アニメ「ワンパンマン」第3期特集|サイタマ役・古川慎に“今だからこそ聞きたい10のこと”

2025年10月に放送開始から10周年を迎えたアニメ「ワンパンマン」。その第3期が、第2期から約6年半のときを経て、10月よりテレ東系列ほかで放送されている。第2期は、最強の怪人になることを目指しヒーロー狩りを行うガロウが、怪人協会に連れ去られるという衝撃の場面で幕を閉じた。多くのファンがその続きを待ち望む中、いよいよ放送が始まった第3期では、S級ヒーローたちと怪人協会幹部たちとの戦いや、サイタマの活躍なども描かれる。

コミックナタリーでは、アニメ10周年という記念すべき節目に、主人公・サイタマ役の古川慎に“今だからこそ聞きたい10の質問”を投げかけた。サイタマを演じる際の心構えや第1、2期の印象的なエピソード、第3期の見どころなど、古川と「ワンパンマン」との軌跡をたどる。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 武田真和

10 Questions
01. アニメ放送10周年を迎えて

古川慎

「もう10年かあ」というのが率直な、素直な気持ちですね。ただ、第1期をやらせていただいたときの記憶がいよいよおぼろげになってきたなあという感覚は確実にあって(笑)。そう考えると、確かに10年経ってるんだよなというふうには思います。

──始まった頃の心境などは覚えていますか?

当時はまだ、自分がデビューして数年程度という時期だったんですよね。第一線でバリバリ活躍されている先輩方と肩を並べて、作中最強であろう人物を自分が演じるということを相当なプレッシャーに感じていたのは覚えています。で、その感覚は今でもそんなに変わっていないというか。やるべきことが明確になったがゆえの、当時とはまた違った難しさも感じながら第3期に臨みました。それが10年分の重みってものなんだろうな、というようなことはぼんやり思っていますね。

──この10年間でその先輩方と本当の意味で肩を並べられる、仲間入りできたような感覚は?

いや、全然できてない。できてるわけないじゃないですか(笑)。まあ無名に近い存在だった古川が、この作品でいろんな人に知っていただけたことは確かです。ほかの現場でお会いしたときなどお話しさせていただく機会も増え、仲間入りできている自信は持てないのですが、あの頃よりは受け入れていただけているなという気持ちはあるので、それはやっぱりうれしいですね。

10 Questions
02. 「ワンパンマン」という作品の魅力

アニメ「ワンパンマン」#1(第1期・第1話)より、サイタマ。

アニメ「ワンパンマン」#1(第1期・第1話)より、サイタマ。

やっぱり爽快感なんでしょうね。いろいろな人間関係や勢力争いが繰り広げられる大きなうねりの中で、最終的には1個のパンチで片付けられていく。そこがたぶん、全世界の皆さんに楽しんでいただけている大きな要因の1つなのではないかなと個人的には思っています。人間社会のいびつさが風刺的に描かれる作品でもあるので、彼らの抱える問題は僕らが実生活で抱えている問題とも地続きなんですよ。それがフィクションだからこそ一発で片付いてしまう、その快感というのは間違いなくあると思いますね。

──いわゆるヒーローものとしてのカタルシスもあり、王道少年マンガ的な喜びもたくさんあって、しかもパロディ要素も多いんですけど、なぜかほかの何物にも似ていないという不思議な作品でもありますよね。

決して勧善懲悪の物語ではないですしね。悪とされている怪人側にも「あれ? こいつ自分と似てないか?」と感情移入できる部分があったり、逆に正義とされているヒーローたちにも「意外と腐ってるじゃん」みたいなところがあったり(笑)。

──キングとか面白い存在ですよね。一度もちゃんと戦ってないのに、たまたま偉業の場に居合わせ続けたことで地上最強のヒーローだと誤解され続けているという。

アニメ「ワンパンマン」#13(第2期・第13話)より、キング。

アニメ「ワンパンマン」#13(第2期・第13話)より、キング。

彼は本当によくやっていると思いますよ(笑)。読者目線ではそういう歪みが是正されていってほしいと感じるんだけど、そういう流れにはならないじゃないですか。むしろどんどん混迷を深めていっている。例えば「この“怪人”って、大元はいったいなんなんだ?」という謎をずっとはらみ続けているんだけど、その謎を解き明かすべく掘っていった先でまた違う謎が掘り起こされる、みたいな構造なんですよね。そういうところもこの作品の不思議さの一端を担っていて、先を追いたくなってしまう要因になっているんだと思います。

10 Questions
03. 主人公・サイタマを演じる際の心構え

古川慎

ずっと一貫してやってきているのは、「絶対に強そうには見せない」というところですね。彼は強敵との戦いを重く捉えていなくて、日常の買い物やゴミ捨てと同等の行為だと思っているんです。なので、戦闘シーンのセリフであっても「ちょっとコンビニ行ってくるわ」ぐらいのテンション感でお芝居する、っていうのは第1期からずっと大事にしてきています。ただ、10年も経つとですね……自分の声自体が年齢相応に年輪を重ねてしまいまして、普通に出す声が強そうに聞こえちゃうわけですよ(笑)。

──意図せず説得力が生まれてしまう(笑)。

今期はとくにそこの難しさを感じていますね。当時よりもアベレージの音域が2トーンぐらい下がってるんで、第1期の頃の声を無理に出そうとすると“がんばってる感”が出ちゃうんです。それだとサイタマの脱力感とは真逆の方向性になってしまうから、ちょうどいい塩梅を見つけるのがけっこう大変で。

──サイタマはかなり特殊な主人公ですよね。「どんな敵もワンパンで倒してしまう」って、それだけを聞くと「その設定でドラマなんて生まれるの?」と誰もが思うじゃないですか。

存在そのものが“出オチ”みたいな人なんですよ。世界最強の男がギャグみたいな格好をしていて、とぼけた顔をしているっていう。まあ普通のヒーロー作品とはまったく違いますよね。マインドが一般人なんで。

──だからこそ、お芝居をパターン化できないわけですよね。“ヒーロー芝居”に頼れない、というか。それゆえの面白さはあるんじゃないでしょうか。

そうですね。あくまで一般人であるというところは大事にしながら、最近は欲が出てきて……この人、得体が知れなさすぎるじゃないですか。だったらそっちの方向性にも振ってみようかなと思って、変化をつけてみたりというトライもしています。

10 Questions
04. サイタマへの印象の変化

アニメ「ワンパンマン」#8(第1期・第8話)より、サイタマ。

アニメ「ワンパンマン」#8(第1期・第8話)より、サイタマ。

自分の中でサイタマの印象は……まあ、そんなに変わってないですね。さっき言ったように、見せ方に関して自分の中で変化を加えることはあれど、彼という存在の捉え方自体はほとんど変わっていない。

──むしろ、その“変わらなさ”が重要なのかなという気がします。普通の少年マンガは主人公の成長を見せていくものですけど、「ワンパンマン」はそういう作品ではないので。

そうなんですよね。精神的・肉体的な成長を主軸にした物語ではなくて、得体の知れない彼が見せてこなかったいろんな引き出しが開けられていく方向のお話というか。例えば無免ライダーやスイリュー絡みのエピソードで見せた優しさや頼もしさであるとか、意外と怪人に対してちゃんと怒っている一面であるとか、飄々としているけれど正義感みたいなものはちゃんと持ち合わせているところであるとか……段階を登っていく成長じゃなくて、掘っていく行為に近いんですよね。視聴者からすると、「ここが変わったな」じゃなくて「こんな一面もあるんだな」という感じ取り方ができる主人公なんだろうなと。

アニメ「ワンパンマン」#9(第1期・第9話)より、無免ライダー。

アニメ「ワンパンマン」#9(第1期・第9話)より、無免ライダー。

──サイタマの成長はもう、最初の段階で終わってますからね(笑)。

あとは、この10年間ですごく印象的だったのが、海外にサイタマのコスプレをする人がたくさんいらっしゃることですね。「ランニング10キロと腕立て伏せ、スクワット、上体起こしを毎日100回、本当にやりました」って、“サイタマブートキャンプ”みたいなことをしてる方が実際にいらっしゃって(笑)。

──サイタマが海外の方にウケているのはちょっと不思議な感じもしますね。けっこうひねりの利いたヒーロー像ですし、造形的にも憧れの対象という感じではないというか(笑)。

ニンジャやサムライのシンプルなわかりやすさとは違いますもんね。ただ、「パンチ一発ですべてを解決する」というド派手さは全世界で共通して喜ばれる要素なんじゃないかと思います。どんな文化圏の人が観てもスッキリする、好きになりやすいヒーロー像ではあるのかなと思っていますね。

10 Questions
05. 第1、2期の印象的なエピソード

古川慎

第1期に関してはいつも同じ回答をしているんですけど、第12話のボロスと殴り合うシーンがやっぱりすごかったですね。隣で大先輩の森川智之さんが全力でぶつかってくるのに対して、ぺーぺーの新人が「じゃあこっちも本気出すぜ」みたいな(笑)。今思えば「なんて失礼なことをしてたんだ」と思いますけど、そのアフレコは今でも鮮明に覚えているくらい印象に残っていますね。自分があまり力を込めないキャラクターを演じているからこそ、すごく刺激を受けました。

アニメ「ワンパンマン」#12(第1期・第12話)より、ボロスとサイタマが殴り合うシーン。
アニメ「ワンパンマン」#12(第1期・第12話)より、ボロスとサイタマが殴り合うシーン。

アニメ「ワンパンマン」#12(第1期・第12話)より、ボロスとサイタマが殴り合うシーン。

──第2期ではどうですか?

第2期のほうは……これもどこかで同じ答えを言っている可能性があるけど(笑)、第23話でガロウがデスガトリングの銃弾から小屋に隠れているタレオくんを守るシーンですね。あれこそ正義と悪の価値観が崩れる瞬間というか。マイノリティとマジョリティの軋轢みたいなものが描かれていて、すごい話だなと感じたんですよ。

──ガロウの回想シーンが挟まって、幼少期にヒーローよりも悪役に感情移入していたせいでいじめられてきた過去が描写されるんですよね。

別に何を好きになろうと個人の自由であるはずなんですけど、誰からも認めてもらえずに迫害されてきたガロウは、それが積もり積もって社会悪といえるような存在にまでなった。でも、そんなガロウが罪のないタレオ少年を身を挺して守るわけですよね。ヒーローたちはそういう彼の人間らしい一面に気づくこともなく、ただ「悪とされている存在だから」という理由だけでガロウを排除しようとするわけです。「それ、正しいのはどっち?」ってなりますよね。

アニメ「ワンパンマン」#23(第2期・第23話)より、ガロウ。

アニメ「ワンパンマン」#23(第2期・第23話)より、ガロウ。

──正しいと信じて疑わないことの危うさを描いているという意味では、今のSNS問題などにもつながります。

本当にそうなんですよ。僕自身も「じゃあどうすればいいのか」なんて答えは持ち合わせていないです。1つだけ言えるとしたら、「自分が今正しいと感じていることは、周りの言うことに感化されているだけではないのか?」という疑問を常に持ち続けなきゃいけない、っていうことだけで。この作品からは「自分はどうあるべきなのか、ちゃんと考え続けながら生きなさいよ」と言ってもらっているような感覚はありますね。

──一見とぼけたギャグアニメなんですけどね。

意外と得られる教訓が多い作品なんです。視聴者の皆さんにはそういうところも感じ取っていただけたらいいな、と思います。