これはサファリ・P の新作公演。アルバニアの代表的な作家イスマイル・カダレの小説「砕かれた四月」を出発点とし、約2年間の準備を経て、
ある男が、人殺しを免除してもらおうと市役所に相談にやってくる。窓口の職員は冷淡に陳情をはねつけるが、実はこの職員も“掟”に翻弄されていて……。
上演に向けて山口は「私たちの知る戦争は、主に生き残った人によって語られたものだ」と指摘し、「今、私たちの課題は、名も声も姿も残らなかった人々の語る戦争に、耳を傾けることではないか」「声なき声に耳をすまし、姿なき姿に目を凝らし、もう誰も呼ぶことのない名を口にする、とはどう言うことか」と疑問を投げかける。そして「死に見つめられた男、目新しく残虐で酷く悲哀に満ちた言葉を求める私、そして語らない祖父。この作品はこの3つのクロストークで進んでゆく」と作品の構想を語っている。
チケットは1月29日10:00に一般前売りを開始する。
山口茜コメント
死者の語る戦争
「砕かれた四月」は、古から続く掟(カヌン)により仇討ちが義務付けられた場所で、死を宣告された男と、彼を想う既婚女性との出会いと別れを描いた小説のタイトルである。2020年から2021年にかけて、サファリ・Pは、この小説をモチーフに創作した小作品を発表した。この小説に惹かれたのは、現代もまだ、この掟が続いているからだ。小説を読み込むうち、死に見つめられた若い男とそれを取り巻く人間模様が、日本の特攻隊と似ていることに気がついた。
2020年夏には、20年前におきたコソボ紛争を実際に体験した若者と、戦争を体験していない私たち日本人との対話を行った。そこで私は、必死で目新しいことを聞き出そうとしている自分に気付いてしまう。正直にいって、実際に経験した人の話であるにもかかわらず、そのどれもが、書物で読んだことのあるものだった。それは私にとって「刺激的」ではなかった。そのことに失望すると言う私の情けなさと、戦争の加害・被害は、不思議と似通るのだと言うこと、この2点が明らかになった。
そこでようやく気がついた。
私たちの知る戦争は、主に生き残った人によって語られたものだ。あるいは死んでしまったとしても、遺書や写真を遺した人々の名や声や姿、それを私たちは戦争と呼んでいる。しかし実際にはほとんどの亡くなった人々が、ただ死んでいった。彼女ら、彼らは何も遺さないので、私たちは何が起きたのか、知ることができない。
今、私たちの課題は、名も声も姿も残らなかった人々の語る戦争に、耳を傾けることではないか。しかし死んだ人は、語らない。では私たちは一体、何に耳を傾けるのか。声なき声に耳をすまし、姿なき姿に目を凝らし、もう誰も呼ぶことのない名を口にする、とはどう言うことか。
私には、傷痍軍人として帰国しながら、死という猿轡をかまされた祖父がいる。彼は何も語らず、語ることを許されず、廃人のように死んでいった。そのことが今の私の生につながっている。彼に取材してみてはどうだろうか。
死に見つめられた男、目新しく残虐で酷く悲哀に満ちた言葉を求める私、そして語らない祖父。この作品はこの3つのクロストークで進んでゆく。
サファリ・P 第8回公演「透き間」
2022年3月4日(金)・5日(土)
京都府 京都府立文化芸術会館
2022年3月11日(金)~13日(日)
東京都 東京芸術劇場 シアターイースト
上演台本・演出:
振付:足立七瀬
出演:高杉征司、芦谷康介、達矢、
ステージナタリー @stage_natalie
名も声も姿も残らなかった人が語る戦争とは?サファリ・P新作「透き間」(コメントあり)
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