「COLD WAR あの歌、2つの心」場面写真(c)OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Swiat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie

青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.2 [バックナンバー]

COLD WAR あの歌、2つの心

時代や場所が変わっても2人をつなぐ“あの歌”

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DJ、選曲家としても知られるライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。2回目に取り上げるのは、日本で6月に公開された「COLD WAR あの歌、2つの心」だ。ピアニストのヴィクトルと歌手志望のズーラが別れと再会を繰り返す様子がモノクロ映像で描かれたこの作品の、音楽的な魅力を解説してもらった。

/ 青野賢一

1949年のポーランドで、ジャズは地下に潜った

「COLD WAR あの歌、2つの心」場面写真(c)OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Swiat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie

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ヨーロッパの中でもユニークなジャズを多数生み出してきたポーランド。ポーランド文化を発信する国の機関「アダム・ミツキェヴィッチ・インスティチュート」が運営するサイト「CULTURE.PL」によれば、第1次世界大戦後にアメリカで生まれた新しい音楽=ジャズはほどなくヨーロッパにも伝わり、ポーランドでは1923年に最初のジャズオーケストラが結成された。1933年にドイツでヒトラーが独裁政権を樹立し、ユダヤ人排斥を打ち出すと、そうした迫害から逃れるべくユダヤ系の音楽家はドイツを去り、近隣国に流入することとなる。ドイツの隣国であるポーランドも例外ではなく、のちに“ポーランドのルイ・アームストロング”と呼ばれる、ベルリンからやってきたトランペット奏者エディ・ロズナーらの人気もあって、この時期のポーランドのジャズシーンは活況を呈したという。そうしたジャズを取り巻く状況に変化が訪れるのは、第2次世界大戦を経て戦後の冷戦時代。「COLD WAR あの歌、2つの心」は、まさにこの冷戦下のポーランドに始まる、男女の思いとそれをつなぐ音楽の物語である。

主人公の1人、ピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)は、ダンス教師と政府の責任者とともにポーランド各地の民謡を記録、採集して回り、また歌と舞踊に長けた若者を探している。国立のマズレク舞踊団設立の準備である。時は1949年。ソ連の支配下にあったポーランドでは、この頃にソ連の芸術思想“社会主義リアリズム”が義務づけられ、ジャズは西側の退廃音楽として公衆の前での演奏が禁止となり、地下に潜ることを余儀なくされたのである。

マルチン・マセツキのジャズアレンジ

さて、映画に戻ると、舞踊団の設立に先駆けてまず養成所が開設され、ヴィクトルはそこでもう1人の主人公ズーラ(ヨアンナ・クーリク)と出会った。養成所に集められた若者たちの中から正式な舞踊団メンバーを選抜するために行われた実技試験で、ズーラはたまたま隣で順番を待っていた女性と二重唱を披露したあと、ソ連のミュージカル映画の「心」という曲を独唱する。その独創性と力強さに興味を持つヴィクトル。マズレク舞踊団は1951年、ワルシャワでの初公演で大成功を収めるが、そこでズーラをメインに据えた合唱曲として歌われるのが、ポーランド民謡の「2つの心」である。「黒い瞳を濡らすのは 一緒にいられないから」という歌詞を持つ、悲恋を歌ったこの曲は、映画を貫くモチーフとしてのちにも作中で聴かれることとなる。

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ワルシャワ公演を終えて、ズーラとヴィクトルは激しく惹かれあい、東ベルリン遠征に向かう汽車の中で、ヴィクトルはズーラにパリへ亡命しようと持ちかける。彼はパリでズーラとともに自由に音楽をやりたかったのだ。そのときは頷いたズーラだったが、約束の待ち合わせ場所には現れなかった。2年後、パリで作編曲の仕事やクラブでの演奏をして生活しているヴィクトルは、舞踊団の公演でパリを訪れたズーラと再会。ユーゴスラビアを経て、1957年に再度パリで落ち合い、同棲を始めた。ヴィクトルがピアノ演奏をしているクラブで、トランペット、サックス、ベース、ドラム、ピアノという編成のバンド(もちろんピアノはヴィクトル)をバックにズーラは「2つの心」をフランス語で歌う。こちらは舞踊団バージョンとは違い、物憂げなジャズアレンジなのだが、これが実に素晴らしい。編曲を担当したのは、ポーランドのピアニストで作編曲家のマルチン・マセツキ。ジャズとクラシックを股にかけて活躍する彼は、作中のヴィクトルの演奏部分の実演も行っている。

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出会いから15年後の「2つの心」

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ズーラがパリでジャズを歌った1957年は、ソ連と東欧諸国にいわゆる“雪どけ”が訪れた直後。カトリック教会の容認や芸術における社会主義リアリズムの撤廃が進んだ時代だ。ポーランドでもジャズがようやく表舞台に帰ってきて、のちにポランスキー作品の音楽を手がけるクシシュトフ・コメダをはじめ優れた人材がシーンに登場した(コメダは実際のところそれよりも前から活動していたが)。そんな時代ではあったが、それまで舞踊団を通じて祖国ポーランドを意識せざるを得なかったズーラと、西側の音楽に魅了され、亡命すらしたヴィクトルの考え方の違いがここにきて明確になり、同棲生活にも亀裂が生じる。互いに愛する気持ちがありながらも別離を繰り返してしまう2人が奏でるこの「2つの心」のジャズバージョンは、それだからか余計に悲しみを帯びて聴こえてくるのだ。

出会ってから15年ほど──政治や国際情勢に翻弄され、それぞれの思考の違いに引き裂かれながらも離れられない深い愛を育んだ年月を経て、2人は再びポーランドへ戻ってくる。崇高さと温かさが同居したラストシーンで私が思い出すのは「2つの心」の最後の一節だ。曰く、「それでも私は あの人を抱き締め 死ぬまで愛すでしょう」。

「COLD WAR あの歌、2つの心」

「COLD WAR あの歌、2つの心」DVDジャケット(c)OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Swiat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie

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日本公開:2019年6月28日
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
一部編曲: マルチン・マセツキ
出演:ヨアンナ・クーリグ / トマシュ・コット / ボリス・シィツ / アガタ・クレシャ / セドリック・カーン / ジャンヌ・バリバールほか
配給:キノフィルムズ
販売:ハピネット・メディアマーケティング
価格:DVD 3900円 / Blu-ray 4800円 (共に税抜)
※2020年1月8日に発売・レンタル開始

青野賢一

東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。

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Kenichi Aono @kenichi_aono

好きな作品で『CREA』の連載、音楽ナタリーの連載いずれでも取り上げました。未見の方はこの機会にぜひ。 https://t.co/4LgMwmoEcc https://t.co/wHpRuwWRyZ

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