「ぼくが生きてる、ふたつの世界」のメイキング写真より、早瀬憲太郎

手話監修を超えた“手話演出”とは?吉沢亮の主演作に参加した早瀬憲太郎にインタビュー

ろう者監督として立った撮影現場、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で見た吉沢の力

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呉美保が監督し、吉沢亮が主演する「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が全国で公開中。耳が聞こえない両親のもとに生まれ、コーダ / CODA(Children of Deaf Adults)として育った五十嵐大を主人公とする同作には“手話演出”という役割が存在する。手話指導・手話監修ではない、手話演出とは?

映画ナタリーでは手話演出を担った2人のうち、早瀬憲太郎にインタビューを実施。「ろう者だから無理」という周りからの目に抗いながら挑んだ監督作のエピソード、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で吉沢がやり遂げたごまかしが効かないシーン、手話やろう者をテーマにした作品の今後について語ってもらった。

※本稿では聴者を「聞こえる」人、聴覚障害者を「ろう者」「聞こえない人」と表現する

取材・/ 田尻和花

早瀬憲太郎(ハヤセケンタロウ)プロフィール

手話を第一言語とするろう者。神奈川県横浜市内にて、ろう児対象に国語を教える学習塾を運営。2001年から映像教材を作るようになり、2009年に映画「ゆずり葉-君もまた次のきみへ-」、2013年に映画「生命のことづけ~死亡率2倍 障害のある人たちの3.11~」、2020年に映画「咲む」で脚本・監督を担当した。そのほか映画、映像作品で手話指導・手話監修を行い、呉美保監督作「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では手話演出を担っている。

“聞こえない自分”と“聞こえるスタッフ”ではなく…ろう者の監督として挑んだ初めての映画撮影

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」のメイキング写真より、早瀬憲太郎

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」のメイキング写真より、早瀬憲太郎

──今までに手がけてきた映像作品や、参加した作品などを簡単にご説明いただきたいです。最初はろう児のための短編映像作りから始められたそうですね。

2001年から東京都立大塚ろう学校で、乳幼児教育相談の2歳児クラスを担当していたとき、保護者に“手話版のNHK「おかあさんといっしょ」”を作ってほしいと頼まれました。それをきっかけにシナリオ・撮影・出演・編集にチャレンジして、毎週1、2本の乳幼児向けの作品を5年ほど作成し続けました。ある日、中高校生向けのろう者が出演するドラマが観たいと中学生から言われました。探したところほとんどなかったため、自分で作ろうと考えて、全日本ろうあ連盟が60周年を迎えるタイミングで映画「ゆずり葉-君もまた次のきみへ-」の企画を出したんです。マンガ家の山本おさむ先生にマンツーマンで脚本の指導を受け、2年掛けてオリジナルの脚本を作り、40人ほどのプロのスタッフを集めた挑戦でした。制作スタッフでろう者は監督の私1人でした。

──俳優をのぞくと、ろう者は早瀬さんだけだったんですよね。いきなりの劇場映画でしたが現場はいかがでしたか?

経験も知識も何もない素人で、しかも耳が聞こえない者が監督だなんてありえないと多くの人に言われましたし、スタッフからもそういう目で見られました。スタッフの方々は耳が聞こえない人と会うのは初めてということだったので、まず耳が聞こえないとはどういうことか、その理解を深めてもらうことから始めました。当時は、純粋に映画を作りたいだけなのに、耳が聞こえない者が監督をしようとすると偏見やコミュニケーションの壁を壊す作業に半分以上のエネルギーを取られることを理不尽に思っていました。

私は「ろう者だから無理」という周りからの目に抗い、全部を自分で決めるとばかりに誰にも相談せず、1人で映画を作ろうとしていました。ただ一緒に撮影現場をともにする中で、“聞こえない自分”と“聞こえるスタッフ”ではなくて、いい映画を作ろうとしている仲間という一体感が生まれていきました。だんだんとほかのスタッフを頼るようになり、聞こえる聞こえないを超えていい映画を作ることができたという達成感を得ることができました。この経験は現在上映中の映画「咲む」の監督を務めるにあたっての大きな礎となっています。

「咲む」ポスタービジュアル

「咲む」ポスタービジュアル

演技としての表情と自然な手話を一体化させる“手話演出”

──公開中の映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」には、監督ではなく手話演出という肩書きで参加されました。聞き慣れない役割だと感じましたが、手話指導・手話監修とはどう違うのでしょうか?

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」ポスタービジュアル

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」ポスタービジュアル

多くの作品で手話指導・監修を担ってきましたが、手話指導・監修の場合はあくまで手話という言葉そのものについて教えたり、手話表現の確認や内容と合っているかをアドバイスします。方言監修や時代考証と似たような立場です。当然ながら作品の演出は監督が行います。私が監督した映画「咲む」でも手話監修者を2名のろう者にお願いしました。出演者がろう者であったとしても、手話監修者に手話のチェックや指導をしてもらうことで、私自身が演出に集中できるようにするためです。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では、劇中に出てくるろう者と聞こえる人のすべての手話、振る舞いを手話演出として担当しました。主演の吉沢亮さんもそうですが、ろう者の出演者の手話演出にもかなり時間を掛けています。呉美保監督は今までとはまったく違うアプローチを最初から求めておられました。「ドキュメンタリーのように撮りたい」と強く希望されていたんです。最初の打ち合わせの時点で監督は手話やろう者について取材やリサーチを積み重ねており、手話やろう者を取り上げたドラマや映画のこともよくご存知でしたし、アプローチのイメージがしっかり固まっている感じでした。何よりも何度も繰り返しおっしゃっていたのが「リアルかつ自然に手話とろう者、コーダ / CODA(※Children of Deaf Adultsの略。耳が聞こえない、または聞こえにくい親のもとで育つ子供を指す)を描きたい」でした。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」メイキング写真より、早瀬憲太郎(左)と呉美保(右)

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」メイキング写真より、早瀬憲太郎(左)と呉美保(右)

手話は表情や手の動き、視線がそのまま文法になっています。疑問文の場合も表情の中の眉の動きや口の形など、細かいルールがある。それが手話としての文法なのか、感情表現としての表情なのかという見極めは手話がわからない人にはできません。両方が重なる部分もたくさんあるので、演技の中で自然かつリアルな手話表現をするということは非常にシビアで難しいことです。演技としての表情とリアルな手話を一体化させて監督が求める演出のイメージに合わせていく作業は、従来の手話監修を超えて、まさしく手話演出という新しい分野に当てはまる仕事になりました。手話のないシーンでの演出にもしっかり時間をかけました。例えば手で呼ぶ、振り向く、自然に目が合って会話が始まるタイミング、食事のシーンなど、ろう者、コーダとしての自然な振る舞いの演出は難しかったです。

今回はシネスコサイズで撮影されています。そのサイズで手話や字幕が自然な感じで入るように呉監督や撮影班とも綿密な計算をしており、微調整を何度も繰り返しました。手話演出は今回の映画で初めて使われた名称ですが、それを生み出した呉監督は素晴らしいです。映画における、手話演出家としての仕事が日本でも当たり前に存在できればと思っています。

映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」本予告(バリアフリー日本語字幕版)

音声日本語による映画には何十年にもわたって築き上げられたノウハウがたくさんありますが、手話による映画は非常に数が少ないのです。ましてやろう者の役者さん自身も映画において手話での芝居をする機会が非常に少ない。手話は当然できたとしても、そこに芝居を乗せた表現をすることはまったく別物です。手話演出として、ろう者の役者さんとコミュニケーションを取りながら1つひとつの手話を考えていくようにしました。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では手話表現が時間とともに大きく変化

──「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の手話台本は、手話する姿を撮った動画で共有したそうですね。今までの早瀬さんの監督作と同じ方法でしょうか?

「ゆずり葉」の場合は、日本語で作られた脚本を手話に翻訳した映像を撮って、ろう者の役者さんに渡して内容を理解してもらい、聞こえる方にはその映像の手話を覚えてもらいました。今公開中の「咲む」は手話を撮りながら手話で脚本を作る、という今までにないアプローチで作成しています。ろう者の役者さんにはそのまま映像を観てもらい、聞こえる役者さんには映像を日本語に翻訳した台本を渡す方法にしていました。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の手話演出は私と石村真由美さんの2人体制で担当しました。手話台本の作成や手話そのものの指導は石村さん、手話と演技の一体化の指導は私という形で役割分担しています。吉沢さんに送った手話台本(動画)のモデルはすべて石村さんです。台本時の手話はいわゆる正しい表現のもので、演技は一切入れていません。それを吉沢さんにまずマスターしてもらい、その後私がシーンごとの登場人物の感情や状況に応じた手話と演技の融合の指導を行いました。いわゆる手話を崩していく作業です。寝ながらの手話、歩きながらの手話、電車で隣り合っての手話など場面ごとの自然な表現の手話演出も担当しました。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の手話演出を担った早瀬憲太郎(左)、石村真由美(右)

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の手話演出を担った早瀬憲太郎(左)、石村真由美(右)

今までのどのドラマや映画とも違ったのは、主人公の幼少期から大人になるまでの1つの家族を追いかけるため、父・母・息子3者の手話表現が時間とともに大きく変わっていくことです。主人公は幼少の頃は手話が堪能にできていたのに、中学生の頃は反抗心から手話がぞんざいになり、東京に出てからは手話表現が大きく表情も振る舞いも変わっていくという役柄。ろう者の父と母も当然歳を重ねるごとに手話表現が変わってきます。

クラインクインの2カ月前から手話を使うろう者、聴者みんなで舞台のように稽古を何度も繰り返す方法を取り入れましたが、そのすべてにおいて呉監督が立ち会い、1つひとつの手話表現と演技をその場で確認する方法を取りました。さらに役者さんへの個別の手話指導や台本読み合わせにまですべて参加されていましたが、こんなことをする監督は初めてです。

──こだわり抜いた本作ですが、印象に残っているシーンはありますか?

両親が会話しているところを主人公の大が見かけるというシーンでは、彼から見てこの角度、この位置で両親の手話が本当に読み取れるのかをよく考えました。mm単位で両親の座る位置、息子の立ち位置、カメラ位置を決め、もっとも自然な形になるよう徹底的に作り上げたんです。夫婦だからこその手話のスピード、手話の小ささにこだわりました。本当にリアリティがあり、まるで夫婦の会話を本当に盗み見しているような感じでした。

ほかにも大と父親、父親と母親がそれぞれ歩きながら手話でやり取りするシーンにおいては、親子と夫婦の感覚の違いを丁寧に出すようにしました。体の向き、視線を相手に向ける回数、前を見る回数、手話の大きさ、表情の違いなど、同じ歩きながらの手話であってもこの2つはまったく違う父 / 夫のキャラクターを出せたシーンになっていると思います。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

ごまかしが効かない「手話をしながら歩く」シーンを違和感なく演じた吉沢亮

──早瀬さんの監督作ではろう者の俳優に演出を付けることが多かったと思いますが、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では聴者である吉沢さんに付けています。意識した点はありますか?

吉沢さんへの手話演出にあたってもっとも気を付けたのは、やって見せてまねをするように求めることは一切しないことでした。私からそのシーンにおける手話演出のイメージを丁寧に説明しましたが、吉沢さんには自身で解釈して芝居と手話を融合して表現してもらいました。その際はすべてのシーンで私が吉沢さんの相手役を務めて実際に芝居をしながら1つひとつのイメージを共有するようにしました。イメージに合わなかったときはその理由を説明して、吉沢さんが修正してまた別の引き出しを出してくる。その繰り返しでした。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

例えば吉沢さん演じる主人公が家族旅行の提案を断るシーンがあります。片手かつ腰のあたりで手話をするのですが、その崩し方も私が指示したものではありません。このときの主人公は親と会話をしたくないので最小限でパッと手話をしますが、正しい手話をマスターしているうえでどう表すかを吉沢さん自身にいくつか考えてもらって、その中でもっともしっくりきたのがあの表現だったんです。まねをしたり教えられたものをそのまま出すのでは、どうしても手話に違和感が出てしまいますし、それに乗せた演技も作り物っぽくなってすべての計算が崩れてしまいます。

この映画は手話が目立ってしまっては意味がないんです。先ほど挙げた「手話をしながら歩く」シーンはもっともごまかしが効かない部分です。すぐに不自然さが出て嘘臭く見えてしまいがちで、ろう者の文化・行動・振る舞い・手話・演技が一体化していないと成立しないシーンなので、これをまったく違和感なく演じ切った吉沢さんは本当にすごいです。ろう者の役者さんと通訳なしでやり取りできるレベルまでいっていましたが、それはひとえに吉沢さんのセンスと努力によるものです。僕には、吉沢さんが白鳥のように見えました。優雅に泳いでいるようで、水の中では一生懸命水を掻いているような……相当な努力の方ですよね。そして日を追うごとに手話の奥深さと魅力にはまっていったように感じられました。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」場面写真

──撮影がお休みの日も、手話での演技練習を行っていたとか。

吉沢さんの手話のレッスン自体は撮影前、撮影期間と合わせて3カ月くらいでしたが、1日の中で手話に掛ける時間を考えると、1年くらいの分量を勉強したのではないかと思っています。5、6時間レッスンを行った日もたくさんありました。吉沢さんは指摘されたところを次回までに完璧に修正する能力が高く、一度覚えたらほとんど間違えません。何より演技としての振る舞いや表情と、手話の表情や手話表現を非常に高いレベルで昇華させて演技プランを組み立てていました。

手話のシーンにおいて吉沢さんは相手のセリフをほぼ全部覚えており、私がちょっと忘れたり間違えたらすぐに教えてくれました。あるシーンでは私のイメージと吉沢さんが考えるイメージがどうしても噛み合わず、お互いに一歩も引かないので「今日のところはこのへんで!」といったん時間を置いたこともありました。翌日にまた練習をしたら一発で噛み合い、お互いに「ああ、こういうことだったのね」と納得して笑い合えたことが忘れられません。

今までの自分の監督作で、私がもっとも苦労したのは聞こえる役者さんの“声だけの芝居”です。私は聞こえないので、声の芝居が私の演出イメージに合っているかどうかを判断するのが難しかった。ただやっているうちに、その役者さんの表情や振る舞いを目で見て判断して「いい!」と思ったときは声もいい芝居ができているということがわかり、声と表情はつながっていることを確信したんです。それで耳に頼らず、すべて私の目だけで演出をしました。これは呉監督もろう者の役者さんに対して同じ感じのアプローチになったのではと思います。また、撮影の合間に監督が「早瀬さんの次回作では、私が聞こえる役者さんへの日本語演出を担当する!」と言ってくださったのにハッとしました。確かに手話演出と同じように日本語演出も必要だなと納得したものです。

手話を使う人物・物語の描写に変化を感じる?

──なるほど、確かにそうですね……。それでは早瀬さんご自身のお話ももう少し深掘りさせてください。小さい頃から洋画がお好きだったそうですが、どんなふうに親しんできたのでしょうか?

家族みんなが映画好きだった影響で、子供のときから映画鑑賞が大好きでした。聞こえる母や妹は邦画をよく観ていましたが、自分だけ字幕のある洋画しか選択肢がなかったのが悔しかったことを覚えています。一緒に観に行った「南極物語」は内容がよくわかりませんでした。洋画では「カッコーの巣の上で」「ゴッドファーザー」が印象に残っていますが、コメディタッチやサスペンスの作品が好きで、「アパートの鍵貸します」や「ユージュアル・サスペクツ」も本当に面白かったのを今でもはっきり覚えています。今でも年間たくさんの映画を観ており、近年は邦画にも字幕が付くようになったことで邦画も観るようになりました。最近ですと「カラオケ行こ!」が面白かったです。今は黒澤明監督や小津安二郎監督、また好きな伊丹十三監督の作品を字幕で観られるようになって幸せです。

──初めて観た、ろう者の人物・キャラクターが登場する作品はなんでしたか?

「愛は静けさの中に」です。マーリー・マトリンの演技に終始引き込まれて、観終わったあとに、いつか自分もこんな映画に関わる仕事をしたいと思ったものでした。

映画作品情報

──手話が使われているさまざまな映像作品がありますが、お気に入りの作品や、いい演出だと感じた作品などを教えてください。私はウクライナ映画の「ザ・トライブ」が好きです。

「ザ・トライブ」がお気に入りとは! 私も好きです。ほかにもこの演出はすごいなと思った作品は「スヴェタ」というカザフスタンの映画で、日本でも上映されました。ろう者役はすべてろう者が演じており、キャラクター造形が素晴らしく、日本映画ではあり得ない設定で、私もいつかこんな映画を撮ってみたいと思いました。

「ザ・トライブ」…2014年製作。ろう者の寄宿学校に入学したセルゲイは、犯罪や売春などを行う悪の組織、族(トライブ)の洗礼を受ける。組織の中で頭角を現し始めた彼は、リーダーの愛人に恋をし、激しい感情の波に流されていく。

「スヴェタ」……2017年製作。ろう者が勤務する工場で働くスヴェタは、ある日突然リストラ対象になってしまう。家のローンを抱える彼女は神をも恐れぬ行動に出る。第30回東京国際映画祭で上映された。

映画作品情報

──以前に比べて、手話を使う人物・物語の描写に変化を感じますか?

“かわいそうな存在”としての描写が減ってきて、言語や文化背景を持ったろう者として取り上げる物語が少しずつ増えてきているように思います。ただそのテーマのバラエティはまだまだ、どうしても限られたものになっています。観ている方にとってイメージしやすいからでしょうか? それこそ「ザ・トライブ」や「スヴェタ」のような映画が日本でも当たり前に作られるようになってほしいです。

アメリカの映画「コーダ あいのうた」、日本のドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」など、ろう者の役をろう者が演じるということが少しずつ増えてきました。役者さんは刑事ものや医療ものなどで、自分とは違う職業の人物を演じることがあります。ただ手話を言語とするろう者を、聞こえる役者さんが演じることはリアリティの面で非常に厳しいと思います。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」はろう者の役者でしか表現できない世界観があり手話がわからない観客の皆さんもそれが確実に伝わったのではと思います。日本には芝居のうまいろう者の役者さんが増えつつあり、彼らの芝居が日本の映画やドラマでも当たり前に見られるようになったときに日本の映画界やドラマ界も大きく変わっていくと期待しています。主役級でなくてもチョイ役でも当たり前にろう者が出てきてもらえたら。

──今後撮りたい題材、関わってみたいテーマがあれば教えてください。

ろう者監督ならではの感性や視点での演出、カット割りやカメラワークの感覚を最大限に生かした映画を作りたいです。監督だけでなくろう者のスタッフも入り、ろう者の役者の真の力を引きだす新しい映画文法、映画文化を築き上げたい。そしてろう者や手話そのものをテーマにすることなく、その先にある人間としての本質的な感情を捉えるようなテーマで映画を作りたいです。自分の大好きなサスペンスとユーモアが融合した内容に挑戦してみたい。是枝裕和監督の映画「真実」の出演者が全員フランス人だったように、出演者全員が聞こえる人の映画もいつか撮ってみたいです。

今回、手話演出という立場で呉美保監督の演出を誰よりも間近で長期間見させていただくことができたのは、生涯の大きな宝となりました。圧倒的な俯瞰的視点、瞬時に本質を捉えて一切ぶれない冷静さ、相手の懐に飛び込んで自分のイメージをダイレクトに伝えるコミュニケーション力、考えをズバリと切り替える柔軟な演出。そして将棋のような理詰めの演出を見せるかと思ったら芸術家のような感性主体の演出をする……といった、何も足さずに何も引かない呉監督から吸収した今だからこそ、今までとは違う新しい自分の演出で映画を作れるように思っています。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」メイキング写真

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」メイキング写真

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(c)五十嵐大/幻冬舎 (c)2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

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ダイノジ・大谷 @dnjbig

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