左から黒沢薫(ゴスペラーズ)、U-zhaan。

U-zhaanが食べて聞く「カレーと音楽」 第5回 [バックナンバー]

ゴスペラーズ・黒沢薫のカレー愛

カレー界のため、そして音楽界のために

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俺たちがカレーの地位を向上させるんだ!

U-zhaan 料理に対する基本的な素養はどうやって身に付けたんですか?

黒沢 母親が料理好きで、家にレシピ本がたくさんあったんですよ。それを僕も読んで「今度これを作ってほしい」とリクエストしたり、とにかく食い意地の張った子供でしたね。なので、次第に自分でも料理するようになっていって。

U-zhaan そうだったんですね。

黒沢 大学に入ってから早稲田のアカペラサークルに通い始めたんですが、早稲田のあたりって当時としてはエスニック料理店が豊富にある地域で。いろんな店を食べ歩いているうちに、エスニック料理に関する知識もついていきました。そんな中で出会ったのが、キーボーディストの松本圭司くん。2002年にゴスペラーズのツアーメンバーとして彼を迎えたことが、スパイスカレーに目覚める決定的なきっかけになりました。当時、全50公演のロングツアーをやってましたが、みんな若かったから公演ごとに各地で打ち上げをするんです。日本は海に囲まれているから、どの街に行ってもいつも新鮮な魚介類が出てくる。ただ、本当に贅沢な話なんですけど、どれほどおいしい刺身でも10日以上続くとさすがに飽きてしまって。

U-zhaan それはすごくわかります。

黒沢 バスの中で「カレーが食べたいね」って言ってたら、松本くんも異常なカレー好きだということが判明したんですよね。札幌のスープカレーとか、まだ日本ではほとんど食べられてなかった南インド料理とかにもめっちゃ詳しくて。それで、2人でカレー部を作ることにしたんです。一緒に各地のカレーを食べに行ったり、おいしいカレー屋さんの情報を交換したりするようになりました。

U-zhaan カレー部いいなー。周りの人たちも、みんな入部したがったんじゃないですか?

U-zhaan

U-zhaan

黒沢 確かにみんな「僕もカレー好きです!」みたいに声をかけてくれたんだけど、その頃はこっちも尖ってたんで「え、じゃあ1日に何回カレー食べてるの?」みたいな返しをしてしまって。

U-zhaan なかなか敷居が高いというか、感じが悪いカレー部ですね(笑)。

黒沢 そう、あんまり人が寄ってこないようにするという(笑)。今ではすっかり博愛主義になって「どんなカレーも素晴らしい」と思っているんですが、当時はつい「君たちと俺たちは違うんだからね」みたいな感じを出しちゃってて。まだタイカレーすらそんなに浸透してなくて、一番マニアックな人でもバターチキンとナンみたいな時代だったんですよ。カレーは家で食べるもの、というのが一般的な認識だったから「俺たちがカレーの地位を向上させるんだ!」みたいな意気込みがあった。それで「飲むときもカレーで飲みたい」とか「デートにもカレー屋を使いたい」とか言い続けてたんですけど、最近になってそれが叶い始めちゃってるんですよ。

U-zhaan 考えてみれば渋谷のERICK SOUTH MASALA DINER(※2)とか日本橋のHOPPERS(※3)とか、今までになかったタイプのモダンエスニック料理店が増えてますよね。こうやってカレー文化が徐々に広がってきたのには、黒沢さんの発言も影響しているのかな。

黒沢 もしそうだったらうれしいですね。言い続けてきてよかった(笑)。

宇多丸との出会い「カレーは音楽で、音楽はカレー」

黒沢 で、そういう一番尖っていた頃にRHYMESTERが「SOUL POWER 2006」(ゴスペラーズも共同で発起人を務めた国内初の大型ソウルイベント)に出てくれて。そのときに宇多丸さんと「カレーは音楽で、音楽はカレーだよね」という話を初めてしたんです。

U-zhaan お、とうとうその話題に! まさにこの連載が始まるきっかけでもあるので、当時の黒沢さんと宇多丸さんが何を思ってそこにたどり着いたのか詳しく知りたいです。

黒沢 「カレーはブラックミュージックだよね」っていう宇多丸さんの発言から始まったんじゃなかったかな。それをきっかけに「ブラックミュージックにおける音の組成と、カレーにおける味の組成は近い」とか「スパイスにも音楽でいう高域、低域がある」とか、どんどん話が進んでいって。で、そのあとに宇多丸さんのラジオ番組に呼んでいただいて一緒にカレーの話をする機会があったんですけど「ただカレー評論するのもつまらないから音楽に例えてみよう」ということになりました。あれから18年、それをいまだにやってるんです。

U-zhaan 例えば、さっき話に出た新宿中村屋だったらどう表現するんでしょう。

黒沢 うーん、宇多丸さんは「中村屋は中音域が多めだ」って言ってましたね。

U-zhaan あの深みのある感じは中域が支えてるのか(笑)。マジックスパイス(※4)だとどうなります?

黒沢 マジスパは完全にハイ上げですね。宇多丸さんのラジオでは音域だけでなく特定の楽曲に例えることも多いんですが、今までさまざまなカレーを例えてきたから、どれをどう表現したかもう覚えきれなくなってきてて。前と被らないようにしなきゃならないので、前年までの放送を収録前にチェックしたりしてます。

U-zhaan 楽曲に例えるのも面白そうですね。今までどんなのがありました?

黒沢 Nawab(※5)の「ラム・ニハリ」をマーヴィン・ゲイの「Distant Lover」に例えたり、ERICK SOUTH MASALA DINERの「プレミアムバターチキンカレー ブリオッシュ添え」を星野源さんの「Pop Virus」に例えたり。

Marvin Gaye - Distant Lover (Official Lyric Video)

星野源 – Pop Virus 【MUSIC VIDEO】 - YouTube

U-zhaan 星野さんの例え、わからないでもないですね。

黒沢 でしょ? バターチキンにブリオッシュを合わせるという変化球が、星野源さんの「ブラックミュージックがすごく好きだからこそ、あえてそのままやらない」感じとリンクする気がして。あとは代々木八幡SPICE POST(※6)の「ポークビンダル&チキン」をダニエル・シーザー&H.E.R.の「Best Part」に例えましたね。これは我ながらうまいな(笑)。

Daniel Caesar - Best Part (Audio) ft. H.E.R.

U-zhaan いい曲ですけど、どの部分にポークビンダルを感じるんでしょうか。

黒沢 やっぱりポークビンダルにおける酸味の部分がH.E.R.で、チキンがダニエル・シーザーかな。淡々としているんだけど、実は低域も高域もきちんと鳴ってるところも共通点がある。で、こんな話を呪文のように説明しつつ、音楽を聴きながら宇多丸さんに食べてもらうんです。そうすると宇多丸さんは「確かに! 聞こえてきてる、聞こえてきた!」って。

U-zhaan 洗脳に近いですね(笑)。面白そうな番組だなー。今年は絶対に聴こう。

黒沢 これはもう完全にイマジネーションの遊びですね。ラジオでカレーを食べたって、聴いている人には味がわからないじゃないですか。テレビと違ってビジュアルすら伝えられないし。でも味を楽曲に例えて、それを聴いてもらうことによって「なるほど、こういう感じなのか」とイメージしやすくなる。リスナーの中には、味を確認するため実際にそのカレーを食べに行ってくれる人もいて。

U-zhaan へー!

黒沢 なので、カレー界のためにも音楽界のためにもなってるはずなんです。

U-zhaan 食べに行く人がいるならカレー界にはだいぶ貢献してそうですけど、音楽界のほうにはどういった効果があるんでしょうか。

黒沢 R&Bに触れるきっかけをカレーで作れるんじゃないかと。今の日本人って、基本的に洋楽をあんまり聴かなくなってきてるでしょ? 普段は洋楽を聴かない人たちが、これを入り口に洋楽、そしてブラックミュージックに興味を持ってくれたらいいなと思ってます。

U-zhaan 思った以上に崇高な企画だったんですね。

黒沢 そうなんです(笑)。僕はブラックミュージックを愛しているから。ただその一方で自分自身の立ち位置は、あくまで日本という国の中でR&Bをやっているシンガーソングライターなんです。最終的に本場で活動したいわけではなく、お箸の国でどうやってブラックミュージックをリスペクトした音楽をやっていくのかということを考えてます。僕は歌い手だから、やっぱり中域を大事にして音楽を作っていきたい。カレーに例えると中域って旨味や塩気だと思っているんですが、まずその部分がしっかりしているのが大前提ですよね。具材やスパイスがマニアックだったりというのは、あくまで彩りだと考えています。僕が作るカレーと、僕の音楽との共通点はそこなのかもしれない。

左からU-zhaan、黒沢薫。

左からU-zhaan、黒沢薫。

U-zhaan カレーにおける具材やスパイスって、音楽だと何にあたるんでしょうか。

黒沢 アレンジメントかな。カレーでも音楽でも、スパイスを入れすぎて食感や聴感がジャリジャリしちゃってるようなものってあるじゃないですか。そういう感じではなく、ちゃんとおいしいけれど、よく聴くと全部の音域が豊かになっているようなものが僕の目指すところなんです。そういう意味でエリックサウス(※7)の、食べ進むほどに奥行きを感じるカレーはまさに理想的だな。あとはアジャンタ(※8)とか。アジャンタの味には、ティン・パン・アレーとかはっぴいえんどみたいなよさがあるんですよ。

U-zhaan アジャンタ、食べてみたくなりました。僕まだ行ったことないんですよね。そういえば、黒沢さんが以前ゴスペラーズの曲タイトルにもしたインド料理屋があるじゃないですか。

黒沢 アンジュナ(※9)?

アンジュナ

U-zhaan はい。この間、ひさしぶりにアンジュナへ行ったんですよ。アン・サリーさんと日野市でライブしたときの打ち上げで。

黒沢 うらやましいです! 最近はなかなか行けてなくて。店主の藤井さんは元気でした?

U-zhaan 元気そうでしたよ。僕、以前アンジュナでインド音楽のライブをしたこともあるんです。

黒沢 それは最高ですね。そういえばユザーンさん、大森のマシャール(※10)でも演奏してますよね。

U-zhaan よくご存知ですね! マシャールも、とってもおいしいんですよ。

黒沢 いや、あれはガチです。マシャールはビリヤニが有名で、もちろんそれも美味なんだけど、ランチのタンドーリチキンとかが普通にめちゃくちゃおいしい。インド本国のレストランより旨いんじゃないかな、っていうレベルで。あそこのフセインさんは伝説のシェフなんですよね。彼が日本人にも分け隔てなく調理の技法を教えてくれたからこそ日本のインド料理がこんなに発展したと言っても過言ではないかも。

U-zhaan あの店で何度もライブしてる僕よりも黒沢さんのほうが圧倒的に詳しそうなのはなぜですか(笑)。

黒沢 カレーのことならなんでも聞いてください(笑)。

黒沢薫(クロサワカオル)

ゴスペラーズのメンバーとして1994年12月にリリースされたシングル「Promise」でメジャーデビュー。「ハードコアカレーシンガー」を自称するカレー好きとして知られ、2005年より自身のカレー遍歴をまとめた書籍「ぽんカレー」「ぽんカレーNEO」「ぽんカレーGOLD」を出版した。2012年には「CD&DLでーた」創刊25周年イベントとして自身がプロデュースしたカレーショップ「ぽんカレー食堂」を期間限定でオープン。現在は黒沢によるオリジナルカレーが毎回登場する音楽番組「Spicy Sessions」がCS放送TBSチャンネル1にて放送されている。

U-zhaan(ユザーン)

埼玉県川越市出身のタブラ奏者。世界的なタブラプレイヤーであるザキール・フセイン、オニンド・チャタルジーの両氏に師事する。タブラ修業のために毎年インドを訪れ、本場のスパイス料理に慣れ親しんだ経験を生かし、自身が監修したベンガル料理のレシピ集、レトルトカレー、仕切りが取れるカレー皿を発売した。2025年1月にはこのカレー皿の新色「yellow」と「blue」が登場。4月に新色発売を記念したインド音楽ライブが長崎・波佐見町で開催される。

登場したカレーショップ

※1)新宿中村屋
※2)ERICK SOUTH MASALA DINER
※3)HOPPERS
※4)マジックスパイス下北沢店(東京御殿)
※5)ナワブ ダイニングカフェ
※6)SPICE POST
※7)エリックサウス 八重洲店
※8)アジャンタ麹町店
※9)アンジュナ
※10)マシャール

バックナンバー

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U-zhaan(ユザーン) @u_zhaan

音楽ナタリーで連載中の「カレーと音楽」、今日1/22はカレーの日だということで半年ぶりの第5回を公開しました。ゲストはゴスペラーズの黒沢薫さんです。 https://t.co/KN2wmgUyb6

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