まるでステージに立っているかのような臨場感!上野水香が語る、「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」

パリ・オペラ座バレエの魅力を臨場感たっぷりに堪能できる「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」が、11月8日より7日間限定で全国のIMAXにて公開される。本作では、ルドルフ・ヌレエフ振付によるパリ・オペラ座「白鳥の湖」をIMAX認証カメラで収録し、「Filmed for IMAX」作品として劇場公開。バレエ作品が「Filmed for IMAX」作品として披露されるのは、本作が初となる。

ステージナタリーでは、これまで幾多のステージで「白鳥の湖」を踊り、2025年2月上演「マラーホフ版『白鳥の湖』全幕2025」にも出演する上野水香にインタビュー。「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」をIMAXで鑑賞した上野に、同作の見どころや、ヌレエフ振付版「白鳥の湖」の魅力について聞いた。

取材 / 富永明子(サーズデイ)文 / 興野汐里撮影 / 藤田亜弓ヘアメイク / 石川ユウキ(Three PEACE)衣裳協力 / ドゥッシュドゥッスゥ

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」とは?
「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」ビジュアル

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」ビジュアル

IMAXは、劇場の設計、プロジェクション、音響までもがカスタマイズされた没入型映画体験を提供するシアター。このたび上映されるのは、2024年6月にフランスのオペラ・バスティーユで上演された、ルドルフ・ヌレエフ振付によるパリ・オペラ座バレエ団「白鳥の湖」だ。バレエ作品がIMAX認証カメラで収録され、「Filmed for IMAX」作品として劇場公開されるのは、本作が初となる。イザベル・ジュリアンが監督した「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」では、ダンサーの演技や表情にクローズアップした場面や、群舞の中へカメラが入り込んだ没入感のあるシーン、舞台を上空から撮影したカメラワークなどを壁いっぱいに広がるIMAXの大スクリーンで堪能することができる。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

上野水香が語る
「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」

“ヌレエフマニア”“パリ・オペラ座研究家”にはたまらない映像

──上野さんには今回、IMAXシアターで「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」を鑑賞していただきました。本作をご覧になった感想を教えてください。

非常にぜいたくな2時間20分でしたね。作品に没入するというか、普段ステージの上に立っているときと同じような感覚になりました。ダンサーの近くまでカメラが寄っていって、表情や仕草がよく見えるから、ダンサーたちがどのようなマインドで踊っているのか、手に取るようにわかる。私自身、大きなインスピレーションを受けましたし、興味深い体験になりました。

また、パリ・オペラ座の美学である様式美を重視した作品の魅力を、映像を通して余すところなく伝えていると感じました。昔からパリ・オペラ座のバレエが好きだったこともあり、バレエ学校でもパリ・オペラ座のメソッドを習ってきたのですが、私がお世話になったモナコのマリカ・ベゾブラゾヴァ先生は、(本作の振付を手がけた)ルドルフ・ヌレエフを教えていたことがあるんです。「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」を観て、「なるほど、パリ・オペラ座のメソッドを学んだ彼らは、ヌレエフ振付作品をこんなふうに表現するのか!」ということが改めてよくわかりました。“ヌレエフマニア”または“パリ・オペラ座研究家”にとってたまらない作品だと思います!

上野水香

上野水香

──今回の「白鳥の湖」では、パリ・オペラ座で初めてのアジア人エトワールとなった韓国出身のパク・セウンさんが、オデット / オディール役を演じました。また、同バレエ団のエトワールであるポール・マルクさんがジークフリート王子役を務め、同バレエ団のプルミエ・ダンスールであるパブロ・レガサさんが家庭教師ヴォルフガング / ロットバルト役で出演しています。これまで数えきれないほど「白鳥の湖」を踊ってこられた上野さんから見て、パクさんのオデット / オディールはどのように映りましたか?

パリ・オペラ座で受けた教育をしっかりと身に着け、その様式美を熟知している素晴らしいダンサーだと感じました。素晴らしいダンサーだと思える人は、世界中を探してもそんなに多くはいません。パクさんの堅実な演技を見て、パリ・オペラ座の先生から言われた「オーバーな感情表現はせず、その場にスッと立っていれば良いんだよ」という言葉を思い出しました。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

パリ・オペラ座で大切にされてきた様式美は、舞台の上空から白鳥たちのコール・ド・バレエを撮影したシーンにも表れていましたよね。ダンサーたちが綺麗な円形を描きながら踊っていて、本当に見事でした。あのシーンは客席からは絶対に観られないアングルですし、映像作品として非常に効果的な振付になっていたので、ヌレエフ本人が見たらすごく喜ぶんじゃないでしょうか。

また、ジークフリート王子役のポール・マルクさんのパフォーマンスも素晴らしかったです。弓を持ちながら軸のブレないアチチュードターンを何度も決める姿が特に印象的でした。

──パクさんとポールさんは、息ぴったりなパートナーシップを発揮されていましたね。

そうですね。パクさんとポールさんの公演を東京で拝見したことがあるのですが、彼らの踊りは安心して観ていられて、観客も踊りの世界だけに没頭することができるんです。きっちりとパリ・オペラ座の美学を体現されているお二人のバージョンが「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」として映像化されたのも、非常に良いタイミングだったのかもしれません。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

細部にまでこだわった、パリ・オペラ座「白鳥の湖」

──ジークフリート王子とロットバルトの関係性に重きを置いている点がヌレエフ版「白鳥の湖」の特徴の1つですが、ヌレエフ版「白鳥の湖」で水香さんが特にお好きなのはどのポイントですか?

以前、マチュー・ガニオさんと「白鳥の湖」全幕に出演したとき、ほぼヌレエフ版の振付で踊ったのですが、中でも黒鳥(オディール)の踊りが好きでした。あの場面は通常だとジークフリート王子とオディールが2人で踊って、ロットバルトは横にいることが多いのですが、ヌレエフ版は“ロットバルト参加型”とでも言いましょうか(笑)。ロットバルトが共に踊ることによって、ロットバルトとオディールが2人がかりでジークフリートをだます様子が、しっかりと伝わってきますよね。コーダに向けて盛り上がりが増していく場面なので、ロットバルトのバリエーションも魅力的だと思います。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

最後、ジークフリート王子とオデットに悲劇的な幕切れが訪れますが、ロットバルトは初めから自分がジークフリート王子に勝利することがわかっていて、まるで「よし、思っていた通りになったぞ。ハハハ!」とでも言っているかのよう……恐ろしいですね。ヌレエフ版「白鳥の湖」は、最後の最後までロットバルトの印象が強いバージョンだと思います。そういえば、「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」を観て、第3幕のロットバルトの衣裳がすごく凝っているということに気が付いたんですよ。ボディのところに怖い顔の刺繍があって、「この人は怪しい人物だ」ということが一発でわかるようになっている。そのほかにも、白鳥の中でもオデットだけチュールや頭飾りにストーンがついていたり、客席から観ているときには気が付かなかったけれど、細やかな部分まで工夫されているんだなと感じました。

──第3幕のディベルティスマンで着用されている、色とりどりの民族衣裳も素敵でしたね。

ええ、とても綺麗でした。衣裳の配色にこだわると、こんなにも舞台が立体的に見えるんですね。以前パリ・オペラ座で、ローラン・プティ作品とジョゼ・マルティネス作品で着る衣裳を作っていただいたことがあるんですけど、工房の方からすごく興味深いお話を聞いたんですよ。パリには布の専門店があり、この布を買うならこの店、この色の布が欲しいときはこの店……というのが決まっていて、衣裳を作り直すときはいろいろなお店を回らないといけないから、「布が手に入るまで少し待って」ということがあるらしいんです。そこまでこだわっているからこそ、パリ・オペラ座の「白鳥の湖」はシンプルな舞台装置でありながら、あれだけ奥深い世界観を構築できているのだと思います。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

映画館で、ダンサーたちと「白鳥の湖」の世界を共有

──先ほど、マチューさんと踊られたヌレエフ版「白鳥の湖」のお話が挙がりましたが、ヌレエフ版とその他の演出版とで違いを感じる部分はありますか?

そこまで大きな違いはないと思いますが、第3幕のパ・ド・トロワでロットバルトとたくさんコミュニケーションを取ることができるから、あの場面は踊っていて本当に楽しいです! なので、自分が出演するガラ公演でも好んでやらせていただいています(笑)。あとは、第4幕のパ・ド・ドゥにもヌレエフ版の特徴が色濃く出ているのではないでしょうか。派手なリフトをやったり、グルグル動き回るというよりは、オデットとジークフリート王子が水平移動をしながらユニゾンで動いたり、“下からのエネルギー”を感じる舞台のワイドな使い方など、ヌレエフならではの振付と演出の魅力がふんだんにちりばめられていると感じます。2人で互い違いにアラベスクをしたり、一緒にフェッテ・アラベスクをしたり、横に向かってポーズを取ったり……という動きは、ほかの演出版ではあまりないですから。私はまだヌレエフ版の第4幕を踊ったことはないんですけれど、いつか踊ってみたいなと思います。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」より。

──「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」は、IMAX認証カメラで撮影され、バレエ作品では初めて「Filmed for IMAX」として劇場公開される作品です。今後、バレエ作品が「Filmed for IMAX」の形式で制作されるとしたら、どのような演目を観てみたいと思いますか?

パリ・オペラ座の作品であれば、様式美をきっちりと見せられるような作品が良いと思います。ほかには何が良いでしょうね……。“白いバレエ”はやっぱり綺麗だと思うので、「ジゼル」もきっと素敵な映像になるでしょうし、初めから“映像作品としてバレエを作る”ことを計算して、映像作品だからこそできる仕掛けを使った作品を作るのも面白いかもしれません。たとえば、リフトした状態からポンッと宙に放り投げてそのまま人が静止するとか、CGを使ってダンサーたちが外の世界で踊っているように見せるとか。

──面白そうですね! 「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」は、一般的な舞台の記録映像や、いわゆる“バレエ映画”とも雰囲気が違うので、「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」に追随して、バレエを扱った映像作品の新たなジャンルが今後誕生するかもしれません。

そうですね。「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」は、これまでバレエやバレエダンサーに興味を持っていなかった方にも、「こんな世界があるんだ!」ということを知ってもらう良いきっかけになるのではと思います。実際にバレエの舞台を鑑賞するときとは違う形で、“バレエを人生としている人たち”の存在や息遣いを近くで感じてもらうことができそうだなと。「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」は、IMAXの大きなスクリーンで観るからこそ世界観を体感できる作品だと思うので、ぜひ映画館へ足を運んで、パリ・オペラ座のダンサーたちと「白鳥の湖」の世界を共有していただけたらと思います。

上野水香

上野水香

プロフィール

上野水香(ウエノミズカ)

神奈川県出身。5歳よりバレエを始める。1993年にローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞後、モナコのプリンセス・グレース・アカデミーに2年間留学。帰国後は古典作品やプティ作品に次々と主演。1995年に牧阿佐美バレヱ団、2004年に東京バレエ団にプリンシパルとして入団。2023年より東京バレエ団のゲストプリンシパルとなる。東京バレエ団ではブルメイステル版「白鳥の湖」のオデット / オディール、「ラ・バヤデール」のニキヤ、「ドン・キホーテ」のキトリなどの古典や「ボレロ」「ザ・カブキ」の顔世御前などのベジャール作品をはじめ数々の作品に主演。バレエ団初演作品にベジャール振付「第九交響曲」、ロビンズ振付「イン・ザ・ナイト」、「海賊」のメドーラなどがある。マチュー・ガニオ、ロベルト・ボッレほか数多くの世界的スターとも共演。2014年と2018年に自身によるプロデュース公演〈ジュエルズ フロム ミズカ〉を上演した。2022年に芸術選奨文部科学大臣賞、2023年に令和5年「秋の褒章」紫綬褒章などを受賞。2025年2月、「マラーホフ版『白鳥の湖』全幕2025」の公演を控える。