上坂すみれの履歴書。

アーティストの音楽履歴書 第33回 [バックナンバー]

上坂すみれのルーツをたどる

2ちゃんに浸かり、ソ連に傾倒した少女が歩んできた一筋縄でいかない音楽遍歴

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アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は、2012年に声優として本格的に活動を始め、2013年より音楽活動も精力的に行なっている上坂すみれのルーツに迫った。

取材 / 臼杵成晃 / 中野明子

自我の目覚めは2ちゃんねる

小さい頃は部屋の一点を見つめがちな、とにかくじっとしている子供でした。その頃から「怒られたくない」みたいなメンタリティがとても強くて、動かなければ怒られないと思ったのか、家にあった観葉植物を見たり、日没に部屋の中の影が移動するのを見たり、囚人みたいな過ごし方をしていた気がします。最初にハマった音楽的なものは“ゲームボーイの音色”。中でも「ポケットモンスター」の「シルフカンパニー」というBGMに惹かれました。この曲、すごく怖いんですよ。でも聴くのをやめられなくて、ゲームボーイの電池が切れるまでそのBGMのシーンを流して画面を眺めていました。

「ポケモン」は2人で通信して遊べるシステムだったんですが、誰かと遊ぶんじゃなく、親にゲームボーイを2台買ってもらって1人で通信しながら遊んでました。一人っ子だったので、欲しい物はだいたい買ってもらえたんですけど、クラスメイトに「通信交換しよう」の“つ”の字も言えなくて。ただ、なんとなく話せる幼なじみの子はいました。その子と絵を描いたり、「赤いろうそく」という謎の曲を作って歌ったりしていましたけど、交流関係を広げようという意識はありませんでした。その子がちょっと面白くて、三姉妹の1人なんですが、姉妹そろってバンギャだったんです。その子から小学校低学年のときにPsycho le Cemuやthe GazettEなどヴィジュアル系バンドのことを教えてもらいました。

子供の頃は20時以降にテレビを観ていた記憶がないんです。だから歌番組を観る機会がほとんどなく、ヒットチャートからは隔絶してましたね。でも、父の車のカーステレオでディスコミュージックやキャロル、中森明菜さんのアイドル時代の曲なんかが流れていたので、普段から音楽には親しんでいました。家にあるアルバムを見ると、両親がディスコかクラブみたいなところにいる写真やハーレーと写ってる写真があって、バブルヤンキー的な感じだったのかも。だから私もおとなしい動かない生き物のくせに、聴いてる音楽はイケイケという感じでした(笑)。初めて買ったCDはサイバートランスのコンピレーションアルバムだったと思います。小学校の低学年くらいのとき、親から「CDを買っていいよ」と言われて、当時サイバートランスが好きだったので最寄りの商業施設に入ってるCD屋さんで一番イケてそうなのを選びました。レイヴがなんたるかもわからないのに、それをかけながら宿題をしていましたね。

小学校3年生のときに、クラスにあったパソコンで遊んでいたことをきっかけに2ちゃんねらーになりました。自分では「Yahoo!きっず」を使ってたつもりなんですけど、なぜか2ちゃんねるにたどり着いて(笑)。「人がいっぱい書き込んでる。世の中にはこんなに人がいたんだ! しかもみんな頭がよさそう!」「もしかしたらインターネットというものには希望があるのかもしれない!」と感じて自我が芽生えました。その頃にすでに桃井はるこさんが広めたようなアキバ文化も萌えも誕生してしばらく経っていたと思うんですが、改めて流行っていたタイミングだったのかな。ネットでギャルゲーソングや電波ソングを聴いて、「こんなかわいい歌があるんだ」と思いながら楽しんでいました。

YouTubeをきっかけにソ連と運命の出会い

小学校高学年のときに歴史が好きになって、中でも一番濃ゆいミリタリー史に興味を持ちました。一人っ子って暇なので、濃ゆいところに向かう習性がある気がするんですよね。ミリタリー史を調べる中で軍歌の存在を知って、メロディは覚えやすいし、今のポップスと全然違うし、なんとも言えないグルーヴを感じてよく口ずさんでいたんです。それこそ街宣車が通りかかると、「あっ、この歌知ってる」って一緒に歌ったり。小学校高学年のときのカラオケのレパートリーは軍歌と、なぜか歌うことができた「おジャ魔女カーニバル!!」。私が歌っている間、みんなはどんどんドリンクバーに行ってしまいました(笑)。

順調にネットの世界に浸っていた結果、アニメも好きになり、「ローゼンメイデン」のテーマソングを担当していたALI PROJECTにハマって。江戸川乱歩をきっかけに筋肉少女帯にもたどり着きました。初めて聴いた筋肉少女帯の作品は「大釈迦」という「釈迦」のリアレンジ版。買ったCDは「筋少の大車輪」でした。私が好きになり始めた頃は筋少は活動休止されていたと思うんですが、中野ブロードウェイのCD屋さんには潤沢に在庫があったので、限られたお小遣いの中で中古品を吟味しながら買っていました。当時から秋葉原はフィギュアを見に行く場所、神保町は本を買いに行く場所、中野はCDを買いに行く場所と決まってましたね。

ソ連にハマったきっかけはYouTube。高校1年生のときでした。ミリタリー好きといえばドイツ第三帝国文化や零戦に興味を持つと思うんですが、そこにいつも敵として登場するソ連という国はなんだろう?と思ったんです。その頃はモスクワがどこにあるのかすら知らなかったんですけど、たまたまYouTubeでソ連国歌をオススメされて。それまで社会主義国家特有のテンションの高さに触れたことがなかったので「濃ゆ!」って。ソ連の軍歌って明らかに“悪者のテーマ”みたいな曲調なんです。でも歌っている人は朗々とした声で……なんか不思議な気持ちになるんですよね。ソ連が崩壊した年に生まれて、歴史の授業でも非常にフラットに触れることができたからか、テンションの高い謎の国という認識で惹かれていきました。私、「ジョジョの奇妙な冒険」だとディオ、「賭博黙示録カイジ」だと利根川幸雄が好きなんです。そういう“敵役萌え”から派生して、「こんなに仮想敵にされているソ連っていいな」と感じたところもあったかもしれません。

The Beatlesを借りるはずがBlack Sabbathを手にしてメタルに傾倒

小学校のときにスカウトされて子役モデルをやっていたんですけど、ずーっと表に出たくないと思っていて。声優になりたいと思ったのは高校生になってからでした。憧れの桃井はるこさんや事務所の先輩だった平野綾さん、明坂聡美さんがアニメに出演して、コスプレをしたり歌を歌ったりしているのを見て、この方々は私の理想とする二次元そのもの! こんな生き方ができたらいいなと思って、事務所内に声優部門があるんだったら私もチャレンジできるかなと考えたんです。チャンスが近くにあって、運よく目指せる環境にあったというか。そもそも大学時代に就活している先輩たちがどんどんやつれていくのを見て、就職へのモチベーションが低かったんです。それにアルバイトもしたことがなかったので、世の中に存在する職業の幅広さも知らなかった。そんな中で自分にとって一番のチャレンジで、なれたらカッコいいと思えたのが声優という職業でした。

2010年頃に、アシスタントをやっていた「TOKYO No.1 カワイイラジオ」のメインパーソナリティを担当していた師匠的な存在の櫻井孝昌さんに「ハロコン」(ハロー!プロジェクトのコンサート)に連れて行っていただいて、ハロプロ好きにもなりました。それと櫻井さんはすごくオーソドックスな音楽好きな方だったので「偏った音楽もいいけれども君はThe Beatlesを聴きなさい!」とアドバイスもくださって、私は「はい、わかりました! The Beatles必ず聴きます!」と約束してTSUTAYAの「B」のコーナーに行ったんです。そうしたらそこには「君はBlack Sabbathを聴いたか? 感動の名盤『Paranoid』! 魂を揺さぶるこのテンション! 意味わからぬジャケット! オジーのダミ声、たまんねえぜ! お前も聴け!」みたいな激アツのポップがあって。ジャケットは意味がわからないし、厨二心を揺さぶる「Paranoid」というタイトルにも惹かれて、The BeatlesではなくBlack Sabbathを借りて帰りました。なんの知識もなく聴いてみたらめちゃめちゃ感動して。筋少や人間椅子の元祖はこの方か!という発見もありましたね。後日櫻井さんには「Black Sabbathも大事なバンドだからいいと思う」と言われた気がします(笑)。そのままメタル文化に面白さを感じて、Iron Maiden、Ratt、Motley Crueも聴くようになりました。RattやMotley Crueは難しいことを歌ってない方々で、例えば「俺は街で一番モテる」みたいな感じなんです。曲の中での繰り返しも多いですし、サビでタイトルを連呼する感じもアニソンに近いところがあるので、私の中では萌え電波ソングの“友達”でした。

音楽遍歴からちょっと外れるんですが、2011年の忘れられない出来事として映画「戦場のメリークリスマス」を初めて観て泣いたことがあります。中野ブロードウェイでP-MODELや戸川純さん、YMOのCDを購入してテクノポップを聴くようになっていたので、坂本龍一さんが出演されているのを観て「この方、テクノポップの人じゃなかったっけ?」と。当時はデヴィッド・ボウイも北野武さんのこともそれほど知らなくてなんとなく観始めたんですが、とにかくテーマソングが忘れられなくて。ただ後日、電気グルーヴの前身バンド・人生のアルバム「SUBSTANCE V」で「戦場のメリークリスマス」の替え歌(「玉ノ海、戦場でクリスマスをむかえるの巻」)を聴いて以降、映画への印象がちょっと変わってしまいまして、「戦場のメリークリスマス」をピュアに観れたのはこの年だけでした(笑)。

クビ宣告を覚悟していたのになぜか歌手デビュー

2012年に「パパのいうことを聞きなさい!」というアニメで声優デビューしたんですが、そのときは自分がキャラクターソングを歌うことは考えていませんでしたね。平野綾さんや桃井はるこさんに憧れていましたが、自分がその立場になるとは思ってなかったんです。スタッフからキャラソンを歌うことについて伝えられたときは、「えっ、キャラクターソングですか!? 緊張で死んじゃう!」みたいな気持ちでした。初めてのアフレコでも緊張しましたけど、キャラソン歌唱が一番でしたね。イベントに出演して人前で初めて披露したときはアウトロに入った瞬間にもう我慢できなくなって、「すみませんでした!!」と絶叫してしまって。「もう私は終わった。声優楽しかったなあ。短い間だけどありがとうございました……」といろんな人の顔が走馬灯のように浮かんで、無事声優としての私は死去したと思ったんです。でも、後日事務所に呼ばれてクビを宣告されると思ったら「スターチャイルドさんからデビューしませんか?」と言われて。「なんで!? なんで!?」って感じでしたね。私の初代プロデューサーの須藤孝太郎さんがイベントの様子を観て声をかけてくれたそうなんですが、その理由は私にとって永遠に謎です。須藤さんの琴線に引っかかる魂の叫びだったのかな? そこでアーティストデビューすることになりました。

でも養成所などにも行ってなかったので、デビューイベントのときは何を練習したらよいかわからなくて。それまでもほかの声優さんたちのライブどころか、ライブ自体に行ったことがなかったので何を参考にしたらいいのかもわからないという。そんな状態でのデビューでしたし、いわゆる正当な路線ではなかったと思います。今、改めてデビュー曲を聴くとイントロがすごく長いんですよ。しかもプログレだし……そのときに抗議するべきでした(笑)。でも、もうアーティストデビューから8年なんですよね。つくづく不思議だなあと思います。

上坂すみれデビューイベントの告知フライヤー。

上坂すみれデビューイベントの告知フライヤー。

上坂すみれデビューイベントの様子。

上坂すみれデビューイベントの様子。

普通の近接戦闘もできるように

掟ポルシェさんの言葉は共感することしかないんですけど、中でもロマンポルシェ。として2008年にリリースされたベストアルバムのタイトル「もう少しまじめにやっておくべきだった」はまさに私のためにある言葉ですね。改めて自分の音楽遍歴を振り返ってみてそんな気持ちです。ただ、素人ながらに声優業と音楽活動を続けてこられたのは、無理して「できます」とか言わなかったからでしょうね。すごく運がよかったと思いますし、周りの人がみんな優しかったというか。真っ当な人が私に付いていたら2年でクビだったはずなんですけど、「もうしょうがねえなあ」って許し続けてくれたおかげですね。でも、今年30歳になるので、ちょっとオフェンスに回るというか、ガッツを出すというか……ポジティブになろうと思っています。今のすみぺチームのスタッフは屈指の若い人ぞろいで私が一番年長くらい。「よい年長者というのは歳下の意見をちゃんと聞く人である」と歴史は語っていますので、これまで通りおめでたくやりつつ、人の言うことを聞き、人の願いを叶えていきたいです。フェスでやることがなくなってお客さんにビール撒いてるんじゃダメなんだって(笑)。

女性にとっての30歳って、声優に限らず一つの節目だと思うんです。もちろん今までのようにユルくやって生き続けることも可能ですが、がんばるなら今というか。新曲の「EASY LOVE」もとてもポップな曲になって、オープニング主題歌として使用される4月から放送のテレビアニメ「イジらないで、長瀞さん」が海外人気も高い作品なので、いろんな人に聴いてもらいたいです。最近、自分より歳下の声優さんも増えてきましたし、ラジオ番組に特別ゲストで呼ばれるようになって「あ、キャリアを重ねるってこういうことなんだ」と感じるようにもなりました。でも、よくお手紙なんかで「声優を目指しています!」「上坂さんに憧れて学校に通ってます!」と言っていただくんですけど、その方々には「ほかの人を参考にしたほうがいいよ」って言いたいです。私ってハタから見たら自由気ままに食って寝て、遊んで活動しているみたいですし……、もっと苦労をされているであろう先輩方の姿を参考にしていただいたほうがよいかもしれません。

音楽に関しては処刑されない限り続けていきたいです。そうですね……将来的にはもっと歌がうまくなります。今までは、飛び道具をいっぱい出してきたんですが、普通の近接戦闘もできるようにしたいというか。聴いた人に「この曲、普通にいいな」と思ってもらえる曲を歌いたいですね。やる気はありますので、ぜひこの履歴書で採用してください(笑)。

上坂すみれ(ウエサカスミレ)

上坂すみれ

上坂すみれ

ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した1991年生まれの声優、アーティスト。2012年に「パパのいうことを聞きなさい!」の小鳥遊空役で本格的に声優デビューを果たす。主な出演作は「EX-ARMエクスアーム」(鹿王院千景役)、「アズールレーン びそくぜんしんっ!」(明石役)、「SHOW BY ROCK!! STARS!!」(チュチュ役)、「いわかける! -Climbing Girls-」(笠原好役)、「アイドルマスター シンデレラガールズ」(アナスタシア役)など。2013年4月にシングル「七つの海よりキミの海」でアーティストデビュー。2020年1月には4thアルバム「NEO PROPAGANDA」を発表した。2021年4月にテレビアニメ「イジらないで、長瀞さん」のオープニング主題歌「EASY LOVE」を表題曲としたニューシングルをリリース。ソ連・ロシア、昭和歌謡、メタルロック、戦車、ロリータなど、多方面に興味を示し知識を持つことでも知られる。

※Psycho le Cemuの2つ目の「e」はアキュートアクセント付きが正式表記。

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