一迅社がpixivコミック内で展開するWebマンガ誌・comic POOLが、11月6日に創刊10周年を迎えた。comic POOLは、「ギュンギュンしようぜ。みんなの遊び場」をキャッチフレーズに、ラブストーリー、コメディ、BLなどさまざまなジャンルの作品を掲載している。
コミックナタリーでは10周年を記念して、2026年にTVアニメ化される「いびってこない義母と義姉」を連載中のおつじと、篠原知宏としてデビューしてから「鈍色の箱の中で」などの執筆を経て、今年「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」の連載をスタートした篠原とも、レーベルを代表するコメディ作家2人による対談を実施した。「コメディ」という共通項で結ばれた2人だが、その創作アプローチは実に対照的。対談では、互いの作品へのリスペクトから、創作の裏側、そしてcomic POOLというWeb媒体で描くことの面白さまで、たっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 阿部裕華
「いびってこない義母と義姉」
「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」
お互いの作品に止まらないリスペクト
──お互いの作品を読まれていると伺いました。ぜひ、それぞれの作品の印象をお聞かせください。
篠原とも 私からぜひ! 「いびってこない義母と義姉」は、まず世界観のビジュアルがすごく好みでして。主人公の美冶ちゃんやまりかお義姉様はかわいいドレスを着ているのに、マミー(義母・鴻蔵てる)やありさお義姉様は華やかな着物を着ている。その和洋折衷な華やかさに、最初からぐっときました。内容も、いびられるかと思いきや、最初にお義姉様たちが優しく接してくれて、最後にマミーが愛で包み込む。その心地よい展開に「もっと見ていたい!」となる。もう、「いびってこない義母と義姉」のいちファンです!
おつじ ありがとうございます(照れながら)。
篠原 登場人物が生き生きしているのはもちろん、ドレスやアクセサリーの装飾がとにかく細かくて……。私が今描いている作品の服装はスーツが基本なので、私服の回があるとすごく悩むんです。それなのに、おつじ先生の作品は常に華やかで、本当に尊敬しかありません。あと、個人的に(花山)リル様が大好きです!
おつじ うれしいです! ……実は、篠原先生がペンネームを変えられたことを、今回の対談に際して初めて知って、とてもびっくりしたんです。というのも、以前の「篠原知宏」先生名義の作品も、めちゃめちゃ好きなんです!
篠原 本当ですか!? すごくうれしい……!
おつじ 篠原知宏先生名義の頃のシリアスな作風を知っていたからこそ、篠原とも先生が同一人物だとわかったときは、「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」との温度差に驚きました。「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」は、何よりも部長(東原隆弘)の必死さがかわいくて! 新発田くんにメイクについて聞きたいのに空回りしてしまうところが愛嬌にあふれていて、大好きです。先生の描く絵がそもそも美麗なのに、部長夫婦のやり取りが“とんちき”で(笑)。そのギャップがたまりません。「次を早く読みたい!」と次回の更新を毎回楽しみにしている作品です。
コメディのルーツは、賞レースと三谷幸喜
──おふたりは、もともとお笑いやコメディ作品に触れる機会は多かったのでしょうか。
篠原 そうですね。昔からバラエティやお笑いのネタ番組は率先して観るタイプでした。「M-1グランプリ」や「R-1グランプリ」のような賞レースも毎年録画して観るくらい、芸人さんが好きだと思います。それが根本にあって、ギャグマンガやコメディマンガも好き、という感じです。
おつじ 私もお笑いに特別詳しいわけではないですが、テレビでお笑い番組がいつもついているような家庭で育ちました。あと、母の影響で三谷幸喜さんの作品が大好きで。
篠原 ああー!
おつじ 三谷さんが脚本を手がけられた映画「12人の優しい日本人」や、監督を務められた「THE 有頂天ホテル」など、みんな真剣に自分の考えを主張しているのに、それがどんどん空回っていくシチュエーションがもともと大好きなんです。篠原先生の作品にも通ずるものがあると思っていて。誰もふざけていなくて、みんな真面目に生きているのに、周りから見るとちょっとおもしろい、という部分がありますよね。そういうところにすごく惹かれます。
──おふたりともコメディへの素養は昔からお持ちだったのですね。では、ご自身でマンガを描くうえで、「コメディを描こう」と意識されたのはいつ頃からだったのでしょうか。
おつじ 私はもともとマンガの持ち込みをしていたのが少年誌だったこともあり、本筋のストーリーは別にありつつもコメディ部分が面白い、という構成を昔から意識していたかもしれません。特にXで4ページのマンガを描くようになってからは、短いページ数でいかに読者を惹きつけるか、という部分に特化していったように思います。
篠原 私は、デビューしてからずっとシリアスなマンガばかり描いていたんです。でも、年齢を重ねていくにつれて、「もういいかな」とパーンと吹っ切れた気持ちになって。それで、ずっと好きだったコメディを描き始めた、という感じです。シリアスな作品を描いていたときはしんどい気持ちになることもあったので、今は本当に肩の荷を下ろした気分で描いています。でも、そのシリアスを描いていた基盤があるからこそ、今の作品が描けているとも思うので、過去の自分にも「ありがとう」と思っていますね。
コメディは“安らぎの場”
──おふたりの作品は、ユニークな設定が大変魅力的です。それぞれの物語は、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
篠原 「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」は、私自身学生時代にヴィジュアル系バンドが好きだった、という前提があって。そして今、アイドルの“推し活”をしているのですが、若い男の子たちがすごくキレイにメイクをしているのを見て、昔の自分の好きなものと今の好きなものがつながった感覚を覚えたんです。そこに「最近、メイクのノリが悪いな」という自分自身の加齢のネタが、うまく合致しました(笑)。
おつじ 「いびってこない義母と義姉」に関して言うと、5年ほど前から、実の家族にいじめられていた子が嫁いだ先で幸せになる、というジャンルが流行り始めたんです。私もたくさん読んだのですが、当時私にあまり“いじめられる描写”の耐性がなかったために、主人公がかわいそうで読むのがしんどいと思うこともあって……。
篠原 わかります……!
おつじ 「お願いだから、次のページではもう幸せになっていてくれ!」と思いながら読んでいたんですよね(笑)。そこから「いびり」の描写を一切なくした物語を作ろう、と思ったのがきっかけです。
──今のお話にもあったように、どちらの作品も読者が傷つくような展開がなく、優しい世界観が共通しているように感じます。いわゆる“悪役”が幅を効かせていないマンガを描くことに、何かこだわりはあるのでしょうか。
篠原 そうですね。作品を読むうえで、読者の方に不快感を与えたくない、という気持ちはあります。特に、今描いている「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」のような作品に、新発田を否定していじめるようなわかりやすい悪役が出てきてバトルが続いても、それは読者の方たちが見たいものではないかな、と。
おつじ 個人的に、「口紅をつけて出社する新入社員が気になる」に登場する、男性のメイクに否定的な女性社員たちが今後どう変わっていくのか、あるいは変わらないのか、すごく気になっています。自分の意見を貫くのも、また1つの多様性ですしね。
篠原 正直、彼女たちを今後どう“料理”していこうか、今まさに悩んでいるところです(笑)。
おつじ 楽しみにしています! 「いびってこない義母と義姉」はタイトルがすべてなので、「いびる人は出さない」と決めています。担当編集さんとも、「癒やしを求めている人が読むでしょうから、この作品は安らぎの場であってほしい」と話していて。マンガの中でまで、しんどい思いはしなくていいかな、と思っています。
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コメディ作品は、勢いと元気があればいい

