「ルパン三世」がもたらしたジャポニズムへの憧憬
明確なキャラクター設定。ルパン一味と銭形の追いかけっこ。華麗な盗みのテクニック。個性的なゲストキャラ。ときにシリアスで、ときにロマンチックなストーリー展開。ルパンの魅力は数々あるが、特にイタリアでルパンがウケた主な理由とはなんなのだろうか? まずは田原氏の見地から。
「陽気でユーモアたっぷりで、シリアス過ぎないあたりがイタリア人の性格といい相性だったようです。派手でお洒落なスーツを着て、お酒や煙草もさり気なく小道具に使われているあたりも“華やかさ”と受け止められています。女性に甘く、いつも不二子に騙されているルパンの姿も女性から好感を持たれています(笑)。キャラクターの人気は1位がルパン、次いで次元大介のようです」(田原)
また、野村氏はイタリアという国の風土との関係性にも着目する。
「PART1は基本的には日本が主な舞台でしたが、PART2からは世界各地が舞台になりましたよね。僕らが子供の頃はまだインターネットも存在していなかったので、『今週、ルパンはどこへ行くんだろう?』とわくわくしていました。映画『007』シリーズのような観光映画的な側面も楽しかったんです。で、この点はイタリアでも同じ感覚だったと思います。多くの日本人はイタリアに対してヨーロッパの一国という国際的なイメージを抱いているように映りますが、イタリアというのは半島で、その北にはアルプスがそびえている。たしかに地続きではヨーロッパなのかもしれないけど、日本人が思うほど“ヨーロッパの一国”ではなく“イタリア”という限定された土地なんです。島国的な感覚が濃厚な点も、日本人の感覚とかなり近い。英語にコンプレックスを感じるあたりも似ていますし、意外とフランスもイギリスも“ちょっと憧れの国”なんですよ」(野村)
加えて、野村氏は“ジャポニズムへの憧憬”というファクターを挙げる。
「五ェ門が最も象徴的ですよね。イタリア人には五ェ門のルーツである大泥棒・石川五右衛門の知識がなかったわけだし、和装で刀を振り回す五ェ門の侍みたいな存在感はかなりミステリアスに映ったはず。ジャポニズムへの興味が喚起されたでしょうね」(野村)
五ェ門については、田原氏からのこんなレポートもある。
「私が出会ったあるイタリアのコアなファンは、『PART2のオープニングで五ェ門が斬鉄剣で建物を真っ二つに斬り裂くシーンは、自分の心に長年焼き付いたほど衝撃的だった』と語っていました」(田原)
「ルパン三世」とイタリア映画の親和性
野村氏はイタリア映画との親和性についての指摘も語る。
「そもそも、イタリアの大衆的な娯楽映画には、泥棒モノ、お色気モノ、警察モノといった系譜があって、60年代から70年代にかけて量産されていた。いずれもルパンの要素ですよね(笑)。つまり、イタリアの十八番がミックスされているという点で、イタリアとルパンは非常に相性がいいんです。そして、ルパンマニアにはよく知られている話ですが、マルコ・ヴィカリオ監督『黄金の7人』(1965年)という泥棒映画は、『ルパン三世』との共通点が非常に多い。サウンドトラックも非常に洗練されていて、日本でも渋谷系ブームの際に注目されていた。僕も参加した最近のリバイバル上映のイベントでは、当時の渋谷系カルチャーを代表するカジヒデキさんが登壇されました。いわゆる“子ども向け”ではなかった音楽の洗練度合いも、イタリアで受け入れられた大きな要因だったと思います。多くのルパンシリーズの音楽を手がける大野雄二さんには僕もラジオでインタビューさせていただきましたが、ヨーロピアンジャズに対する造詣も大変深い方でした。また、作品によって、ルパン一味がフィアット500に乗っているのも興味深く映ったはず。現在の日本ではおしゃれな人が乗るイメージですが、80年代のイタリアでは大衆車で、そこに泥棒やガンマン、侍みたいなキャラが乗っているわけですから、『なんだこれは!?』と思わないはずがない(笑)」(野村)
2015年に放送されたPART4では、物語の舞台がイタリア・サンマリノ共和国となり、レベッカというイタリア人女性のヒロインも登場。Italia 1にて、「Lupin Ⅲ - L'avventura italiana」というタイトルで先行放送された。また2021年放送のPART6では、モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズやアーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズの要素を取り入れ、“ミステリー”と“女性”にフォーカスを絞り、どちらも日本・イタリアで好評を博した。野村氏は、「その下地というわけではありませんが」と、80年代のあるアニメ作品を話題に挙げる。
「80年代にイタリアの国営放送であるイタリア放送協会(RAI)が、現地の民間企業経由で東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)に共同制作を依頼したことで誕生した『名探偵ホームズ』(1984年)は、イタリアで人気を呼びました。そのほかにも当時、イタリアでは自国でアニメを制作するノウハウがなく、日本から多くのアニメ作品を輸入していたんですね。そして、同作に参加していた宮崎駿さんは、イタリアでも絶大な人気を誇っています。スタジオジブリの“ジブリ”はイタリア語で(サハラ砂漠に吹く)熱風の意味で、第二次世界大戦中のイタリアのカプローニというブランドの偵察爆撃機の名称でもある。イタリア人にとっては、とても親近感を覚える名称です」
そして、やはり宮崎の監督作「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)もまたイタリアで高い人気を誇るルパン作品であると野村氏は語る。
「僕が2005年から2007年にかけてローマに住んでいたとき、劇場を訪れたら『カリオストロの城』のリバイバル上映をやっていました。『カリオストロの城』はジブリ作品ではありませんが、2000年代に入ってからのジブリ人気の沸騰で宮崎アニメの影響力が増し、『カリオストロの城』が再注目されたという流れも、長年のルパン人気の一端を担っていると思います。その後、インターネットの時代が到来し、日本のアニメもマンガもさらにイタリアに入っていくようになり、80年代にルパンをテレビで観ていた層が自由にお金を使える年代となり、コンテンツやグッズに手を伸ばすというサイクルが生まれているのではないでしょうか。イタリアでは、マンガは大体、日本で言うキヨスク(※駅の売店)みたいな店舗に並ぶのですが、
小池健監督の「LUPIN THE IIIRD」シリーズも、「次元大介の墓標」「血煙の石川五ェ門」はすでにイタリアの地上波で放送済み。現時点で公式なアナウンスはないものの、新作エピソード「銭形と二人のルパン」の放送や配信、新作映画「LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族」の上映なども、おそらく近々に実現すると予想していいだろう。最後に、野村氏は未来にこう期待を寄せた。
「例えば、ルパン同様、日本のロボットアニメ『鋼鉄ジーグ』(1975年)もイタリアでは絶大な人気を誇り、2015年にはイタリア人のガブリエーレ・マイネッティ監督が、映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』という、まさかの実写映画を作って話題を呼びました。同じように、今後、ルパンに触発されたイタリアのクリエイターが登場するような未来も十分に考えられると思います。ルパンはこれまでに数多のクリエイターが手がけてきて、それぞれ画のタッチも作風も異なります。言うまでもなくクリエイター魂に火を点ける魅力を持ったキャラクターと物語を擁する作品なのだと思いますし、そうした魅力が、『このルパンが一番好き』と言うファンに、『でも、このルパンもアリだよね』と思わせてくれる。作り手とファンの双方にスピリットがある作品なのだと思います。今後のルパンヒストリーにも大いに期待したいですね」(野村)
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イタリア人はなぜ「ルパン三世」に惹かれるのか?アニメ事情や文化から浮かび上がる親和性 https://t.co/CXtR9LAeaA https://t.co/UhMerksPOK