塚本晋也×ユーロスペース支配人・北條誠人がミニシアターの10年を振り返る
「この世界の片隅に」「侍タイ」などのヒット、コロナによる打撃…ミニシアター業界が経験したさまざまな出来事
2025年11月5日 12:05 5
塚本晋也が館長の、幻のミニシアター?
──この数年は、残念ながらミニシアター文化を担ってきた劇場の閉館ニュースも目立ちました。
北條 そうですね。特に印象に残っているのは、2022年の岩波ホールの閉館です。岩波ホールはミニシアターの母というか……ユーロスペースにとってはお姉さんのような存在でした。その背中を見て育ってきましたから、とてもショックでした。
──映画ファンからも悲しみの声が上がっていました。ミニシアターを運営する方同士の交流はあるのでしょうか?
北條 みんな忙しく、ミニシアターを運営している人同士で何かをすることは、正直あまりありません。とはいえ昨年は、都内のいくつかのミニシアターや映画の作り手、評論家と一緒に、ミニシアターを取り巻く問題について話し合う場を持ちました。問題が生じたときの、対応方法の共有にもなりました。そういえば東日本大震災のとき、ユーロスペースが入っているビルを帰宅困難者の一時避難場所として開放していたんですが、それを知った岩波ホールの支配人・岩波律子さんが、そのときの話を聞きにいらっしゃったことがあります。その後、岩波ホールでは毛布や水などを災害用に備蓄したそうです。
──ミニシアターの方同士で情報交換をすることもあるのですね。他の劇場と協力して企画を立てることはありますか?
北條 2022年に
──閉館するミニシアターが増える一方で、新しい映画館も誕生しています。ミニシアター業界の変化は感じますか?
北條 若い配給会社が増えてきました。デジタル素材になって、比較的映画を買いやすくなってきたというのも理由の1つだと思います。若いセンスをお持ちの方が作品をチョイスするので、新しい映画監督の作品が配給されやすくなるのではないでしょうか。また近年誕生した新しいミニシアターには、地域のコミュニティに密着しているケースが多い気がします。単に映画を鑑賞するだけの場所ではなくて、映画について語ることができるような、人と映画を媒介するような役割を持っている劇場も多いですね。昨年、静岡の伊東市にできた金星シネマは、16席の小さな映画館です。
塚本 16席!? 面白いなあ。ときどき夢想するんですよ、小さな映画館を作れたらいいなって……。妄想で終わるんですけどね。19歳のときに、8mm映画を作ってテントで上映したことがあるんです。両方とも上映日にやっとできあがって、慌てて公園に行ったんですけど、お客さんが待ちくたびれて半分帰っちゃったり(笑)。あまりにもテントがボロいので、雨が降るとだんだんブルーシートの天井が下がってくるんですよ。僕は後ろから見ていたのですが、お客さんがだんだん斜めに傾いていって……最後は両手を上げて支えてもらって。こんなこと二度とやっちゃいけないと思い、映画作りに専念することにしました(笑)。
──なんと! 塚本さんが館長のミニシアター、とても気になります。
ミニシアターにこそ援助が必要
──ミニシアター業界が抱える課題は、これまでお話しいただいたことのほかに、どんなことがあるでしょう。
塚本 ミニシアターってそもそも、映画を上映することでちゃんと収入がある劇場さんもあれば、採算が取れていないのでは?と思う劇場さんもありますよね。素晴らしい文化活動なわけですから、例えば国からの援助金制度はないんでしょうか。
北條 ユーロスペースは映画館の収入だけで運営しています。私たちも国に映画館に対する助成をお願いしていますが、なかなか聞き入れてもらえないのが現状です。例えば街にある映画館が行政に助けてほしいと伝えたとして「おいしい魚を売っている魚屋さんも大変そうですよ」と言われてしまう。行政から見たら、一緒なんです。
塚本 おいしいお魚はもちろん大事ですけど、文化を吸収する映画とはジャンルが違いますよね。文化活動にも援助しないと、国の姿勢としてあまりよくないんじゃないかって気がしてしまいます。美術館に援助するのと同じで、ミニシアターにこそ援助するべきだと思います。
北條 ありがとうございます。意外とこの国は、文化に対して冷淡なんですよ。基本的に映画館の運営は興行というくくりになり、ビジネスの色合いが強いという考え方なんです。そのため映画の製作に関しては助成が入りますが、劇場運営や上映活動に助成金は出にくいんです。
塚本 そうですか……。地方の劇場を回ったときに感じたのは、ミニシアターの周囲に閉まっているシャッターが多いということ。「
北條 映画館だけはなく、街から本屋も減っていますよね。
若者たちに知ってもらえたら、ミニシアターの将来は明るい
──ミニシアターを存続させるために、できることはあるんでしょうか。
北條 難しい質問ですね。私たち運営サイドとしては、いい映画を選んで上映し続けることが一番だと思っています。
塚本 僕は映画を作っている立場なので、お客さんが来る映画を作って、それを上映していただく。そうすると自分、劇場さん、お客さん、みんなにとっていいですからね。要は映画をとにかく作ることしかないですね!
北條 お客さんをどう広げていくかというのがカギですよね。塚本さんが先ほどおっしゃっていたように、コロナ後に若いお客さんが増えていまして、でもまだまだ多いとは言えません。映画が好きな人たちはミニシアターに足を運んでくれるけど、そうではない若者にとって、ミニシアターがなじみのない場所になってしまっています。私が学生の頃は、特別映画が好きじゃなくても、ミニシアターに行くっていう友人はけっこういましたよ。
塚本 そうですよね。ときどきシネコンの映画館に行くことはあっても、ミニシアターを知らない人はまだまだいます。ぜひ一度、行ってみてほしいです。
北條 考えてみると、ミニシアターを知らない若者たちにこれから知ってもらえたら、ミニシアターの将来は明るいかもしれません。
ミニシアターだからできること
──ありがとうございます。これからもたくさんミニシアターに通って、応援していきたいです。最後にお二人が思う、ミニシアターの好きなところ、よさを教えていただけますか?
北條 ミニシアターのよさは、いろんな作品を観ることができる点ですよね。僕の中のイメージで言うと、シネコンはある種のアミューズメントパーク。ミニシアターは街にある美術館、図書館のような存在です。行くと深いものに触れることができるのが、ミニシアターのよさではないでしょうか。決してエンタメ作品が悪いわけではありませんが、絶えず観ていると疲れてくるし、同じ方向の作品を追いかける習慣が身に付いてしまうと思います。美術館や図書館に行って、自分の知らないものに出会うことって楽しいですから。とはいえ、この先ミニシアターだけが生き残っていく、なんてことはありえません。豊かな映画文化の一部がミニシアターで、そのミニシアターが支えている作品もあると思います。若手の映画監督はミニシアターから上映をスタートさせることが多いですし、キャリアのある監督でも本当に作りたい作品がシネコンサイズのビジネスに適さない場合、ミニシアターで上映することもあります。
塚本 いろいろとお話しした中で、僕がミニシアターに興味を持ったきっかけを考えてみたら、やっぱりユーロスペースさんかな。中高生時代は、洋画を2本立てで観られる渋谷の全線座(1977年に閉館)や、邦画の2本立てを観られる銀座の並木座(1988年に閉館)に行っていて、そこで旧作を観る楽しさを知りました。先ほど北條さんが「ミニシアターは文化を味わうところ」とおっしゃっていましたが、そういう楽しみ方をするようになったのは20代の頃に行ったユーロスペースさんが始まりだったと思います。
北條 ミニシアターの場合、映画を観ている時間が自分との対話になっていると思うんです。映画を通じて新しい考え方に気が付いたり。シネコンだとエンタメ作品が多いので、ついつい大きな映像表現に目が入ってしまうこともありますから。ミニシアターが自分について考える場所になっているというのも、面白いと思います。
塚本 これは僕だけかもしれないんですけど、サブスク配信は非常に便利ですが、家で映画を観てもなぜか記憶に残りにくい。いつまでも覚えているのは、やっぱり映画館で観た作品です。ミニシアターで深みのある体験をして細胞に沁みさせることは、かなり大事だと思います。宝物が1つ、ちゃんと自分の中に蓄積したような感じがしますよ。映画の中でも、いろんな面白い作品を味わえるのはミニシアターだからできること。たくさんの方がこの先もミニシアターに通うことができるよう、僕たちはお客さんとしてチケット代でミニシアターを支えて、行政からも支援していただくのが理想ですね。
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塚本晋也tsukamoto_shinya @tsukamoto_shiny
ミニシアターのことをユーロスペースの支配人北條さんとお話しました。ご一読を!
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