担当者に聞く岸田戯曲賞
ここでは、白水社編集部の和久田頼男氏(「頼」は「束」に「刀」と「貝」が正式表記)に、岸田國士戯曲賞についてインタビュー。1991年から同賞に関わる和久田が語る、候補作選定から授賞式までの流れ、そして今年のノミネート作品の傾向とは?
受賞作決定までの流れは?
──岸田國士戯曲賞決定までの流れを教えてください。まず、その年1年間に発表された作品を対象に推薦人から候補作を募り、そこからノミネート作品が決定されるのですよね?
ええ。今年は例年より遅い進行になっていますが、通例では大体11月くらいから動き出します。まずはこちらからお願いしている推薦人の方に推薦作品を挙げていただき、12月頃候補戯曲を各所から取り寄せ、1月に最終候補作を決定します。ただ11月以前にも最終候補に残りそうな作品は随時台本を取り寄せて読ませていただくこともありますし、選考委員の方から「あの戯曲は候補に入っていますか?」とお問い合わせいただき、新たに取り寄せるものもあります。
──今年は8作品が最終候補作となりましたが、最終候補作を決めるまでに大体何作品くらい読まれるんですか?
50作品くらいですね。これはけっこう大変です(笑)。推薦作品の中には宝塚歌劇団の作品やミュージカル、商業演劇的なものから小劇場まで、さまざまなジャンルの作品が入ってきます。
──最終候補作の選定は、編集部の方がされるんですか?
そうですね。ほかの文学賞でも、基本は各社の編集者たちがしていると思いますが、岸田戯曲賞も同じです。必ず、社外の下読み者の方々から評価もいただきますが。
──最終候補作品が出そろったところで、選考委員による選考会が実施され、その日のうちに受賞作が決定します。受賞者の方には直接電話で連絡がいくそうですね。
そうです。受賞が決まった方だけでなく、残念ながら選ばれなかった方にも電話でご連絡します。連絡は社内の者で手分けして行いますが、僕は受賞者の方に連絡することが一番多いですね。受賞が決まった方には、賞を受けるかどうかご意向を確認して、次に発表の段取りに移ります。
──電話を受ける側はドキドキするでしょうね。
受ける方はそうかもしれませんね。でもかけるほうは受賞をお伝えしつつ、その電話で授賞式のスケジュールを決めて、授賞式の会場をすぐ予約しなければいけないし、受賞作を書籍化する作業も始まるので、実はドキドキする余裕がないくらい、やることがいっぱいなんです。
──また授賞式では、選考委員による選評をまとめたリーフレットが配られます。このリーフレットの編集も同時にスタートするわけですね。
ええ。選考会から授賞式までは1カ月くらいしかないので、あまり時間の余裕がありません。選考委員は皆さんお忙しい方ばかりなので、選評をいただくのがちょっと大変な作業になりますしね。
──受賞者には正賞の時計と副賞の賞金が贈呈されます。正賞の時計は、どんなメーカーのものか決まっていますか?
近年はずっと決まっていて、スイスの時計メーカー・TISSOTの懐中時計です。時計には「第*回岸田國士戯曲賞受賞記念」という刻印が入ります。いつからTISSOTの懐中時計にしたかは明確にはわからないんですが、1993年に受賞された宮沢章夫さんと柳美里さんの時計を、僕が渋谷の東急本店で用意したのが最初のTISSOTです。そのときはTISSOTの置き時計でした。そのあと、しばらくSEIKOの懐中時計の時期もありました。基本的には毎年同じ時計を贈ってはいるのですが、松尾スズキさんが「ファンキー!──宇宙は見える所までしかない」で受賞されたときは、日本橋三越の時計屋さんに買いに行って、でも「松尾さんの作品で『ファンキー!』だしな」と思って、当時人気があったSEIKOのSPOONというモデルの腕時計にしました。またこれは聞いた話ですが、清水邦夫さんとつかこうへいさんが受賞されたときは、当時の担当者が時計を買いに行く途中で良い壷を見つけて、壷が正賞になったこともあるそうです(笑)。
今年の戯曲賞の傾向は?
──和久田さんはいつから岸田戯曲賞に関わっていらっしゃるんですか?
会社に入ってからすぐなので、1991年からです。約30年関わっていることになりますね。
──選考会の雰囲気は、年によって違いますか?
選考委員の顔ぶれが同じときは、そんなに変わりません。皆さんお忙しいので、選考会で1年ぶりに会って近況報告をしたりとか、基本的には和気あいあいという感じ。でももちろんそれぞれに、ご自分が良いと思った作品を抱えて選考会に来ていらっしゃるので、そのあたりのことはあまり明かさず、選考会には真剣勝負で臨む、という感じです。
──今年は矢内原美邦さんが初参加されます。
ジェンダーバランスの問題もあり、女性選考委員にもっと入ってもらいたいと思ってずっと調整してきたんですけど、ようやく今回、矢内原さんに入っていただけることになり、柳さんと矢内原さんの女性お二人によって、また少し雰囲気が変わるのではないかと思います。
──今年は
今回は、コロナ禍に見舞われながらも「それでも演劇をやる」というアティチュードを示してくれている作品が多く残っていると思います。例えば東葛スポーツの「A-(2)活動の継続・再開のための公演」は、文化庁の助成金制度をタイトルに掲げ、コロナ禍において演劇人が何をどう考えているのか、小劇場の“内輪ネタ”を笑いにして描き出します。ヒップホップ演劇だからこその批評精神に裏打ちされたエモさに胸打たれる作品ですが、そういった日本の中でしか通じないハイコンテクストなものを苦手とする方もいると思うので、その点がどう判断されるのか気になりますね。
また、岩崎う大さんが2年連続でノミネートされました。岩崎さんは“売れている芸人さん”ではありますが、それ以上に、彼の作品が作品としてしっかりしたものであること、また劇作家としても円熟期にあることから、今回2年連続のノミネートとなっています。疫病をきっかけに到来するポストヒューマンな時代の「観光」が、劇中劇として描かれる作品です。横山拓也さんの作品はまさに2021年の3月にコロナのワクチン接種を受けることが物語の肝になっていますし、小田尚稔さんの作品は感染症が拡大する東京でステイホームすることに困難を抱えている若き芸術家が主人公です。
今回、コロナの影響を受けていない作品は、長田育恵さんの「ゲルニカ」と内藤裕子さんの「光射ス森」です。長田さんの作品は、戦争とテロの時代の始まりを描いています。ピカソの名画で知られる、スペインのバスク地方を舞台とした歴史劇です。内藤さんの作品は、山と人間が共生するための林業をテーマとしつつ、男社会の中に女性のプレゼンスを輝かせます。
そして今年は、「オンライン演劇も対象にします」と宣言し、その作品が最終候補作に残ったという点で、象徴的な回になったと思いますね。劇団ノーミーツ・小御門優一郎さんの作品は俳優たちが皆、隔離状態のまま共時多発演劇する“フルリモート演劇”としてのオンライン演劇、根本宗子さんの作品は俳優たちがリアルな舞台空間を共有して上演された“無観客ライブ配信”としてのオンライン演劇ですが、そういった、目の前に観客がいない場での戯曲の書き方を選考委員の方たちがどう読むのかは、僕も知りたいところではあります。実際、劇団ノーミーツの作品はカメラの画角やカット割まで戯曲に書かれていて、もちろんそういう説明が必要だから書いてあるんですけど、選考委員の方たちがそういった戯曲をどう判断なさるかというのも今回のポイントだと思います。
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