「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」の土屋萌(講談社 週刊少年マガジン編集部)

マンガ編集者の原点 Vol.20 [バックナンバー]

「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」の土屋萌(講談社 週刊少年マガジン編集部)

アオリ名人「担当・T屋」誕生前夜

1

30

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 5 15
  • 10 シェア

マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。

今回は「ブルーロック」をはじめ、「七つの大罪」「アルスラーン戦記」「神さまの言うとおり」「炎炎ノ消防隊」「ランウェイで笑って」などのヒット作を担当する週刊少年マガジン編集部の土屋萌氏が登場。ファンには「担当・T屋です!」から始まる個性的なアオリ文でお馴染みの名物担当編集の、初めての本格的インタビューとなる。

2012年に講談社に入社して以来、週刊少年マガジン編集部で少年マンガ一筋。テンションと自意識高めのアオリ文やX投稿から、一体どんな人物なのかといつもより少し緊張しながら登場を待っていたところ、現れたのは物静かでシャイな雰囲気の、微笑をたたえた男性だった。胸に秘めたる少年マンガへの愛情を深堀りしながら、「担当・T屋」が爆誕した意外な舞台裏にも迫った。

取材・/ 的場容子

ずっと1人でマンガを読んでいた

土屋氏の記憶の初期にあるマンガは、「ゲゲゲの鬼太郎」(水木しげる)や「落第忍者乱太郎」(尼子騒兵衛)だった。

「父親がマンガや本を読む人で、毎週マガジンを買っていたり、家に『ゲゲゲの鬼太郎』があったりして、僕も読んでいました。自分から進んで読んだのは『落第忍者乱太郎』が最初だと思います。その後、物心ついた頃にはジャンプっ子になっていて、小学校3、4年生くらいからは毎週ジャンプを読んでいました。

その頃のジャンプでは『ONE PIECE』(尾田栄一郎)や『NARUTO -ナルト-』(岸本斉史)、『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)を読んでいて、少し前の『幽☆遊☆白書』(冨樫義博)や、『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦)も単行本で読んでいました。ジャンプ以外では、『らんま1/2』(高橋留美子)も大好きだった。いわゆるメジャーな作品を読んでいましたね」

一人っ子の土屋氏は、友達とワイワイマンガを読むタイプの子供ではなかったという。

「部屋にいるときは大体ずっと1人でマンガを読んでいました。兄弟がいる友達の、マンガがいっぱいあるおうちに行ったりしても、せっかく遊びに行ったのに友達と遊ばずにずっと黙ったままマンガを借りて読んでいるときもあって(笑)。

編集者がこんなこと言っちゃいけないんですけど、自分の感想を人に話すのがすごく恥ずかしくて。読んだマンガについて論を交わす、みたいなことを編集者になる前に一度もしたことがない。未だに、映画を観にいって、映画館を出た後に一緒に観ていた人と感想を言いあうのも恥ずかしくてできないんですよね。本当に1人で摂取して……摂取とか、カッコいい感じで言っちゃいましたけど(笑)。みんなでそういう話になるときも黙ってることが多くて、感想を言い合うのは、打ち合わせのときの作家さんとだけかもしれないです」

マンガ好きが高じて、将来は漠然とマンガ家になりたいと思っていた。

「とはいえ絵やマンガを描くわけでもなく、ただなりたいと思っていただけでなんの努力もしていなかった。そんな感じで、何も考えずに大学まで行ってしまいまして」

大学では文学部日本文学科で学びつつ、バンド活動に勤しんだ。担当はベース。

「僕が中学生くらいのときにGOING STEADYやガガガSPとかのバンドが流行っていて、日本版パンクロックが盛り上がっていたんです。そういうのを聴きつつ、THE BLUE HEARTSやThe Clashとか、もっと古いパンクを聴きながら、オリジナルで活動していました。パンクロックって、本当にちゃんとやるのはすごく難しいと思うんですけど、ただ表面的に真似して弾くぶんにはすごい簡単なんですよ。簡単なのを弾いて悦に浸っていました(笑)」

バンド活動はしていたものの、音楽で身を立てるつもりはなかったという。

「生意気なんですが、あんまり欲もないし、いわゆる普通の生活をさせていただけていたので『飯を食わなければ!』みたいなハングリーさとか、お金がなくて本当に困ったこともあんまりなくて。バンドをこのままやって別に売れなかったらフリーターでもいいな、くらいの話をメンバーと話していました。そんな感じで就活もちゃんとやらずにいたら、2回留年しちゃいまして。6年になったときに、さすがにいっちょ前に焦りだし、就活をしなければ!となりました。

でもどんな会社があるか、あまり知らない(笑)。そんなときに、変わらずマンガは好きでずっと読んでいて、かつ『バクマン。』(原作・大場つぐみ/漫画・小畑健)や『編集王』(土田世紀)も好きだったので、マンガ編集者という仕事に思い至り、好きだったジャンプとマガジンのサイトを調べたら新卒募集があったので、応募しました。そこでたまたま運よく拾ってもらった感じです」

卒論のテーマは「水木しげると妖怪」。子供時代の原体験としっかりつながっているのが印象的だ。

「七つの大罪」で新人の意見が通った!

こうして2012年に講談社に入社した土屋氏は、希望していた週刊少年マガジン編集部に配属された。最初に担当した作品は「ねらいうち!」(篠原知宏)、「神さまの言うとおり」(原作・金城宗幸/漫画・藤村緋二)、「七つの大罪」(鈴木央)の3作品だった。

「『七つの大罪』は連載前で、ネームの1話目を作っている準備期間でした。先輩の編集者についてやらせていただいたのですが、鈴木先生は新米の僕が言うこともちゃんと聞いてくださって。わけわかんないことを言っていたと思うんですけど、取り入れるかは別として、すごく真摯に自分の意見を聞いてくださったので、その分、滅多なことは言えないなと感じました。

トンチンカンなことを言ったときも、それがただ『よくない』というだけじゃなくて、『土屋さんが言ってることはこういう理由で、後々こうなっちゃうから今はやめといたほうがいいかもです』みたいに、理屈できちんと教えてくださいました」

「七つの大罪」1巻

「七つの大罪」1巻 [拡大]

「七つの大罪」は2012年に連載を開始。ブリタニアの地を舞台に、かつて王国を脅かしたとされる伝説の逆賊「七つの大罪」の1人である主人公・メリオダスと、王国の第三王女・エリザベスが繰り広げる壮大なバトルファンタジーだ。2014年にアニメ化され、2015年には講談社漫画賞・少年部門を受賞。全世界のシリーズ累計発行部数は5500万部(2023年9月時点)を突破する、メガヒット作だ。

「打ち合わせの原体験として一番印象に残ってるのは、第 4話で、ディアンヌという巨人の女の子がメリオダスと再会して、『団長ぉ~~~♡』と抱きしめて頬ずりした後、メリオダスが別の女子と来たことに気づいて『この浮気者──っ!』と彼を放り投げるシーン。最初のネームでは、抱きついて放り投げるまでの間に1、2ページあり、そのページを取ったほうがテンポがいいんじゃないか?と思い、鈴木先生にそうお伝えしたんです。

でもすぐに、せっかくマンガ家さんが描いてくれたページをなくしたほうがいいなんて、めちゃくちゃ失礼なんじゃないか?と、ヤバいヤバいと思ってたら、先生が『確かに』と言ってピッて取っちゃったんですよ。それが、自分の意見が初めて通った経験でもあるし、1年目の編集者が言ってしまった生意気な意見を反映してくださるすごい人だなと驚いた経験でもあります。

1話20ページなので、ページを取るということは代わりのページを作らなきゃいけない。僕は取ることしか考えてなくて、その後のことを何も考えずに無責任に言っちゃったんですけど、そういうことも含めてすぐ反映してくださったのはすごいなと思った。忘れられない経験になりましたね」

17歳でマンガ家デビューし、「七つの大罪」連載開始時にはすでにマンガ家歴18年を数えていた鈴木央。大学を出たばかりの新人編集者の意見を真摯に受け止め、有用な意見は躊躇なく取り入れる姿勢は、清々しい。そして、新人である土屋氏の編集者としての自信を支えたのは、マンガを読んできた経験と、「少年マンガが大好き」という思いだった。

「本当に好きで、少年誌という志望通りの部署で仕事をすることができたので、当時、自分が面白ければ面白いのでは、という感覚は漠然とあったと思います。自分の新人時代──10年くらい前までは、作家さんが『あの作品のあのシーンみたいに……』と例に出す作品は、ちょうど読んでいたものだったことが多くて、そういう意味でのズレは感じなかったです。

むしろ今のほうが、若い作家さんと仕事をするときに、目線を合わせるために最近の作品や新しいエンタメを見たりすることはありますね」

初めて企画から作家と立ち上げた作品は、マガジンSPECIAL(1983年に創刊され、2017年に休刊)に掲載された「週刊少年ガール」(中村ゆうひ)。入社1年目の終わり頃だった。

「週刊少年ガール」1巻

「週刊少年ガール」1巻 [拡大]

「中村さんはコミティアでイラスト集を出していらっしゃって、それがすごく素敵だった。『マンガを描くおつもりはありますか?』と聞いたら、短編マンガみたいなものを描かれていたことがわかり、それがすごく面白かったんです。そこから準備をして、既存のものもリライトしつつ3本の連作短編にまとめてもらって、マガジンの新人賞に応募したら入選することができました。その企画が連載という形になりました。いまだにすごく面白いと思っている素敵な作品です」

次のページ
異色のサッカーマンガ「ブルーロック」ができるまで

読者の反応

  • 1

コミックナタリー @comic_natalie

編集者が“担当デビュー作”を語るコラム
【マンガ編集者の原点】

第20回は「ブルーロック」「炎炎ノ消防隊」などヒット作を担当する週刊少年マガジン編集部の土屋萌氏が登場。
少年マンガへの愛情を深堀りしながら、「担当・T屋」が爆誕した意外な舞台裏にも迫った。

https://t.co/cC2ubM5nV5 https://t.co/fgBRhBRyWX

コメントを読む(1件)

金城宗幸のほかの記事

リンク

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャのコミックナタリー編集部が作成・配信しています。 金城宗幸 / ノ村優介 / 鈴木央 / 藤村緋二 / 篠原知宏 / 猪ノ谷言葉 / 荒川弘 の最新情報はリンク先をご覧ください。

コミックナタリーでは国内のマンガ・アニメに関する最新ニュースを毎日更新!毎日発売される単行本のリストや新刊情報、売上ランキング、マンガ家・声優・アニメ監督の話題まで、幅広い情報をお届けします。