ボカロP・バルーンこと須田景凪が、ヒトリエを客演に招いた新曲「WOLF」をリリースした。
「WOLF」は須田がボーカロイドを用いて制作した楽曲をヒトリエの3人が演奏する形でレコーディングされた。2組は11月30日に東京・ヒューリックホール東京で行われた須田の自主企画「須田景凪 presents "MINGLE" DAY1 合縁」で共演。須田はアンコールでこの曲を初披露した。「WOLF」は来春にリリース予定のバルーン名義の企画アルバム(タイトル未定)への収録も決定している。
今回のリリースを記念し、音楽ナタリーでは須田とヒトリエのシノダ(Vo, G)、イガラシ(B)、ゆーまお(Dr)にインタビュー。お互いの出会いやボーカロイドカルチャーに対する考え、wowakaとの関係性、新曲に対するそれぞれの気持ちについてなど、さまざまな角度から語ってもらった。
取材・文 / 柴那典撮影 / 後藤壮太郎
須田景凪の印象は「なんてさわやかな」「本当にボカロPなんだろうか」
──まずは今回のライブでの共演が決まった経緯を教えてください(※取材は11月中旬に実施)。須田さんから声をかけられたそうですが、その理由は?
須田景凪 そもそも僕は今まで対バン自体を数えるほどしかやったことがなかったんです。でも、ほかのアーティストと一緒にライブをすることで得られる刺激はたくさんあったし、自分も誰かをお招きしてライブをしたいとずっと思っていました。で、初めての自主企画を開催できることが決定したんですけど、最初に誰を呼びたいかを考えたときに、自分はボーカロイドカルチャーの中で曲を作り始めた人間で、しかもそれ以前からずっとリスナーとして聴いていたヒトリエという偉大な先輩をお呼びして対バンが実現したら、もうそれ以上うれしいことはないなと思って。それで事務所経由でお声がけさせていただいたところ引き受けてくださり、実現しました。
──ヒトリエの皆さんは、須田さんから対バンと新曲のコラボのお話を受けたときはどう感じましたか?
シノダ(ヒトリエ / Vo, G) 純粋にびっくりしましたね。
ゆーまお(ヒトリエ / Dr) 俺個人の感想かもしれませんが、「いつの間にか僕たちは“先輩”になっていたんだな」という正直な実感があって。もしかしたらwowakaはもうちょっと先に感じていたのかもしれませんけど、俺らはコロナ禍あたりを過ぎた頃から「ヒトリエに憧れてた」というような声をリアルに聞くようになったんです。でも須田くんがwowakaと以前から仲よくしていたのは知っていたし、ボカロPとしての活躍もずっと知っていたので、改めてその実感が具現化した感じなんですよね。しかもこんなによく思ってくださるなんてうれしいです。
イガラシ(ヒトリエ / B) 前に偶然お会いしたことがあって、そのときに「好きです」みたいなことは言ってもらってたんですけど、いざライブに誘ってもらえるかどうかって、また全然違う話じゃないですか。そこまでの具体性を持って動いてくれるぐらい好きでいてくれるんだというのを、声をかけてくれたことで実感して。うれしかったです。
シノダ 僕は「スキップとローファー」が大好きで。須田くんがオープニング曲をやってらっしゃったので「いいな、うらましいな」っていう気持ちをずっと抱いてたんです。そんな須田くんからオファーが来て「マジで?」みたいな感じでした。
──須田さんとヒトリエの皆さんが最初にお会いしたのは、どんなきっかけだったんですか?
須田 イガラシさんとだけは、さっきおっしゃった通り、以前違うところで飲んでるときに偶然お会いしました。でも、シノダさんとゆーまおさんにはお会いしたことがなかったんですよ。対バンのお話が決まって、そこから渋谷のO-Crestでライブを拝見しました。僕のバンドのサポートドラムがSuspended 4thというバンドのサポートもやってるんですけど、そことの対バンで。そのときには日比谷野音の公演(今年9月に行われたヒトリエのワンマンライブ「HITORI-ESCAPE 2024 10-NEN-SAI~日比谷超絶野音~」)に行かせてもらうことは決定していたので、その前にライブハウスで観たいと思って。そのあとご挨拶させてもらったのが、シノダさんとゆーまおさんとのはじめましてのタイミングでした。
──シノダさん、ゆーまおさんの須田さんとの初対面の印象はどうでしたか?
シノダ 「なんてさわやかなやつなんだ」って思いました(笑)。
ゆーまお 俺も同じことを言おうとしてました。俺たちはやっぱりインターネットがきっかけで集まったわけじゃないですか。そういう界隈で育ってきているから「どんなボカロPが来るんだろう」と思ってたら、ずいぶんサラッとした青年が来たな、という印象がありました。
シノダ 楽屋にさわやかな風が吹き込んできた。
ゆーまお さわやかな中にも漂うオタク感、みたいなものをオフ会で測ったりするんですけど、須田くんはとにかくさわやかでしたね。「今っぽいな」と思いました。
シノダ 本当にボカロPなんだろうか、って。
須田 初めて言われました(笑)。
──逆に、須田さんから見た今のヒトリエの印象はどういうものでした?
須田 いい意味で「やっぱりバンドマンの方々だ」と思いました。自分も昔ドラムでごはんを食べようとして、バンドでライブをがんばってた時期があったんですよ。だからわかるんですけど、どのライブハウスにも伝説のバンドみたいな存在っているじゃないですか。そういうレジェンド的なバンドマンの空気ももちろんあるし、それだけじゃなくて、アーティストとしてキラキラしている部分もある。そういうのを初めてお会いしたときに感じました。
シノダ ありがとうございます。
「wowakaっぽさ」=彼の人間性
──振り返っての話も聞ければと思うんですが、須田さんがwowakaさんの曲を聴き始めたのはいつ頃で、どんなきっかけでしたか?
須田 自分はドラムをやっていたというのもあって、ニコニコ動画の音楽を聴き始めたのはボカロよりも「歌ってみた」とか「演奏してみた」とかの二次創作からだったんです。その中にもちろんwowakaさんの曲もあったんですけど、当時は曲を誰が作ってるかよりも、誰が歌ってるか、誰が演奏してるかばかり気にしていたんですね。で、2013年4月から自分もボカロを始めて。2012年の年末にヒトリエの皆さんがミニアルバム(「ルームシック・ガールズエスケープ」)を出したとき、たまたまクロスフェードか何かで聴いて、「うわ、これめっちゃヤバい!」とCDショップに買いに行ったんです。それでクレジットを見たら“wowaka”って書いてあって。そうだ、「裏表ラバーズ」とか「ワールドエンド・ダンスホール」とかずっと聴いて知ってた、この曲はこの人だった……というふうにどんどんつながっていったんですよ。だからもちろんwowakaさんの曲を先に聴いてはいたんですけど、自分の中でちゃんと認識したのはヒトリエと同じくらいのタイミングでした。
──wowakaさんの曲からどんな衝撃を受けましたか?
須田 いまだにうまく言えないんですけれど、wowakaさんの曲って、共通して「wowakaさんっぽさ」があるんですよ。何なんだろうっていまだに思うし、自分も10年音楽を作っていてわからないんですけど。wowakaさんじゃないと書けないメロディや空気感がある。いわゆるボカロっぽさってものもあると思うんですけど、その中で突き抜けて「wowakaっぽさ」みたいなものがすごくて。その唯一無二の個性というか、「なんだ、この人の作るものは」という独特な空気感を当時感じていました。それが何か10年以上経った今でもわからない、そういうものがあります。
──今、須田さんがおっしゃった「wowakaっぽさ」を、ヒトリエの皆さん的にはどんなふうに捉えてますか?
シノダ なんでしょうね……wowakaみたいな人間っていないんですよね。それがすべてというか。本当にオンリーワンな人だから、ああいう音楽が生まれたんだと思う。抽象的な、大きな話になっちゃうんですけど、僕の考えはそれに尽きますね。
ゆーまお 同じ意見です。普通の人なら「そこまで考えなくていいよね」とか「大丈夫っしょ」「なんとかなるでしょう」とか思ってしまうところでも「なんともならない」のがあの人なんだっていう印象があるんですよね。なんともならないからずっと「なんともならないんだよ!」って言ってるし、「ノリで行こうぜ」ということがない。いい意味でずっと“なんともならない状態”のままでアウトプットされるのが彼の作品で。抱えていることがみんなより重いかもしれない。それが真似できなさみたいなところに現れてるんじゃないかなと思います。
イガラシ フォーマットよりも結局はやっぱり人間性の話だと思います。音楽の枠組がwowakaっぽくても、彼自身が持ってるえぐみみたいなものが一番奥にある。そのえぐみが一番のフックになっているような気がしますね。それは結局、僕らが一番近くでバンド活動してたからといって、分析したり再現したりというのは不可能なものだと思ってるし。真似したような、wowakaっぽさを浅い部分だけ再現するような曲を作ることだけは絶対にやめよう、というのが指針として生まれるぐらい「分析はできないな」と個人には思ってます。
須田 ですよね。「ロジカルなことではないんだろうな」って、初めてお会いしたときにもすごく感じました。
シノダ ロジカルじゃないね。
──須田さんとwowakaさんはけっこう交流があったんですか?
須田 そうですね。初めてお会いしたのは、自分が「シャルル」を投稿した2016年末くらいだったと思います。まだメッセージも一度もやり取りしたことがなかったのに、夜中の0時半とかに急にTwitterのDMで「バルーンくん、はじめまして。みんなで飲んでるんだけど、今からウチ来ない?」って言われて。「行きます! 絶対行きます!」って向かって、でも着いた頃にはwowakaさんをはじめ、自分にとってはレジェンドのボカロPの方々が全員酔い潰れて誰もしゃべれない状態でした(笑)。それがはじめましてでしたね。そこから何度も一緒に飲んだり、ごはんを食べたりしましたけど、とにかく最初が衝撃でした。
シノダ うちのリーダーが迷惑をかけました(笑)。
須田 いやいや、うれしかったです。
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wowakaさんは自分世代にとっての“王”