マンガ編集者の原点 Vol.16「ダーウィン事変」「とんがり帽子のアトリエ」の寺山晃司

マンガ編集者の原点 Vol.16 [バックナンバー]

「ダーウィン事変」「とんがり帽子のアトリエ」の寺山晃司(講談社 月刊アフタヌーン副編集長)

アフタヌーンの“黄金期”を支える、バリバリ理系出身編集者

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マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。

今回は「ダーウィン事変」(うめざわしゅん)をはじめ、「コンプレックス・エイジ」(佐久間結衣)、「とんがり帽子のアトリエ」(白浜鴎)、「天国大魔境」(石黒正数)、「カオスゲーム」(山嵜大輝)などを手がけるアフタヌーン編集部の寺山晃司氏が登場。2009年に講談社に入社し、週刊現代編集部を経てモーニング編集部へ。モーニング・ツー編集長を経て、現在は月刊アフタヌーンの副編集長を務めている。壮大なスケールのサイエンスフィクションやサスペンスアクションから、摩訶不思議な世界を克明に描写するファンタジー、人間の心のひだを1枚ずつ描写するような繊細な人間ドラマまで、幅広い作品を世に送り出している編集者だ。

大学院の修士課程までバリバリの理系(専門はウシガエルの脳!)ということも関係してか、こちらのQに対するAがバシッと明確で気持ちいい。合理的な問題解決能力で磨き上げてきた編集手法に触れながら、歩んできた仕事人生を語ってもらった。

取材・/ 的場容子

コロコロとボンボンで育ち、黒田硫黄で「アフタヌーン体験」

1983年生まれの寺山氏の子供時代は、マンガやゲームに囲まれていた。

「『お小遣いはくれなくてもいいから、代わりにコロコロとボンボンを両方買ってほしい』という子供でした。アニメから『ドラえもん』を知り、原作マンガを小学校に上がる前から読み始め、『ドラえもん』が載っているマンガ雑誌があるらしいぞということでコロコロを買い、横に似たような雑誌があるなという理由でボンボンを買って……という流れです。

『ドラえもん』の影響は大きかったです。映画のもとになった『大長編』シリーズを見つけて読んでみたり、『パーマン』やSF短編集を読んだり。マリオとロックマンも好きで、コロコロで連載していた『スーパーマリオくん』(沢田ユキオ)や、ボンボンのシリアスめな『スーパーマリオ』シリーズ(本山一城)を楽しみにしていました。さらに、同時期にボンボンで読んでいた『王ドロボウJING』(熊倉裕一)というマンガが、自分は今でもすごく好きで。ボンボンの中ではどちらかというと大人向けのマンガで、セリフとか絵の描き方がすごくおしゃれで、『こんなマンガがあるんだ!』とすごくびっくりしたのを覚えています」

「王ドロボウJING」は、1995年からコミックボンボンで連載されていた作品。なんでも盗む“王ドロボウ”のジンと、その相棒のキールが大活躍する冒険譚で、独特の作り込まれた世界観と映画のようにキザなセリフ回しで、今なお根強い人気を誇るマンガだ。話題を先取りするのであれば、寺山氏がアフタヌーン作品を好きになる萌芽がここにあったのかもしれないと思わせる作風だ。中学生になると、ジャンプを読み始めた。

「自分が読み始めた時期は、ちょうど『ONE PIECE』(尾田栄一郎)や『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)、『SHAMAN KING』(武井宏之)が始まったあたりで、『これは面白いぞ』と。『ONE PIECE』の1巻を初版で買ったのをよく覚えています。そこから高校生になって、大人向けのマンガにも興味が出てきて、アフタヌーンを読むように。一度、高校の友達が黒田硫黄さんの『茄子』を貸してくれたことがあったのですが、当時の自分では何が描いてあるのかが全然わからなくて。ただ、読んでいてすごい気持ちがいい。だけどそれを言語化できない。『マンガでわからないことってあるんだ!』と、自分の読解力が足りないことがすごく悔しかったですね。そのときに改めて、マンガって面白いなと実感しました」

まさに「アフタヌーン体験」。黒田硫黄の「茄子」もまた、アフタヌーンのオルタナティブな色を象徴するような作品だ。このように、寺山氏の人生の傍らには常にマンガがあった。ほかに、アフタヌーンでは「蟲師」(漆原友紀)が好きだったという。

「漆原さんのサイン会に行ったりしていました。今でもサインは大事に取って置いています。大学に行くとさらにコアなマンガが好きになって、アックスを読むようになりました」

当時も現代も、マンガ好きやサブカル好きが行き着く極北がアックスではないだろうか。1998年から青林工藝舎が出しているマンガ誌で、根本敬や花くまゆうさく、鳩山郁子、近藤ようこ、本秀康らが執筆。伝説的マンガ誌・月刊漫画ガロ──白土三平の「カムイ伝」を掲載し、水木しげる、内田春菊、みうらじゅん、蛭子能収らが活躍していた──の後継誌と言える。現在も隔月誌として刊行を続けている。

ウシガエルの脳→週刊現代→モーニング!?

一方、大学は理系の学部に進学し、修士課程まで進んだ寺山氏。修士課程の研究テーマは、「ウシガエルの脳」だった。

「自分はもともと理系で、理科、とくに生物の先生になりたかったんです。教育学部の理学科に入って教員免許を取ろうとしていたのですが、子供に教えるのは向いていないことに気づきました。どうも子供を相手にするのが得意ではなくて、自分に教えられる生徒はかわいそうだなと思いまして(笑)」

マンガ編集者という仕事を意識したのは、就職活動を始めてからだったという。

「研究室に残って生物学の研究を続けていたのですが、修士課程で就職活動を始め、最初は食品会社の研究職などを志望していました。ただ、そこで働いている方の話を聞いたときに、自分が働いているイメージがあんまり湧いてこなかった。選考も通らないですし、どうしたものかと思ったときに、ふっと自分の部屋の本棚にマンガがたくさんあることを思い出しました。マンガは描けないけど、マンガ編集者という仕事はあるぞ。マンガに関われるなら面白いかもしれない、と。それで、自分の本棚を見たときに一番多かったのが講談社のマンガだったので、講談社を受けました」

見事内定を獲得し、2009年に講談社に入社した寺山氏は、マンガの編集部ではなく、まず週刊現代に配属となった。

「毎年、週刊誌には新卒で2、3人が配属になることが多いのですが、自分の年は僕だけで。いわゆる新人仕事がだいたい自分に回ってくるのは大変ではありました(笑)。正直、週刊現代をちゃんと読んだことがなかったので、まずは読むところからでしたね。読者と自分では年齢の乖離もありますし、最初はどうしようと思いました」

3年間、グラビア班にて写真記事のページを担当。女優インタビューはもちろん、グルメや鉄道など、さまざまなジャンルの記事を担当したという。

「編集部に入ってすぐに政権交代があり、勝ちが決まった民主党の様子をホテルのパーティ会場で撮影に同行したりしましたね。入って2年目に東日本大震災が起こったので、地震から5日目に現地にカメラマンさんと入って、取材をしたりもしました」

写真週刊誌とマンガ。一見あまり関連がなさそうに見えるが、週刊現代で過ごした3年間の経験は「すごい財産になった」と語る。

「具体的には、人に話を聞くことに、なんのためらいもなくなりました。週刊誌の取材なんてためらっている場合じゃないので、いろんなことを聞けるようになりましたね。取材のノウハウを教えてもらったことも大きいです。マンガでも、例えばお仕事もので詳しい人に話を聞きに行ったりすることがありますが、周りの編集者と比べても自分は、取材へのハードルが低いなと思います」

当時の編集長に言われた言葉を今も大切にしている。「面白いって簡単に言うな」。

「『編集者の面白いって重いんだよ。せめてお前は本気で面白いと思っていないと話にならない』と言われ、本当にそうだなと思いました。自分が面白いと思ってないものを読者に出しちゃダメだというのはその通りで、編集としての根幹を教えてもらったと思います」

大学から大学院にかけて時間を費やした研究も、仕事に役立っているという実感がある。

「講談社の中だと、理系出身の人は多くはありません。理系の環境にいると、ものごとの根拠を求めることや、筋道を立てた論理的な説明ができることが強く求められるので、記事を書く際の『これって本当に事実?』と確認する姿勢も含めて、そうした経験は役に立っていると思います」

モーニング「きのう何食べた?」「インベスターZ」からの学び

年に一度、講談社では異動希望調査がある。もともとマンガ編集を希望して入社したものの、寺山氏は、1年目と2年目は異動希望を出さなかった。

「せっかく週刊現代に来たので、何かしらは役に立たないとと思い、3年くらいは噛り付きたいなと。結果的にお世話になったことのほうが多いですが、3年経った頃にそろそろマンガに行きたいと思って異動希望を出して、それが叶う形となり、モーニングに行きました」

編集者とひと口に言っても、週刊誌とマンガ誌では仕事が大きく異なる。

「週刊現代は毎週違うものを作っているので、いろんな種類のものを走らせながら、今出せるものはこれ!という形で出していきます。一方、マンガは積み上げていくものなので、作戦の立て方が全然違いましたね」

最初に担当したのは、なかいま強「ライスショルダー」と、よしながふみ「きのう何食べた?」であった。

「両作品とも、サブ担当という形で入りました。『ライスショルダー』は雑誌人気がとても高い作品で、いつも雑誌アンケートのトップ3に入っていた記憶があります。ネームの時点ですごい迫力があり、そんな作品に自分がとやかく言えるのだろうか、と不安はありました。とはいえ、自分なりにボクシングのネタを集めては作家さんにメールで送ったりして、たまにそれがヒントになって作品に反映されているとちょっとうれしかったり。自分、実はスポーツをまったく見ないのですが(笑)」

「ライスショルダー」1巻

「ライスショルダー」1巻

「ライスショルダー」は、「わたるがぴゅん!」のなかいま強による作品で、2007年からモーニングで連載され、2013年に完結。全18巻まで単行本が発売された。体格に恵まれすぎた18歳の少女・おこめが、ボクシングで世界に挑むスポーツコメディだ。なかいまの持ち味である小気味よい軽快なギャグと、キャラクターの愛らしさ、豪快なストーリーで多くのファンを獲得した。

その一方、よしながふみとの打ち合わせも刺激的だったという。

「よしながさんにはすでに2人担当がいて、自分も勉強のために 3人目として担当させていただきました。打ち合わせがすごく面白くて、最近どんな料理を作ったとか、この時期だからこういう料理を出せるといいですね、とか話したり。自分も料理をすることはあったので、作ったものや食べて美味しかったものを共有して。そうした、まるで雑談のような打ち合わせをするんですが、その後ネームになったときに、その打ち合わせで出た面白い話が完璧に盛り込まれた物語になっているんです! すごいなと思いました」

「きのう何食べた?」1巻

「きのう何食べた?」1巻

さらに、この時期に担当した「ドラゴン桜」の三田紀房の仕事ぶりも印象的だったという。

「三田さんの『インベスターZ』を、先輩編集である佐渡島庸平さん(現コルク)と一緒に担当させていただいていました。三田さんは本当にすごい! 『インベスターZ』は投資をテーマにした話で、ネタの面白さも突き詰められていますが、それだけではなく三田さんはキャラクターのことをすごくよく考えていて。例えば、あるネタを入れるためにキャラクターに無理な動かし方をさせてしまうと“キャラが死ぬ”、といったことをすごく気にされていて、なるほどと思いました。

自分はついついネタの面白さに引っ張られがちですが、キャラクターがなぜ大事かということについてハッとさせられました。認識のアップデートをいっぱいさせてもらいました」

佐渡島氏を始めとした編集の先輩からは「秘技」を盗もうと奔走した日々だった。

「どの先輩にもすごいところがある。例えば佐渡島さんは0→1を作るというより、1→100にするのがめちゃくちゃうまい方。たくさんコラボするなど、佐渡島さんが担当する作品は広がる力が半端ないんです。当時って、雑誌の売上がちょっとずつ落ちてきていた時代なので、そうなるとまず読んでもらうためどうするかという意識が大事で、そうした姿勢を学びました。

ほかにも、たくさんヒットを作っている編集者がどうやって打ち合わせをしているのか気になって仕方なかったので、教えてもらうために日々飲みに誘っていました。編集部はみんな忙しいのですが、飲みに行ったら 2時間くらい拘束できるので(笑)。いろいろ秘訣を聞きましたね」

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「コンプレックス・エイジ」──なぜ描きたいのか?を突き詰める

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白浜鴎🏳️‍🌈とんがり帽子アニメ化 @shirahamakamome

『とんがり帽子のアトリエ』立ち上げ編集さんのインタビューです。実は別の出版社では「次はファンタジーで…魔法使いを描きたくて…」と構想を話した段階ではそこまで興味を持っていただけなくて、「これはすごく面白いです。連載にしましょう!」と即答してくださったのが講談社の寺山さんでした! https://t.co/hsWONCXo8l

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