“目撃者の世代”の物語を留める、「インヘリタンス」作者マシュー・ロペス来日

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去る2月11日に東京・東京芸術劇場 プレイハウスにて開幕した「インヘリタンス-継承-」の作者マシュー・ロペスの合同取材会が、昨日12日に東京芸術劇場にて行われた。

「インヘリタンス-継承-」作者のマシュー・ロペス。(提供:東京芸術劇場)

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「インヘリタンス-継承-」作者のマシュー・ロペス。(提供:東京芸術劇場)

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「インヘリタンス-継承-」は、2019年にローレンス・オリヴィエ賞4部門、2020年にトニー賞4部門を受賞した作品。前後編で約6時間30分に及ぶ本作では、2015年から2018年までのアメリカ・ニューヨークを舞台に、六十代、三十代、二十代という3世代のゲイコミュニティの人々が、愛と自由を求めて生きる姿が描かれる。なおロペスは、昨年にアンバー・ラフィンと共同で台本を手掛けた「お熱いのがお好き」ミュージカル版で2度目のトニー賞ノミネーションを受けたほか、アマゾン・スタジオの製作によるLGBTQ+のロマンチック・コメディ映画「赤と白とロイヤルブルー」で長編映画の共同監督デビューも果たしている。

「インヘリタンス-継承-」作者のマシュー・ロペス。(提供:東京芸術劇場)

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合同取材会ではまず記者から、舞台や映画の原体験について質問が寄せられた。ロペスは「初めて演劇を観たのは5歳くらいで、ニューヨークで『ピーター・パン』を観ました。魔法のような時間で、その頃から大人になったら演劇にかかわるような仕事がしたいと思うようになったんです。その後、14歳のときに『ハワーズ・エンド』の映画版に連れて行ってもらい、遠い世界の物語でありながらどこか自分とのつながりを感じて。あのときから私はずっと、『インヘリタンス』を書き続けてきたような気がしています。なので、原体験という意味では『ピーター・パン』と『ハワーズ・エンド』ですが、それらを通じて、世の中には“自分と隔たりのあるもの”が存在するのではなく、“自分がまだ知らないものがある”のだと感じるようになり、見知ったものが増えていくことによって、世界は本当はもっと小さなものかもしれないと感じるようになりました」と話した。

「インヘリタンス-継承-」より。(撮影:引地信彦)

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本作では、2015年から2018年にかけてのアメリカのゲイコミュニティを舞台にした物語が展開する。ロペスは自身の弟から「この作品には悪役が出てこないね」と指摘されたエピソードを織り交ぜつつ、「この作品で悪役は誰か?と聞かれたら、それは人を死に至らしめる“恥”と“依存症”だと思います。かつて、特にゲイの男性を死に至らしめる病原菌があり、それは現在、科学や医学の発展で克服されつつはあるんだけれども、恥や依存症についてはいまだ克服されていません。本作では、そういう悪魔がまだ潜んでいるということを考えてご覧いただけたらと思います」と言葉に力を込めた。

「インヘリタンス-継承-」より。(撮影:引地信彦)

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また現在46歳のロペスは、自身を“間の世代”だと言う。「僕は1980年代のHIVが猛威を振るう中で性的目覚めを覚えた世代で、直接的な影響は受けていませんが、僕にとって死と性は結びついていました。でも今は感染予防が発達してきているので、若い世代と話をすると、そんな考えの人はいないことに衝撃を受けます。という点で、僕らの世代はHIVが広まる前の性を謳歌している世代と、薬に守られて性を謳歌できる世代の、“間の世代”。“目撃者の世代”と僕は自称しているのですが、この“目撃者の世代”の経験を物語にしたためたくて、『インヘリタンス』を書きました」と思いを明かした。

「インヘリタンス-継承-」作者のマシュー・ロペス。(提供:東京芸術劇場)

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続けて記者から、「アメリカをはじめ、世界の各所でマイノリティの分断化が進んでいる中、本作を上演する思いは?」と質問が寄せられる。ロペスは「今アメリカでは、自分と違う考え方とはとにかく関わりたくないという考え方が強くあるのではないかと思います」と返答。その一例として、「実はこの作品には、ヘンリーという共和党員の登場人物が出てくるのですが、それはもともと、僕自身が上の世代のゲイの人たちになかなか共感できず、理解したいと思ったから描くことにした人物でした──他者への共感がない人生は無意味だと思いますから。でもアメリカで上演した際は、この、“人生の中で多くのものを失ってしまうヘンリー”にさえ共感したくないという立場の人がいて、そのことに驚きました」と話す。ロペスは「ハワーズ・エンド」のキーワードである“Only Connect”という言葉を引用しつつ「『インヘリタンス』はお互いの話をもっと聞かなければいけない、理解し合わなければいけない、と主張する作品だと思います。健全な社会を持続させていくには、お互いを理解しようと努めなければならないと思います」と語る。

日本版「インヘリタンス」の印象を問われると、「まず、日本の観客がこれほどよく集中してセリフの言葉を聞いてくれたことに驚き、感動しました」と即答。続けて「熊林さんの演出では、例えば戯曲上では特に言及されていない人がただ舞台上にいるシーンがあったりと、登場人物たちの世代間のつながりが見事に視覚化されていました。特にラストシーンは、戯曲上は特に書かれていない、この上演独自の演出で、僕自身思いもよらなかった“赦し”の形だなと思いました」と絶賛した。一方キャストについては「それぞれ実直、かつ献身的に役に向き合おうと覚悟して臨んでくださっています。皆さんの身体性にも驚きましたが、そんな身体と精神と声が一体になり、全員で1つの物語を語ってくださっています」と喜びを語った。

「インヘリタンス-継承-」作者のマシュー・ロペス。(提供:東京芸術劇場)

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なお本作では、階級や経済に関する問題も重要な要素として描かれている。その点についてロペスは「アメリカでは階級を話すことはある種の禁忌で、あまり議論されていません。一方で人種問題についてはたくさんの議論がなされています。でも階級問題と交わるところで人種問題について考えないと不完全ではないかと私は思っています。同様にクィアコミュニティについても、階級問題を語らずにクィア問題について考えることはできないと思いますし、HIV予防薬へのアクセスという点でも階級の問題は重要な要素になっていると思います」と述べた。

「インヘリタンス-継承-」より。(撮影:引地信彦)

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昨年、ロペスは長編映画制作を経験した。その経験を経て、演劇と映像の違いについてはどう感じているのか。「ずっと『インヘリタンス』に取り掛かっていて、その後コロナ禍になり……このタイミングでただただ人を楽しませるようなロマンチックコメディを制作することになったのは良かったなと。演劇は職人芸で親密さがありますが、映画のようにエンタメ性の強い作品を世界的な規模で作る良さ、面白さもあります。なので、今後も両方やっていきたいなと思います」とロペスは目を輝かせた。

東京公演は2月24日まで。18日13:00開演回では福士誠治、田中俊介、新原泰佑、山路和弘が出演するアフタートークとカーテンコール撮影OKタイムが行われる。さらに本公演は3月2日に大阪・森ノ宮ピロティホール、9日に福岡・J:COM北九州芸術劇場 中劇場でも上演される。

なおステージナタリーではジャーナリスト・作家・翻訳家でLGBTQ+の現状に詳しい北丸雄二による寄稿のほか、キャストの福士、田中、新原、柾木玲弥、篠井英介、山路、麻実れいのメッセージを掲載している。

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「インヘリタンス-継承-」

2024月2月11日(日・祝)~24日(土)
東京都 東京芸術劇場 プレイハウス

2024年3月2日(土)
大阪府 森ノ宮ピロティホール

2024年3月9日(土)
福岡県 J:COM北九州芸術劇場 中劇場

作:マシュー・ロペス(E・Mフォースターの小説「ハワーズ・エンド」に着想を得る。)
訳:早船歌江子
ドラマターグ:田丸一宏
演出:熊林弘高
出演:福士誠治、田中俊介、新原泰佑、柾木玲弥、百瀬朔、野村祐希、佐藤峻輔、久具巨林、山本直寛、山森大輔、岩瀬亮 / 篠井英介 / 山路和弘 / 麻実れい(後編のみ)

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【会見レポート】“目撃者の世代”の物語を留める、「インヘリタンス」作者マシュー・ロペス来日 https://t.co/NayOvCmYrm

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