吉田恵里香×芹澤優「前橋ウィッチーズ」はキラキラしたものだけでは癒されない傷に効く“軟膏”、自身を重ねて感情を爆発させた栄子役を語る

「前橋ウィッチーズ」は群馬県前橋市を舞台にしたオリジナルアニメ。地元の女子高生5人が魔女を目指しながら、魔法の花屋を訪れるお客さんの悩み、そして自身が抱える悩みとも向き合う中で、成長していく姿が描かれる。4月から放送されたTVアニメ終了後もメインキャストによるアイドルグループ・前橋ウィッチーズがアルバムリリースをはじめ、作品に登場する前橋市の商店街でのイベントなど精力的に活動中。12月には東京・Zepp Haneda (TOKYO)でのワンマンライブ2daysを控えるなどさまざまな展開が続いている。

コミックナタリーでは、連続テレビ小説「虎に翼」の脚本でも知られ、「前橋ウィッチーズ」でシリーズ構成・脚本を務めた吉田恵里香と、作中で前橋ウィッチーズとぶつかる膳栄子役の芹澤優による対談をセッティング。芹澤は自身と重なる部分が多く「あんなに役に入り込めることはなかなかない」というの栄子への思いや、作中の“刺さったセリフ“を熱く語ってくれた。吉田はこの作品で伝えたかったこと、そして自身が考えるアニメとの付き合い方を明かしている。

取材・文 / 平賀哲雄撮影 / 武田真和

吉田恵里香(シリーズ構成・脚本)×芹澤優(膳栄子役)

収録のときはユイナのことがあまり好きじゃなかった

──まず芹澤さんから「前橋ウィッチーズ」全話をご覧になられてどんな印象や感想を持たれたか、聞かせてもらえますか?

芹澤優 収録の時点では、自分(膳栄子)が出ている話数の台本しかもらえていなかったので、ほかの回で何が起きているのか知らなかったんですよ。それもあって、正直に言うと、収録のときはずっとユイナのことがあんまり好きじゃなかったんです(笑)。

──栄子そのものじゃないですか(笑)。

芹澤 栄子目線で見ると、すごく無責任で軽々しく感じていて、こちらの繊細な部分を無視してくるなって。キャラクターとしてなんか納得できない感があったんですけど、のちのち「前橋ウィッチーズ」を全話観て「あ、ユイナってこんな子だったんだな」とわかって、ユイナのことをすごく好きになれる12話でした。ユイナって自分が間違った選択をしたことにそのときは気づけなくて、後から「またやっちゃった」と後悔するじゃないですか。でも、ほかの魔女たちとの関わり方を見ていて「この子はこの子なりに一生懸命がんばっていて、栄子に対しても一生懸命接してくれていたんだな」とわかって好きになりました。

膳栄子。魔法の花屋の最初のお客だったが、とある理由でユイナたちとぶつかることになる。

膳栄子。魔法の花屋の最初のお客だったが、とある理由でユイナたちとぶつかることになる。

赤城ユイナ。フラットな視点で物事を捉えており、魔女修業の中で周囲を無自覚のうちに変えていく。とにかく明るい性格だが、それが仇になることも。

赤城ユイナ。フラットな視点で物事を捉えており、魔女修業の中で周囲を無自覚のうちに変えていく。とにかく明るい性格だが、それが仇になることも。

──それは進行の妙ですね。栄子はユイナに対して懐疑的でしたし、すべてのストーリーを把握していなかったからこそ、ちゃんとユイナを好きじゃない栄子が演じられたところもあるかもしれない。

芹澤 そうですね。おかげさまで役にすごく入りやすかったです。栄子の気持ちにすごく寄り添いやすくて。あと「前橋ウィッチーズ」全体を通して感じたことは、やっぱり脚本がすごく面白いなって。

──具体的には、どんなところが面白いと思いました?

芹澤 すごく好きなセリフがあって。「しんどい時しんどいって言うのしんどい」っていう。「わかる!」って思ったし。10代のときの自分は「しんどい」って思う人が好きじゃないタイプだったんですよ。自分にすごく自信があって、偏見的なタイプだったから(笑)。でも、30代になって、大人になった今はあの言葉がすごく沁みてくるんですよね。

吉田恵里香 「前橋ウィッチーズ」は捉え方を視聴者の方にかなり委ねている作品なんですよね。例えば、1話のユイナのメッセージを「すごくいいことを言ってる」と思う人もいれば、逆に「何、この子?」って思う人もいると思うし、どっちが正解とかはないんですよ。

左から吉田恵里香、芹澤優。

左から吉田恵里香、芹澤優。

──確かに、ユイナに限らず、どのキャラクターも賛否が起きやすい作品ではありますよね。いい印象と悪い印象の両面を持ち合わせているし、そこに人としてのリアリティを感じます。

吉田 作品において歌がテーマや多くのものを担うアニメってたくさんあって、グループで歌う作品もたくさんある中で「前橋ウィッチーズ」をやることになったときに、すでに大半のことが多くのアニメでやられていて、全部の枠が埋まっているなと思っていたんですよ。だったら、今まであまり焦点が当たっていないような、地に足がついたというか、泥臭さを感じさせるキャラクターたちのストーリーにしたいなと思ったんです。それでつくったのが前橋ウィッチーズのみんなだったし、栄子だったので、だから「大好きだけど、嫌い」とか「大嫌いだけど、ここだけ好き」とか思ってもらえたほうが個人的にはうれしいです。

前橋ウィッチーズはきれいごとじゃない感じがすごく強い

──「前橋ウィッチーズ」全体としては、どんな作品を目指して脚本を手がけていったんでしょうか?

吉田 私はここ10年ぐらい、いろんな言い方はしつつも結局「自分の人生の選択は自分で決める」という話を書き続けていて。「前橋ウィッチーズ」においては「現状維持で何が悪い?」がテーマです。でも、現状は(何もしなければ)少しずつ緩やかに下がっていくものだから、それをキープするだけでも努力がいる。その中で現状維持でいる努力をするのか、そこから抜け出すのか。どっちか決めるのは自分なんだよっていう。例えば、栄子は現状維持についてどう捉えるのか。それをテーマにして書いていきました。

吉田恵里香

吉田恵里香

──「前橋ウィッチーズ」はさまざまな社会問題を取り入れた作品だったこともあって、回を追うごとに視聴者のリアクションが変わっていく面白さもあったと思うんですけど、そうした反応にはどんなことを感じたりしましたか?

吉田 1クールで、原作のないオリジナルアニメで、5人以上のキャラクターを好きになってもらうことってとっても難しいんですよ。2クールあったら仲間が徐々に増えていく流れも選択できたんですけど、1クールだから「1話でどん!と見せちゃおう」というところから始めたこともあって。だったら、今の時代感的にはあんまりよくないんですけど、1話は「なんかちょっとわかんないけど、面白いかもしれないものが始まったな」ぐらいで、そこからじわじわとどういうものなのかを定義しながら観てもらえる作品になったらいいなと思っていました。だからじわじわと好意的なリアクションをいただけたのはうれしかったです。あと、放送後にさまざまな年齢の女性の方から「観た」と言われることが多くて。配信の時代だからだと思うんですけど、小6ぐらいの女の子から「夏期講習のお休みの日に、前橋に行ったよ」という話を聞いたり。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

──その層にも刺さっているんですね。

吉田 アニメはなんとなくひとつの層を狙って制作することが多いと思うんですけど、「前橋ウィッチーズ」は「全部の層を取りたい」みたいな気持ちで執筆したこともあって。だから、ローティーンの子にも刺さっていると知れたのはうれしかったです。あと、今年の夏に前橋の七夕まつりに行ったんですけど、そこでたくさんのファンの皆さんが「前橋ウィッチーズ」のTシャツを着て遊びに来てくれていたんです。ファン層もバラバラで、若い女性もいれば、年配の男性もいるし、親子連れもいるし、本当に老若男女なんですよね。「すごく愛されているな」と感じましたし、作品を超えて前橋を愛してくれているんだなって。ご当地の名前がついている作品としては、こんなにうれしいことはないなと思いました。

──芹澤さんは、声優アイドルグループ・i☆Risのメンバーとしても活動されているわけですが、そんな自分から見て作中の前橋ウィッチーズと、現実のアイドルグループとして活動している前橋ウィッチーズがそれぞれどう映っているのか。聞かせてもらえますか?

芹澤 作中の前橋ウィッチーズは、本当にきれいごとじゃない感じがすごく強くて。例えば「デブ!」とか言っちゃったりするじゃないですか。ほかのアニメ作品だと、登場人物がなんだかんだいい子っていうのがけっこうすぐ感じられる。でも、前橋ウィッチーズのアズとかは割と後半になるまで、彼女の抱えているすべてを受け入れてあげるのは難しい。例えば、女の子とあまり接したことのない方がいたとして、ここまでリアルな女の子を描いたアニメキャラクターって珍しいから、絶対に衝撃を受けると思うんです。ただ、アイドルとして、声優としての私のファンの中で「前橋ウィッチーズ」を好きになってくれている人がすごく多くて。ということは、リアルアイドルを好きな人も好きになれると思うんですよね。リアルアイドルって泥臭い部分も表に出やすいから、ファンとケンカっぽくなっちゃったりもするし(笑)。そういう意味で、アニメの中で声優がきれいにキャラクターを演じているという側面を超えて、前橋ウィッチーズというアイドルは愛されやすいのかなと思いました。この泥臭さが見たくてアイドルを推している人たちも絶対にいるので。

芹澤優

芹澤優

──確かに、前橋ウィッチーズはそこともシンクロしやすいですよね。多くのリアルアイドルファンにも刺さるかもしれない。

芹澤 前橋ウィッチーズの声優さんたちが作品の外でライブしているところは、まだリアルで観たことがないんですけど、今年の「TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL 2025 supported by にしたんクリニック)」に出ていたり、もうすぐ「ANIMAX(東武鉄道 presents ANIMAX MUSIX 2025 YOKOHAMA supported by Lemino)」にも出演するじゃないですか。それって作品だけじゃなくて「本人たちが好きだ」という人たちもいないと難しいと思うので、支持されているんだなって思います。

ちゃんと謝って反省して会話していくことが大事

──先ほど芹澤さんも言及していたように「前橋ウィッチーズ」の衝撃的なセリフやシーンって、そのリアリティに面白さを感じたり、共感してくれる人たちもいる一方で、一歩間違えば視聴者が離れていく要因にもなりうるわけじゃないですか。そこはすごくヒリヒリする戦いだったと思うんですけど、吉田さんはどう捉えていたんですか?

吉田 過剰にきれいすぎたり、健気すぎたり、爽やかすぎたり、本当にいい子でなきゃいけないみたいな。好きになってもらうためとはいえ、登場人物がそういうことをあまり背負いすぎなくてもいいんじゃないかなとは、日々思っていて。いろんなアニメがあっていいし、どんなアニメが好きでもいいし、アニメに何を求めてもいい。いろんな拠り所があって、ファンが何を求めるか、視聴者が何を求めるかをいろいろ選べるほうが素敵だなって。だから「前橋ウィッチーズ」は、あえてヒリヒリした感情を大切にしようと思っていました。泥臭かったり利己的だったり……性格が悪くはないけど、イヤな奴っているじゃないですか。でも、悪いことをしてもちゃんと謝って反省して会話していくことが大事というか、切り捨てていくほうがよっぽど人として悪だと思っているんです。だからヒリヒリした先にある希望や優しさを描きたかったんです。

芹澤 確かに。

吉田 例えば、何か失言したり、間違えちゃったり、失敗しちゃったりして。でも、それはそのときのコンディションも影響するし、前日に大好きな人とケンカしちゃったのかもしれないし、大事なものを失ってしまったのかもしれないし、推していたグループが解散したのかもしれないし。その人が抱えているものって何もわからないから、1回の間違いで切り捨ててしまうのは、日常でもアニメでもよくないなと思っているんです。

吉田恵里香

吉田恵里香

──そのメッセージは「前橋ウィッチーズ」からも感じました。

吉田 ただ、選ぶのは視聴者なので、徹底的に悪意を排除した優しい作品に癒されたり、心がホッとするのもいいと思うし、そこは作品ごとに違っていいと思うんですよね。その中で「前橋ウィッチーズ」はちょっと泥臭かったり、キツかったり。そこに「私の物語だ」と思ってくれる人がいてくれたり、「よくわかんないけど、面白い子たちが出ている作品だな」と思ってくれたり、「今までアニメをあんまり観たことないけど、これをきっかけにアニメを観よう」と思ってくれたりしている。配信によってアニメを観てくれる人がたくさん増えた分、そうやって裾の幅を広げていきたいなと思っていたんです。

芹澤 「悪いことした人に悪いと言ったら、私も悪い人になっちゃう」っていうセリフがありましたよね。あれもすごく好きでした! 「あー、そうだよな」って思わされました。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

──今の時代、誰にでも突き刺さる言葉でしたよね。

芹澤 突き刺さる! 今はSNSの使い方とかがどんどん難しくなっているから、こういう言葉が誰かひとりにでも届いて、ちょっと使い方を優しく変えてくれる人がいたらいいなって思いました。

吉田 みんな、失敗しないで生きていくなんて絶対に無理だから、1回の失敗が許されないと、それを隠すために嘘をついたり、どんどん悪事で塗り固めて泥だんごみたいになっていっちゃう。だから、ひとつ悪いことをしてしまったら、ちゃんと反省したり、処罰が必要なものであればちゃんと償って再生できるようにしないと、叩くことがどんどんエンタメになっていっちゃって、誰もしあわせになれない世界になってしまう。

──「前橋ウィッチーズ」では、栄子がわかりやすく悪に染まっていきますけど、その前に前橋ウィッチーズのメンバーたちも醜い部分が出てきちゃったりして、でもそれを仲間たちと反省したり、好転させたりしていくじゃないですか。その経験があったうえで、闇堕ちした栄子と対峙していくことになる流れが見事だなと思いました。

吉田 ありがとうございます。ただ、栄子から見ると、前橋ウィッチーズのその流れを知らないから、5人が能天気にイチャイチャしているように見えちゃうんですよね。

芹澤 お祭りモードですもんね。

吉田 5人はいろいろあってもう仲良くなっていて、ハイになっているんですよね。そこに初回のお客さんだった栄子がもう1回来てくれて、本当はもう1回来た理由を考えなきゃいけないのに「あのときは全力じゃなかったけど、やるね!」っていう、ちょっとウェイ系のノリ(笑)。だから、栄子からしたら「初回って何?」って感じだし、自分はこんなに苦しんでいるのに「何が祭りだ」と思うわけですよ。そういうことが世の中にはいっぱいあるから、それを表現したいなと思ったんですよね。ただ、栄子が怒っちゃう気持ちをわかってくれた人は、栄子寄りの考えというか、つらかったり、しんどい思いをしている人だから栄子に寄り添えたと思うんです。でも、あの時点で視聴者のほとんどは前橋ウィッチーズ寄りだろうし、まったく栄子の気持ちがわからなかったというか「なんでこんなことするの?」と驚いた人も多かったと思うんですよね。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

芹澤 急に怒り出した感はありましたもんね。

吉田 でも、私はどっちでもいいなと思っていて。そういう作りのほうが好きなんです。物語の中で「この作品においては、これが答えですよ」と提示することも大事なんですけど、それよりは「何が答えか迷っているけど、それでもこう決めたんだよ」という流れにしたかったんですよね。