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人工知能が作る音楽 [バックナンバー]

“AI作曲家”から見たポップミュージックの世界(後編)

ローファイヒップホップの隆盛から考える、AI作曲が活躍する未来

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中編の記事では、主にポップミュージックにおける作曲という行為について検討し、今後どのようなAI作曲家が求められるかについて考察した。今回は、聴取という行為に着目し、私たち聴く側にとってAIによる作曲がどのようなインパクトを持つかについて考えていきたい。

/ imdkm

「4'33"」の教え

1952年、ジョン・ケージが作曲しデヴィッド・テュードアによって初演された「4'33"」は、現代音楽を知らない人々にも、そのユニークさで広く知られているはずだ。3つの楽章にわたって“休み”が指示された、“何も演奏しない”作品。あまりに過激で、ナンセンスな笑いも呼ぶこの作品は、20世紀後半の前衛音楽はもちろん、現代美術にも大きな影響を与えた。

AIとは対極の、ローテクの極みとさえ言える「4'33"」をなぜここで取り上げるかといえば、この曲が“作品”を“聴く”とはどのようなことかについて極めて雄弁に語っているからだ。この曲でケージは、“作品”を“聴く”対象ではなく、“聴く”という行為を促すトリガーのように扱っている。リスナーは「4'33"」に促されるまま、演奏者が出す音ではなく、すでに身の回りで鳴っている音に耳を澄ます。すると、いわば世界そのものが音楽になる。常に世界には音があふれているのだから、必要なのは耳を澄ますことだけなのだ。

「4'33"」に見られる、“聴取”を促すトリガーとしての“作品”という考え方は非常に興味深い。普通、作品といえば、絵画、小説、音楽を問わず、ばらばらな要素を秩序立て、1つの全体として提示するものだ。「4'33"」は、そうした部分と全体の秩序を前提とする“作品”を放棄して、代わりにそれがもたらす機能のみに着目する。すなわち、耳を澄ますよう促す、ということだ。

この考え方を広げていくと、“作品”とは世の中にあふれる音の中から特定の音へと注意を惹きつける仕組みと考えることができるのではないか。ショッピングモールのBGMやラジオから流れてくる音楽にふと耳が惹き付けられる、そういった経験をしたことがある人は多いだろう。それこそがまさに“作品”が“作品”として機能し出した瞬間と言える。

物語なき作品の世界

“作品”を、注意を惹き付けるための仕組みと考えると、ポップミュージックで用いられる“定番”が果たす意味も、違う角度から考察することができる。

単に一瞬耳を惹き付けるだけであれば、例えば楽器の音色やコードの響き、フックになるメロディが重要になる。しかし、数分間にわたって注意を惹き付け続けるためにはまた別の工夫が必要になる。そのために要請されたのが、ほかならぬポップスの“定番”なのではないか。

例えばJ-POPで多用される“Aメロ、Bメロ、サビ”という定型は、4~5分に及ぶ楽曲を、注意を途切れさせることなく自然に聴かせる方法と考えることができる。それは映画や演劇、小説における三幕構成や守破離、起承転結のようなもので、物語のクライマックスへ向けて効果的に出来事を配置するためのお約束だ。

その意味で、“Aメロ、Bメロ、サビ”という定型に基付いて作られたポップスは“物語的”と言ってもいいだろう。始まりがあり、感情を揺さぶる出来事が次々とやってきて、サビというクライマックスでカタルシスを得て、幕引きとなる。このように、作品を物語的に構成し、リスナーの注意を惹き付けることが作曲に求められる重要なスキルだ。またそれは、メロディのつなぎ方や、感情のメリハリを演出するアレンジ、楽器の奏法や歌唱法、レコーディング後の編集やミックス、マスタリングに至るまで通じる問題となる。

AI作曲家が直面するのは、まさにこうした物語を作品に与えることの難しさだ。実用レベルに達したAI作曲家の例を見ると、豊富な学習用のデータセットを持っていたり、あるいは学習に使うデータを工夫する(Flow Machinesにおいてフルスコアだけではなくリードシートが活用されたように)ことで、こうした問題を現実的に乗り越えているように見える。しかし、入手可能なデータの量もマシンパワーも限られたいち個人が自力でAI作曲家を作ろうとしてみても、断片的なメロディを生成する以上のことは難しい。

十分な長さを持った、物語的な作品をいかに生成するか。もしこれがポップミュージックではなく、例えばケージが活躍したような前衛音楽の領域であれば、この問題を放棄することも可能だろう。しかしポップスを作ろうとする限り、耳を澄ますよう促し、注意を持続させるための工夫をないがしろにはできない。

断片的な / 散漫な聴取

一方で、私たちが音楽に向ける注意のあり方も変化に晒されている。YouTubeや各種サブスクリプションサービスの普及、またバイラルヒットを前提としたSNSマーケティングの一般化以降、私たちリスナーが音楽を聴取する環境は様変わりした。とりわけ、アルバムという単位での聴取よりもシングル単位での聴取が優勢になり、アルバムに代わってプレイリストというコンセプトが前景化してきたことは大きい変化だ。

1960年代にいわゆるコンセプトアルバムが普及して以降、ロックを主な震源地として「アルバム全体を通じて1つの物語を構築する」という手法は広く一般化した。サブスクリプションサービスの到来によって、そうした“アルバムの時代”は一旦落ち着いたように思える。もちろん近年になってもアルバムとしての完成度でリスナーを圧倒し、魅了する作品は多い。例えば2018年にはThe 1975の「A Brief Inquiry Into Online Relationships(邦題:ネット上の人間関係についての簡単な調査)」のような、往年のロックの名盤を思わせる構成と現代的なジャンル横断を両立させた作品も発表された。

しかし現在、そんな時代の変化を象徴するかのようなジャンルが人知れず隆盛を極めている。その名もローファイヒップホップ。あまりにもありきたりなネーミングのこのジャンルは、2010年代においてヴェイパーウェイブと並ぶインターネットが育んだ音楽文化と言ってよい。スムースなジャズやAOR、シティポップをサンプリングしたメロディアスなループと、J・ディラやLAビーツシーンの影響を思わせるヨレたビートを組み合わせた、いわばイージーリスニング化したヒップホップだ。YouTubeでは専門のストリーミングチャンネルがいくつも存在し、数百万人の登録者数を誇る。Spotifyのプレイリスト「Lo-Fi Beats」も100万人以上が登録する人気プレイリストだ。

楽曲の多くは2分前後、1分程度のものも珍しくない。大概インストゥルメンタルで、パートの抜き差しや音色の変化のほかは、いわゆるポップスのような物語性は希薄だ。絶え間なく続くエモくチルな感覚が、催眠的な効果さえもたらす。

このジャンルが興味深いのは、注意の持続をそもそも前提としていない、ということだ。ローファイヒップホップは、絶え間なくストリーミングされるYouTubeチャンネルに象徴されるように、もっぱら“流し聴き”“作業用BGM”のような形で消費される。物語的な全体性を欠きつつも、だからこそ求められ、聴かれる音楽。リスナーの注意を過剰に奪わない、断片的で散漫な聴取の需要がそこに見て取れる。

意識されざる音楽の需要とAI作曲家の未来

物語的な全体性を必要としない音楽が広く求められているとすれば、そこにこそAI作曲家の活躍の余地があるのではないだろうか。例えばそれはローファイヒップホップのような“作業用BGM”のほかにも、劇伴や動画コンテンツのBGMなどといった分野にも応用はできる。

実際AIVAは、音楽作品をアルバムやシングルとしてリリースするだけではなく、映画作品などの劇伴の受託も行っている。もちろん、映画における劇伴は単なる添え物ではなく、映画という物語を適切に演出するために特殊なノウハウが求められる分野ではある。しかし、劇伴それ自体に起承転結のような物語性を過剰に託すると、求められる役割との齟齬が起きてしまう。そこにAIとの適性を見出し、事業の方針としたAIVAは手堅いロードマップを描いているように思う。

あるいは、私たちリスナーが音楽に物語を求める度合いが薄まれば薄まるほど、すなわち断片的で散漫な聴取が加速すればするほど、AI作曲家と私たちの感性は近付いていくかもしれない。アメリカを中心とするメインストリームのポップスのミニマル化、短時間化の傾向はよく指摘されることだ。聴取環境の変化に伴う私たちの感覚の変化に対して作り手がどのように反応し、新たな形式を作り出していくかはまだまだ未知数。だからこそ、こうした兆候が何を意味するかという問いは、魅力的であり続ける。

これからのAI作曲家は、単にアルゴリズムの進化やマシンパワーの増強といった技術的な発展のみならず、こうしたポップミュージックの潮流といかに向き合うかも試されることになる。果たして技術者は、変化し続けるポップミュージックに向けてどのようにAI作曲家を設計し、実装するのか。そしてまた、作り手やリスナーはいかにしてAI作曲家を受け入れ、活用していくのか。問いはまだ開かれたばかりだ。

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