浅野いにおは、なぜ作曲まで手がけたのか? “原作者の限界”に挑戦したアニメ「デデデデ」

浅野いにおのマンガ「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」がアニメ化され、劇場版前章が今年3月、後章が5月に公開された。12月からは劇場版で描かれなかったシーンも盛り込んだアニメシリーズ全18話が配信されており、アニメのサウンドトラックも発売となった。

2014年から2022年にかけて「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載されていた「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」は、東京上空に巨大な宇宙船、通称“母艦”が突如襲来した世界を舞台とする作品。絶望的に思えた異常事態が次第に日常へと溶け込んでいく中、青春を謳歌する少女たちの姿が描かれた。アニメでは幾田りらとあのがダブル主演を務め、幾田が小山門出こやまかどで、あのが“おんたん”こと中川凰蘭なかがわおうらんの声優を担当。劇場版前章・後章の主題歌も主演の2人が歌った。

そして劇場版に続いて公開されたアニメシリーズのオープニング主題歌は、2人が歌う新曲「SHINSEKAIより」。この曲の作詞を手がけたのは原作者の浅野、そして作曲を手がけたのも浅野だ。作品の劇中歌であるでんぱ組.inc「あした地球がこなごなになっても」をはじめ、これまでも歌詞の提供はしている浅野だが、自身が作曲した曲を発表するのはこれが初。なぜ浅野は自ら作曲したのか。

音楽ナタリーでは浅野へのインタビューを実施。作曲家デビュー曲「SHINSEKAIより」の制作エピソードを詳しく聞きつつ、“原作者の限界”に挑戦したというアニメ「デデデデ」の制作を振り返ってもらった。また特集の最後にはanoと幾田のコメントも掲載している。

取材・文 / 三浦良純撮影 / 西村満

浅野いにおインタビュー

原作者自ら主題歌の作曲を担当した理由

──劇場版の公開に続いて、「デデデデ」のアニメシリーズの配信がスタートしましたが、アニメシリーズのオープニング主題歌「SHINSEKAIより」について、浅野さんご自身が作曲されたということにとても驚きました。なぜ浅野さんが自ら作曲をすることになったんでしょうか?

「デデデデ」のアニメについて、まず劇場版が公開されて、そのあとに全18話のシリーズが配信されるという構成が最初からあって、劇場版の主題歌とアニメシリーズのオープニング主題歌を別の曲にすることも決まっていたんです。それで主演の2人がミュージシャンなので、劇場版の前章と後章の主題歌をそれぞれに担当してもらうことになったんですけど、そのあとにアニメシリーズのオープニング曲は誰がやるのか、どういうふうに作るのかという話し合いになって。そこでは著名なプロデューサーに頼んで主演の2人が歌う曲を書き下ろしてもらうのがいいんじゃないかという話になったんですよ。それで理想のプロデューサーの名前も挙がっていたんでけど、断られちゃって。

──それで自分がやるしかないと?

ちょっと話が脱線するようで申し訳ないんですが、その頃に竹中直人さんが僕のマンガを実写化した映画「零落」が公開されて、それを記念した音楽イベント「零落ナイト」があったんです(参考:ハナレグミ、スカパラ、ドレスコーズが熱演みせた映画「零落」イベント、カオスな終宴に斎藤工は苦笑い)。それを僕も観に行っていて、その帰り道に改めて「デデデデ」のアニメシリーズのオープニング曲をどうしようかという話をスタッフとしたんですよ。ライブを観た直後だったから、僕の気分がちょっと乗っていた、というか当てられていたんだと思うんですけど、そこで「自分にやらせてもらえませんか?」と打診したのが始まりです。自分で言わなくても作詞はやることになるんだろうなと思っていたし、作詞をするにしても、自分で作った曲のほうが本当は歌詞を付けやすいというのもあって。ただ、明らかにでしゃばったお願いですし、原作者が作曲までしているような例はあんまりないはずなんで、話半分というかダメ元ではあったんですけど。

──それでアニメの制作サイドに断られることもなく?

「やりたきゃやってみなよ」と。

──今までご自身で作曲した曲を発表されたことはないですよね?

公に発表することは一切なかったですね。学生時代に遊びでやってたバンドでも何曲か作曲していたし、今も音楽が趣味なので、曲の作り方はわかってはいるんですけれど、人に聴かせるようなことはほぼなかったです。

──仕事場に機材がたくさんあるのを拝見しましたが、日頃から音楽を作ってらっしゃるんですか?

機材だけはめっちゃそろってますね。でも、あくまで趣味としての制作なので、ちゃんと曲を完成するところまでは至らないし、歌詞を書くようなこともないです。ちゃんと完成させたのは15年ぶりくらいだと思います。

浅野いにお

浅野いにおの音楽のルーツ

──せっかくなので、浅野さんがこれまでどんな音楽を聴いてきたのかを教えてもらってもいいですか?

僕が一番苦手な話ですね(笑)。なんか話を聞かれても出てこなくて。もともと文化的な要素がまったくない田舎者で、音楽を聴く習慣のない家で育ったんです。中学生の頃はJUDY AND MARYがすごく流行ってたけど、当時は流行りすぎてて聴けなくて。姉の影響でユニコーンを好きになったりもしましたけど、僕が最初に買ったCDはバンドとかじゃなくてゲームのサントラでした。

──いつから本格的に音楽が好きになったんですか?

高校生になってから音楽に詳しい友達が増えて、一気に影響を受けていくんです。当時一番仲のよかった友達がコテコテのハードロック好き少年で、すごくギターがうまかったんですよね。彼に憧れた僕は、たまたまベースが空いていた彼のバンドに入れてもらって。そこで最初に演奏したのはMetallicaで、ベースは難しくなかったんですけど、当時は右腕の変なところに変な筋肉が付きました。そのメタル畑の友達とは別にRadioheadとかOasisが好きな友達グループもいて、また別の友達はテクノが好きで。僕の音楽の趣味はその3本柱なんですけど、どれにも詳しくならないまま、今に至るんですが。

──日本のロックはいつから好きになったんですか?

大学のときに1997年デビューのくるり、スーパーカー、NUMBER GIRL、中村一義とかをひと通り聴いて、すごく好きになりました。この頃が僕が一番音楽を積極的に聴いていた時期ですね。「くるりが好き」というのは謎の優越感を感じることができたんですよ。メタルが好きというのも「どうせお前ら知らねえだろ、このダサさを」という感じだし、テクノも意味はわからないけど、きっとこれがクール、みたいな気持ちで曲を聴いていました。

──なるほど(笑)。

でも、その一方で子供の頃に聴いていたキャッチーなのもすごく好きで、昔は聴けなかったJUDY AND MARYも今は大好きだし。あとはTHE YELLOW MONKEYもすごく好きなんですよ。イエモンってちょっと演歌じゃないですか。グラムロックの見た目で、演歌っぽい和風のメロディライン。それが僕の中に染み付いちゃってて、僕のメロディラインとか作曲パターンとかコードパターンって、けっこうイエモンなんです。このあたりが自分の大元かなと思います。

──最近のアーティストで好きな人はいますか?

自分が「最近」と思っているのが10年前だったりするんですけど、才能がある人は本当にいっぱいいるなあと思っていて。今パッと出てきたのは、解散しちゃいましたけどCHAI。“ザ・ロックバンド”でめっちゃいいなあと思っていました。一方で、米津(玄師)さんとかYOASOBIとか、ボカロを経た今の若いミュージシャンたちは、30年前にはあり得なかった曲を作ってるわけで。やっぱり聴いていて新しさを感じるし、サブスク時代を生き抜いていくのはこういう曲なんだっていう強い意志を感じていいなあと思います。

浅野いにお

デモは実質2日で制作した

──そうした音楽ルーツがあった上で、作曲家デビュー作となる「SHINSEKAIより」については、どのように曲を作っていったんでしょうか?

まず「一旦デモ曲を作ってみます」ということになったんですけど、そのための時間が3日しかなかったんですね。

──たった3日ですか。

そう。それでも僕が「作ってみます」と前のめりで言えたのは、15年くらい前に作った曲が使えるんじゃないかと思ったからなんですよ。と言っても宅録した音源が残っていただけで、とても人に聴かせられるような状態ではなかったので、1日かけて全部打ち込み直して。それを一旦メールで送ってみたんですけど、送ってから「なんか違うな、多分これじゃねえんだろうな」って気持ちになってきたんです。

──その曲はどういった経緯でもともと制作されたんですか? バンドで制作していた曲でしょうか?

バンドを一緒にやってた人たちはみんな社会人になって疎遠になっていたんですけど、その後も僕は惰性で曲を作っていて。そもそも僕は人と一緒にやるバンドより打ち込みのほうが向いてるし、ギターはこれ以上うまくならないという限界がわかったから、楽器もシンセサイザーとかに凝るようになっていって。ずっと家でピコピコやっていて発表してない曲がいっぱいあったんです。20代の頃に作った曲は50曲くらいあると思いますね。今回使おうとしたのは、その中の1曲です。

ano × 幾田りら「SHINSEKAIより」リリックビデオより。

ano × 幾田りら「SHINSEKAIより」リリックビデオより。

──なるほど。その曲はどうして「違う」と思ったんでしょうか?

ドンチャンお祭り騒ぎみたいな曲だったんですよね。でんぱ組.incのような。そもそも「デデデデ」という作品自体が着想の段階で、でんぱ組の影響を大きく受けているんです(参照:でんぱ組.incと浅野いにお、「デデデデ」と「あしこな」9年間の伏線をいろいろ回収)。当時の彼女たちの楽曲は空騒ぎみたいな曲が多くて。それが時代にマッチしていると思ったし、それをマンガにしようと思ったのが「デデデデ」なんです。それでアニメシリーズのオープニング曲もそういうニュアンスでいいんじゃないかと思って、昔の曲を打ち直してデモ曲まで作ってみたんですけど、やっぱり今の時代のムードとは合わないかもなという気がしてきて。そこから「SHINSEKAIより」のデモ曲を新しく作りました。

──となると「SHINSEKAIより」は2日で作った曲なんですね。

デモはメロディとベースとドラムが入ってるくらいのものですし、昔作ったメロディを流用している部分もあるんですけどね。全体としては新しく作った曲です。コンセプトとしては、わかりやすくアニメのオープニングっぽい曲を作ってみたくて、テンポが速くて疾走感のある曲になりました。10代の女の子たちを主人公とする物語なので、女の子たちのかわいらしさと刹那的なムードを織り込むことも目指しましたね。

──本当にアニメのオープニングっぽいと言うか、イントロのギターリフからして、すごくキャッチーだと思いました。

最初のデモだとギターは入ってなかったんですけど、歌詞を作った段階で僕がギターを追加して、最終的な仕上がりは日本のギターロックっぽい感じになりましたね。なんかこすい話ですけど、アレンジャーさんと方向性を話し合ったとき、僕は若い子が聴きやすいようにもっと打ち込みっぽい曲のほうがいいんじゃないかって言ったんです。でも「今の若い子は音楽性やジャンルの垣根なく、いい曲だったらなんでも聴いてくれる」とプロデューサーの方に言われて。それなら今44歳の僕が青春時代に聴いていた1990年代とか2000年代の邦ロックっぽい感じが一番わかりやすいから、そっちの方向性でいきましょうと。ただ、J-ROCKってクリーンなギターがチャカチャカした印象で、それも好きなんだけど、もうちょい歪んだギターがいいんじゃないかと思って。「シューゲイザーみたいな感じでお願いします」とか、よくわからないオーダーをした気がします。