超人と呼ばれる、圧倒的な力を持つ人物が存在する世界で、平凡な男子高校生・トキオが“獣の超人”と化したことから始まる異能バトルアクション「超人X」。「東京喰種トーキョーグール」などを手がけた石田スイの最新作で、単行本累計発行部数は245万部を突破している。そんな同作の最新15巻が2月19日に発売された。ピッコマでは新刊発売を記念して、石田スイ作品をお得に読めるキャンペーンを展開中だ。
コミックナタリーではこのキャンペーンに合わせ、マンガライターによる「超人X」の魅力解説コラムを公開。「超人X」が気になっている人、しばらく作品との距離が空いていた人などにとって、同作のダークでディープな世界を紐解く一助となれば幸いだ。
「超人X」あらすじ
舞台は超人と呼ばれる人物たちが存在する世界。ところにより壊滅している“ヤマト県”に住む平凡な高校生・黒原トキオと、彼の親友であり強い力を持つ東アヅマは、町にはびこる悪党を退治する日々を送っている。ある日超人の仕業と噂される旅客機の墜落事故処理ボランティアに参加した2人は、帰り道で超人化した因縁の不良に襲われてしまう。絶対的ピンチの状況で、互いに覚悟を決めたトキオとアヅマは近くに落ちていた超人化の注射器を手にして……。“獣の超人”と化したトキオをはじめとする少年少女たちは、やがて世界の運命を左右する“超人X”を巡る戦いへと身を投じていく。
文 / 小林聖
「東京喰種」を初めて読んだとき、苦しくなるくらいドキドキしたのを覚えている。それは先の読めない物語に対するドキドキももちろんあるが、それ以上に何が正しいのかを問われることに対する気持ちだった。人間でも喰種でもなくなった主人公・金木研が、どう生きるか、彼が最後にどこにたどり着くのか、たどり着くべきなのか、金木とともに悩み続けるような感覚だった。
そして今、「超人X」でも同じようにドキドキしている。今作もまた、力と正しさを巡る問いかけのような物語だからだ。
生々しく緻密、だけどポップな世界観
「超人X」を最初に読んだとき、とにかく「うまさ」に驚いた。
本作は「超人」と呼ばれる強力な異能を持つ人間が存在する世界を舞台に描かれる物語だ。超人の増加による戦争と混乱で国家は「自治県」に分断。主人公・黒原トキオが住むヤマト県も、平凡と言いつつもところどころ壊滅しているのが常態化している。
「東京喰種」があくまで東京という舞台の上に成り立っていたのに対し、本作はより架空度合いの高い世界観だ。物語の背景には独自の歴史もあり、スケール感の大きい物語になっている。
スケール感の大きい物語、言い換えれば設定が多い話というのは、リッチな反面、物語世界に入っていくのが大変になりがちなのだが、「超人X」はそういうハードルをするりと飛び越え、この変わった世界に違和感なく飛び込んでいける。
それはまず、フィクションと現実の混ぜ方のうまさによるものだろう。例えば第1話。農家の少女・エリイが飛行機の中で超人に遭遇し、ほかの乗客とともに燃やされる。
ここでは超人とその能力に加え、編み笠をかぶったエリイの服装や「トメイト」というトマトっぽいけれど別の野菜といった小物が、この世界が現実とは違う世界であることを見せている。一方で、飛行機は現実世界と同様。農業にはトラクターやビニールハウス、新技術としてドローンなどが使われるようになっていることが示されたり、ベースの部分では現実の世界と共通する部分が多そうなこともわかる。
超人の強烈な力や残酷さを印象づける開幕だが、それと同時に「ちょっと不思議な世界観」を自然に印象づけている。
設定的な側面だけでなく、フィクションの温度感も面白い。高校の授業内容や教室の様子、制服などは思い切り現代日本風。さらりと「ヤングサンデー」なんて名前も出てくる。かと思えば、街で出くわす不良はド派手なモヒカンや不思議なリーゼントなど、いかにもマンガ的だったりする。それを退治するトキオの友人・アヅマが蹴り一発で不良の腕の骨を露出させたかと思えば、ケガをした不良は「この腕じゃネットショッピングもロクにできねーじゃねーか」とギャグっぽく泣く。
この生々しくて緻密だけど、どこかマンガっぽくてポップという世界観は、作品の独特の読み味になっている。全体としてはダークSF的で、重いテーマの作品なのだが、特に序盤はどこか笑ってしまうようなユーモラスさがあるのだ。
バトルシーンでもこの嘘のさじ加減は効いている。超人・チャンドラに追われるエリイが逃走するエピソードなどは印象的だ。命を狙われているヒリつく展開でありながら、キックボードのようなものを乗り回したり、トラクターで羊のような暴走族たちと併走したりするエピソードなど、緊張感と気の抜けるような表現が同居する展開が続いていく。無数の羊暴走族たちとともにトラクターに乗ったエリイが一斉に崖から落ちていくシーンは、単純に絵としての面白さがある。
このほかにも、基本的に緻密な絵柄でありながら、チャンドラの放つ煙はデフォルメがかったマンガっぽい絵になっていたり、絵や表現の遊びがふんだんにちりばめられている。この世界観を追っているだけでも面白い作品だ。
「超人だけど普通の高校生」葛藤しながら答えを探す物語
さて、そんな世界で描かれるのは、タイトルにもなっている「超人」の物語だ。超人たちはさまざまな異能を持ち、世界の趨勢すら変えてしまう力を持つ。本作ではそんな超人たちがバトルを繰り広げていく。
だが、この作品は超人の物語であると同時に、普通の少年の物語でもある。
主人公のトキオはもともと普通の高校生。特別な才能や能力があったわけではなく、むしろ強さと勇気を持つヒーローのような同級生・アヅマと自分を比べて劣等感を抱いているキャラクターだ。
彼は街でのトラブルの中で出会った薬の力で超人になり、文字通り人間離れした力を手に入れるのだが、コンプレックスが解消されるわけではなく、むしろその力に振り回される。異形の姿になってしまって高校生活には戻れないし、手に入れた力も制御できない状態では活かしきれない。トキオはそんな状態から超人同士の戦いに巻き込まれていくことになる。言ってみれば、超人になっても弱い人間の物語だ。
この「弱い」というのは、戦闘能力のことだけではない。むしろフォーカスされるのは信念、気持ちの弱さだ。
物語序盤で印象的なシーンがある。トキオがヤマトモリと呼ばれる超人の組織に接触したときの問答だ。「善の超人」を育成するための教官である星・サンダークは、トキオに問いかける。自分にとっての「善」とは何か、「悪」とは何か、「敵」とは何か、「仲間」とは何か。そして、最後に自分自身の人生にとっての「利益」とは何かを。
トキオは自分にとっての「利益」とは何かという問いに答えられなかった。ほかの問いに対する答えも、何か確信を持っていたわけではないだろう。読者である我々だって、突然こんな問いかけをされたらどう答えるか迷ってしまう。
「超人X」は、普通の少年がこの問いの答えを探す物語ともいえる。超人となり、これからどうすべきかがわからず悩むトキオが、超人同士の交流や、戦いの中で、自分にとっての「善」を徐々に見出していく。戦闘能力という面で強くなっていくだけでなく、悩みながら自分の中の正しさや大事なものを見つけていくところに、大きなドラマがあるのだ。
誰もがそれぞれの「善」を持つ
「善」とは何か、「利益」とは何かという問いは、主人公のトキオ以外にも向けられている。
前述のサンダークの問いは奇妙なものとも言える。「善の超人」を育成するための機関ならば、「ヤマトモリにとっての善」を教育するのが普通の考え方だろう。だが、サンダークはただ問いかけ、特に「答え」を与えない。そこにこの作品らしさがある。
「超人X」では「善」とは何かが明確ではない。トキオはやがてヤマトモリに所属して戦う道を選ぶが、ヤマトモリの敵にも崇高な理想があることが明らかになっていく。
さらに、「善」や「利益」は組織単位でまとめられているわけではない。ヤマトモリの面々も、1人ひとりに「善」や「利益」があり、悩み、ときにぶつかり合う。例えば、トキオがヒーローだと思っているアヅマは、実はトキオの隠れた才能に気づいており、いつか追い越されることを恐れていたことが描かれる。自分の夢をだいたい叶えてくれる「お金」を「利益」と答えたエリイは、シンプルゆえに強い信念を持っているが、直感的であるがゆえにトキオとは選択が衝突することもある。
敵対する超人たちも、トキオたちから見れば邪悪だが、それぞれに過去があり、信じるものがある。バトルの合間に描かれる日常描写では、ユーモラスであったり、善良であったりする面も見え隠れする。
誰もがそれぞれの「善」や「利益」を持っている本作では、トキオだけでなく、誰もが主人公として悩み、葛藤し、戦っている。だからこそ、読者もまた何が、誰が正しいのかと揺さぶられ、迷い、悩みながら読んでいくことになる。それは、物語がどこに行き着くかわからないという緊張感とともに、自分の物語として向き合うことを突きつけてくる。これはトキオたち超人の物語であると同時に、読んでいる私たちの物語でもあるのだ。
今からでも追いつける!
ピッコマで石田スイ作品をお得に読もう
「超人X」15巻の発売を記念して、ピッコマでは石田スイによる「東京喰種トーキョーグール」「東京喰種トーキョーグール:re」「超人X」をお得に読めるキャンペーンを展開。5月6日まで毎日、各話を無料で読める「¥0+」を配布している。対象は「東京喰種トーキョーグール」の1~12巻、「東京喰種トーキョーグール:re」の1~13巻、「超人X」の1~14巻。これを機に、石田スイ作品のダークでディープな世界にどっぷり浸かろう。


