小倉昭和館

映画館で待ってます 第9回 [バックナンバー]

火災で失った劇場を再建「お客様に作っていただいた」:福岡 小倉昭和館編

「小倉昭和館は夢の入り口」

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3代目館主・樋口智巳 インタビュー「皆様の居心地のいい場所を目指して」

3代目館主・樋口智巳

3代目館主・樋口智巳

──まずは、再開を迎えた今、どんな心境でしょうか?

うれしいです。この日が来るとは本当に思っていなかったので、皆様には奇跡の瞬間に立ち会っていただいています。

──新しい劇場を作るにあたり、一番こだわったところはどこでしょう?

居心地のよさですね。映画館ですから、最高のコンディションで映画を上映する。それとともに、皆様の居心地のいい居場所としての映画館を目指しています。火災でここががれきになったとき、昭和館のお客様が涙を流しながら「居場所がなくなった。私たちはどこに行けばいいの?」と言ってくださったんです。そのときに「やっぱり居場所というのは本当に必要なんだ」と思いました。もとは外にチケット売り場があって、基本的にはチケットを持ったお客様だけが入れましたが、今回は中でチケットを販売します。パブリックスペースとして映画を観ないお客様にもお越しいただければと思っています。

──セレモニーでも小倉昭和館がいかに街の皆さんに愛されているのかが伝わりました。そもそも樋口さんは、どういった経緯でこの劇場の館主を務めることになったのでしょうか?

生まれたときから映画館の娘で、もともとここは大きな芝居小屋兼映画館でした。片岡千恵蔵さん、長谷川一夫さんもお越しいただいていました。そういう中で育ったのでいつも映画が身近にあって、幼稚園から帰ったらすぐおにぎりを持って一番前の座席で映画を観ていました。その頃の子供がみんな(アニメ映画)「バンビ」を観ていた中、私は日活の青春映画で育ったって言われています(笑)。

創業当時の小倉昭和館。

創業当時の小倉昭和館。

──独特な子供時代ですね(笑)。

毎日毎日同じ映画を観てましたからね。日活の青春映画、特に(石原)裕次郎さんや浅丘ルリ子さんが大好きでした。でも、映画界は私が生まれた1960年頃がピークで、この街にも113館の映画館がありましたが、斜陽化の中でうち以外すべてなくなりました。中学生の頃には「いつ閉めることになるんだろう」と感じていましたね。だから、家業を継ぐという意識はまったくなかったし、父も許さなかったと思います。子育てがひと段落した2011年に戻って来たときも、父は別に許してません。押し掛けです。

──どういった意図で戻って来られたんでしょう?

もう限界だと思ってました。赤字はずっと続いていましたから、どこかで誰かが幕引きをしないといけない。でも初代が何もないところから作り、2代目が一番いい時期に継いで斜陽化が進む中でいろんなことを試行錯誤しながらも手放さなかった。一生懸命守ってきた場所を、映画のことを何も知らない3代目が戻って来て潰したという役目を引き受けようと思って帰って来ました。

──なぜその役目を引き受けようと思えたんですか?

家族でやってきたからだと思います。でも、戻って来てお客様と接するうちに「まだやれることがあるんじゃないか」「どうせ閉めるならやれることをやりたい」と思って、それから10年以上続けて来ました。コロナのときもお客様からたくさんお手紙をいただき、(支援金は受け取っていないが)ミニシアターエイドで小さな劇場のことも見てくださっているんだと知り、とても心強かったです。

右から館主の樋口智巳、前館主の樋口昭正、館主の息子・樋口直樹。

右から館主の樋口智巳、前館主の樋口昭正、館主の息子・樋口直樹。

映画館に“仕える”という意識がすごくある

──そんなコロナ禍から立て直そうというタイミングで火事がありました。当時テレビの取材で「昭和館を守れず、申し訳ない」とおっしゃっていたことも印象に残っています。

本当に奇跡の復活だと思います。なんだか私、これからは映画館に“仕える”という意識がすごくあるんですよ。お客様に作っていただいた映画館なんです。一度ゼロになってしまったところからですから、私の残りの人生をこの映画館を守っていくために捧げようと思っています。

──再建するにあたって設備も一新されました。特に、映画人の名前が入った座席が特別感があって通いたくなります。お客さんの中には、青山真治監督の席を目掛けて来た方もいました。

鮎川誠、青山真治の名前が刺繍された座席。

鮎川誠、青山真治の名前が刺繍された座席。

映画を観るだけではなくて、映画を観る場も楽しんでいただきたいと思っていて。青山監督の奥様に伺ったら、監督は“真ん中よりも前、スクリーンを背にして真ん中より右側”に座るとおっしゃっていました。中村勘九郎さんは、“6”代目勘“九”郎だから6列9番、中村七之助さんは“2”代目“七”之助だから2列7番なんです。プレオープン前、平成中村座の千秋楽の日にお二人が来られて席に座られたんですよ。私は売り子もしますから、そんな話を、かごを提げて劇場に入って「この席はですね」ってお客さんに説明するんです。

小倉昭和館公式Xより

──お客さんにとっても楽しみが増えますね。

「今日はリリー・フランキーさんの席に座ろう」とか「光石研さんの席に座ろう」とか、そんなふうに思っていただけるとうれしいです。あと、背もたれの角度も前のほうだと寝ていて、後ろは立ちぎみなので観やすい。うちは2本立てで長時間滞在をするので、長く座っても疲れないものを入れています。

──受付の隣にはキッチンのようなものもありました。

そうです、厨房です。映画が終わったあとにちょっと食べたり飲んだりできる場所、語れる場所があったらいいなと思っていて。インド映画のときはチャイを出したり、旦過市場も近いので子供食堂をやろうとか、夢はどんどん広がっているんです。

小倉昭和館は夢の入り口

──再開までの間、たくさんの方から応援の声があったと思います。印象的な言葉はありますか?

仲代達矢さんの「劇場が焼けても樋口さんがいるところが昭和館だから」っていう言葉に背を押されて、月に1回の上映会をいろんな場所を借りて14回やりました。あとは、2月に来ていただいた(笑福亭)鶴瓶師匠の「何もしなければ道に迷わないけれど、何もしなければ石になってしまう」っていう言葉には「迷っていいんだ」と思いましたし、次に鶴瓶師匠にお目にかかった際に「樋口さん。順番に、順番にだよ」って言われたときは、私がすごく焦っている気持ちがわかっていたのかなって。魔法の言葉をいただいて、自分でも「順番に、順番に」ってつぶやいていました。

2014年頃の小倉昭和館。

2014年頃の小倉昭和館。

あとは、高倉健さんから2012年にもらった手紙の「スクラップ&ビルドは世の常。その活性が進歩を促すのだと思います」という言葉は先を見越していらっしゃったかのような感覚でした。今回、まさに比喩ではなくスクラップ&ビルドになった。でも、一緒に夢を見てくださいって皆さんにお願いしました。再建1週間ぐらい前だったかな、お客様が「小倉昭和館は夢の入り口」って言ってくださって。

──すごく素敵な言葉ですね。

そうでしょ? いただいたありがたい言葉を抱きしめながら進んで行きます。

──スクリーンは2つから1つになりましたが、今後はどういうふうに作品をラインナップしていくんですか?

やはり2本立てはうちのメインですから、これは続けていこうと思っています。北九州市の美術館や文学館が展覧会をやるときは、それに合わせた映画も上映していきます。あとは封切り作品。北九州にシネコンはいっぱいあるんですけど、ミニシアター系の映画はなかなかかからないので、そういう作品はうちでやっていこうと思っています。

──映画館の再開のタイミングでかける作品として「ニュー・シネマ・パラダイス」はぴったりだと思ったのですが、「RRR」はちょっと意外でした。なぜこの作品を?

インド映画、好きなんです。観たら元気になる。それと、音響が自慢なので、音を楽しんでいただきたくて選びました。景気を付けてもらおうと思っています!

再建した小倉昭和館の劇場。

再建した小倉昭和館の劇場。

──「《シネマ歌舞伎》野田版 研辰の討たれ」もラインナップされていますね。

福岡市には博多座があるんですけど、北九州市ってなかなか歌舞伎を観ることができないんです。ご縁をいただいた者として歌舞伎を根付かせたいのと、自分自身が(中村)勘三郎さんを観たかったのもあるんですけど(笑)。だから親子3人が出演している作品を選びました。12月は多くのお客様にお越しいただけるよう1本ずつの特別上映、年明け以降は2本立て上映+封切上映の形で行ってまいります。

──最後に、映画ファンの方々へのメッセージをお願いします!

この時代、いろんな映画館が閉館していく中で、火事でゼロになった北九州の小さな映画館が再生しました。これは映画館の力ではなく皆様の応援があったからなんです。どうぞ、全国どこからでもお越しいただいて、次来ていただくときは実家に帰るような、私も「おかえり」と言わせていただけるような関係を築けたらいいなと思います。また皆様と手をつないで一緒に駆け抜けていきたいと思っています。

3代目館主・樋口智巳

3代目館主・樋口智巳

小倉昭和館で12月に上映される作品

「ニュー・シネマ・パラダイス」
「《シネマ歌舞伎》野田版 研辰の討たれ」
シネマ歌舞伎/野田版・鼠小僧
「RRR」

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こんな素敵なコラムでご紹介頂いていました!

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