DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は約10年前に公開された「
文
ジョニー・グリーンウッドによる濁りのない音色
映画「ノルウェイの森」は、「青いパパイヤの香り」(1993年)や「シクロ」(1995年)で知られる
時代は1967年。ワタナベ(
孤独なワタナベに共鳴するCANの楽曲
ある日、ワタナベは偶然直子と再会し、その後も2人は毎週日曜日に会って行き先の決まっていない散歩を繰り返した。「まるで魂を癒すための宗教儀式みたいに」。かつて一緒に遊んでいた者同士、再会の喜びは多少なりともあるはずだが、その感情を縄でぐるぐる巻きにして身動きすらできなくさせるように、2人の中にはキズキの死の記憶が生きている。そんな心情は、バイオリンを軸としたストリングスによるシリアスで逼迫した旋律に託されている。この逼迫した空気は、これに続く、直子がワタナベと過ごす彼女の20歳の誕生日の出来事を先取りしたかのようである。
誕生日の一件のあと、直子は東京の住まいを引き払ってワタナベの前から姿を消してしまう。直子を気にかけ、また同時に自分が直子を傷付けたのではないかという不安もあってワタナベは神戸にある直子の実家に手紙を送る。1人残されたワタナベには、再び孤独で時折永沢と女漁りに行く日常が訪れるのだが、ここではダウナーなムードのCANの曲(「Mary, Mary So Contrary」「Bring Me Coffee or Tea」)が使われている。ほどなくしてワタナベのもとに直子から手紙が届いた。それによれば、直子は精神状態が芳しくなく、医師の勧めにより京都の療養所で暮らしているという。
夏休みが終わり、授業が始まった。ワタナベが大学のカフェテリアで食事をしていると、サングラスをかけた女性が話しかけてきた。緑(
The Beatles「ノルウェーの森」が流れるシーン
本作でジョニー・グリーンウッドが手がけた音楽は、基本的にはギターによるシンプルかつリリカルで余白の多いものか、シリアスな印象を残すストリングスおよびオーケストラサウンドのいずれかだ。どちらのタイプの曲も、鑑賞者の感情を煽るものでなく、その場面の登場人物の心の動きや状態に寄り添うものである。とりわけ後者は音の絡まり合いが複雑な心境とシンクロするところがあるのだが、物語の後半、雪の降る中で緑がワタナベに恋人と別れたことを告げ、ワタナベが緑に「時間が欲しいんだ」と言う場面の包み込むような美しい室内楽曲につなげて、オーケストラによる不協和音が押し寄せ、首を吊った直子の足が映し出される一連の流れは圧倒的である。
ところで、本作のタイトルはThe Beatlesの「ノルウェーの森」にちなんだものだが、作中でこの曲が流れるのは2度。1つはエンドロールで、ここではThe Beatlesのバージョンが使われている。もう1つは、療養所で直子と同室の元ピアノ教師のレイコ(
物語を彩る細野晴臣と高橋幸宏
最後に、曲ではないが音楽と音にまつわる話題を2つ挙げておこう。本作では、ワタナベのバイト先のレコード店の店主役を
「ノルウェイの森」
日本公開:2010年12月11日
監督・脚本:トラン・アン・ユン
音楽:ジョニー・グリーンウッド
主題歌:The Beatles「ノルウェーの森」
出演:松山ケンイチ / 菊地凛子 / 水原希子 / 高良健吾 / 霧島れいか / 初音映莉子 / 玉山鉄二 / 糸井重里 / 細野晴臣 / 高橋幸宏 / 柄本時生 ほか
発売:アスミック・エース、フジテレビジョン
販売:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
価格:DVD 1219円 / Blu-ray 1886円 (共に税抜)
- 青野賢一
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東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
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Kenichi Aono @kenichi_aono
音楽ナタリーの映画音楽連載、更新されました。今回は『ノルウェイの森』を取り上げています。ジョニー・グリーンウッドの音楽に加え、自然音の扱いについても少し触れました。 | 青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.11 https://t.co/HzcCUDzrI9