来たる新生活に向けて住み慣れた街を離れ、期待と不安を胸に東京での暮らしを始める人も多いこの季節。本連載では地方出身のアーティストに「上京」をテーマにエッセイを依頼し、東京に“ウブ”だった頃の思い出をつづってもらいます。第5回は、静岡県浜松市出身の
総じて失敗や、ズボラさに溢れた日々だったのかもしれない
上京したのは高校を卒業してすぐの2021年の春だった。“上京”というと東京のイメージもあるが、自分が最初に住んだ街は神奈川県の登戸で、そこにしばらくずっと住んでいた。また、上京してすぐ、免許の試験を受けるため1カ月近く地元静岡県浜松市に戻っていたので、正確に一人暮らしというか、“上京しての生活”と言えるものをはじめたのは5月あたりからであった。当時は自炊や、家事すらままならなくて(今もちゃんと出来ている感覚はないのだが)、そのことに精一杯だった。また、上京しすぐ「まん延防止等重点措置」が発令され、外出もあまりできない状況だったため、目の前のスーパーと借りたばかりの部屋を行き来する状態が続き、そのルーティンに酷く病んでいた思い出がある。「なんで上京したんだろう」、とかそんなことを思っていた。また、初の一人暮らしだったこともありホームシックにもなっていた。自分の思考のみが増幅していく感覚があってそれが凄く怖かった。最初はそんな調子であった。
ぬいぐるみの存在にはとても救われた。とくにモンチッチは幼い頃から大切にしていて、モンチッチの友だちである、“タヌタヌ”というキャラクターは3、4歳から連れ添っている自分の相棒だ。日々モンチッチたちの和やかな表情に安堵し、心は浄化されていた。今でもそれは同じだ。とても感謝している。
1人を除いて、中高の時の友だちと散り散りになったのもあって、みんな初一人暮らしだったので、静寂を紛らわすようによく電話をしていた(その1人は上京していて、対面でよく会っていた。今でもよく会っている)。思い出話やくだらない話が部屋の中にくすぶって、一時的に僕の心は満たされた。今でもたまに電話をしている。みんなも本当にありがとう。
はじめての自炊はとても苦労した。味噌汁は手順を間違え薄味で作りすぎてしまったり、米は炊飯器に水を入れすぎてしまってべしゃべしゃになってしまったり、散々であった。でもその中でこつこつと作ることに楽しさが芽生え、味噌汁も頻繁に作ったり、カレーやオムライス等も作るようになっていった。失敗はたくさんしたほうがいいのかもしれない。もうあの頃作った不味いご飯の味は忘れてしまった。
今でも目の裏に登戸の街の情景は浮かぶ。駅の立ち食い蕎麦屋が大好きだった。引っ越す直前なんかは週3回くらい通っていた。ソースカツ丼と蕎麦のセット、また食べに行きたいな。マクドナルドにもよく通っていた。テイクアウトして多摩川で食べる。多摩川沿いはいつでもまばらに人がいて、たくさんの会話を耳にした。学生たちの友だちとの甘酸っぱい会話、カップルの別れ話、誰かが歌ってそれを聴く人たちの声。聴きながらビッグマックを頬張った。
洗濯機の使い方を間違えて(洗濯物を入れすぎた? 本当にわからない)壊してしまい、ずっとコインランドリーに通っていた。洗濯物を溜めに溜めてしまっていたため、暑い日も寒い日も重たいバックを抱えてコインランドリーまで歩く。僕が通るのはいつも夜中で、人気のない暗がりが続いている。途中小学校があった。フェンス越しにそびえる校舎が、どこかおどろおどろしくも懐かしく映り、いつかの子どもの頃の自分が頭の中に過ぎ去った。そんなことよりとにかくバックが重い。掛けた肩に跡がつくほどだ。なんでもっとこまめに通わないのだろう。ギリギリまで重みを味わった後で、ひときわ明るいコインランドリーの中に入る。10kgの洗濯乾燥機にギリギリ入るかな、くらいで入れる。いつもちょっとの差異で、最適な乾燥の時間にはありつけなくて、洗濯物は湿ったり渇いて少し縮んでしまったりした。最適な乾燥の時間などなかったのかもしれない。そんなコインランドリー生活を繰り返す中で、次の引越し先ではしっかり新しい、乾燥機つきの洗濯機を買おうと決めたのだった。
総じて失敗や、ズボラさに溢れた日々だったのかもしれない。また、かつての悩みに明け暮れた自分に、「そんな日々の先に今自分はここにいるよ!」と伝えたい。
崎山蒼志
2002年生まれ、静岡県浜松市出身のシンガーソングライター。2021年1月にアルバム「find fuse in youth」でメジャーデビューを果たす。2023年7月にテレビアニメ「呪術廻戦『懐玉・玉折』」のエンディングテーマ「燈」をリリース。ストリーミング総再生数は1億回を突破している。雑誌「ギター・マガジン」では「崎山蒼志の未知との遭遇」を連載中。文芸雑誌「波」で連載していたエッセイ「ふと、新世界と繋がって」が2025年1月に初の書籍として発行されるなど、独自の言語表現で文芸界からも注目を浴びている。
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