「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」の土屋萌(講談社 週刊少年マガジン編集部)

マンガ編集者の原点 Vol.20 [バックナンバー]

「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」の土屋萌(講談社 週刊少年マガジン編集部)

アオリ名人「担当・T屋」誕生前夜

2

95

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 27 58
  • 10 シェア

「よい少年マンガ」とは?

直接的な言い回しではないが、言葉の端々から、少年マンガへの深い愛がうかがえる土屋氏。かつて氏が述べていた「少年マンガ」の定義やそこにかける思いが味わい深いので、そのまま引用する。

「いつの時代でも誰の心にも響く少年漫画の特徴の1つは、『最後は必ず正義が勝つ』というものだと思っています。(…)どんな正義でも、仮に一般常識では悪いとされていることでも、あなたの思う正義が正解だと思います。描きたい『正義』をお持ちの方、ぜひお話を聞かせてください。その『正義』を貫いて、泣いたり笑ったり、時には死んじゃったりしながら、最後に勝つ主人公の物語を描くお手伝いができれば幸せです」(マンガ投稿サイト「DAYS NEO」のプロフィールより

「あなたの思う正義が正解」とはっきり言い切っているのが新鮮だ。こうした考えに至った経緯を聞いた。

「きっかけは、僕が 6年目ぐらいのとき。自己分析ではあるのですが、僕って自分発信というより、作家さんの中にあるものを見つけて、それを企画にして描いていただくタイプの編集者かなと思っていて。でもそれでいいのだろうか?と、自分が編集者として全然優秀じゃないのではと悩んでいた時期がありました。同僚にはすごくやりたいことがあったり、めちゃくちゃマンガや文化に詳しかったり、『このジャンルなら俺に任せろ』みたいな人がいたりする中で『俺って無色透明な編集者だよな』みたいなことを思っていたんです。

そんな折、飲みの席である後輩に『土屋さんってめちゃくちゃ個性あると思いますよ』と言われて。えっ?と思って聞いたら、『この部署で一番少年マンガ好きですよ』と言われたんです。確かに僕はプライベートでもずっと少年マンガを読んでいる。そう気づかされたときに、改めて『少年マンガってなんだろう?』と考えたんです。引用していただいた文章もそのぐらいの時期くらいに書いたものですね」

そこからさらに、「いい少年マンガ」について深く考えるようになったという。

「個人的な見解ですが、『主人公が最初に思ったり、やりたいと志したことを、最終回まで絶対に変えないマンガ』だと思いました。当時の僕の言い方では最初のモチベーションのことを『正義』と言っていたんですが、今は第1希望とか、最初の悩み、初期衝動というほうが近いのかもしれない。

『ブルーロック』って突き詰めれば『ワールドカップで優勝する』という話なんですが、実はそれ自体は出来事というかすでにあるルールの中での勝敗であって、そこに思想はない。つまり『ただ勝ちたい』という気持ちって、第1希望とか初期衝動じゃないような気がするんですよ。

じゃあこのマンガの第1希望は何かというと、『世界一のエゴイストになる』のほうで、極端な話、最終回でワールドカップで優勝できなくても、世界一のエゴイストになっていたら読者はうれしいと思うんです。逆に、『俺はエゴイストじゃなくていい、ワールドカップで優勝する』という最終回だったら、多分面白くない。とはいえ、ワールドカップで優勝するほうを優先して、第1希望のエゴイストを捨てられるのって“大人”で、現実ではそっちに行くほうが多いと思う。だけど、少年マンガって夢を描くものだと思うので、じゃあ夢って何よと言うと、『第1希望を最後まで曲げずにいながら成功できる話』という感覚なんです」

主人公の「第1希望」を最後まで貫くのが「いい少年マンガ」。ただし、その第1希望が理にかなっていたり、立派であるかどうかは問わない。とてもエキサイティングな定義だ。

「作家さんがそんなことを言っているわけじゃないんですけど、僕はそここそが『ブルーロック』の“少年マンガ性”だと思っています。例えば、『もう一生勉強したくない!』って悩みから始まるマンガがあったら、主人公は一生勉強しないほうがいい。失礼ながら『売れてないな』と思うマンガって、主人公のモチベーションが『ワールドカップで優勝する』しかないんです。そうではなく『エゴイストになりたい』という第1希望があり、さらにその部分に、作家さん自身から引っ張ってきたものがあると、個性のあるいい少年マンガになるんじゃないかと思っています」

大人になってからの都合を優先せず、自分の中の少年性を無視しない。外の世界で何が起ころうと自分と向き合い続け、社会がどう自分を変えようとしても、自分を曲げない。これこそ、ロマンと言わずとしてなんと言おうか?

「でも、やっぱり難しいんです。話が長くなればなるほど、そこを曲げたほうがストーリーを考えるのが簡単で、違うことをやったほうが新鮮にも見える。もし『ブルーロック』の主人公が『俺はパスで世界一になる』とか言い出したら、その瞬間は意外で面白いかもしれない。でもそれだとちょっと“大人”だよね、という。

例えば、第1話で『俺は俺のボケで人を笑わせてM-1で優勝する!』という夢を持った主人公の物語があるとします。そのうち彼がボケ芸人としての限界にぶつかって、でもツッコミの才能に気づいて。それでもっと才能のある別の相方にボケを任せて、自分はツッコミに転向してM-1で優勝したとします。これも素敵な物語だし、現実でもあり得る立派な人生の選択ではあるのですが、やはりある種“大人”の判断なんですよ。

よい悪いの話ではないですが、あくまで少年マンガとしては『M-1で優勝する』より『ボケで人を笑わせる』のが第1希望なんです。それを一切曲げずに主人公が成功するのが少年マンガの持つ『夢』だと思うので、ボケで優勝しなきゃいけない。あるいは、夢を曲げてツッコミでM-1を優勝するリアルよりも、ずっと第1希望のボケを続けてM-1には出られなくても、全然お客さんのいない小さな劇場で1人のお客さんが初めて自分のボケで笑ってくれるというファンタジーのほうが、少年マンガのラストシーンとしてはふさわしいかもしれない。それが僕にとって『最後は必ず正義が勝つ』なんです」

だとすると、自分の中での「少年」を大事にするためには、どうすればいいのだろうか。自然の摂理で、編集者は言葉通りの意味での少年とは、年齢的にはどんどん離れていく。──「難しいですね」と悩みながらも答えてくれた。

「クサい言い方になりますが、正しいことや正しい価値観を思い出して、大事にする。『人に優しくしましょう』とか『ゴミをポイ捨てしない』とか、そういう誰でも昔から知ってた基本的なルールって実は子供より大人のほうが、大人になるにつれて守らなくなる。あのときとは違って今はこう考えている、という部分を大事にしちゃうようになるのが大人だと思うんです。

『昔はガキだったから、急に女の子に勢いで告白しちゃったけど、今は先に告るんじゃなくて最初に仲良くなろう』とか、大人になってから得た知見を優先しちゃいがちですが、それを大事にしないというか。うまく言えないのですが、小中学生のときに思っていたことを思い出して、『今の自分は間違ってる』って考えるようにしています(笑)」

天才を実感した「炎炎ノ消防隊」大久保篤の世界

さて、多種多様な作品を手がけた土屋氏に、「天才」を実感した瞬間を尋ねたところ、「めちゃくちゃいっぱいあるんで1個に絞れない」としつつも、「炎炎ノ消防隊」の大久保篤のエピソードを披露してくれた。

「『炎炎ノ消防隊』って、ざっくり言うとみんなが“太陽の神様”を信仰している、違う地球が舞台の話なんです。とあるお話で、お母さんが子供に対して『これ以上言うことを聞かないと、地下に連れてっちゃうよ!』みたいな叱り方をして子供が泣くシーンがあります。太陽を崇めている世界で、暗いところや太陽の光が届かない場所が怖いっていう価値観が子供たちの中にあるから、こうした脅し文句が成立する。

「炎炎ノ消防隊」1巻

「炎炎ノ消防隊」1巻 [拡大]

これって、その世界独自のリアルがないと出てこないセリフですよね。『おへそを隠さないと雷様に取られちゃうよ』みたいな、親がちょっと脅しを込めて子供を叱るって現実ではよくあることで、それをファンタジーにスライドさせるというやり方ですが、それをすっと出してきたときに、すごいな!と思ったことを思い出しました。

同時に、ファンタジーを描く人ってこれができないといけないという教訓として受け止めました。大久保さんはずっとその世界のことを考えているからでしょうけど、本当にさらっと出すんですよ。だから、ファンタジーの世界だけど、その人の中ではちゃんと『出来上がっている』。おそらく、マンガに描かれていないところまで考えられている。ファンタジーを1つの現実として描いているのを目の当たりにしたときに、改めてマンガ家ってすごいなと思いました」

そんな土屋氏にも、恒例の意地悪な質問をぶつけてみた。これまでの編集者仕事で失敗だったと思うことは?

「新人の頃、ベテランでかなり上の作家さんとお仕事をしたときに、前の打ち合わせで僕が指摘したことが直ってなかったのですが、『面白いです』って言っちゃった。その日はよかったんですが、後々作家さんにバレて『あのとき、嘘つきましたよね』と叱られたことがありました。相手が怖かったり、時間がなかったりで、『ダメです』とは言えなかったのですが、めちゃくちゃ怒られました(笑)。編集としては絶対しちゃいけないという意味でも、編集者らしい失敗でしたね』

野望は初版100万部

特に編集者にとって「その場しのぎ」は致命傷のようだ。時は流れ、編集者歴12年、押しも押されぬ中堅編集者となった現在の土屋氏の野望は、「初版100万部」。

「作品の絶対数も増えて大変な時代ですが、少年マンガっていっぱい売れなきゃいけないジャンルだと思ってるので、初版100万部の作品を作ってみたいです。もちろん、部数だけがすべてではないのですが、野望としては。もちろん、200でも300でもいいんですけど(笑)」

外から見れば、十分すぎるほど人気作を手がけてきたように思える土屋氏の夢は、天井知らずだ。そしてこんな土屋氏をもってしても、「ヒットする作品の条件」は謎だという。

「いくつか思うところはあって、1つは『個性の強いキャラがいっぱい出ていること』。キャラが弱くて売れるマンガってないと思う。あとは僕の中では、新しさとメジャーが一緒になっていることだと思います。さらにその新しさが、作家さんがやりたいこと、作家さんの中から出てきたものだとなおよいですよね。だから一言で言うと、『作家さんがやりたい新しいことをメジャーに描いているもの』じゃないかなと。斬新と言われて売れている作品でも、分解してみるとすごくメジャーなことをやっていたりするので」

確かに、マンガに限らず自分の好きな作品を思い返してみたところ、「懐かしいのに新しい」という感覚が蘇ることに驚いた。

「逆に王道って言われているものでも、よく読んでみると新しさか作家さんのフェチが入っていると思う。新しいこととメジャーなこと、どちらかだけで大ヒットすることは難しい気がしています」

編集者の心得は自己開示と「感情のストックを」

少年マンガにかける熱く純粋な気持ちと、冷静な分析能力。2つを併せ持つ土屋氏が思う「編集者の心得」の1つは、やはり「自己開示」。

「編集者になってみてわかったのですが、本当に、なんでもマンガのネタになる。月並みですが、いろんなことを経験してそれを話せる人がいいような気がします。ただこれ、海外旅行しろとか起業しろとか大きいこと、立派なことをしろという意味じゃなくて、なんでもいいんです。バイトして1日でやめたっていいし、実家に住んでいる方はお皿洗いして家事を手伝うとか、小さいことでもいいのでいろいろ経験してくださいという意味です。

さらに、体験したときの感情の話ができるといいですよね。『動物園で象さんを見ました。大きかったです』じゃなくて、象を見てこう思いましたとか、見ている子供が意外とニコニコしているだけじゃなくて怖がっている子もいるのに驚いたとか。経験するだけじゃなくて、そこで思ったことを話せたほうがいいと思います」

経験がネタになるのは作家の専売特許だと思われがちだが、編集者の場合も鬼に金棒だ。

「感情のストックもあったほうがいいですよね。打ち合わせでも、ここでキャラクター2人が喧嘩しているのは、中学生が些細なことで喧嘩しているのと感情は一緒ですよね、みたいな話をよくします。ファンタジーで、自分よりも弱かった奴がドラゴンを倒しちゃったときの気持ちって、期末試験で馬鹿にしていたやつに抜かれるのと一緒ですよね、となると途端にリアルに描ける、みたいな。そういう感情の連想や変換ができたほうが、描写のもとになる。いろんな感情のストックを、作家さんの脳みそだけじゃなくて編集もちょっとでも手伝えると、共有できる感情の数が増えるという意味でいいと思います。つまりは、いろんなことをしていろいろ思っておくのがいいんじゃないかな」

土屋氏が子供の頃、マンガをたくさん読んでも人とは感想や感情を共有せず、1人の世界で完結していたことを考えると、この変化には隔世の感がある。時が積み重なり、熟したということだ。

「確かに、言われてみれば(笑)。本当は聞いてほしいのかもしれない。僕、『空気が読めない』とか『しゃしゃってる(しゃしゃり出ている)』って思われるのがすごい嫌なんですよ。なので、あえて外に出て目立ったりもしたくないんですけど、本当はすごく話したいのかもしれないです」

土屋萌(ツチヤメグム)

1987年、神奈川県出身。2012年に講談社に入社し、週刊少年マガジン編集部に配属される。主な担当作品に、金城宗幸・藤村緋ニ「神さまの言うとおり」、鈴木央「七つの大罪」、荒川弘・田中芳樹「アルスラーン戦記」、大久保篤「炎炎ノ消防隊」、猪ノ谷言葉「ランウェイで笑って」、金城宗幸・ノ村優介「ブルーロック」、裏那圭・晏童秀吉「ガチアクタ」など多数。

バックナンバー

この記事の画像(全7件)

読者の反応

  • 2

akihiko810/はてなブログでサブカル @akihiko8103

“「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」の土屋萌(講談社 週刊少年マガジン編集部) | マンガ編集者の原点 Vol.20 - コミックナタリー コラム” https://t.co/7dTbSaGeLD #漫画 #comic;少年

コメントを読む(2件)

金城宗幸のほかの記事

リンク

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャのコミックナタリー編集部が作成・配信しています。 金城宗幸 / ノ村優介 / 鈴木央 / 藤村緋二 / 篠原知宏 / 猪ノ谷言葉 / 荒川弘 の最新情報はリンク先をご覧ください。

コミックナタリーでは国内のマンガ・アニメに関する最新ニュースを毎日更新!毎日発売される単行本のリストや新刊情報、売上ランキング、マンガ家・声優・アニメ監督の話題まで、幅広い情報をお届けします。