「カルテット」「コンフィデンスマンJP」をはじめ、さまざまな賞を受賞している「ブラッシュアップライフ」など、数々のドラマや映画の劇伴を手がけたことで注目を集めてきたfox capture plan。2023年には「NHK紅白歌合戦」のオープニングテーマを制作し、これまで以上に活動の幅を広げていった。そんな中2024年には新たなレーベル・CapturisM.を設立。12月には3年ぶりのアルバム「DEEPER」をリリースした。
メンバーはアルバム「DEEPER」について、サポートミュージシャンを一切入れずに3人だけで作ることを意識したと語る。ドラマ「アンメット」「【推しの子】」「阿修羅のごとく」といった話題作の劇伴を制作しつつ、オリジナルアルバムをどのように仕上げていったのか? 音楽ナタリーではメンバー全員に直近の活動を振り返ってもらいつつ、アルバム「DEEPER」のコンセプト、劇伴制作がもたらした変化などを聞いた。
取材・文 / 金子厚武撮影 / 笹原清明
“Playwrightの筆頭バンド”に甘んじることなく、新しいムーブメントを作る
──今年7月に新レーベル・CapturisM.を設立した経緯を教えてください。
岸本亮(Piano) スタッフの座組自体はそこまで変わっていなくて、ディレクターもこれまで所属していたPlaywrightと同じく谷口慶介さんが担当しているんですけど、Playwrightの所属アーティストがどんどん増える中で、自分たちも次のステージに向かっていく必要が出てきて。それから前のアルバム「XRONICLE」を発表してから3年空いたのもあったし、主宰レーベルを作ることが一番明確に自分たちの姿勢を示せると思ったんです。
井上司(Dr) 「XRONICLE」が完成した時点で「次は心機一転、みたいな感じで作ってみてもいいかもね」という話はちらほら上がっていたんです。
岸本 10年以上活動してきて「Playwrightの筆頭バンド」と言っていただけることも増えたんですけど、そのポジションに甘んじることなく、自分たちでまた一から新しいムーブメントを作っていければなって。
──7枚目のアルバムのタイトルは「CAPTURISM」でしたが、レーベル名はCapturisM.で、CとMだけが大文字になっているのは何か意味がありますか?
井上 これはデザインですね。Metallicaのロゴみたいなもんです(笑)。
岸本 この名前自体はすぐに決まって、fox capture planを提示する言葉として一番ふさわしいと思いました。あと、CapturisM.では音楽だけじゃなくて、アートに関するものとか、いろいろな発信ができればいいなと考えていて、それは現在話し合っているところです。
カワイヒデヒロ(B) メンバーそれぞれの個人活動でもCapturisM.を使ったり、そういう自由さはいいなと思っていて。例えばつかっちゃん(井上)が個展をやってもいいし、将来的にはラーメン屋をやってるかもしれないし(笑)。
──カワイさんによる食のプロデュースは現実味がありそうですね(笑)。
カワイ 僕としてはとてもやりたいですけどね(笑)。
──新レーベルの設立をアナウンスして、最初にリリースされたのが配信シングル「疾走する閃光(2024 NEW TAKE)」でした。
岸本 「疾走する閃光」はもともと2014年に発表した曲で、当時の作風がよくも悪くも出てしまうから、ライブでやる時期もあればやらない時期もあったり、自分たちの中では波があるんです。とはいえ特に聴かれている曲の1つで、ミュージックビデオの再生回数も一番多いので、CapturisM.をスタートするにあたって新しい形でリリースしました。ほぼほぼリハーサルなしで、レコーディングスタジオで「ちょっとやってみようか?」みたいな感じで録ったんですけど。
カワイ 「ちょうど10年前に出したんだ」って話をして、「じゃあ、録ってみる?」みたいな、そういうラフなノリでした。ライブではずっと演奏しているから、新バージョンとオリジナルバージョンを聴き比べてみるのも面白いんじゃないかな。テンポは原曲より速くなっていますが、ライブでもけっこう速いから、そっちに寄せています。「曲が育った」というのを感じてもらえると思います。
今の3人だけでアルバムを作ったらどうなるんだろう
──「DEEPER」というアルバムタイトルはどのように決まったのでしょうか?
岸本 3人ともfox capture planとしてどう大衆音楽にアプローチしていくのかよく考えているんですが、普段聴いている音楽は現代ジャズだったり、インディーロックだったり、わりとアンダーグラウンド寄りの楽曲が多くて。今回はそういうジャンルの要素がどの曲にも反映されています。何年か前にピアノ系のインストバンド、Schroeder-Headzやjizueといった同世代の人たちとシーンを盛り上げられたのですが、その後ほかのバンドと差別化し、どうやって自分たちの個性を出していくか考えるようになって。それが8枚目のアルバム「DISCOVERY」を発表した頃で、さらに楽曲をブラッシュアップして、広がりや深みを出せたのが今回の作品です。そんな中で最初に「Deep Inside」ができたので、その曲名とリンクさせてアルバムタイトルも「DEEPER」にしました。
カワイ つかっちゃんが以前活動していたバンドでよく使っていたブラストビートを取り入れてみたり、マニアックなところにフォーカスした曲が多くて。そういう新しい試みや探究心で深掘りをする意味でも「DEEPER」というタイトルは合ってると思います。
──前作「XRONICLE」発表後の3年間は、カバーアルバム「COVERMIND II」やソロ作のリリースがありつつ、foxとしては劇伴をかなりやっていて。2023年末には「紅白歌合戦」のオープニングテーマも担当したり、近年はそういうところで皆さんを知った人もかなり多いと思うんですね。でも本来foxはインストバンドで、「DEEPER」は3人それぞれの個性やプレイヤビリティをよりディープに打ち出したアルバムになったように感じます。
岸本 9thアルバム「NEBULA」のときはルイージ(カワイ)がギターの入った曲を作って9mm Parabellum Bulletの滝(善充)くんをゲストに呼んだり、10thアルバム「XRONICLE」のときは僕がこれまでで最大規模になる編成の曲を作ったりしたんです。「DEEPER」は別にすり合わせたわけではないんですが、サポートミュージシャンは一切入れず、基本3人だけで作りました。ただ初期作「trinity」「BRIDGE」「WALL」の頃はアコースティックピアノ、ウッドベース、ドラムという編成にこだわっていたんですけど、「DEEPER」は楽器の組み合わせは自由で、プログラミングもありつつ、エレキベース、エレクトリックピアノ、シンセとかも使っています。なので「3人の音のみ」という意味ではある種原点回帰と言えますが、今のfox capture planで作り方を更新した形になったと思います。「今、3人だけでアルバムを作ったらどうなるんだろう?」というのは、3人ともなんとなく考えていたのかもしれないですね。
井上 10周年で10枚目のアルバムを出して、今回はCapturisM.では初のアルバムになるから、デビュー作じゃないけど、原点回帰みたいなイメージはなんとなくありました。
──リードトラックとも言うべき1曲目の「Deep Inside」は今年行われたツアー「TRICOLOR」でオーディエンスとともに育てた曲ということですが、それはどういう意味なのでしょうか?
井上 この曲はツアー「TRICOLOR」でずっとワンコーラスだけ披露していたんです。
カワイ 展開は毎回同じなんですけど、演奏はその日の気分で変わっていて。各々のフレーズもいい意味で適当というか、いろいろ試しながら演奏していました。
岸本 「左手のポジションはこっちのほうが弾きやすいな」とか、いろいろ探りながら。
カワイ 「エフェクターをどこでかけようかな」とか、そういうのもいろいろ試して、その瞬間の鮮度でやる、みたいな感じで。
井上 それを全会場で録音しながら演奏して、終演後お客さんに録った音源を配っていたんです。
岸本 初日はめちゃくちゃ緊張しましたけど、最終的には「フルコーラスもセッションのノリでいけるんじゃない?」と思うぐらい演奏が馴染んでいましたね。
──「Deep Inside」はもともとどういうイメージで作曲をしたのでしょうか?
岸本 「COVERMIND II」でArctic MonkeysやSlipknotの曲をカバーしたのですが、ライブで披露するとすごくウケがよくて。「うちらのお客さんはこういうのが好きなんだな」という気付きがあったので、じゃあロックバンドっぽい、強いビート感のオリジナル曲を作ってみようと。「疾走する閃光(2024 NEW TAKE)」と同時期に制作したので曲のテンポは近いんですけど、「疾走する閃光(2024 NEW TAKE)」は外向きに強いのに対して、「Deep Inside」は人間の内面に訴えかけるような感じで。タイトルもそのイメージから付けています。
──確かに、ちょっとダークで攻撃的なリフはArctic MonkeysやSlipknotの系統に通じるものがありますね。
岸本 カバーに取り組むことで自分たちのスタイルにも使えそうなものが見つかり、それがしっかり反映できたのが「Deep Inside」だと思います。
ロンドンのビート感を意識しても、やっぱり東京になる
──2曲目の「Tokyo」は「Deep Inside」と同じく岸本さん作曲で、エレピとシンセの対比が面白いですが、この曲はもともとどういう着想から作ったんですか?
岸本 後半のシンセサイザーのソロで盛り上がっていく部分は、前にカワイくんが作った「NEW ERA」と近い感じにしつつ、最初から最後までずっとグルーヴが途切れず、ガンガン押していくようにアレンジしました。普段ソロパートは録り直したりすることもあるんですけど、この曲のシンセソロは一発録りで、最初のテイクをそのまま使っています。最近ロンドンのダンスミュージックをいろいろ聴いていたので、そのビート感を表現してみたくて、仮タイトルも「London」にしていたんです。でも我々が演奏したことによって、いい意味でそうはならなかった。どちらかというと「Tokyo」という印象を受けました。
──最初から東京をイメージして作ったわけではなく、もともとはロンドンのイメージだったと。確かにここ数年はロンドンのジャズシーンでダンサブルなものが盛り上がっていますもんね。
岸本 Nubiyan TwistやEzra Collective、モーゼス・ボイドとかも好きで。でも同じサウンドになっても面白くないから、楽器のセッティングとかは普段通りにして、タイトだけど渋くなりすぎないように仕上げました。
──司さんはロンドンのシーンを意識しましたか?
井上 僕はあんまり意識していないですね。だから仮タイトルを聞いたときは「ロンドン?」みたいな感じだったけど、「Tokyo」というタイトルが付いてから聴き直してみると、確かに日本感は強いですよね。それこそYellow Magic Orchestraみたいな、日本人ならではの音になっている気がする。
カワイ ダンサブルな曲は最近やってなかったので、アルバムのエッセンスの1つとしてすごくよかったです。「NEW ERA」は展開がめちゃめちゃ複雑だけど、「Tokyo」は逆にシンプルなグルーヴで押していて、ありそうでなかった曲になってる。
──岸本さんは2022年にソロアルバム「Solid State Outsider」を発表しましたが、ソロでの制作を経て、バンドへのフィードバックはありましたか?
岸本 改めてfoxでどういう音楽を提示するか考えたとき、ソロ活動での経験が生きました。それこそ「Tokyo」はほかのピアノ系のインストバンドにはない盛り上がりを表現できたと思います。ソロ作でJABBERLOOPの「ATMOSPHERE ENTRY」をリメイクしたんですけど、当時のクラブジャズならではの雰囲気を今のスタイルに更新するよう制作したので、そこと通じるものはあるかもしれないですね。
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劇伴でできなかったことをfoxで試してみる