満月の夜、作家を目指す青年・鹿島は半年前に亡くなった旧友の妹のため、奔走する──2001年に初演された演劇集団キャラメルボックス「ミスター・ムーンライト」が、23年ぶりに再演される。大きな満月と図書館が印象的な舞台美術の中、俳優たちが笑いたっぷりの掛け合いを繰り広げる本作は、登場人物たちが“一歩踏みだす”姿を温かく描き、初演時に好評を博した。
ステージナタリーでは10月下旬、2024年版で鹿島役を演じる関根翔太、鹿島の大学時代の友人・結城役の鍛治本大樹、鹿島が働く図書館の館長・利根川役の近江谷太朗、そして本作の作・演出を担う成井豊に集まってもらい、作品への思いや本作の魅力についてそれぞれの思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆
関根と鍛治本にとっては“きっかけの作品”
──「ミスター・ムーンライト」は2001年初演作で、今回が23年ぶりの上演となります。公式サイトに掲載されている成井さんのコメント(参照:演劇集団キャラメルボックス2024 クリスマスツアー 『ミスター・ムーンライト』)によると、ある意味、再演を避けてきた作品だったそうですが、今回なぜそれを上演することに踏み切ったのでしょうか?
成井豊 まさにそこに書いた通りなんですけど、1999年から5年ぐらいは人生の中でもわりと暗めな、“死”をテーマにした脚本ばかり書いていた頃で、自分でも“死の時代”と呼んで封印しているんです。だから再演しないどころか、映像を観たり、台本を読んだりも一切していなくて。ところが昨年、その封印を解いて「クローズ・ユア・アイズ」(2000年初演)をやってみたら楽しくて、それで「ミスター・ムーンライト」もやってみようかなと。本当に久しぶりに初演の映像を観返したら、すごく面白かったので我ながらびっくりしたんですよね。死がテーマではありますがギャグ満載だし、「全然暗くないじゃないか!」と(笑)。これは今やってもやりがいがありそうだなと思ったんです。とはいえ、再演したいと思っても現勢力でキャスティングを考えて、うまくハマらなかったら再演をあきらめるんですが、今回は1役を除いてハマった。そのハマらなかった1役は近江谷に頼もう(笑)、と考えまして、最終的に再演を決断しました。
──キャストの皆さんは、初演にどんな記憶がありますか? 関根さんは入団のきっかけになった作品だそうですね。
関根翔太 そう、そうなんです!
近江谷太朗 お、感動エピソード!
関根 作ったわけじゃないですよ!(笑) 本当に、大学生のときにいろいろな演劇の映像作品を観ている中で、友達から「キャラメルボックスっていう面白い劇団がある」と勧められて観たのが、「ミスター・ムーンライト」だったんです。本当に面白かったので、劇場にも観に行こうと思って、当時やっていた「トリツカレ男」を観に行き、ここを受けようと決めました。なので、入団のきっかけになったのがまさにこの「ミスター・ムーンライト」だったので、思い入れしかないです!
近江谷 僕は、この作品の本番を1回観ています。舞台上にでっかい月があって素敵だなあと思った印象はあるのですが細かい部分は覚えておらず、今回改めて台本を読ませていただいて、「ああ、そうだ、上川(隆也)が走り回ってた作品だ!」と思い出しました。今回は新鮮な気持ちでやらせていただきたいなと思っております。
鍛治本大樹 僕はキャラメルボックスのことを何も知らずにキャラメルボックス俳優教室に入ってしまった人間で、入ることが決まってあわてて「観なきゃ!」とTSUTAYAに走りました(笑)。当時、舞台のDVDも今ほど多くはなかったのですが、TSUTAYAにキャラメルボックスコーナーがありまして、そこで選んだのが「ミスター・ムーンライト」だったんです。だから今、関根くんの話を聞いて、初めて観た映像作品が一緒でびっくりしました(笑)。
近江谷 だってね、それがつまらなかったら2人共、入団してないわけだし。
鍛治本 そうですよね(笑)。そのときの印象は「キャラメルボックスってこんなに賑やかなんだ!」っていうことと、「舞台ってこんなに面白いんだ!」ということ。そのファーストインプレッションを、すごく印象深く覚えています。
──初演の映像を拝見すると、確かにギャグが多く、客席からたびたび大爆笑が起きていました。セリフだけ追うと、2024年版の台本と少し違うところもあるのかなと思ったのですが……。
成井 そんなに大きくは変えていないと思いますが、やはり23年も前のものなので、2024年に合わせたところはあります。また、初演はギャグを入れすぎ、装置もゴージャスすぎだったので(笑)、余計なものを排除していきたいという最近の思いに合わせて、2024年版は若干、台本が短くなっているかもしれません。今回はよりシンプルにして、キャラクターやストーリー、登場人物の感情がお客さんにストレートに突き刺さっていくような芝居にしたいと思っています。
大きな期待を込めて…関根翔太に鹿島役を託す
──劇中では、満月の晩に起きた不思議な出来事が描かれます。図書館司書として働きながら作家を目指す青年・鹿島は、満月の晩、無意識のうちに、思いもよらない言動を繰り広げます。実は、大学時代の友人・結城の妹で、交通事故で亡くなったかすみが、鹿島の身体に憑依して、結城にある思いを伝えようとしているのですが……。今回、主人公・鹿島役を関根さんが演じます。
関根 僕にとって、やっぱり鹿島と言えば上川さんだ!という印象が強いので、プレッシャーを感じています。ただ台本から感じる鹿島は、少し僕自身に近しい部分があるんじゃないかと感じるので、皆さんのお力をお借りしながら僕なりの鹿島を作りたいなと今は思っています。……まあきっと、皆さんがすごく“とっちらかして”くださると思うので(笑)、その影響をちゃんと受けて、ちゃんと振り回されたいと思います。
近江谷 今回せっきー(関根)は、役を自分に近づけられたら“勝ち”だと思うんだよね。初演の上川は、演技で鹿島のオドオドとした様子を見せていたけど、せっきーは演じようとしなくても、自分を曝け出すことでそう見せることができるんじゃないかと思う。
鍛治本 やっぱりね、キャラメルボックスのメインは“へなちょこががんばる”っていうことだから!
関根 (笑顔でうなずく)
──鹿島には、かすみが憑依している時間もあるので、関根さんがどう演じ分けるかも楽しみです。
関根 そうですね。女子大生役、という点では、僕がキャラメルボックスに入って初めてやった代役が女子大生の役だったんです。そのときの演出家は真柴あずきさんだったんですけど、真柴さんに「女子大生らしくない!」というフィードバックをよくいただいて(笑)。どうなるかはわかりませんが、今回はそのリベンジを果たしたいと思っています!
一同 あははは!
──近江谷さんは、鹿島が働いている図書館の館長・利根川を演じられます。利根川は飄々としたところがありつつ、鹿島を温かく見守っている人物です。
近江谷 利根川は初演で西川(浩幸)さんが演じられた役で、僕は前にも「容疑者χの献身」という作品で、西川さんが演じた役を演じた経験があるんですが、「容疑者χの献身」は原作もの、今回は成井さんが西川さんに当て書きしたオリジナル作品なので、またちょっと意味合いが違います。“ミスターキャラメルボックス”が演じるために書かれた役をどう演じよう?という、僕なりのプレッシャーがありつつ、自分なりの利根川をいい感じに作れたら良いなと思っています。ただ……台本を読んで「利根川ってこんな感じかな?」とイメージしていた利根川像と、初演の映像で見た利根川像は全然違ったんですよね(笑)。僕はあまりギャグを入れないほうなので……。
鍛治本・関根 本当ですか!?
近江谷 (笑)まあどうなるかわかりませんけど、利根川はきっと、ちょっとお客さんを癒すような存在だと思うので、その役割をちゃんと果たせるようにがんばりたいと思います。
──鍛治本さんは、鹿島の大学時代の友人で、妹のかすみを交通事故で亡くした大学准教授の結城役を演じます。
鍛治本 キャスティングのオファーはいつも演出家からメールで来るんですけど、今回はそこに「イケメン枠です。よろしくお願いします」と書いてあって、そのことにまずはプレッシャーを感じています(笑)。結城自身は、固いものを抱えている役だなという印象があって。僕も割と頑固な人間なので、その点で結城にシンパシーを感じますね。それと、関根くんとは劇団では先輩後輩の関係ですが、役柄的に鹿島と結城は大学の友人なので、その関係性をどう作っていくかだなと思っていて。普段の関係性から作っていきたいなと思っています。
──成井さんが関根さん、鍛治本さん、近江谷さんに期待されているのはどんなところですか?
成井 今回は、初演に出ていた人が1人も出演しないという非常に珍しいパターンの再演なんですよね。初演のキャストは本当に好きにやっていたので(笑)、まず近江谷には、好きにやってもらうということでいんじゃないかなと思っています。関根に関しては……ギャンブルですね(笑)。
一同 あははは!
成井 でも“勝てる”と思うからはっているわけですし、関根は今伸び盛りなので、こういう“難しいけれどもやりがいのある役”をやってステップアップしてほしいです。かすみが憑依している状態をどう演じるかはまったく想像がつきませんが(笑)、この役に合うか合わないかで言うと、関根はけっこう合うんじゃないかと思うんですよ。鍛治本は……初舞台からずっとへなちょこの役が多いんですけど(笑)、でも鍛治本が実はへなちょこじゃないことを、私、知ってます!
鍛治本 本当ですか!
成井 はい、本当です!(笑) 普段が穏やかだから、割とそういう役を振りがちなんですけど、2016年に「嵐になるまで待って」で鍛治本に(主人公の広瀬教授と敵対する)波多野祥也役をやってもらったら、すごい良くて。鍛治本の隠された頑固な面が顕になったのかもしれません。今回の結城という役も、波多野とは違うキャラクターではありますが、やはりある意味で一徹な部分があって、鍛治本が普段はあまり見せない面が出て面白いんじゃないかと思います。
──ちなみに、作家を目指す鹿島像には、成井さんご自身が投影されている部分もあったりするのでしょうか?
成井 いや、僕はあんな善人じゃないです。自分の投影という意味では結城のほうが投影されていると思います。ずっとそうなんですけど……1985年にキャラメルボックスを旗揚げして、第2回公演から西川が出るようになり、1989年に近江谷と上川が入団してくれて以来、僕が自己投影している役は西川にやってもらい、僕の理想の男の役は上川や近江谷がやってもらってきました。「ミスター・ムーンライト」もそうで、上川が演じた鹿島はやっぱり僕の理想の1つ。「あんないい人に僕もなりたいな、でもあんなに僕はいい人じゃないな」と感じる役です。一方で、僕も30歳まで役者をやっていたんですけど、僕がやりたいのは面白いキャラクターとかおいしいポジション(笑)。出番は1・2回なんだけどギャグをやって去る役とかがすごく好きで、近江谷はそういう僕が“やりたい役”をやってくれることも多かったです(笑)。
──現在も、新作を書かれる中でご自身がやるんだったらこの役だな、というような思いはあるのでしょうか?
成井 それはありますね。実際にはもうセリフを覚えられないし、絶対にやりたくないけど(笑)、それでも演じるのは楽しいですから。やるとしたらこの役をやりたいなっていう思いは今でもあります。
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