「地獄楽」「マッシュル-MASHLE-」「葬送のフリーレン」といった話題作で立て続けにメインキャラクターを演じ、着実にその存在感を高めている小林千晃。そんな彼を迎え、金熊香水のもとで自身初の香水をプロデュースしてもらう企画が動き出した。この記事では、約1時間20分におよぶ調香やパッケージデザインの様子を徹底的にレポート。その後のインタビューでは、この香りのこだわりや日々の香水との向き合い方について聞いている。
ナタリーはなぜ小林にこの企画をオファーしたのか。そして彼がどのようなコンセプトで香りを構築していったのか。その答えはぜひ以下のレポートで確かめてほしい。
取材・文 / 西村萌撮影 / 小川遼
ヘアメイク / 紀本静香スタイリング / ヨシダミホ
金熊香水は、山梨県北杜市八ヶ岳南麓の美しい自然に囲まれたエリアに工場を構える香水工房。日本の気候や風土に合わせた、優しく、柔らかい、日々の生活と調和する香水作りを行っている。金熊香水では自社商品、他社ブランドの製品を製造、合わせて年間300種類以上の香りを開発し、八ヶ岳で製造。金熊香水リゾナーレ八ヶ岳本店、金熊香水高円寺ラボショップではスタッフによるサポートのもと、自分だけの香りを気軽に調香することができる。また、オンラインの金熊香水カスタムラボでは、AI調香師・八峰コロンとの会話を通じてイメージにぴったりな香りを導き出し、オーダーメイドで注文することも。迷った方はまずはこちらで試してみよう。
公式サイトでは1本からオンラインで注文ができるほか、オリジナルグッズにも最適な10個からの小ロット製作販売も行っている。さらに、プロがサポートする香りの開発によって、完全オリジナル仕様の香水を作ることもできる。
小林千晃コラボ香水「CHIAKI – Voice Essence #31」
予約限定販売
販売期間
2026年2月16日(月)~3月15日(日)
販売価格
8800円(税込)
声優界屈指の香水好きが挑む、“声”を“香り”に翻訳する旅
2026年1月中旬。冬の冷たく澄んだ空気が街を包んでいたが、この日は雲ひとつない快晴。柔らかな日差しが降り注ぐ中、声優・小林千晃の姿は東京・高円寺にあった。彼が向かうのは、駅から徒歩5分ほどの場所に位置する金熊香水の高円寺ラボショップだ。
実は小林、自他ともに認める香水好き。日常的に愛用しているのはもちろん、共演者にプレゼントすることも多いという。そんな“香りの目利き”でもある彼に、ナタリーは金熊香水と一緒に香水を作ってみないかと依頼。小林はこれを快諾し、「自身の声を体現するような香り」というコンセプトを携えて現れた。果たして、耳で聴く“声”を、鼻で感じる“香り”へと翻訳することはできるのか。この未知なる旅の始まりとして、小林はラボショップへと足を進めた。
都会の喧騒を離れ、香りとじっくり対話
商店街の喧騒を抜けた先、ラボショップはビルの3階にひっそりと佇んでいる。扉を開けると、木を基調としたナチュラルな内装と、大きな窓から差し込むたっぷりの光が、訪れる者の心を解きほぐす。カウンターには香料瓶やビーカーが整然と並び、まさに「ラボ」の名にふさわしい、清潔感のある実験室のような空気感だ。
店内に一歩足を踏み入れ、「よろしくお願いします」と丁寧な会釈とともに挨拶する小林。その澄んだ低音が、店内の穏やかな空気に心地よく溶けていく。そのまま吸い寄せられるように、視線は並んだ香料瓶へ。1つひとつを確かめるように目で追う、その瞳に宿るのは純粋な好奇心だ。こうして、自分だけの香りを探す濃密な時間が幕を開けた。
「一度聴いたら耳に残る」その声を、香りの骨格に
初めに小林が取り組むのは、香りの骨格を作る香料選び。3年以上の歳月をかけて完成された18種類のベース香料に、豊かさや奥行きをもたらす44種類のトッピング香料を掛け合わせ、理想の組み合わせを慎重に絞り込んでいく。納得のいく答えにたどり着くまでには、相応の集中力と根気が求められる作業だ。
膨大な選択肢を前に小林が立ち返ったのは、「自身の声を体現するような香り」という原点。実際に香料を選ぶにあたり、そもそも本人は自らの声をどう捉えているのか。そう問うと、「静かで、低めの成分が混じっている」との答えが返ってきた。また小林をよく知る身近なスタッフからは「一度聴くとなんとなく耳に残り、二度目には『ああ、知っている声だ』と感じる」という客観的な意見も。自分自身の分析と、周囲が抱く印象。その双方を重ね合わせ、香りの軸を落ち着いたトーンへと定めていった。
まず小林が手を伸ばしたのは、カウンターに並ぶボトルの左端、1番の「アクア」。ガラスのロートに留まった香りを確かめると、「すごい爽やか。神奈川県の横浜出身なので、地元の海を感じます(笑)」と、現場の空気を和ませる。本来の狙いである落ち着いた方向性とは少し異なるものの、続けて同じフレッシュなシリーズを試香。10番の「リーフィーシトラス」には「果実の甘さというよりは、皮や葉のほろ苦さが利いていて深みがありますね」、12番の「オレンジグリーン」には「これぞ柑橘、という存在感」と話し、同じ括りの中にある微かな個性の違いを丁寧に確かめていく。
次に紹介されたのは、金熊香水の中でも人気だという13番の「フローラルブーケ」。両手いっぱいの花束を思わせる多幸感あふれる香りだ。尖りすぎず、幅広い人に寄り添う香りを理想としていた小林は、「これ、バランスいいですね!」と即座に反応する。
スタッフに促され、そのまま隣の14番「エレガントフローラル」と15番「ローズクラシック」も嗅ぎ比べてみることに。13番から15番はいずれもパウダリーな香りが特徴で、数字が大きくなるにつれて、より上品で落ち着いた印象になるという。ひと通り確かめたうえで、小林が再び手にしたのは、やはり最初にピンときた13番。まだ即決はできない様子だったが、「これ、アリかもしれない」と呟き、手にしていたメモへそっと数字を書き留めた。
続いて小林は、普段から好んでつけており、落ち着きを表現するのにも合いそうなムスクを試していく。まず7番「スウィートムスク」からは、杏仁豆腐の香りにも似た優しい甘さを感じ取る。16番「ホワイトムスク」では、柔軟剤のような清潔感のある香りにホッと一息。さらに18番「バルサム」については、オリエンタルな甘さと奥行きに「ずっと嗅いでいたい」と深く惹き込まれた。
最終候補として残ったのは、7番「スウィートムスク」、13番「フローラルブーケ」、そして18番「バルサム」の3つ。ムエットを単体で嗅いだり、重ね合わせたりしながら、幾通りもの組み合わせを念入りに検討していく。最後まで選ぶべきか迷ったのは、重厚感ある香りで寒い季節にもぴったりな18番。しかし、「一年中楽しんでもらいたい」という思いと、「種類を多くして複雑にしすぎると、香りの輪郭がぼやけるかもしれない」という美学から、あえて採用は見送ることに。結果、自らの感覚を信じて7番と13番を選び抜いた。
0.1g単位で突き詰める、理想のバランス
ここからは、理想のバランスを形にする本格的な調香に移る。香料をビーカーにスポイトで滴らせ、0.1g単位で量を刻んでいく精密な作業。最適な比率を探り当てるため、真剣に計量していると言葉は自然と少なくなる。「あと0.3g……」「ああ、ちょっと超えちゃった」という小林の短い独り言と、香料が落ちる微かな音だけが静まり返ったラボに響く。
一滴一滴の調整を繰り返し、ある程度の形は見えてきた。だが、「ホワイトムスク」を強めてまろやかさを出すか、甘く爽やかなトッピング香料「フリージアベース」の量を増やし華やかさを出すか。最後の一手を前にして、「うーん、どっちもいいんだよなあ……」と決めきれない。コーヒー豆の香りでリセットし、ムエットを繰り返し鼻先へ運ぶ。どちらも小林のイメージに合っているだけに、あとは好みの問題だ。
なかなか答えを出せずにいる小林に、スタッフが「実際につけると印象がまた変わりますよ」と声をかける。この助言に従い、小林は「フリージアベース」が少し強めのほうを手首へ。ふわりと立ち上がった香りを深く吸い込むと、「わあ、いい!」と声がこぼれる。肌に馴染んだその香りは、体温と混ざり合い、小林の求めていたイメージにぐっと近づいていた。ここで、同じくトッピングとして選んでいた「オレンジ」をそっと一滴。柑橘の爽やかさが全体を凛と引き締め、香りに心地よいメリハリをもたらす。小林は香りを確かめ、まずは自分の感覚で「これかもしれない」という手応えを得る。
自身の納得を確信に変えるべく、最後は第三者の視点を交えた答え合わせへ。“小林千晃の声”が表現できているか、いつものスタッフたちに香りを試してもらう。「イメージ通り」「バッチリだと思います」とポジティブな反応が返ってくると、「解釈一致ならよかったです(笑)」とようやく安堵の表情。自分の選択に迷いがなくなった小林は、「やっぱり、この『華やかさがあるけど優しい』というのが一番しっくりくる気がします。よし、これに決めます」と、満足げに言葉を紡いだ。
気づけば、香水作りを始めてから1時間20分。予定を大幅に超えるほど作業に没頭していた小林は、「集中しすぎて、本当にあっという間でした」と肩の力を抜く。その晴れやかな表情からは、一切の妥協なくやり抜いた充実感がにじんでいた。
パッケージにはふさふさまつげの小林千晃熊
香りが完成して一段落、といきたいところだが、道のりはまだ終わらない。続いては、その香りを届けるための“器”を整えていく作業だ。数種類のラインナップから小林が選んだのは、真っ白の箱と黒いキャップのボトル。香りから余分なものを削ぎ落としたように、端正で潔い組み合わせだ。
その後は、ボトルに貼るラベルのデザインへ。スタッフからは大まかなイメージをもとにデザイン案を作成することも可能だと説明を受けるが、小林は「絵心に自信はないけど、ファンの皆さんは喜んでくれそう」とイラストを描くことに決めた。
金熊香水、そして自身の声をモチーフにした香水というコンセプトから、描くことにしたのは自分を熊に見立てたイラスト。
「熊の鼻ってどんなでしたっけ?」「これじゃ豚になっちゃう……」と、先ほどまでの真剣な空気とは一転、朗らかなムードで筆を走らせる。「よく、『まつげ長いね』って言っていただけるので」と言いながら描き足した、目の上下のふさふさまつげ。少し毛虫のように見えるのはご愛嬌だ。さらに、自分らしい要素として襟足の髪の毛も。耳は自分の好きな水色で塗り、個性をさりげなく忍ばせた。
お馴染みの“あの言葉”を経て、たどり着いた名前は
最後に、この一瓶を締めくくる名前を決める。「僕の声」「小林千晃の声」といったストレートな案から始まり、どんな名前なら多くの人の手に届くか模索していく。中でも、みんなが盛り上がったのは「サンプルボイス」という言葉を使うアイデア。声優事務所の公式サイトでよく見かける、アニメ好きならお馴染みのフレーズだ。誰もが聴けるその音声のように、この香水も気軽に手に取ってほしいという思いから、「『小林千晃のサンプルボイス』はどうだろう」と、真剣でありながらどこか楽しげに意見を交わす。
現場でのそんなやり取りを一度持ち帰り、後日改めて思考を巡らせた小林。数ある候補の中から彼が選んだのは、「CHIAKI – Voice Essence #31」という名前だった。31歳の小林千晃の声を、そのまま一滴の雫として閉じ込めたような、混じり気のない凛とした響き。こうして完成した香水は、小林自身の“今”をありのままに映す、唯一無二の存在となった。
ひと足先に、香りをお試し
受注期間中、金熊香水の高円寺ラボショップと山梨リゾナーレ八ヶ岳本店では香りのサンプルを用意。購入前に、ぜひ実際の香りを試してみては。
僕、こんなにいい匂いの声してるかな?
──まずは、香水作りを終えての率直な感想を教えてください。
すごく楽しかったです。普段の仕事はデジタルに触れることが多いので、スマホやパソコンから離れて、香りとアナログに対面する時間はある種のデトックス効果がありました。自分らしさを探っていく過程は、日常では味わえない贅沢なひとときでしたね。
──この空間自体も、特別なひとときを演出してくれますよね。
そうですね。木の温もりとシックな家具、調合用の機材などがバランスよく調和していて、このフロア自体が1つの香水のような空間だと感じました。商店街のすぐ近くにありますが、一歩中に入れば別世界。本当に、充実した時間を過ごせる場所だと思います。
──さて、気になるのは出来栄えです。「自身の声を体現するような香り」をコンセプトに香水をお作りいただきましたが、ズバリ点数をつけると……?
僕のシンプルな好みで言うと100点です。ただ、「僕、こんなにいい匂いの声してるかな?」っていう疑問はありますね(笑)。普段お芝居をするうえでは「こういうキャラクターだと自分の声がマッチしやすい」と客観的に分析できるんですが、香りに照らし合わせることはあまりなかったので、正直ちょっと判断が難しいですね。これはぜひ皆さんに手に取っていただいて、実際の声と比べてみてほしいなと思います。
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意外な隠し味が、好きな香りを鮮明に



