことと判断し、自主的に2022年まで延期するよう、プロデューサーに交渉しました。また、ニューヨークで演出家として携わっていたオペラも、早いうちからキャンセルするようにプロデューサーに呼びかけました。舞台芸術の存在意義をいや応なしに考えさせられ、そもそもなぜ舞台を手がけているのかを問い続ける日々でした。ロックダウンの間、Zoom Playと称するオンライン演劇をやる人々がいましたが、自分はあえてすべてをやめてみました。以前共著した本2冊がパンデミック中に出版されたり、大学のクラスや劇場の客員講師の仕事はオンラインで行っていましたが、演劇公演からは1年半完全に離れ、その間、保育園に行けなくなった子供たちに玩具をあげたり、マスクを知人たちに送ったり、公園でいつも顔を合わせる赤の他人と遠くから手を振り合ったりすることに喜びを感じたりし、こうした何げない行いの中に、自分がなぜ舞台をやっているのかという根源的な問いへの、隠された答えを見つけたように思います。

“COVIDオフィサー”と共に創作が始まる

2021年春、ワクチン普及がきっかけとなり、一時停止していた企画が次々に始動し始めました。初夏からコーチとして携わっている、オフブロードウェイの新作の現場は、役者と接触性の高い人々を“ゾーン化”することで接触を最低限に抑えたり、“COVIDオフィサー”(編集注:COVID-19 Compliance Officerと呼ばれ、労働者の毎日のスクリーニング検査、換気、マスクの普及、交代制の休憩などを管理する)という専門の役職の人を採用したりと、最新の注意が払われています。また、代役がいつもより入念に準備されており、代役にも主役と同じコーチングを行っています。そういった中、早々と再起動を果たしたブロードウェイ「ハデスタウン」に出演している元教え子は、「1年半ぶりに長い付けまつ毛の日々に戻る」と喜んでいました。10月には、ローワーイーストサイドのギャラリーで、インスタレーションアーティストとの共同パフォーマンスアート公演「And, Into Thin Air」が、2022年春には、延期になっていたグリーンランド国立劇場での作品「小さな女神」の創作が始まります。1年半の冬眠を通して見つめ直した舞台芸術家としての存在意義への問いの答えが、作品に反映できるよう、精進していきたいと思います。

パンデミックが生んだ利点も

パンデミックによるシャットダウンにより、すべてが一時停止したことは、アメリカ演劇界にシステム再考を強いる良い機会になったと思います。シャットダウン下に起こったジョージ・フロイド殺害を機に各地に広まったBLM(Black Lives Matter)運動を引き金に、演劇界でも今まで水面下に隠れていた、暴力、差別、ハラスメント問題が次々に露呈し、いろいろな劇場のトップが辞任・解雇を求められるに至りました。トップ層に黒人を起用したり、BPOC(黒人、有色人種マイノリティの意)のキャスティングの機会を増やしたり、劇場内のセクハラ、パワハラ防止、バイスタンダーインターベンション教育(編集注:傍観者にならず、身の安全を保ちながら、ヘイトクライム阻止に働きかけることへの指導)を行うなど、外堀からのシステムの見直しが試みられることになったのは、パンデミックが生んだ唯一の利点だったと思います。ただ、結局のところ、根元部分の問題はあまりに深く根付いているため、そう簡単に解決するのは難しいのが現状です。数年後に、またすべて元通りにならないよう、良い所は残し、悪い所は変える勇気を持ち続けられたら、と願ってやみません。ここで質問です。日本の舞台芸術はパンデミックの生んだ改革の機会を有意義に活用していますか?

芦澤いずみ(アシザワイズミ)

作・演出家・俳優。アメリカ・イェール大学大学院修士号を取得後、2002年にIzumi Ashizawa Performanceを旗揚げ。ニューヨークを拠点に、大学で教鞭を執る傍ら、世界各地で作品を上演する。日本では2018年、「PHOTOGRAPH51」で翻訳・ドラマターグを担当した。

橋本裕介

ティナ・サッター(左)と橋本裕介。

ティナ・サッター(左)と橋本裕介。

観劇レポート from ニューヨーク

2021年秋、ついにブロードウェイが再開しました。9月24日金曜日(現地時間)に観劇したのは、「ライオンキング」でも「シカゴ」でも「ウィキッド」でもなく、新作ストレートプレイ「Is This A Room」のプレビュー初日。作・演出を務めるのは、「KYOTO EXPERIMENT 2014」に登場した、ニューヨークのダウンタウンの演劇シーンで目覚ましい活躍を見せるティナ・サッターで、これが何と彼女にとってのブロードウェイデビューです。会場は西45丁目にあるLyceum Theatre、この秋冬のシーズンは、本作と「DANA H.」(作:ルーカス・ナス。日本ではパルコ・プロデュース「人形の家 part2」で登場 / 演出:レス・ウォーターズ)が交互に、日によってはWヘッダーで上演されるプログラムになっています。

「Is This A Room」は2019年1月に、ニューヨークのアンダーグラウンド舞台芸術シーンのメッカThe Kitchenで、サッターの劇団Half Straddleの製作で初演されました。瞬く間に高い評価を受け、その年の10月にはオフ・ブロードウェイのVineyard Theatreで上演され、ついに今回ブロードウェイ・プロダクションになったのです。これまでの1年半、彼女の劇団のプロダクションとして国内外のツアーが予定されていましたが、パンデミックの影響ですべてキャンセルとなりました。しかし「かえってそれが、今回のブロードウェイ版の制作に集中できたかもしれない」と本人は語っています。

Lyceum Theatre、客席の様子。

Lyceum Theatre、客席の様子。

2017年6月3日、ジョージア州でリアリティ・ウィナーという元空軍の暗号言語学者である25歳の女性が逮捕されました。物語の舞台は、その日彼女の家へ3人のFBI捜査官が突然訪れ、任意同行を迫る1時間余りのやり取りなのですが、なんとFBIが一部始終を記録した録音の音声を、そのまま再現する形で展開するのです。

ウィナーは、合衆国政府の最高機密情報にアクセスできる立場を利用し、盗み出した文書をニュースメディアに送付した疑いで起訴され、5年3カ月の実刑が確定、現在も収監されています。彼女が盗み出したと言われる文書は、ロシアによる2016年アメリカ大統領選関与疑惑を巡る捜査で、ロシアが有権者登録や投票手続きを担当する米地方当局者を標的にしたハッカー攻撃を行っていたという、国家安全保障局(NSA)の内部資料です。当時彼女は、NSAと業務契約を結んでいた民間企業で契約社員として勤めていたのです。

たった4人の登場人物が繰り広げる心理戦。飼っている犬や猫の話題を冗談混じりに話していると思ったら(チープな動物のフィギュアが登場し、シリアスだったFBI捜査官がそれと戯れあう様子は爆笑を誘います)、急にウィナーが所持している銃器について、そして情報漏洩について捜査官は畳み掛け、彼女は追い詰められていきます。その鋭い言葉の応酬はまるで言葉のダンスのようです。シンプルで抽象的な舞台装置の上で、人物の立ち位置そして音響や照明が効果的に演出され、“一つの場所・リニアに流れる時間”という物語の設定に、緊張と緩和、流れと切断、集中と拡散が見事に立ち上がります。個人の心理と同時に、一般人にはあずかり知らない巨大な権力や謀略の存在を描き、そして「愛国者とは何か?」を問いかけるのです。

本作は10月11日に正式な初演を迎え、そこから作品は“ロック”され演出の手を離れます。来年1月15日までの上演が決まっていますが、果たして好評のうちにロングランとなるのでしょうか? 初のブロードウェイ・プロダクションということで、仕事のやり方がダウンタウンとまったく異なり、「まるで演劇制作工場みたい」と言っていたサッターですが、それも楽しんでいるようでした。

マスク着用、ワクチン接種証明もしくはPCR検査結果の提示など当然の制約はありますが、ブロードウェイもダウンタウンの演劇シーンは、すっかり元に戻りつつあり、街は活気にあふれています。以上ニューヨークからの報告でした。

Lyceum Theatreの外観。

Lyceum Theatreの外観。

橋本裕介(ハシモトユウスケ)

1976年、福岡県生まれ。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始、2003年に橋本制作事務所を設立後、京都芸術センター事業「演劇計画」など、現代演劇、コンテンポラリーダンスの企画・制作を手がける。2010年よりKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭を企画、2019年までプログラムディレクターを務める。2013年2月から2019年3月まで舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事長。2014年1月よりロームシアター京都勤務、プログラムディレクター。2021年4月から1年間、文化庁新進芸術家海外研修制度でニューヨークに滞在。

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