ミュージカルの話をしよう 第15回 [バックナンバー]
屋比久知奈、ミュージカルは“つながる”ことを助けてくれるもの(後編)
劇場は本当に不思議で、どこか神懸かった場所
2021年10月29日 19:00 1
生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。
このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。
第15回に登場するのは
取材・
「レ・ミゼラブル」で、帝国劇場が迎え入れてくれた気がした
──ここからは、屋比久さんの上京後のキャリアを振り返っていきたいと思います。プロとしての初舞台はオフィス3◯◯の40周年記念公演「肉の海」でした。出演の経緯を教えてください。
オーディションの機会をいただいたのがきっかけでした。渡辺えりさんの作品ですし、ものすごく緊張していました(笑)。とにかく体当たりで挑んだのですが、えりさんがすごく温かく受け止めてくださって。歌唱審査で私の歌を「これは私が聴きたかったものだわ」と喜んでくださって、本当にうれしかったです。出演が決定したあと、えりさんが脚本を執筆されたのですが、あて書きのように私自身のエッセンスを取り入れて役を作ってくださいました。デビュー後の初舞台がえりさんの劇団の公演で、私の要素が投影された役を演じることができたなんて、すごく貴重で光栄な経験でした。
──その後ミュージカル「タイタニック」を経て、2019年にミュージカル「レ・ミゼラブル」で帝国劇場に立たれます。2016年の「集まれ!ミュージカルのど自慢」以来、初めて帝劇に立ってみて、どんなお気持ちでしたか?
「やっぱり広いなあ、たくさんのお客様がいるんだなあ」と、カーテンコールに出て気付きました(笑)。「レ・ミゼラブル」で印象的だったのは、舞台に出た瞬間、「自分は今『レ・ミゼラブル』のエポニーヌとしてここにいるんだ」と感じられたことです。もちろん緊張でガチガチでしたけど、特に意識しなくてもスッと物語に没入できた気がしました。思えば私はあのとき、劇場に迎え入れてもらえたのかなって。劇場って本当に不思議で、どこか神懸かった場所だなと、最近改めて思います。厳しさと同時に温かさや懐かしさがあって、それでいて「受け止めるよ!」という懐の広さがあるんですよね。
──新型コロナウイルスの影響を受けながらも、2021年版の「レ・ミゼラブル」が10月4日に幕を閉じました。時間を空けて同じ役に再度挑むのは初のご経験だったと思いますが、2019年版と2021年版とでエポニーヌへの向き合い方に変化はあったのでしょうか。
私自身の姿勢は変わりませんでした。「2年前にあれだけがんばってエポニーヌを掘り下げたけど、あそこからステップアップしたものをお届けできるのかな?」と不安でしたが、やってみたらその心配は全然必要なくて。自分の2年間の経験や、2021年公演で加わった新キャストの方々のおかげで、演じながら新しい景色が見えたんです。「エポニーヌって、こういう子でもあったのか!」という発見もたくさんあって、「これが“再演”の面白さなんだ」と感じました。
固定観念を忘れて“キム”を探す旅へ…初のシェイクスピア作品に奮闘
──昨年にはミュージカル「ミス・サイゴン」にキム役で出演する予定でした。「集まれ!ミュージカルのど自慢」でキムのソロ曲「命をあげよう」を歌われた屋比久さんにとって、待ち望んだ機会だったのではないかと思います。残念ながら公演はコロナの影響で中止になってしまいましたが、実際にキムとして稽古して、いかがでしたか?
昨年は、1幕の稽古が終わるかどうかのタイミングのときに公演中止が決まりました。コロナの影響もあって急ピッチで稽古していたこともあり、役柄を掘り下げるところまではたどり着けなくて。でもずっと彼女のことを考えていましたね。“母”としてのキム像をどう作るか悩み続けていましたが、とにかく素直な気持ちでキムに向き合おうと意識していました。作品の背景であるベトナム戦争の知識は不可欠ですし、その状況でキムが何を見て、どう暮らしていたのかは考えるべきだと思いました。それに私には「命をあげよう」だけを歌う練習をしていた経験もあり、キムに対してある種の固定観念を持っていました。ですが自分自身の考えにとらわれず、キムという女性を見つけたいと思っています。去年の稽古から時間が経って私も変化したと思うので、2022年公演の稽古ではまた見え方が変わってくるはず。再チャレンジではフレッシュな気持ちでキムのまっすぐさを見つめて、想像力を働かせて挑みたいと思っています。
──今年は、さいたまネクスト・シアターのメンバーを中心とした演劇企画ユニット・第7世代実験室によるリモートドラマ企画「ヘンリー六世」にも参加されました。ミュージカルを中心に活動してきた屋比久さんにとって、新たな挑戦でしたね。どのような経緯で参加を決めたのですか?
ミュージカル「NINE」でご一緒した土井ケイトさんがさいたまネクスト・シアターのご出身で、そのご縁で第7世代実験室の周本絵梨香さんが私を誘ってくださいました。私はシェイクスピア作品が初めてでしたし、配信ドラマという新しい形の企画だったので迷いました。でも今だからこそいただけた、貴重なチャンスだなと思って、挑戦を決めたんです。実際にやってみたら「コロナ禍だからこんな新しい企画に関われたんだな」といううれしさと「コロナ禍じゃなかったら皆さんと直接会って稽古できたのにな」という切なさを同時に感じました(笑)。「ヘンリー六世」は私がこれまでに出演してきた作品とはかなり異なる雰囲気ですし、さいたまネクスト・シアターの皆さんはセリフの発し方からして私とはまったく違います。最初は戸惑いましたが、「私だからやれることをしよう」と思って、まっすぐに演じることを意識して取り組みました。
リモートで稽古を重ねたあと、本番の撮影は自分でやりました。共演者の方々のセリフを耳で聴きながら、自分がセリフを言っていないときのリアクションも含め、1人で画面に向かってお芝居をしている様子を撮るんです。衣装も自分で用意しましたし、新しくて難しくて、でもすごく勉強になりましたね。「目の前に相手がいないとこんなにも大変なんだ!」と思いました。完成した作品ではストーリーがすごくわかりやすくなっているし、シェイクスピア作品に触れたことがない方にもぜひ観てほしい。そういった方たちに楽しんでいただければ、私が参加した意味があるのではないかと思います。
──現在お稽古中のミュージカル「GREASE」は、これまでの出演作とはまた違ったポップな雰囲気ですね。
「GREASE」は、とにかく楽しい気持ちになっていただける演目です! 深く考えてもらうというよりは、舞台の上でテンポよく起きることに笑って共感して、心を躍らせていただきたいですね。お客様も「観て良かったな、劇場って良いな」「明日もがんばれそう」という気持ちになれるのではないかと思います。私たちもそういう楽しい作品を目指していますし、コロナ禍の今だからこそ、お客様と演じ手の私たちが一緒に楽しめるような、ポジティブなエネルギーがあふれる舞台になればうれしいです。
ミュージカルで世界とつながり、お客様の希望をつなぎたい
──デビューから今に至るまでのお話を伺っていると、屋比久さんは人生の大切な局面で背中を押してくれる人に出会い、それをきっかけに生まれたチャンスをつかむことで今に至っているのだなと思います。特に印象的な出会いについて教えてください。
私は本当に、出会いに恵まれています。いろいろな方に助けていただきましたが、やはり私の人生にとって大きかったのは、「集まれ!ミュージカルのど自慢」を観て私をスカウトしてくださった事務所のプロデューサーさんとの出会いです。私自身よりも私のことを信じてくださるし、「プロデューサーさんがいけるって言うなら、いけるかも。やるぞ!」と思えます。私が夢に向かって走るための原動力になってくださっています。
それからアメリカ留学中に出会ったホストシスターは、私に忘れられない言葉をかけてくれました。彼女は当時18歳くらいでしたが、すごく自信があって落ち着いていて、それでいて個性が光る方で。私は自分に自信がなくてすぐ謙遜してしまうタイプですが、アメリカでは謙遜はあまり歓迎されません。だから悩むこともあったのですが、そんなときホストシスターに「何を怖がっているの? 自分に対して責任を持たなくてはだめだよ」と言われたんです。彼女は「自信がないのは、自分に責任を持てないのと同じ。責任を持つためには自分がやってきたことに満足して、納得しなくてはならない。そうしてこそ自分が見えてくるし、できることにもできないことにも向き合える。それを受け止めて努力すれば自信につながるし、自信があれば発言や行動に責任を持てるようになるよ」と話してくれました。18歳にして、すごく大人ですよね(笑)。彼女の言葉を聞いて私は「そうか、『自信がない』と思うのは責任逃れだし、自分ががんばってきたことに対して失礼だったな」と思ったんです。
最近改めて「自分に責任を持てる人になる」を私のスローガンにしました。お仕事でも私生活でも、「これが私です」と自信を持って言えるようになりたい。たくさん努力して足元を固めて、“屋比久知奈”という1人の人間として、地に足をつけてその場にいられる人になりたいんです。そう考えられるようになったのは、彼女のおかげですね。
──屋比久さんが考える、ミュージカルの魅力とは?
音楽があるということが素晴らしいと思います。音楽には大きな力があって、旋律や音色、響きそれ自体にも人の心に触れる何かがある。同時に、歌い手によって表現方法がまったく違ったり、歌声から伝わるものが変わったりするのも面白いです。音楽を通じて物語を紡ぐことで役柄の気持ちをより届けやすくなりますし、言語や人種といった壁を乗り越えさせてくれるとも思います。だからミュージカルは、いろいろな人や物事が“つながる”ことを助けてくれるものじゃないかなと。私自身、音楽によって演じ手とお客様がつながったり、観る人それぞれと作品との距離が縮まったりするのを感じています。
コロナ禍の現在では人と会ったり外出したりする機会が減り、いろいろな意味で“つながり”を持ちにくくなった気がしています。でも私は劇場で音楽に触れることで癒やされたり、鼓舞されたりして、世の中とのつながりを感じることができました。これからも演じ手として音楽の力を借りながらいろいろな人や物事とつながりたいと思いますし、お客様が「明日も1日がんばっていこう」と希望をつないでくださったらうれしいです。
プロフィール
1994年、沖縄県生まれ。2016年に開催された「集まれ!ミュージカルのど自慢」で最優秀賞を受賞。2017年に日本公開されたディズニー・アニメーション映画「モアナと伝説の海」日本語版でヒロイン・モアナ役の吹替と主題歌の歌唱を務め、プロデビューを果たした。近年の出演舞台にオフィス3〇〇 40周年記念公演「肉の海」、ミュージカル「タイタニック」、リーディングドラマ「シスター」、ミュージカル「レ・ミゼラブル」、ミュージカル「天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~」、ミュージカル「NINE」、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」がある。10月から12月までミュージカル「GREASE」、来年3・4月にミュージカル「next to normal」、7・8月からミュージカル「ミス・サイゴン」が控える。
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