各界の著名人に愛してやまないアーティストについて話を聞く連載「私と音楽」。第43回となる今回は、文芸評論家の三宅香帆に
三宅は2017年の大学院在学中に著作家としてデビュー。2024年に発表した「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」が大ヒットを記録し、「第17回 オリコン年間“本”ランキング 2024」新書部門で1位を獲得した。そんな彼女が文章を書くときの指針にしているのがYUKIの音楽なのだとか。京都大学大学院時代には萬葉集の研究をしていたという彼女は、YUKIのどういったところに魅力を感じているのだろうか。生き様や歌詞など、さまざまな角度から語ってもらった。
取材・
ステージでのパワーに圧倒された
高校生のときに部活の先輩からCDを借りて聴いたのがJUDY AND MARYで、確かベスト盤「FRESH」(2000年)だったと思います。大学に入ってから、当時放送されていたドラマ「最高の離婚」を観ていたら、ジュディマリの曲の話がけっこう出てきて。それをきっかけに改めて聴いたら「やっぱりいいな!」と思いました。高校生の頃までは音楽を聴くと言ってもまだサブスクもなかったですし、CDを買うにもお金がなかったんです。でも大学生になってからはTSUTAYAで5枚1000円とかでレンタルできることを知って、それを自分のiPodに入れてたくさん音楽を聴くようになりました。YUKIちゃんの曲もそれからよく聴くようになって。最初にベスト盤の「five-star」(2007年)を聴いて、そこからあと追いでいろんな曲を聴いていったんですけど、大学3回生くらいのときにリリースされたアルバム「FLY」(2014年)あたりからリアルタイムで追うようになりました。
そんな私が初めて行ったYUKIちゃんのライブは2018年の「YUKI LIVE "COSMIC"」の大阪公演。ステージでのYUKIちゃんのパワーに圧倒されたことを今でも覚えています。2019年の「YUKI concert tour "trance/forme" 2019」にも行きました。そのときは会社員と書評家を兼業しているときですごく疲れていたので、ただただ癒やされましたね(笑)。あと、大好きな「ひみつ」を歌ってくれてうれしかったです。YUKIちゃんがラジオで「ライブのためにいろんな準備をしている」という話をしているのを聞くと、私もがんばろうと思えます。年齢を重ねてもライブを続けてくれていてありがたいです。ただ、私はライブの現場がそんなに得意なほうではなくて、どちらかと言うと配信やDVDなどの映像を観ることのほうが多いです。本を読むときと同じように、音楽も1人でじっくりと向き合うほうが好きなのかもしれません。YUKIちゃんは定期的にラジオやテレビにも出演してくれるし、YouTube配信もあったりするので、在宅の民にも優しいのです(笑)。
いくえみ綾やよしながふみの作品に近い感覚
YUKIちゃんの曲って、例えば「ランデヴー」では「泣き虫のジュリエット」と「弱虫ロミオ」が登場したりと、物語性がありますよね。でもすべてを言葉にしない詩的な表現をされているのが素敵だなと思って。自分のことを歌ったパーソナルな楽曲も好きだけど、お話の設定があって主人公がいる曲も聴いていて楽しいですし、“作詞を聴いている”という感覚になれて好きなんですよね。「ひみつ」の歌詞も、どこかノスタルジックでロマンチックだけど、主人公の切なく悲しい境遇が理解できて好きです。YUKIちゃんの書く歌詞の物語性は、いくえみ綾先生やよしながふみ先生のマンガに近いものを感じます。そういえば先日、友達の結婚式で新郎新婦の人生をたどるスライドショーのBGMでYUKIちゃんの「ビスケット」が流れていました。ウエディングソングのイメージがなかったのですが、甘いビスケットを半分ずつパワフルに分け合う関係性が、これから人生をともに歩んでいく2人にぴったりだなと思い、新鮮に歌詞を解釈できましたね。
特に歌詞が好きな曲は「無敵」です。「恋は夕暮れを 甘いお菓子に変える」というフレーズがあるんですが、感情が揺れ動くことで目に映る景色が違って見えることが表現されていて。感情が風景に投影される現象は文学でもよく描かれますが、特に「甘いお菓子」という表現がYUKIちゃんらしいなと。「無敵」の主人公はちょっと強がっていて夢見がちなところもあるけど、生きていくうえで必要な自信がちゃんとある感じがいいなと思います。ご自身がインタビューで「歌詞には『こうなりたいな』と思う主人公を書いている」とおっしゃっていることも多いですが、聴いている側も曲の主人公に思いを馳せて「こうなりたいな」と思うことができるんですよね。
YUKI 『ビスケット』
自分の大切なことを思い出させてくれる
私は本を読んでいると自分の大切なことを思い出すような感覚になることがあるんですが、それは音楽においてもそうです。YUKIちゃんの「さよならバイスタンダー」はアニメ「3月のライオン」のオープニングテーマだったんですけど、このアニメが放送されていた時期に「これからの進路はどうなるんだろう」と不安に思っていて。この曲を聴くと、そのときのことを思い出します。書き手として活動を始めたばかりだったので「自分の名前で本を出すというのはどういうことなのか」「不特定多数の人に文章を読んでもらうというのはどういうことなのか」と考えていた時期でした。そんな時期に聴いて励まされた、私にとって思い出深い曲です。YUKIちゃんの歌詞はYUKIちゃん自身が自分を奮い立たせるように書いているのかな、と思うものもたくさんあって、その言葉に私も力をもらいます。曲を聴くと「ああ、私はこういうふうに生きたいんだよな」ということを思い出すことができるんです。
YUKI 『さよならバイスタンダー』
YUKIちゃんの曲を聴き始めた頃からYUKIちゃんのエッセイやインタビューを読んで、彼女の生き方や価値観にもたくさん触れて、より好きになったんですよね。YUKIちゃんは、歌の中で私たちに「自分ががんばっているのはいいことだ」と、ちゃんと言ってくれている気がするんです。周りの人から見るとストイックな生活をしていても、“本当に自分がそうしたいからしている”というのが感じられますし、語り口が柔らかいので、ラジオでお話しされているのを聴くだけでも明るい気持ちになれます。音楽作品だけでなく衣装やアートワークもすべて含めてYUKIちゃんらしさにあふれていますよね。いろんなスタッフの方がいて、いろんな方とお仕事をされていると思うんですけど、どの写真を見てもYUKIちゃんがYUKIちゃんでいることのすごさを感じます。私も自分の本の装丁などを考えるときに「わかりやすさを大事にしつつ、それでいて自分らしいものにするのはどうすればいいのか」と、いつも試行錯誤しています。
私もこんな文章が書けたらいいのに
文章や論文を書き始めた頃にYUKIちゃんの音楽を聴き始めたこともあり、今でも原稿を書くときはよくYUKIちゃんの音楽を聴いています。そしてYUKIちゃんの音楽を聴きながら「私もこんな文章が書けたらいいのに」と本当に思うんです! 最新アルバム「SLITS」に収録されている「風になれ」が大好きで最近よく聴いているんですが、どこか懐かしさと明るさがあって、みんなが生きていることを肯定してくれている曲。それもただ甘やかすような肯定ではなく、人生の厳しさや孤独を隠そうとせず、そういうものがあるからこそ人生は美しいということをポップに歌ってくれている。特に最近のアルバムにはYUKIちゃん自身の人生の成熟が出ている気がします。
以前、noteで「『なんか気分が乗らなくて書けない』時にあなたがやるべき5つのこと」という記事を公開したんですけど、その中の1つとして「YUKIちゃんの曲を聞く」と書きました。私は文章で、 YUKIちゃんの曲を聴いたときのような読後感を目指しているところがあるんですよ。彼女の音楽は「こういうものを書きたかったんだ」という原点を思い出させてくれるんです。文章には、自分の中にある不安や卑屈さみたいなものが、ふとした瞬間に出ちゃう気がしていて。でもそういうものは、人に届ける文章に、できるだけ存在しないほうがいい。私はそう信じています。なのでYUKIちゃんの曲を聴いて、方向性を確かめながら書く。自分も他人も肯定できるものを書きたいんだ、と確かめながら。そうすることで、少しでも自分の文章への後悔をなくしたいんです。原稿を書いているときは、最近の曲も昔の曲も、いろいろ聴くんですけど……特にやる気が上がるのは「プレイボール」。家で聴くときは、シンプルに机に向かったまま聴きますが、会社勤めもしていて大変だったときは眠気覚ましに歌いながら聴いていたこともありました。
YUKI 『プレイボール』
私が書くものは書評が主なので、基本的には文章もその本のテンションに合わせているんですね。だけど「それを読むたび思い出す」というエッセイを書いたときは、何を柱に、どういうテンションで書いたらいいんだろうって、書き方からよくわからないところがあったんです。そんなときにYUKIちゃんの曲を聴きながら、そこにテンションを合わせて文章を書いた思い出があります。YUKIちゃんの曲を聴いていると、自分の書きたいことが見えてくることがあるんです。
YUKIの音楽からしか得られないもの
YUKIちゃんの音楽からしか得られないものがあるとしたら、それは生き方の理想みたいなもの。YUKIちゃんの曲を聴いていると「こんなふうに明るく過ごしたい」とか「こんなふうに楽しく日々を過ごしたい」と思うことができるというか。「こっちの方向で正しいんだ」と思える軸になっているんだと思います。私は本をたくさん読みますが、生き方を学ぼうと思って読むことはあまりなくて。どちらかと言うと知識や理解を深めたいという意識で読んでいるんです。だけどYUKIちゃんの曲を聴くと、「こんな生き方をしたいな!」って、すごく思います。
YUKIちゃんの作詞の一番のすごさは、物語を生み出す力じゃないかな。「COSMIC BOX」などでも、「月で生まれた人は 地球には戻れない」から始まって、小説家が物語を1から10まで書くのとはまったく違う手法で、ストーリーを聴き手に伝えていくんです。私は米津玄師さんの歌詞も好きですし、YOASOBIさんをはじめとして最近は物語を歌詞にするアーティストもいらっしゃいますが、そういった方たちの歌詞は曲の世界観やあらすじを説明する描写が入っていますよね。でも、YUKIちゃんの歌詞は最初から最後まですべてがポエティックで、説明ではなく感情や情景を歌っている。だからこそ聴いているだけで想像が膨らんでいくんです。1行目からその世界観に入り込んだ言葉で書き始めていたり、理解されないことを恐れない感じがすごくいい。パッと読むだけだとわからないようなことが、YUKIちゃんが歌うことで「とてもよくわかる」と感じられることもあります。例えば「流星slits」の「神様 ねえ どれだけ遊べば気が済むの?」とか、「COSMIC BOX」の「遥か遠い昔から 意味のある偶然を伝えているんだ」といった歌詞。わからないようで、ものすごくわかる。本当に不思議だし、魅力的だし、そういうところに毎回シビれます。
YUKI 『COSMIC BOX』
私は文芸評論家という仕事をしていることもあって、「どうしたらこんな歌詞が書けるんだろう」とYUKIちゃんの曲を聴くたびに思います。普段から使われているような言葉でも、想像し得る範囲を超えた、大きな解釈を受け手に届けることができる。そんな最大限の余白をYUKIちゃんが言葉で操縦して、聴いている側の“イメージで補完する能力”を引き出してくれるような感じがするんですよね。詩の魅力というのはそもそもそういうことだと思うんですが、それにしてもYUKIちゃんの作詞スキルには、毎回唸らされます。これからもYUKIちゃんは、私にとって憧れであり目標であり、羅針盤のような存在です。
プロフィール
三宅香帆(ミヤケカホ)
1994年高知県生まれの文芸評論家、京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程を中退後、リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動しており、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」「『好き』を言語化する技術」など多数の著書を発表している。
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三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 @m3_myk
ここは #本どう リスナーだけがわかるであろう、人様の結婚式に行って歌詞解釈の学びを得る時間にしようとする三宅の図です
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