
パンチライン・オブ・ザ・イヤー2024 (後編) [バックナンバー]
NENE、7、MIKADO、LANA、T2K、Charlu、Creepy Nuts……2024年最高のパンチラインが決定
言葉という観点からシーンを振り返る日本語ラップ座談会
2025年3月27日 12:30 5
「2024年もっともパンチラインだったリリックは何か?」をテーマに、二木信、渡辺志保、MINORI、Isaac Y. Takeuという4人の有識者たちが日本語ラップについて語り合う企画「パンチライン・オブ・ザ・イヤー2024」。3回に分けて公開してきたこの記事のラストは、NENE、
そしていよいよ2024年の一番のパンチラインが決定。どのリリックが選ばれたのか、最後までお見逃しなく。
取材・
「え、今なんて言いました?」
──ちょっと流れが変わりますが、MINORIさんがNENEさんの「アツい」の「Hey Siri『誰が一番いいお尻?』 / Yeah 私一位 あんたビリ」をピックアップした理由を知りたいです。
MINORI え、ここでですか!? お尻の話ですよ? 私、今のIsaacさんのお話にかなり感動してたのでなんか……。
Isaac Y. Takeu (笑)。でもこの曲、めっちゃインパクトがありましたよね。
MINORI うん。日本人からすると「Hey Siri」って言われたら、やっぱり最初に頭に浮かぶのはお尻だと思うんですよ。そのSiriに「誰が一番いいお尻?」って聞くのが最高だと思いました。03- Performanceで公開されたMVもすごかったじゃないですか。あの画を目にしたらすごくしっくりくる。「Hey Siri」と「Yeah 私一位」で踏んでるスキルもすごい。
NENE「アツい」03- Performance
渡辺志保 オチのワード「あんたビリ」にもかかってるし。
MINORI NENEさん、アツいなって思いました。
二木信 「アツい」の「付けないパチモン / いらないシリコン / フリルの服よりグリルを着けてる」とかうまいですし、その次に来るラインがかなりパンチ効いていますよね。
MINORI 思わず聴き直しちゃいましたね。「え、今なんて言いました?」って(笑)。
二木 2024年の末に新宿のトー横広場でやったNENEのライブイベントに行きましたけど、すごかった。完璧に都市型レイヴでした。NENEは全身をフルに使って表現しているというか、存在感が突き抜けていますよね。
渡辺 NENEちゃんに関しては私も「HEAT」の「入れてよなんか / Fuck Me Harder」というラインを選んだんですが、これもすごく過激なラインですよね。MINORIちゃんみたいに、私もこの部分を聴き直しちゃったんですよ。「ちょっと待って。“なんか”?」って(笑)。
NENE「HEAT」ミュージックビデオ
──男性器に限定していない。
渡辺 そこがいいなと思いました。このラインを聴いて私は、タトゥーやファッションも含めて彼女が自分の肉体、そして快楽をどう捉えているのか、ということについても興味が湧いたんです。
二木 NENEを見てると男性の僕も解放感を得られますよ。彼女からは自由を感じるから。
渡辺 私だってNENEちゃんみたいにタトゥー入れてみたいし、ああいう格好してみたいけどやっぱりできない。
MINORI そうそう。自分の願望をNENEちゃんに投影してしまう部分は確実にあると思います。
ミームが日本のラップから生まれたことが今っぽい
MINORI 私は7さんも大好きで、今年は
Liza「PARALLEL feat. 7」MV
──このリリックは面白いですね。
MINORI 数え歌っぽくなってるんです。「英語(5)」「ろく(6)でなし」「7」って。りんごというのはiPhoneのことかな?
渡辺 りんごは7ちゃんのトレードマークでもあるよね。いろんな意味がかかってそう。
MINORI いらないバナナもダブルミーニングですよね。ここからギアが入って「ゆーてるまにババアやさけ急がんと」から「どーやってビザは取んねん name 傷あってよ」という、さっきも話題になった方言混じりのラップになる。超気持ちいい。
渡辺 7ちゃんってワードセンスがすごいよね。「ラップスタア」に出てたときにラップしてた「サッカーやめたけど今もgameでゆらすネット」ってラインで、インターネットを騒がせるって意味と、自分が昔サッカーをやってたことをかけていて、本当に頭がいい人だなって思った。
7「ラップスタア誕生2023」FINAL STAGE
渡辺 7ちゃん絡みだと、私、MIKADOくんの「言った!!」も入れるかどうかかなり迷いました。
Isaac リミックスもいっぱい出ましたもんね。超流行りました。
渡辺 「言った!!」が若者の間でミーム化してたけど、大人からすると「それ何が面白いの?」「どう使うの?」って思いますよね(笑)。そういうノリもその枠に属してないとわからないんですよ。
MIKADO「言った!! Remix feat. 7, Kohjiya」ミュージックビデオ
──僕、マジでニュアンスがわからないです……。
二木 LINEのスタンプみたいなノリを感じますよね。あと、TwiGyがラップするうえで「言葉をフォント化する」ことを意識していたという話を思い出しますね。
渡辺 言ってしまえばなんてことないミームだけど、それが日本語のラップから生まれることが今っぽい。さっき我々の世代にしかわからない行動って話をしたけど、「言った‼︎」はその逆で、若者というか、その場にいる人々にしか通じない意味やノリ。それがラップから生まれてきたってことに意味があるなって思いました。
Isaac 若い子のカルチャーって感じですよね。
渡辺 ホントそう。
Isaac ヘッズだけじゃなくて、普通の人にも浸透してるのがめっちゃ2024年っぽいなと思いました。
概念としてのギャルのインフレ
──2024年と言えば、
渡辺 「20」ってアルバムは全曲パンチラインなんだけど、今回はMVにもなった「No.5」の「お金で買えるものじゃ足りない / 星より輝くものください」を選びました。「No.5」はもちろんシャネルの香水「N°5」のことだけど、彼女のInstagramを見てると、すでになんでも持ってるように見える。カルティエの時計を買ったり、モンクレールのパーティでアン・ハサウェイと写真を撮ったり。同世代の女の子はそういうキラキラした生活に憧れると思う。でもLANAは物質的なものではなくて、「星より輝くものください」って言っている。私はその表現がすごく素敵だと思いました。絶対手に入らない。でも足りない。その渇望感や虚しさがすごく伝わってくるリリックだと感じたので。インタビューで彼女に「実際、何が足りないと思ってるの?」って質問したんです。そしたら「(若い子たちには)親にギュッとしてもらうこと、あと自分への愛情が足りないと思う」と答えてくれて。
LANA「No.5」ミュージックビデオ
──時代の閉塞感に言及する楽曲のタイトルが「No.5」ですか……。すごすぎますね。
渡辺 そうなんです。私が20歳の頃はテレビや雑誌が情報の中心だったけど、今は自分が持ってないブランド物のバッグとかがSNSから視界にどんどん飛び込んでくる。
──そりゃ普通に欲しくなっちゃいますよね。でも若いから稼ぎが少ないし、貧富の差も極端になってる。
渡辺 そんな中で、みんな何かが足りないんです。「No.5」のリリックはLANAちゃんの個人的な話だけど、同世代の子たちが感じている空虚さや閉塞感を表していると思って、勝手にグッときてしまいました。あと「20」の1曲目「Street Princess」の「変に使わないで / フェイクギャル / アゲピース / 超痛ぇ」ってラインも痛快でしたね(笑)。
LANA「Street Princess」ミュージックビデオ
二木 ギャルのインフレっていうのはありますよね。
渡辺 確かに概念としてのギャルはインフレしてるかも。
MINORI そのインフレを実際のギャルから見たら「そんなのギャルじゃねえじゃん」っていう。
渡辺 謎にギャルを語りたがるおじさんとかいるじゃないですか。自分が20歳くらいだったら、ああいうのはめちゃくちゃうるせえって感じていると思う(笑)。
MINORI わかった気になってんじゃねえぞって感じですよ(笑)。
渡辺 やっぱギャルにはギャルにしか通じない言葉や感覚がある。そして、「20」にはそれがめっちゃ詰まってる。LANAちゃんは自分が10代の女の子を元気付けたいって使命感を持ってるし、彼女のラップを聴いていると、すごくあけすけなドキュメンタリーだなとすら思っちゃいます。社会学的に研究してほしい(笑)。
──とあるフェスの前のほうでLANAを観ていたら、ヘッズの男の子が「LANAかわいい! 結婚して」と連呼してたんですね。そしたら自分の周りにいた女の子たちの空気がサッと変わったんです。みんな言わないけど「だる。そういうことじゃないんだが」みたいな。あの雰囲気がすごく印象的でした。
渡辺 同じような光景を
二木 志保さんのインタビューで、LANAが“プリンセス”というコンセプトについて語ってましたよね。
渡辺 そうそう。LANAちゃんは「ギャルはみんな派手だけど中身はすごいピュアで夢見てる。それが私でありプリンセス」みたいなこと言ってて。
MINORI 「Street Princess」って言葉はありそうでなかったですよね。
渡辺 おとぎ話が大好きで、常に夢を見てるピュアな女の子。自分の中で新しいプリンセス像を作ってると言ってたのには痺れましたね。
Isaac ということはやっぱり女の子向けのメッセージが多い?
渡辺 もちろん、彼女のメッセージに勇気付けられる男性もいると思う。でも大局的に見ると、男性を鼓舞する男性って、世の中にたくさんいるんですよね。歴代の総理大臣もずっと男性だし、大企業の社長で有名な人も大抵は男性ですし。社会のシステムの中に男を引っ張り上げる男はたくさんいるけど、女の子を引っ張り上げる女の子は極端に少ない。ヒップホップシーンの中で、女の子が女の子をフックアップする光景を多く見ることができるのはすごくうれしいですね。
身を挺してラップする、フォーカスされないテーマ
──志保さんは今年のパンチライン5選に、T2KさんとCharluさんも入れるか迷っていたそうで。せっかくなのでその話もお願いします。
渡辺 T2Kくんは去年「INSIDE OUT」というソロアルバムを出したんですよ。彼にとっては10年ぶりのソロアルバムになるんですけど、この「From 6 Feet Under」はイントロの次に収録された実質的な最初の曲なんです。その歌い出しが「結婚は人生の墓場 / 成仏できず必死に抗う / 徐々にイカレた心、体、/ 頭抱えてキャパシティ 限界 / なら墓石 破壊し進む我が道」っていう。「こんなラップアルバムある!?」と衝撃を受けました。
T2K a.k.a. Mr.Tee「From 6 Feet Under」
──確かにここまで直接的な言い回しはご時世的にも避けますよね。
渡辺 そうなんですよね。実際に離婚を経験されたそうなんですけど、次の「徐々にイカれた心、体 / 頭抱えてキャパシティ限界 / なら墓石 破壊し進む我が道」ってラインも、Jadakissあたりを聴いて育った世代のお手本みたいな、細かく韻を踏むラップなんです。
二木 気持ちいいですよね(笑)。
渡辺 タイトルの「6 Feet Under」っていうのはお墓に棺を埋める深さのことで、死に直結する表現としてよく使われていたスラング。私も、ラップのリリックから学んだフレーズですね。
──T2Kさんの曲は重みがすごいですよね。離婚がいかに心身ともに削られるのかが伝わってくるというか。
渡辺 こういうのって若い子じゃ絶対に歌えない。最近は婚活ビジネスとかもすごいじゃないですか。でもそんな中、そこにT2Kが身を挺してラップしてくれたなっていう。「結婚はゴールじゃねえ」って。
MINORI その解説を踏まえると「結婚は人生の墓場 / 成仏できず必死に抗う」ってすごいラインすね……。
渡辺 「結婚の理想と現実」ってよくあるテーマではあるけど、きれいにまとまってると冷める。最近シングルペアレントの若いラッパーがけっこういるし、その意味でもT2Kみたいな赤裸々なラップは価値があると思いました。このアルバムは推せます。
──Charluさんについてはいかがでしょう?
渡辺 突然だけど、みんな手の上で豆腐切ったことある?
Isaac やったことはあるかも……。
MINORI 母がやってるのを見ましたね。
渡辺 そうなのよ。手の上に豆腐を乗せて切るって別に誰からも教わらない。だいたいお母さんがやってるのを見て、それを真似する。私もそうだし。Charluちゃんの「GIRI」の「手の上で切る豆腐 / Put in 味噌Soup」は主婦目線のリリックなんですね。子供が小さいと基本的に時間がない。お味噌汁に入れる豆腐を切るのにわざわざまな板なんか使わない。手の上でパパパパパパパパパと切って、サッと味噌汁の中に入れる。Charluちゃんの切羽詰まった生活感がこの短いラインで表現されていると感じました。
Charlu「GIRI」
──Charluさんは「GIRI」なタイム感でクリエイティブしてるってことか。
Isaac Charluさんは「ラップスタア」でもすごくがんばられてたじゃないですか。お子さんがいて時間がない中でやっていたと考えると、見え方が変わってきますね。あと、同じ境遇の人たちが共感して応援してたのかも、と思いました。
MINORI これってさっきのLANAさんやT2Kさんの話にも通じますよね。鼓舞してくれる人が極端に少ない問題というか。
いよいよ2024年の一番のパンチラインが決定!
T2K a.k.a. Mr.Tee @T2KakaMrtee
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