2023年4月14日、東京・新宿に高さ約225mの東急歌舞伎町タワーが開業した。この巨大エンタテインメント複合施設の9階と10階に誕生したのが、109シネマズプレミアム新宿だ。
映画ナタリーでは、全国に109シネマズを展開する東急レクリエーションの取締役常務執行役員 映像事業部長・久保正則にインタビュー。109シネマズプレミアム新宿に込めた思いを語ってもらった。
取材・
目的は“映画人口”を増やすこと
──109シネマズプレミアム新宿は洗練されたラウンジ、良質な音響環境、プライベート感のあるシートなど、類を見ない豪華なシネコンだと感じました。どのように構想が始まったのでしょうか。
東急歌舞伎町タワーが建っている場所には、かつて新宿ミラノ座という映画館がありました。そもそも新宿という街は日本一の映画街だと思っているんです。日本を代表するようなシネコンがすでにいくつもあるし、ミニシアターもありますよね。そんな場所に新しく映画館を展開することについて議論はありましたが、私どもとしては絶対にこの地で映画興行をやりたかった。そしてどういう映画館を作ればいいのかと考えたのですが、既存のシネコンと同じようなものでは、単なる顧客の争奪合戦になってしまうのではないかと思ったのです。私どもの本当の目的は“映画人口”を増やすこと。ですから、この映画館では従来とは異なるアプローチをしていこうと考えました。目指したのは「豪華」というより「上質」な鑑賞環境を提供する映画館です。
──オープン初日に伺いましたが、これまで見てきたシネコンとは雰囲気がまったく異なっていると感じました。
お客様から「映画館で観るのは楽しいが、あまりに人気のある作品だと混雑しすぎていて落ち着けない」とご意見をいただくことがあるんです。そういった問題を完全にクリアするのは難しいのですが、お客様のストレスは可能な限り排除していきたいと考えました。そうすれば人混みや映画館が苦手な方にも足を運んでいただけて、結果的に映画人口を増やすことにもつながるのではと。そのきっかけになる映画館が新宿に1つあってもいいのではないかと思いました。加えて今回は“体験価値”を重視しています。先ほど言った上質な鑑賞体験を実現させるには「良い音」で映画を観ていただくことが非常に重要だと考えました。
──久保さんにとって、映画館における「良い音」というのはどのような音なのでしょう。
昨今「良い音」だとよく言われているのは、アミューズメント的な要素が色濃い大音響だと思います。もちろんそれも一種の「良い音」ですが、ある程度のサウンドシステムがそろっていれば実現できるものなんですよ。でも映画における繊細な音、聞こえるか聞こえないかという細かい音を表現できるシステムはあまり重視されていないのではないかと感じていました。我々が目指したのは、まさにそういうシステムです。坂本龍一さんが音楽を手がけた「レヴェナント:蘇えりし者」という映画がありますが、以前に観たことがあるのに、109シネマズプレミアム新宿のサウンドシステムで鑑賞すると「こんなにいろいろな音が入っていたんだ」と思うぐらい、繊細な音までしっかり表現できている。外国にもこういったサウンドシステムをフィーチャーした映画館はあまりないようです。
坂本さんにはこの風景が見えていたんじゃないか
──坂本さんに音響監修を依頼した経緯を教えてください。
109シネマズオリジナル規格の「SAION」というサウンドシアターで我々とご一緒している方が坂本さんともお仕事をされているという話を伺いまして、つないでいただきました。坂本さんはニューヨークにお住まいだったのですが、「コロナ禍の影響でエンタテインメントは弱り、映画館も苦戦しています。でも本当に良い音が鳴る世界一の映画館を作りたいのです」とマネージャーさんにメールを送ったところ、「坂本龍一です」とご本人からメールが返ってきて、快諾していただけたのです。坂本さんは偉大な音楽家でありながら威圧感のようなものはまったくなくて、こう表現していいのかわかりませんが、親しみやすい方だと感じました。オンラインでミーティングをしていても、本当におおらかで、しっかりと僕なんかの意見も聞いてくれますし、同じ目線で言葉を発してくれるんです。
──坂本さんは具体的にはどのように音響監修をされたのでしょうか。
「あれをしてください」「これをしてください」と指示をされたわけではないんです。ただ、ご発言の中にいろいろなヒントがあって、例えば「スピーカーも重要ですけどケーブルも重要ですよ」と。私は長年映画館事業に携わってきましたが、ケーブルにこだわるという発想はありませんでした。でも実際に、音はケーブルで変わるんですよね。世界各国のケーブルを取り寄せてテストし、最終的には特注のケーブルを使用することにしました。サウンドシステムというのは“システム”だからすべてのものが大事だと坂本さんはおっしゃっていて。電力がピュアかどうか、スムーズな電流の流れを建物が作れているか、パワーアンプがちゃんと美しい音を出せているか、パワーアンプとスピーカーを接続するケーブルはちゃんとしたものを使っているか。そういうところで手を抜いてはいけませんよ、というメッセージが言葉の端々に入っていました。
さらに驚いたのは、坂本さんが「人の耳はけっこう疲れているんですよ」とおっしゃって、ある提案をされたことです。新宿では映画館に来るまでにいろいろな雑踏を通るから、いろいろな音が耳に入る。ですから「聴く状態」を作ってあげることも重要で、具体的には無音室のようなものを作って、そこで耳と心を調えてリラックスしてから映画を観られるようにすればいいのでは、と。無音室そのものは実現できませんでしたが、そういった坂本さんのアイデアを受けて「映画を観る前にリラックスできる音楽を作っていただけないでしょうか」とお願いしました。
──メインラウンジでかかっている「109 Shinjuku - Lounge」、シアター開場時に鳴る「109 Shinjuku-Chime」、上映前に流れる「109 Shinjuku - Clarifier」ですね。
坂本さんに開業時の姿をお見せすることはできなかったのですが、メインラウンジで初めて「109 Shinjuku - Lounge」を流したとき「坂本さんにはこの風景が見えていたんじゃないか」と思いました。いろいろなノイズと“共演”できる音楽だし、シアターの開場を知らせる「109 Shinjuku - Chime」とつながるようになっていて、すべて計算されていたんだなと。
──CLASS Sのチケットを購入すると映画鑑賞後に過ごせるプレミアムラウンジ「OVERTURE」でも坂本さんの楽曲が流れていました。私が伺ったときは夕方で曇っていたんですけど、控えめなボリュームで流れる曲が窓から見える風景とマッチしていて。
夜もいいんですよ。あそこに行ってお酒を飲みながら音楽を聴いていると、改めて坂本さんのコンポーザーとしての素晴らしさを堪能できます。
坂本さんの息遣いや表情を、この映画館でしか味わえない臨場感でご覧いただきたい
──109シネマズプレミアム新宿では坂本さんの関連作品を上映する特集「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」が5月18日まで展開されています。その1本である「
映画館のスピーカーはスクリーンの後ろにあるわけですが、従来のスピーカーでは、どうしても何かを通したような、くぐもった音になってしまう。坂本さんが掲げていた「曇りのない正確な音」という境地にたどり着くまでの道のりはとても険しくて、かなり試行錯誤しました。ピアノの1発目の発音に驚かれたと思いますが、あれは「曇りのない正確な音」というスローガンに対する我々からの回答です。
──「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」から1本選ぶとしたら、久保さんはどの作品をお薦めされますか?
ほかの作品ももちろん観ていただきたいのですが、私としてはやはり「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +(プラス)」をぜひ鑑賞してもらいたいです。世界配信された「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022」に1曲を加えた特別版なのですが、その冒頭に坂本さんご本人の特別映像も追加され、109シネマズプレミアム新宿の音響監修に参画いただけた思いなどをお話しされています。私としては、全身全霊でピアノを弾く坂本さんの息遣いや表情を、この映画館でしか味わえない臨場感でご覧いただきたいと思っています。この作品の魅力は……言葉で伝えることがなかなか難しいですね。限られた期間ですが、ぜひ多くの方に体験していただきたいし、全国の坂本ファンに届けたいという思いがあります。あと、この長編映画バージョンが、ニューヨークでポストプロダクション中だと聞いています。どんな映画になっているのだろうか。こちらも本当に楽しみです。
新宿ミラノ座のDNA
──坂本さんは「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +(プラス)」の特別映像にて、ご自身の提案がもとでシアター8に導入された35mmフィルム映写機についてもお話しされていますね。その口調から、坂本さんが本当にフィルム上映を大事に思っていることが伝わってきました。
実はフィルム映写機を導入してはどうかという意見は、坂本さんとディスカッションをする前から社内で出ていました。新宿ミラノ座の跡地に新しく映画館を作るわけだから、そのDNAを引き継ぐためにフィルム映写機を設置するべきではないかと。ただ実現へのハードルは高く、いろいろなことをクリアしなければいけなかった。そんなとき、坂本さんから「フィルム映写機を導入してほしい」とご意見があり「やはりそうか、我々は間違っていなかった!」と思いましたね。そして、ある地方の映画館から映写機を引き取ってきました。でもそのまま使用するのではなく、新宿ミラノ座にあった映写機の部品をくっつけています。ですから、新宿ミラノ座のDNAは109シネマズプレミアム新宿に引き継がれているんです。
──現在の若い世代はフィルム上映にあまりなじみがないと思うのですが、その価値を説明するなら?
「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」で上映している「
──「トニー滝谷」を今回のフィルム上映で鑑賞したのですが、DVDで10回は観た作品なのに、とても新鮮に感じました。フィルムならではのノイズが乗っていたりするわけですが、それも一種の味になっていて。
アナログは劣化するけど、劣化する良さというのもあるんですよ。フィルム上映は素材さえあれば定期的にやっていきたいと考えています。緊張しますけどね、貴重なフィルムを預かるわけですから。
──現在は映像配信も広まって、映画館で映画を観るという文化が廃れてしまうのではという不安もあります。それでも映画館は生き残っていくと思われますか?
技術革新とともに家庭でも同じような環境を作ることができるのであれば映画館の存在価値はなくなってしまうのでしょうけど、私はもちろん生き残っていくと思っています。重要なのは、映画館も時代とともに進化していかなくてはいけないこと、そして映画館でしか味わえない体験を提供し続けていくこと。300年先のことはわかりませんが、少なくとも私は、映画館で映画を観るという文化はなくならないと思っています。
Ryuichi Sakamoto Premium Collection
開催中~2023年5月18日(木)東京都 109シネマズプレミアム新宿
一般料金:CLASS S 6500円 / CLASS A 4500円
シネマポイント会員料金:CLASS S 6000円 / CLASS A 4000円
※1時間前からメインラウンジの利用が可能。ソフトドリンクやポップコーン付き
※CLASS Sは鑑賞後にプレミアムラウンジ「OVERTURE」を利用可能
<上映作品>
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「戦場のメリークリスマス」35mmフィルム版 ※4月27日(木)までの限定上映
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「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +(プラス)」
「トニー滝谷」35mmフィルム版
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