一迅社がpixivコミック内で展開するWebマンガ誌・comic POOLが、11月6日に創刊10周年を迎えた。comic POOLは、「ギュンギュンしようぜ。みんなの遊び場」をキャッチフレーズに、ラブストーリー、コメディ、BLなどさまざまなジャンルの作品を掲載している。
コミックナタリーでは10周年を記念して、comic POOL創刊時に連載が開始された“ヲタ恋”こと「ヲタクに恋は難しい」の作者・ふじたと、「ヲタ恋」をcomic POOLに招き入れた編集長・鈴木海斗氏の対談をセッティング。2014年にふじたが個人のSNSで投稿を開始した頃より話題だった「ヲタ恋」に鈴木編集長が感じた魅力や、創刊当初の思い出を2人にたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 小林聖
「ヲタクに恋は難しい」
「2万部刷ります」で決まった書籍化
──「ヲタ恋」はふじた先生個人のpixivへの投稿から書籍化、その後comic POOLでの連載へとつながっていきました。「ヲタ恋」と出会った頃のことって覚えていますか?
鈴木海斗 最初に読んだときは衝撃的でしたね。当時pixivやXって、ネタの瞬発力が高い作品を発表している個人の作家さんが多くなっていたんですが、商業出版でやろうと思ったら少しブラッシュアップしたほうがいいなと感じるものが多かった。でも、「ヲタ恋」はネタだけでなく画面にも華があって、最初から完成されている作品という感じでした。もうこのまま出版できるじゃんって。それで、メールをしたんですけど、たぶんそのときすでにふじた先生にはたくさんのお声がけがあったんでしょうね。最初はご返信をいただけなくて。その後2度目のご連絡をして、お返事をいただきました。
ふじた 完全にパンクしてました(笑)。当時のpixivってランキングに載るといろんな方に見ていただけるようになっていて、本当にたくさんのお声がけをいただいたんです。それでもうキャパオーバーみたいになっちゃって……。「どうしよう!?」という感じで、どの方にもお返事していなかったんです。マンガ家になりたいと思って描いていたので、とてもありがたいお話だったんですが、たくさんの出版社さんから一気にお声がけが来ると「どこを選べばいいんだ」というのがわからなくて。それで、マンガを描いている友達に相談もしながらどうしようか考えてるときに鈴木さんから2通目のメールが来たんです。で、そこに「うちなら2万部刷れます」って書いてあって(笑)。
──初版2万部!?
ふじた 当時、新人作家のデビュー作は8000部も刷られればいいほう、1万部刷られたらすごいという感覚だったので、2万部というのはもう破格すぎて。それが決め手でした(笑)。
鈴木 その時点で社内に数字を通してたわけじゃなかったんですけど、それまでにもWeb発作品の書籍化をやらせていただいていて、ちゃんと部数が出ていたのもあったので、「ヲタ恋」のポテンシャルであれば最低でもそれくらいは刷れるだろうと思っていたんです。まあ、実際に出版することになってから社内の会議でもいろいろありましたが(笑)。
2015年4月30日発売の「ヲタクに恋は難しい」1巻のPV。当時すでに「次にくるマンガ大賞2014」の「本にして欲しいWebマンガ部門」で第1位を獲得するなど、話題を呼んでいた。
──最終的に初版は2万部どころじゃない部数刷ってましたよね?
鈴木 そうですね。確か9万部とかそれくらいだったと思います。でも、それも紆余曲折あって。ふじた先生には2万部と言いましたが、5万部はいけると思っていたので、(一迅社の)前会長にそう言ったんですが、「気軽に5万部なんて言うんじゃない!」って怒られて(笑)。ただ、当時の上司に相談したら、やっぱりすごく可能性を感じてくれて、普段それほど交渉するタイプではない方だったんですが、「絶対いけます」と会長に掛け合ってくれた。それで、最終的に5万部を飛び越えて9万部で出ることになりました。会社や部署全体で応援してくれたからできたことだと思います。
ひとつの紙を延命させた「ヲタ恋」
──そうして出た第1巻は予感以上の大ヒットになりました。2巻発売時点で1巻が100万部到達していましたよね。
ふじた そのあたりにはもう私には把握できない数字になってました(笑)。
鈴木 2巻はちょっと一迅社であまり対応したことがない部数になっていて、大日本印刷さんといろいろ相談したり、ときには困らせたりしながら何とか出しました。
──それこそ2巻発売のときは紙が足りなくなったなんて噂も聞きました。
鈴木 あ、そうなんです。「ヲタ恋」の単行本のカバーにはビオラという紙を使っているんですけど、この紙は当初生産がなくなる予定だったらしくて。「ヲタ恋」に使うために割と大きな需要が生まれて、「ヲタ恋」連載期間中は生産が続くことになったんです。
ふじた あのちょっとざらっとした紙ですよね?
鈴木 そうですそうです。完結後に生産終了になりました。ひとつの紙を「ヲタ恋」が延命させていましたということです(笑)。
ふじた 知らなかった(笑)。
──comic POOL創刊は「ヲタ恋」1巻発売から半年ほど経った頃ですが、創刊の経緯ってどんな感じだったんですか?
鈴木 当時のことってけっこう忘れてしまっているんですが、当時Web発の作品が6作品くらい出ていて、そういうものをまとめる場所がほしいね、という話になっていたんです。それと、僕自身も「ヲタ恋」をちゃんと連載する場所があったほうがいいなと思っていたので、そういう理由から立ち上げたのもあります。ただいつ頃動きはじめたのか……ふじた先生、覚えてます?
ふじた 書籍化の話をいただいて、その流れで出たんでしたっけ?
鈴木 1巻の書籍化をしているときはそこまで考えていられなかったので、1巻が出た後だと思うんですよね。ただ、1巻の段階でpixivに載せるもののネームとかを見せていただいていた気はします。
ふじた 確か1巻収録分までがpixivで掲載していた分で、2巻のエピソード9からcomic POOLで連載しましたよね?
鈴木 だと思います。2巻からはレーベルもcomic POOLになって……あ、そうそう、だから1巻と2巻で書影や背表紙に入っているロゴも違うんですよね。
──あ、本当だ。
鈴木 1巻のときはレーベルがなかったので、一迅社の名前を入れてたんですが、デザイナーさんが「一迅社だから一輪車」ってロゴっぽいのを作ってくれて。「これ、かわいい!」ってなって表紙とかに入れたんですけど、これも発売後に前会長に呼び出されて「勝手に会社のロゴを作るな!」って怒られました(笑)。
──めちゃくちゃ会長に呼び出されますね(笑)。
鈴木 当時の一迅社は割と会長との距離が近めの会社だったので(笑)。
連載初回はキャラクターの顔も緊張してた
──連載という形になってふじた先生は変わったことはありますか?
ふじた どうだろう? 新人作家ってやりたいようにやろうとして、それが通らなくて悩んだり窮屈さを感じるってありがちな話だと思うんですよね。それはそれで大事なことだと思うんですが、私の場合は割とやりたいことをそのままやらせていただいちゃったので、そういう悩みは感じませんでした。ネタ自体はかなり好き放題させてもらって、やりすぎなものがあったときに「ちょっとこれは過激すぎるかも」と抑制してもらった感じです。
鈴木 pixivからcomic POOLでの連載への移行がすごくスムーズにできたのはふじた先生の技量だなと思います。pixiv時代は1ページ完結としても楽しめるようなテンポで描かれていましたが、連載になってもう少し長尺の話が必要になっていった。そうするとテンポが変わって読者さんが違和感を感じたりしないかという不安もあったんですが、ふじた先生の力があったのでスッと受け入れていただけて、2巻以降も自然に読んでもらえました。
ふじた でも、comic POOLの連載第1回はめちゃくちゃ苦労しましたよね(笑)。
鈴木 覚えてます。大変でしたね。
ふじた 「ヲタ恋」としてのスタートは1巻の時点でやってしまっているんだけど、comic POOLでの連載だと改めて第1話になるじゃないですか。どういうテンションで、どういうところから始めればいいかというのは悩みました。
──普通の第1話ならキャラクターの紹介みたいなことをしながらだけど、「ヲタ恋」の場合は(すでにpixiv版の第1話があるから)もう一度それをやるのか、となってしまう。
ふじた そうなんです。だから、すごく手こずったし、今見返すとcomic POOLに載った初回の原稿は絵も緊張してます(笑)。キャラクターがどうしていいかわからない顔してるなって。あと、連載になってから原稿用紙もちゃんとしたものに変えました。
──そうなんですか?
ふじた pixivで描いていたときは書籍になるなんて思っていなかったので、ペラッペラのコピー用紙に死んだ付けペンで雑に書いてたりしたので……(笑)。だから、鈴木さんは「このまま書籍化できる」っておっしゃってくれましたけど、全然そんなことはなくて。私はアナログで描いた原稿をスキャンしてPCで仕上げるというスタイルなんですが、最初はマンガ用の原稿用紙とはサイズからして違う紙に描いていたので、そのまま書籍のサイズにすると線が太くなっちゃう。スマホとか小さな画面で見るには問題ないんですが、紙にすると気になるんですよね。(色を表現するための)網点なんかも、pixiv時代は小さい画面で見たときにかわいさが出るように粗めのものを使っていたんですが、書籍だと1つひとつの点が大きくて色でなく柄っぽく見えてしまう。なので、網点も貼り直したりしました。
鈴木 ネームとかチラシの裏に描かれてましたよね。破天荒だなって思いました。
ふじた ネームは今も書き損じの紙の裏に描いてます(笑)。
鈴木 だから、「ヲタ恋」の原画展をやるとき、ネームの展示なんかもやったんですけど、給与明細の裏に描かれているものもあって、これは飾れない!って(笑)。
ふじた 人によって違うんでしょうけど、私はアイデア的なものを走り書きするときって、雑に描ける紙のほうがいいんですよね。私は学校のテスト用紙に余白があるとそこに絵を描いちゃうタイプだったので。提出するときは消さなきゃいけないんだけど、そういうときのほうが楽しく描ける。適度に気を抜いて描けるほうが自分の中でいいものが出せるタイプなんです。
Web発信だったからこその広がり
──comic POOLで連載を始めてよかったなと思ったことってありますか?
ふじた 私はcomic POOLでしか連載したことがなかったので、ほかと比べることはできないんですけど、創刊したばかりのWeb雑誌だったことに助けられたことはよくありました。朝送った原稿が翌日公開される、みたいなことも……(笑)。紙の雑誌だったら間に合ってなかったです。全然「よかったこと」と言えないですけど。
鈴木 そこはもう(笑)。pixivさんも「『ヲタ恋』のためなら何とかします!」っておっしゃってくれていたので、お互い無理をしてしまった。さすがに今だとそんな進行はできないですけど。
ふじた 作品内容としてもWeb媒体だからできたっていう話は当時もしていましたよね。
鈴木 ええ。「ヲタ恋」は絶対ヒットすると思っていたし、それだけの魅力や完成度がある作品でしたけど、正統派の少女マンガ誌だったら題材やキャラクター性が尖りすぎていて企画が通らなかったかもしれないな、と。今であればまた違うでしょうけど、当時だと変顔をしたり、口が悪い場面もある成海みたいなヒロインはまだなかなか特殊だったと思います。そういう部分も成海のかわいさなんですけどね。
ふじた 新人マンガ家としては最初は紙の雑誌への憧れってあったんですけど、「ヲタ恋」が読者の皆さんに受け入れていただいた後振り返ると、Webでよかったな、と思いました。「紙の雑誌だったらこういう売れ方はしなかっただろうな」って話しましたよね。
──話の作り方も変わりそうですもんね。伝統的な紙の雑誌なら、何か結末へ向かっていくような大きなストーリーを練る方向で考えそうです。
ふじた 当時は一口サイズというか、ショートなマンガがまだ少なくて、それこそpixivなんかで個人の作家さんが描いているくらいでしたから。まとまったページ数の作品でなく、1ページくらいの短いものを毎日、毎週みたいなペースで追っていく楽しみ方が増え始めた時期だったと思います。
次のページ »
アイドルイベントのような台湾でのサイン会


