DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は3月13日に公開された、
なおこの記事は映画のストーリーに関する記述が含まれているため、まだ観ていない方はネタバレにご注意を。
文
グザヴィエ・ドランとアデル
カナダ・ケベック出身のグザヴィエ・ドランが約5年の歳月を費やして完成させた「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」。グザヴィエ・ドラン監督初の英語作品は、アメリカの人気俳優ジョン・F・ドノヴァン(
物語の始まりは2006年のニューヨーク。劇中のテレビドラマ「ヘルサム学園」で人気を博していた俳優のジョン・F・ドノヴァンが29歳で亡くなった。母と共にイギリスからニューヨークを訪れていた、ジョンの熱狂的ファンであるルパート少年は、テレビのニュースでそのことを知った。ジョンとルパートは一度も会ったことはなかったが、100通以上もの手紙のやり取りをしている間柄だったのだ。これに続いて、「プラハ 2017年」のテロップと共に、カフェの公衆電話から電話をかける女性の姿が映し出される。彼女はジャーナリストのオードリー・ニューハウス(
このシーンに次いで本作のタイトルが提示されるのだが、そこで流れる曲には、アデルの「Rolling In The Deep」が選ばれている。失恋の傷と断ち切れずに心に残る相手への思い、そしてそこからの再生というような印象の歌詞を持つこの曲がタイトルバックに使われているのは、実に示唆的であるといえるだろう。ちなみにグザヴィエ・ドランはアデルの「Hello」のミュージックビデオの監督を務めている。
締めくくりは人生の味わいを歌った曲で
少年時代、つまり2006年のルパートの物語、そして同じ頃のジョンの物語を2017年のルパートのインタビューを通じて明らかにしながらストーリーは進んでゆくわけだが、当時の両者の接点は手紙のみ。かたや11歳の少年、かたや人気沸騰中の俳優で、住んでいるところもロンドンとニューヨークで離れているのだから、当然といえば当然である。では、ルパートとジョン、それぞれの物語を共通して貫いているものは何かといえば、それは“母と息子”の関係性が大きいだろう。実際、グザヴィエ・ドランも本作について「母と息子、それはこれまで僕が描いてきた1つのテーマですが、その集大成だと思っています」と述べている。ルパートと母サムの重要なエピソードの1つでは、Florence + The Machineの「Stand By Me」(ご存じベン・E・キングの同曲のカバー)がバックに聞こえてきて、このシーンを陳腐にならないギリギリのところで感動的なものに仕上げている。これには映画「スタンド・バイ・ミー」への目配せもあるだろう。また、ジョンのそれまでの成功を吹き飛ばすほどのスキャンダルが暴かれたのち、母グレース(スーザン・サランドン)とジョンがふたたび母子の絆を(兄も交えながら)取り戻す場面では、Lifehouseの「Hanging By A Moment」がラジオから流れてくる。画面はこの幸せそうなシーンを映しながら、音楽は先の「Hanging By A Moment」に美しくも物悲しいストリングスの旋律がクロスフェードしてきて、来るべきジョンの死を予兆させる。本作のオリジナルスコアは、「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」などの音楽で知られるガブリエル・ヤレドが手がけているのだが、全編にわたって抑制の効いたクラシカルな音楽を提供しており、この映画に崇高ともいえる気高さを与えているのは特筆すべきところだろう。
エンドロールでは、“変わること”と“変わることができないこと”を巡る苦悩やもがき、人生の味わいを歌ったとある曲が見事にこの作品を締めくくっているので、ぜひ明かりが点くまで席を立たないでいただければと思う。
「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」
日本公開:2020年3月13日
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:キット・ハリントン / ナタリー・ポートマン / ジェイコブ・トレンブレイ / スーザン・サランドン / キャシー・ベイツ / タンディ・ニュートン ほか
音楽:ガブリエル・ヤレド
配給:ファントム・フィルム=松竹
- 青野賢一
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東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
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Kenichi Aono @kenichi_aono
音楽ナタリーの映画音楽連載、新しい記事です。今回はグザヴィエ・ドラン!/ジョン・F・ドノヴァンの死と生 | 青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.7 https://t.co/Yo2usKqaF1