SNSを中心に活動するシンガーソングライター兼歌い手・ロスが初のCDアルバム「夜の悉」をリリースした。
変幻自在なボーカルと狂気をはらんだムードの楽曲で人気を集めるロス。2021年7月リリースの1stシングル「自主」がいきなりSpotifyのバイラルチャートで2週連続首位を獲得し、一躍その名を轟かせた。そんなロスの待望の1stアルバム「夜の悉」では、デビュー曲「自主」やミュージックビデオの再生数が1900万回を超える人気曲「身売り」、萩原利久と八木勇征(FANTASTICS)が主演を務めたドラマ「美しい彼」シーズン1のエンディング主題歌「Follow」およびシーズン2のオープニング主題歌「Bitter」といった代表曲を網羅。さらに「女狐」「神などおらぬ」などの新曲を加えた合計11曲が収められる。
デビューから3年、ネットシーンを中心ににぎわせているロスとはいったい何者なのか? 音楽ナタリーでは謎に包まれたロスというアーティストを紐解き、これまでのキャリアの集大成とも言える「夜の悉」を全曲レビューする。
取材・文 / ナカニシキュウ
初オリジナル曲が一気に拡散
ネットシンガー兼ソングライターのロスが、1stアルバム「夜の悉」を完成させた。デビューからの3年間で発表してきたオリジナル曲群に新曲4曲を加えた全11曲を収録した「夜の悉」は、いかにも1stアルバム然とした、集大成にして名刺代わりとなる作品として結実。本作全体を通して、ロスはシンガーとしてもソングライターとしても強烈な色彩を放ち続けている。ファーストインパクトの衝撃度が目を引きがちなアーティストではあるが、決して出オチでは終わらない基礎体力の高さをもしっかりと証明してみせたアルバムだと言っていい。
まだまだ情報の少ないアーティストであるため、現時点でわかっていることを簡単にまとめておこう。そもそもロスがネット上で歌い手としての活動を開始したのは2019年のことで、多くの歌い手たちと同様にカバー曲の投稿からキャリアをスタートさせている。オリジナル曲の初投稿は2021年発表の「自主」。フル尺バージョンのリリース後にはSpotifyの「バイラルトップ50 - 日本」にて2週連続1位を記録するなど、いきなり爆発的に拡散された。今回のアルバムにもラストナンバーとして収録されているが、現時点における代表曲と言っていいだろう。
また、同年にMBSドラマ「美しい彼」にエンディング主題歌「Follow」を書き下ろしており(2023年放送のシーズン2でもオープニング主題歌「Bitter」を手がけている)、翌2022年発表のオリジナル曲「身売り」がYouTube再生数1900万回を突破する(2024年12月現在)など、着実にキャリアを重ねてきたロス。そして2024年末に満を持して投下されるのが、1stフルアルバム「夜の悉」というわけだ。
負の感情であふれているのになぜか聴きやすい
アーティストとして最も特徴的なポイントは、独特な世界観の徹底にある。ほぼすべての楽曲において、煮えたぎる負の感情が宿った鋭利なキラーフレーズ、デジタル色の強いエレクトロサウンドと和のテイストを融合したトラック、力強くも浮世離れ感のある極めてテクニカルなボーカルが共存。それらが渾然一体となって、唯一無二の“ロスワールド”を構築している。音や歌声にはある種のお伽話な手触りが感じられる一方、要所で繰り出されるパンチラインが想起させる感情はあまりにも生々しく、匂い立つような生活感を内包する。よくできた精巧な人形から生温かい血が流れ出してくるかのような、フィクションとノンフィクションの狭間に誘われる独特の感覚を得ることができる。
音楽的な特徴としては、まず跳ねた3連リズムの多用が代表的なものとして挙げられる。今作で言えば11曲中8曲になんらかの形で跳ねるリズムが採用されており、アルバムの半数以上を跳ねたリズムの曲が占めるアーティストというのは筆者の感覚では非常に珍しい。メロディがきっちり小節頭から始まりがちな点も含め、歌メロの第一印象だけでも多くのリスナーにとって異質に響くはずだ。また、5音音階やそれに準ずる土着的な旋律が多用されるのもロス楽曲の特徴の1つ。この2要素は、日本古来の民謡などによく見られる特徴と共通する。エッジの利いたアクの強い世界観をまといながらも聴き手が胃もたれせずにスッと聴けてしまう要因としては、伝統的な文法に沿って作られた親しみやすい歌メロによるところが非常に大きいと考えられる。
“狂気”を“強起”で表現
特にサビなどのキーになるフレーズにおいてはほぼ例外なく童謡並みにシンプルな譜割の平易なメロディラインが採用されており、老若男女を問わず容易に口ずさめてしまう簡易さが徹底されている。具体的には強起メロディの多用とシンコペーションの排除ということになるが、それでいてありきたりで退屈な歌メロには感じさせないあたりに、メロディメイカーとしての確かな力量を見て取ることができる。ちなみにこの「キーになるフレーズは極力プレーンなリズムで」という考え方は一般的にもトレンドになってきている印象があるが、ロスの場合はトレンドを踏襲するというより確固たる信念としてそうしているフシが感じられる。
そんなオーセンティックな色合いの強いメロディ傾向に対し、EDMベースの現代的かつ先鋭的なサウンドメイキングが施されているのも、令和のリスナーが違和感なく楽しめている重要なポイントの1つだろう。ビートやベースライン、ハーモニー構造など、メロディ以外の骨格部分についてはあくまでも現代的なマナーに則ってスタイリッシュに構築されている。歌声と歌詞の世界観が聴いたことないレベルで独特な分、メロディを含むサウンド要素については馴染み深さと親しみやすさを重視しているということだろう。とはいえ、いわゆる「A→B→サビ」というJ-POPマナーに則った構成の楽曲はほぼ存在しない。これもまたロス独特のカラーの1つである。
総じてロスというアーティストが持つ最大のアドバンテージは、その卓越したバランス感覚にあると見ていい。逸脱と遵守のバランス、静と動のバランス、明と暗のバランスなど、どちらか一方で突き抜けたところにまで飛躍しながらも、常に反対の極を意識しているクレバーさが随所に感じられる。狂気(の世界観)を強起(のメロディ)で表現するアーティストなど、ロスをおいてほかにはなかなか見られないのではなかろうか。
その優れたバランス感覚がなければここまで多くのリスナーに支持されることはなかったはずで、頼もしくも末恐ろしくもある。今後どこまでその影響力を拡大していくのか、それに伴ってどんな新しい景色を見せてくれるのか、大いに注目したい。
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「夜の悉」の全11曲をレビュー