KAMITSUBAKI STUDIO“始まり”のバーチャルシンガーとして2018年にデビューして以降、常に業界の第一線で活躍し、特徴的なウイスパーボイスと幻想的な世界観で独自のアーティスト像を確立してきた花譜。1年9カ月ぶりのアルバムとしてリリースされた「寓話」は、彼女のキャリアにおける分水嶺とも言える作品だ。
本作は、活動初期から楽曲をともに制作してきた盟友・カンザキイオリのKAMITSUBAKI STUDIO卒業後、初めてリリースされたアルバム。KAMITSUBAKI STUDIOのプロデューサーPIEDPIPERがキュレーションした複数のクリエイターを迎え、計15トラックの楽曲群“歌承曲”が制作された。
アルバム制作に参加したのは、大森靖子や笹川真生ら多彩な面々。この特集ではその中から、BTSやTWICEをはじめ数多くのビッグアーティストに楽曲を提供してきた岡嶋かな多を招いて花譜と語り合ってもらった。岡嶋は、今年5月発表のEP「GSA」のリード曲で、今回のアルバムにも収録されている「ゲシュタルト」を手がけたのが花譜との最初の接点。2人に互いの印象やアルバムの新曲について話を聞いた。
取材・文 / 倉嶌孝彦
作曲家として幸せの極み
岡嶋かな多 花譜ちゃんとしっかりお話しするのは初めてだから、すごい緊張しちゃいます。
花譜 ずっと作品を通してやりとりをしていたので、なんか変な感じです。
岡嶋 私も。実は私が花譜ちゃんのことを知ったのは、もう5年くらい前。花譜ちゃんがLIQUIDROOMで初めてライブをした頃かな。友達に「すごい子がいるよ!」と教えてもらって、ちょっと調べてみたらすごいムーブメントが起きていることを知って。そのときに「新しい時代が来てるな」と感じたのをよく覚えています。
花譜 そんなに前からなんですね! 当時はまだこういう取材の機会もなくて、クリエイターさんと曲を作ってくださるカンザキ(イオリ)さんとくらいしかお話しすることがなかったから、自分の知らないところで自分の話をしていただいたことが、恥ずかしいけどうれしいです(笑)。
岡嶋 思い出した! そのとき友達とお好み焼き屋さんにいたんだった!
花譜 (笑)。
──当時、岡嶋さんが花譜さんに対して感じたボーカリストとしての印象はどういうものでしたか?
岡嶋 当時思ったのは、花譜ちゃんは繊細さと爆発力のギャップがすごいボーカリストだなってこと。それは今も変わってなくて、むしろ年々その魅力が強まっている気がします。今回の楽曲提供では、私が仮歌を入れさせていただいたんですが……。
花譜 岡嶋さんの仮歌、すごくよかったです!
岡嶋 花譜ちゃんに比べたら全然! 仮歌を歌うときは、少しでもいい曲と思ってもらえるようにがんばって歌うんだけど、花譜ちゃんはそこからいくつものレイヤーを超えてすごい歌を入れてくれる。それは作曲家としては幸せの極みみたいなもので、すごい熱量を持って本気で楽曲に向き合ってくれたんだなと感じています。
花譜 岡嶋さんのデモを聴いて「めっちゃカッコいい!」と思うところがいろいろとあって、歌い方を考えるときにすごく助けられています。本当にいつもありがとうございます。
──花譜さんはこうして会話を交わしたり、楽曲を聴いたりする中で、岡嶋さんに対してどんな印象を持っていますか?
花譜 さっきお話しされている途中で、思い出したら「お好み焼き屋さん!」って言うところとか「好き」って思いました。
岡嶋 ちゃんと話をまとめとけよって感じですね(笑)。
花譜 岡嶋さんにはもう何曲も書いてもらっていますが、1人の人間とは思えないくらい、幅広い音楽性を持っているのですごいなって。耳に残るメロディもたくさんあるし、歌詞からはバーチャルの世界への造詣の深さも感じられる。きっといろんなことに対して感受性が高い方なんだろうなって、勝手に思っていました。
岡嶋 うれしいです。
最大級にかわいくてセクシーな「ドッカン」
──岡嶋さんは作家としていろんな方に楽曲を提供する機会があると思いますが、花譜というシンガーに提供する際に特に意識していることはありますか?
岡嶋 花譜ちゃんに対してはいつも「遠慮なくいこう」と思っています。私が作曲家としてどんなボールを投げてもちゃんと打ち返してくれるから、曲を提供するたびに楽しくなっちゃって。ちょっと調子に乗りすぎていたらすみませんって感じですけど、「次はどんなボールを投げようかな?」と作家心がくすぐられる存在ですね。普段は少し客観視しながら一歩引いて「もう少しJ-POPらしい枠に収めよう」とする曲も、花譜ちゃんが相手だったらむしろエッジを効かせて投げてみようかな、と思えちゃうんですよね。クリエイティブの濃度を薄める必要なく、容赦なく詰め込めるのですごく楽しい。
岡嶋 今、花譜ちゃんが話してくれた通りで、「ゲシュタルト」はライブで涙を流しながら踊り狂っているような風景をイメージしながら書いた曲。日常を忘れて楽しむための曲ではあるけど、歌詞の中にはちょっとした切なさがまぶされていて、曲に没頭したあと「あーすっきりした!」ってなれるような曲にしてみました。
花譜 泣きながら笑って踊るのが一番スッキリするって、わかる気がする。普段の生活の中で感じている窮屈な気持ちや言葉にして言わないこと、なんだかよくわからない気持ちを全部解放したときって、泣いちゃうし笑えちゃうだろうから。
岡嶋 それと、花譜ちゃんが曲中で歌う「ドッカン」、すごくかわいかった。「ゲシュタルト」はJazzin' parkの2人と作らせてもらった曲なんだけど、私が「『ドッカン』みたいな強烈な言葉を入れたい」と言ったら「いっそのことそのまま『ドッカン』にしましょう」と提案してもらって。脈略なく曲中でこんなこと言わせて怒られないか心配していたけど、最高にかわいい「ドッカン」を返してくれて安心しました。
花譜 元気すぎる感じにはしたくなかったし、あざとすぎても違う。今出せる最大級にかわいくて、ちょっとセクシーな「ドッカン」にしたくて、何度も録りました。
岡嶋 何テイクくらい録りました? 私もここは難しくて、デモのときに5回くらい録ったんですが(笑)。
花譜 何テイク録ったかは覚えてないけど、岡嶋さんのデモの「ドッカン」がよくて、それに引っ張っられるように歌いました。ここに限らず、「ゲシュタルト」は1曲の中でいろいろとできることを探しながら歌えたので、レコーディングがめちゃくちゃ楽しかったです。
次のページ »
組曲とは違う“第2章”