奇妙礼太郎の最新曲「夢暴ダンス」(ムボウダンス)が、12月27日公開の映画「私にふさわしいホテル」の主題歌として書き下ろされた。
「私にふさわしいホテル」は柚木麻子の小説を堤幸彦監督が実写化した作品。新人賞を受賞したものの大御所作家・東十条宗典の酷評によって華々しいデビューを飾ることができなかった主人公・加代子を、のんが演じている。「夢暴ダンス」は映画のために書き下ろされた楽曲で、作詞作曲を奇妙が担当し、奇妙礼太郎BANDでバンドマスターを務める中込陽大と共同制作された。
「夢暴ダンス」のリリース、そして「私にふさわしいホテル」の公開を記念して、音楽ナタリーは奇妙とのんにインタビュー。映画のロケ地である東京・山の上ホテルにて、「夢暴ダンス」制作の裏側はもちろん、2人の活動の原動力などについても語ってもらった。
取材・文 / 矢島由佳子撮影 / YURIE PEPE
映画「私にふさわしいホテル」予告編
全部好き!
──お二人の交流は、2018年にリリースされたライトガールズの楽曲「シンデレラ feat. のん、奇妙礼太郎」から始まったのでしょうか?
奇妙礼太郎 「シンデレラ」のレコーディングのときは、お会いしてないんです。僕が先にスタジオにいて、録り終わったタイミングでスタッフから「1時間くらいしたらのんさんがいらっしゃいますよ」と言われたんですけど、予定があったので帰ってしまって。映画の試写会で初めて挨拶させていただいて、今日でお会いするのは2回目です。
──お互いに、表現者としてどんな印象を持っていますか?
奇妙 そりゃもう“スーパースター”。何をやってもすごいじゃないですか。「うわあ」ってなりますからね。
のん 曲から受けていた印象としては、おしゃれで、知的で、自由に空気をつかめる。そういったイメージがありました。めちゃくちゃ素敵ですよね。空気を漂うような、自然に溶け込むような声と、熱があふれたときのコントラストが、絶妙でカッコいいなあと思います。
奇妙 (恥ずかしがる素振りを見せながら)墓に刻みたいです。うれしいなあ。
──今回、どんな経緯で映画「私にふさわしいホテル」の主題歌を奇妙さんが担当されることになって、そして映画からどんなことを汲み取って「夢暴ダンス」を作られたのでしょうか?
奇妙 「事務所で話がある」と言われて行ったら、スタッフから「いい仕事が入りましたよ」と(笑)。ご指名いただいたみたいで、うれしかったです。最初に脚本と企画書をいただいて、そのあと映像も拝見しながら曲を書いていきました。主人公の中島加代子が状況に合わせていろんなものを駆使しながらまっすぐバーッと突き進んでいくところとか、映画全体から受け取った明瞭な印象を、そのまま書きました。映画の中での衣装変化が楽しかったですね。キャラクターが変わるごとに、本当に別人に見えました。
のん よかった、成功してる! 作中で加代子がいろんな人になりきるので、それを成立させるために、ヘアメイクさんもちょっとナーバスになっていたくらいで。ちゃんと別人に見えていたのであればよかったです。「夢暴ダンス」は、奇妙さんの造語ですか?
奇妙 そうですね。「夢のある人が暴れてる」というイメージでした。カーティス・メイフィールドの「Move on Up」をバンドのみんなで聴いていたことからも影響を受けたかもしれないです。
のん 「こんな言葉が出てくるんだ」って感動しました。全体的に、これまで奇妙さんが作ってきた曲の中でも“遊んでる感”がある気がして、めちゃくちゃ好きです。イントロもすごく好きでした。パーカッションが独特で面白かったです。
奇妙 (照れる素振りを見せながら)ありがとうございます。いつものバンドメンバーで、にぎやかにワイワイしながら録ったので、そういう空気も出てるのかなと思います。
のん サビの「夢中だ」というところもめっちゃ好きです。ワクワクします。出だしの「優雅DANCE」という言葉も好きですね。「夢暴ダンス」というタイトルで、「優雅」という言葉が出てくるのがいいなって。
奇妙 あ、そこ僕も気に入ってます。
のん 加代子も、自分の趣味としてはちょっと優雅なものが好きで、山の上ホテルで「静謐な空間」とか言ってるんだけど、本来の気質は全然違うじゃないですか。そのギャップが出てると思いました。しかも4段目の「マジでやばいよね」で加代子の内面が出ちゃった感じがして、すごく好きです。「乾いた胸に炎のように燃えているから」もめちゃくちゃ好き。……全部好き!
奇妙 やったー!
「気持ちいい」が一番の原動力
──まさに「乾いた胸に炎のように燃えているから」という歌詞の通り、加代子は「満たされない悔しさ」を原動力に執筆を続けます。お二人にとって、活動を続けるための原動力となっているものはなんですか?
のん 突発的なエンジンをかけるためのエネルギーは「怒り」が多いんですけど、続けるための原動力はまた違っていて、「気持ちいい」「楽しい」「好き」というポジティブな感情。中でも「気持ちいい」が一番強いかもしれない。“いろいろ大事なものがある中で、演技をするのが圧倒的1位で好き”という方とやっていると気持ちいいです。
奇妙 いいなあ。
のん そういう方とできると「やられた!」という瞬間さえも気持ちよくなっちゃうというか。悔しささえも悦になっていく感じがあります。今回の作品は田中(圭)さんも、滝藤(賢一)さんも、若村(麻由美)さんも、(橋本)愛ちゃんも、みんな一緒にやっていて楽しくて。気持ちいい瞬間が詰まってます。
奇妙 僕はライブで、演奏が終わった瞬間、よすぎてバンドのみんなと顔を合わせてしまうことがあるんです。それがお客さんにも伝わって、「今、全員で同じものを見てたんやな」と思えるときがすごくたまにある。自分は「そういう言葉にならない瞬間がもう1回あったらいいな」と思って音楽を続けているのかなと。あとは単純に、音楽をやってる人と一緒にいるのが好きですね。
のん 好きだからこそ遠くに感じる存在がいっぱいいるじゃないですか。「何かを作ってる人は追い求め続けるから、一生終わりがないんだろうな」と思いながら加代子を演じてました。以前、宮本信子さんと共演したときに、「毎日満足できなくて、情けなくて」みたいな話をしたら、「満足しないから続けられるのよ」と言われて衝撃を受けたんです。「宮本信子さんほどの演技の境地にいっても、まだ満足してないんだ」って、びっくりしました。満足したら終わりなんだなと思います。
奇妙 以前、伊丹十三記念館に行ったとき、宮本さんがたまたまいらっしゃって。写真を撮ってもらいました。うれしかったです。
のん 素敵なエピソード! たまたまいらっしゃるなんて、特別感ありますね。伊丹十三さん、お好きなんですか?
奇妙 詳しいとかではないですけど、好きです。カッコいいですよね。僕も「悔しい」というか、「誰も自分のことを見てないな」「もっと評価されてもいいはずや」と思っていた時期はありました。誰もライブを観に来ない時期が長いことありましたから。だから映画を観ていて、加代子に共感するところがありましたね。僕の場合は、活動を続けていくうちにいろんな人に出会えて、状況が変わっていったので、ラッキーだったなと思ってます。怒る元気は、だんだんなくなっていった(笑)。
のん 私、怒りんぼなんですよ。さっきの話で言うと、演技よりも権力とか演技以外のものが1位にあったり、演技が“圧倒的1位”じゃなかったりする人を見ると、けっこうプリプリしちゃうかもしれないです(笑)。
奇妙 「なんだあいつ!」「なんだこのやろう」って?(笑)
のん 「負けねえぞ!」みたいな(笑)。そういうときは燃えてるかもしれないです。
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2人にとってのイノセント