映画「
つげ義春のマンガ「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」をもとにした本作では、うだつの上がらない脚本家・李(イ)が、旅先のおんぼろ宿で“べん造”と名乗る宿主と出会い、人生と向き合う様子が描かれる。シム・ウンギョンが李、堤真一がべん造に扮した。
大きな拍手で迎えられた蓮實はまず、本作について「傑作というほかはない」と称賛。続けて、イタリア人の女性がカメラに近いほうから出て行くときのスカートのショットが「どうしても容認し難い」と打ち明け、「こういう意地悪ジジイのようなことを言っておりますが、そのショットをのぞきほぼ完璧。そして89分で終わってしまうんです。どうしてこんなことができるんですか?」と三宅に問いかける。三宅は「脚本の時点で必ず90分以内にしようと考えていました。最初の編集では81分で、あまりに短すぎるので足していきました」と述べる。
蓮實は本作のファーストカットについて「やや俯瞰気味の東京のイメージです。空を完全に排しているし、傾きも見えない」と言及し「あれは重要なショットだと思います。この作品は海辺と雪国の2つの光景からなっているように見えますが、あのショットはそうではないと伝えている。(この物語にとって)東京がいかに重要かを表していて、非常に見事です。私はあそこで涙目になりました」と絶賛する。三宅は「まず原作者のつげさんが東京に住んでいて、そこから逃れる話ばかり書いていた。ホームタウンとしてではなく、主人公にとって旅先として東京を撮りたいと思いました」と振り返った。
蓮實は「東京を象徴するものとして、(あるシーンで)三宅唱のサインとも言うべき夜の電車が出てきます。あれは許されますか?」と発言し、笑いを誘う。続けて蓮實は「あそこはもう、泣かなきゃダメですよね。あのシーンを白々と観ておられた方は早速退席してください。私はこらえられない」とたたえた。過去作にも度々登場する夜の電車について、三宅は「『やくたたず』という作品ではたまたま予想外に電車が走ってきました。そのあとは『ケイコ 目を澄ませて』で東京をどう撮るかと考えたときに、電車が必要だと思い、いついかなる状況で撮るべきか真剣に考えました」と回想する。
続いて話題はシム・ウンギョンが演じた主人公・李に。蓮實が「この映画で李は愛のしぐさを奪われています。(べん造と)同じ部屋で寝ているときも、男性にイビキをかかせる。どうしてこれほどまでに彼女から“性”を奪ったのですか?」と問うと、三宅は「そもそも“女性”だと思って撮ろうとしていなかった気がしています」と回答する。この言葉を受け蓮實は「中性的という意味ではなく、1つの存在として撮ったということですよね。それが素晴らしいのです」と伝えた。
「李はなぜ鉛筆で脚本を執筆するのか?」という問いに、三宅は「鉛筆の音が聞きたかったんです」と回答。蓮實は「ここに艶美な監督がおられるわけです。演出家として誰もがやらなければいけない最低限のことです。ところが現在上映されている作品には、そのような心を込めて撮られたショットがなく平気で2時間20分もあるものがあるじゃないですか。許していいんですか?」とこぼす。三宅は「僕が作っている作品を楽しんでくれる観客を信じたいです。どんな方でも楽しんでいただけるように作っています」と語った。
蓮實は「私がこの映画の中でもっとも好きなショットの1つは、この映画の中で一番長いショットです。夕暮れで若い男女が海を見下ろすところに立っている。あそこは(撮っていて)ゾクゾクしたでしょう?」と口にする。また蓮實は劇中のトンネルの効果を指摘し、「トンネルを抜ける以前の海は緩やかな波。そして(あるシーンで)海は“深さ”しかなくなるんです」と述べた。三宅は「あそこは頑張りました。まず、撮影に3日かけました。陸地や水平線を見せないようにしたことは重要でした」と回想。蓮實は「これもまた素晴らしいトンネル効果。感心いたしました」と称賛した。
蓮實は「この映画はやたらな映画ではない。傑作という言葉に収まりがつかないほど豊かで、人の心をつかまえて、しかも解放しつつ、絶対的な解放には連れていってやらない。このような映画が日本に存在することが大いに誇りに思っています。三宅監督は、私の孫よりも若いような世代。それでいてこうしてお話ができるというのは映画というものの力だと思います」とコメント。三宅は「まもなく次回作を撮る予定です。完成したらまた蓮實さんとお話しできたらうれしいです」と期待を込め、イベントを締めた。
「旅と日々」は全国で公開中。同作は第78回ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門にて、最高賞である金豹賞とヤング審査員賞特別賞を受賞した。
映画「旅と日々」本予告
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平穏 @shouchu_record
おもしろいな…。
蓮實重彦が「旅と日々」で涙したシーンとは、“夜の電車”は三宅唱のサイン
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