士郎正宗原作によるアニメ「攻殻機動隊」シリーズ全作の制作資料などを展示する展覧会「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」。会場の東京・TOKYO NODEには名シーンの貴重な原画をはじめ、ファンにとって垂涎ものの資料がずらりと並べられている。
この展覧会の目玉として、タチコマによる解説を聞きながら展示を巡ることができる「電脳VISION」と、タチコマと会話できる「タチコマAI」が企画された。どちらもタチコマが主体になっており、タチコマ好きにはたまらない体験が味わえる。そんな2つのコンテンツの開発をリードしたのが、KDDIの砂原哲氏だ。
今回コミックナタリー取材班は砂原氏の案内付きで、彼が統括プロデューサーを務めた「電脳VISION」を体験。砂原氏がオススメする展覧会のポイントを聞きながら、一緒に会場を回らせてもらった。
取材・文 / Yuuki Honda撮影 / 入江達也
電脳VISION 統括プロデューサープロフィール
砂原哲(スナハラサトシ)
1970年生まれ。1998年に第二電電株式会社(現KDDI株式会社)に入社。2002年にau Design projectを始動させ、2003年にINFOBARを開発・発売。以降、深澤直人、マーク・ニューソン、草間彌生ほか、数多くのデザイナー・アーティストと協働する。グッドデザイン賞金賞、DFAアジアデザイン賞大賞など受賞歴多数。著書に「ケータイの形態学」がある。「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」では、「電脳VISION」統括プロデューサー、「タチコマAI」企画開発を担当。
「電脳VISION」とは?
来場者がARグラスを装着し、タチコマによる解説を聞きながら会場を回ることができる体験型ARコンテンツ。会場に設置されたマーカーを読み取ることで、現実の展示空間に電脳通信ウィンドウや作品世界を想起させるユーザーインターフェースが重なり、アニメ「攻殻機動隊」の世界を擬似的に体験できる。タチコマによる原画の解説を聞きながらアニメの映像を視聴できるものなど、合計30コンテンツを用意。最後には「攻殻機動隊 SAC_2045」シーズン2のラストシーンを彷彿とさせる特別演出が展開される。事前予約制で、入場チケットとは別途料金が必要。
開発に参加したSTYLYによる「電脳VISION」のイメージ映像
見逃されがち、じっと本を読んでいるタチコマ
「攻殻機動隊展」の会場はAからCの3つのギャラリーで構成される。来場者を出迎えるギャラリーAの壁一面には、作中の映像などが常に投影されており、巨大な電脳空間のようだ。壁際に設置された8つの検索システムでは、アニメ「攻殻機動隊」シリーズ全作のあらゆるシーンをピックすることができる。「この検索システムだけでも永遠に楽しめるので、ぜひ触ってみてください」とは砂原氏の弁。ギャラリー内には荘厳なBGMが流れており、座ることができるオブジェも設けられているため、ぼんやりと座りながら場の雰囲気に身を任せる来場者も少なくない。
天井から伸びる何本ものケーブルで形作られたオブジェも、この空間の主役だ。無数の映像がケーブルに反射し、キラキラと煌めくさまも優雅で見応えがある。電脳空間を思わせるインスタレーション作品として、このギャラリーAだけでも十二分に楽しめるはずだ。
ギャラリーAでは、「電脳VISION」の案内役であるタチコマが体験者を迎える最初のコンテンツも。ギャラリーに入ってすぐの左手、床に置かれているマーカーをスキャンすると、タチコマたちが目の前に立ち現れ、和気あいあいとしたトークを繰り広げてくれる。ちなみに声はタチコマ役の玉川砂記子による新録だ。
砂原哲 ギャラリーAでタチコマ同士が会話するところは、作中でタチコマたちが話し合うシーンやスピンオフアニメ「タチコマな日々」を再現したくて作ったんです。「攻殻機動隊 SAC_2045」版のタチコマが手前に3体いて、その右斜め奥に「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(S.A.C.)」版のタチコマがいます。「S.A.C.」版のタチコマは、同作の第15話「機械たちの時間 MACHINES DESIRANTES」に出てくる、本を読んでいるタチコマがモデルです。
──1体だけ黙々と本を読んでいたタチコマですよね。
砂原 そうです。「電脳VISION」では本を読んでいるだけで、微動だにせず、そのまま消えていきます。
──「S.A.C.」版のタチコマが本を読んでいることに、最初は気づけませんでした。しゃべっている「SAC_2045」版のタチコマたちにばかり目がいってしまって。
砂原 AR体験に驚かれる方も多く、意外と気づかれないんですよね。ここは個人的にかなりこだわったので、ぜひ見てやってください。ちなみに原寸大なので、「SAC_2045」版と「S.A.C.」版のタチコマのサイズが比較できます。「SAC_2045」版はかなり小さくなっているので、それがよくわかりますよ。
「電脳VISION」におけるタチコマのセリフはすべて砂原プロデューサーが考案
ギャラリーAを抜けると、アニメシリーズ全作のポスタービジュアルが並べられた通路に出る。突き当たりのモニターでは、歴代の監督が「攻殻機動隊」について語る撮り下ろしのインタビューを放映。通路の先に待ち構える膨大な展示物を鑑賞し、解釈するための重要なワードを聞くことができる。
「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」から「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」まで、シリーズ全作にまつわる1600点以上の原画資料が並ぶギャラリーBは、この展覧会のメインエリアであり、「電脳VISION」の見せ場となる空間だ。空山基らアーティストとコラボした作品も点在しており、各々存在感を放っている。
ギャラリーBには、歴代作品の資料を展示するエリアごとにマーカーが設置されている。これを読み取り、特定の原画の前に浮かんで見えるARマーカーをスキャンすることで、タチコマによる解説を聞きながら、本編の映像を視聴することができる仕組みだ。
──タチコマが解説するシーンはどう選ばれているんですか?
砂原 基本的に「攻殻機動隊」を観たことのない人にもわかるようなものを選んでいます。「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」ですと、とある戦闘シーンを「バーチャファイター2」をベースに押井守監督が制作したという裏話が聞けますね。そのように、シリーズのファンが「へえ!」となるような裏話も随所に盛り込んでいます。
──タチコマが押井監督に「なんで僕たちが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に出てこないんですか!」と訴えていたりして、作中のユーモラスな語り口が再現されていますよね。誰がタチコマたちのセリフを考えたんですか?
砂原 セリフはすべて僕が考えました。
──え、そうなんですか!
砂原 はい。私がタチコマになりきって、タチコマの視点で書きました。隅々までタチコマ愛にあふれた作品だと思ってください(笑)。
マーカーを読み取ることで開始されるコンテンツの体験時間は、それぞれ1~2分程度となっており、ただ見て回るだけでも1時間ほどを要する大ボリュームだ。砂原氏いわく「もっと短くしたかったんですが、ちゃんと作品をわかっていただくためには最低限これくらいは必要だと判断しました」とのこと。一方で、「電脳VISION」を体験できる規定の90分ではすべてのコンテンツを回りきれないという声が多数届いたため、受付にARグラスを返却した後、もう1度ARグラスを装着して展示会場に戻れるようにする予定だという。
「3時間以上観て回る方も珍しくない」そうだが、今回の取材では時間の都合もあり、すべてのコンテンツを回るだけの時間がないときに、「ここだけはぜひ体験してほしい」というポイントを砂原氏にお聞きした。結果的にこれが、筆者の涙腺を決壊寸前にまで追い込む決断だった。
涙なしでは観られない、タチコマの名シーン3連発を食らう
砂原 ARマーカーには番号が割り振られています。この番号で言えば11、13、15はぜひとも体験してほしいです。すべてタチコマが登場する「S.A.C.」シリーズのものですね。まず11番ですが、これは「S.A.C.」第25話「硝煙弾雨 BARRAGE」で、タチコマが「さよなら、バトーさん」と言うシーンの前後の原画を、タチコマ自身が解説してくれます。
──窮地に陥ったバトーをタチコマたちが身を挺して助けるシーンですよね。
砂原 そうです。オイルが涙のように流れ落ちるあのシーンもあります。どうぞ観てください。
──「S.A.C.」シリーズでも屈指のシーンだ。ついつい目頭が熱くなります。
砂原 わかります。次の13番は個人的に一番のオススメです。「S.A.C.」第12話「タチコマの家出 映画監督の夢 ESCAPE FROM」で、タチコマが迷子犬のロッキーをミキちゃんと探しに行くエピソードを解説してくれますよ。
──タチコマが死という概念と向き合って、結局それを理解はできないんだけど、思索を深めるエピソードですよね。これがあってこそ、さっきタチコマに解説してもらった第25話でバトーを助けるシーンにより感動するというか、なんというか……。
砂原 私はここの解説を聞くたびにグッときてしまって。どうですか?
──いやあ、ちょっときてますね(……あれ、泣かせにきてる?)。
砂原 最後の15番が、「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」第26話「憂国への帰還 ENDLESS∞GIG」です。「手のひらを太陽に」を歌いながら、タチコマたちが核兵器に突っ込んでいくシーン……ここで泣かれたという方も多いようですね。かく言う私も体験するたびに涙が出ます(笑)。
──なるほど……これはヤバいですね……。
砂原 ヤバいでしょう。もしお時間に余裕がないときに「電脳VISION」を体験していただくなら、この3つは抑えていただくといいと思います。
「攻殻機動隊」を愛するファンの皆様にはわかっていただけると思うが、この3つを選ぶのはずるい。体験中に何度も「今は取材中……今は取材中……今は取材中……!」と頭の中で念じて、かろうじて啜り泣きの一歩手前に留めた自分を褒めたい。
仮に隣にいたコミックナタリー副編集長に「え、泣いてる?」なんて言われても、幸いなことに花粉が猛威をふるい始めた直後だったため、「いや、自分、花粉症なんで」と言い訳できた。生まれて初めて花粉症に感謝した。
「めちゃくちゃかわいい」タチコマAIと、TOKYO NODEでしか体験できない素子のダイブ
──今日は実施しておらず体験できなかったですが、「タチコマAI」についても聞かせてください。このタチコマは「SAC_2045」版の実物大だとお聞きしました。けっこう小さいですが、バトーは入れるんでしょうか?
砂原 ギリギリ入る……のかな(笑)。稼働中はこのタチコマの前にマイクとスピーカーを置いています。マイクにしゃべりかけてもらうと、スピーカーからタチコマからの答えが返ってくる仕組みです。「手のひらを太陽に」を歌ってほしいとリクエストされる方は多いですね。
──さっき「手のひらを太陽に」のシーンを観たばかりなので、気持ちがよくわかります(笑)。
砂原 あとはやはり天然オイルと言ってほしいらしく、「何が好きなの?」と聞かれる方もたくさんおられますね。皆さんの期待通りに、「やっぱり天然オイルが好き!」なんてふうに返してくれます。ちなみに「9課の中で誰が好き?」と聞くと、いろいろ迷いながらも「バトーさん」と答えますね。期待していた答えはけっこう返ってくると思いますよ。
──小さめのサイズ感もあって、かわいいですね。
砂原 めちゃくちゃかわいいです。あとは自己言及のパラドックスでしょうか。「S.A.C.」第15話「機械たちの時間 MACHINES DESIRANTES」で、タチコマがオペレーターアンドロイドに仕掛ける問答ですが、それをタチコマに仕掛ける人が多いですね。そういった楽しみ方だと大歓迎なのですが、いたずらをされては困るので、稼働日は私を含めて、「タチコマAI」の仕組みがわかる人間がいつもそばで見守っています。本当は毎日やりたいんですけど、スケジュールの都合でそれは難しく。タイミングが合えば、ぜひたくさん話しかけてあげてください。
──このタチコマのすぐそばにあるマーカーが、「電脳VISION」の最後のコンテンツですね。体験させていただきましたが、これは「SAC_2045」のラストシーンがモチーフになっていると、説明書きにありました。
砂原 ええ。田中敦子さんと大塚明夫さんが演じられた、「SAC_2045」シーズン2の最後のセリフをそのまま使わせていただきました。東京タワーの目の前というシチュエーションも「攻殻機動隊」らしさを演出できているかと思います。日が昇っている時間帯はカーテンが閉じていて、背景が白くなるので、できればカーテンが開いて夜景が見える夜に体験していただければと。今後神戸へ巡回するのですが、東京タワーを背景にしたこの場所で、素子のダイブを体験できるのは今だけ、ここだけです。
今後の「タチコマAI」の実施予定日
- 2026年3月18日(水)12:00~19:00
- 2026年3月21日(土)10:00~19:00
- 2026年3月25日(水)12:00~19:00
- 2026年4月3日(金)12:00~19:00
- 2026年4月5日(日)10:00~19:00
新作アニメの脚本を務める円城塔ら出演のトークイベントが開催
開幕から早くも1カ月半が経過し、すでに会場を訪れた人、これから行こうとしている人とさまざまだろう。ここまで紹介してきた「電脳VISION」「タチコマAI」のほかにも、同展では興味深いイベントが目白押しだ。
「攻殻機動隊展」の会場設計を手がけた元木大輔氏、寺山紀彦氏、松山周平氏が登壇するトーク企画では、制作の裏話が聞けるだろうか。電子音楽とデジタルクリエイティビティの祭典「MUTEK.JP」とのコラボ企画も開催を控えている。
また、展覧会オリジナルだけでも100種以上を数えるグッズを販売するギャラリーCも見逃せない。3月19日には「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」から、現在入手が難しいサウンドトラックのカセットテープエディションが発売されるなど、開催以降も続々とグッズが追加されている。売り切れおよび入荷情報は適宜公式SNSでアナウンスされているため、手に入れたいグッズがあればフォローして逐一チェックするのがオススメだ。


