マンガ編集者の原点 Vol.7 「僕の心のヤバイやつ」「吸血鬼すぐ死ぬ」の福田裕子(秋田書店 ヤングチャンピオン編集部)

マンガ編集者の原点 Vol.7 [バックナンバー]

「僕の心のヤバイやつ」「吸血鬼すぐ死ぬ」の福田裕子(秋田書店 ヤングチャンピオン編集部)

読者に愛される作家さんに引き寄せられる

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「僕ヤバ」はSNSで話題になるような作品にしたい

販売部で1年書店営業を経験した後、再び編集職に。そこで手がけた桜井のりおの「僕の心のヤバイやつ」がヒットする。典型的な中2病で陰キャのイッチこと市川と、クラスの陽キャ美少女・山田の、ほのぼのジレジレ&ほのかにエッチな恋愛模様を描いたラブコメディだ。2018年に週刊少年チャンピオンで連載開始し、現在はWebコミック誌であるマンガクロスに掲載。隔週火曜日に最新話が更新されるたび、ネット上では愛に溢れたツッコミや感想が飛び交う、ファンの強烈な愛が感じられる作品だ。それにしても、「僕ヤバ」にしろ「吸血鬼」にしろ、福田氏が手がける作品には熱心な読者がファンとしてつくことが多いように感じる。

「私がそうなるように戦略を立てているというより、読者に愛される作家さんに私が引き寄せられるんだと思います。実は入社したとき、編集長に『ナンバデッドエンド』を担当したいという希望と同時に、当時桜井先生が連載していた『みつどもえ』も担当したい、という希望も出していました。そのときは通らず、そのあとも何回か出したんですけど、全然通してもらえなくて(笑)。5年目くらいのときにやっと通って、『みつどもえ』を担当させてもらったんですよね。そのくらい桜井さんと作品が好きだったんです。

「僕の心のヤバイやつ」1巻

「僕の心のヤバイやつ」1巻

『僕ヤバ』の発端を辿ると、ヤングチャンピオン編集部に異動してすぐに、桜井さんから初めてランチに誘われました。いつも私からお誘いしていたのですが、そのときはお誘いをいただいたので『わーい!』ってワクワクしながら行ったら、『僕ヤバ』のネームを持ってきてくれていたんです。ただそのとき、桜井先生は週刊少年チャンピオンで『ロロッロ!』を連載していて、最初はそちらと並行しての連載になったので、先生はとても大変だったと思います。

「みつどもえ」や「ロロッロ!」は、女児や女性型の人型ロボットが活躍し、ゆるい百合風味も感じられる作品だ。同2作は男性を中心に絶大な人気を誇っている印象だが、「僕ヤバ」は男女のラブコメディで対象読者層が広く、女性の私も愛読しているように、ファンの性別を問わず熱狂的に愛されている作品だ。

「連載が始まる前に、桜井さんのほうから『「僕ヤバ」はSNSで話題になるような作品にしたいし、女性にも読んでほしい。もちろん、書店でも大きく展開されるようになりたい』と野望を聞いていました。それが全部叶って売れたのはすごいなと思います」

読者に愛される作品の共通点はあるのだろうか。

「作家さんが負けず嫌いというか、絶対に面白くしたい!という思いがすごく強い気がします。だからこそ魅力的なキャラクターが生まれているのかなと。だけど、難しいですよね。いろいろ考えて描いてもらっても人気が出なかったり、みんなが好きだろうってものを詰め込んでもうまくいかないこともある──結局は、応援したくなったり、共感してもらえるキャラ作りが大事なのかもしれないですね。

その点、『ナンバデットエンド』の剛はみんなが応援したくなる主人公だったので、そういうキャラクターが好きで、最初に担当させてもらえたというのは自分の中で大きかったと思います。『みつどもえ』も三姉妹みんなキャラが立ってるんですよね。私はみつばというキャラがすごく好きなんですが、連載当時、週刊チャンピオンでトップを争うくらいキャラが立ってるんじゃないかなと思っていました」

女性キャラクターに関しては、「とにかくかわいく描いてほしい!」というのが基本方針だというが、依頼の仕方にもコツがいるのだという。

「作家さんって、基本的にこちらが提案したキャラクターにはそんなにノリ気になってもらえないんですよね(笑)。作家さん自身が楽しんで描けるキャラクターじゃないと、結局キャラの魅力も作品の面白さも半減してしまうので、こちらは上がってきたキャラに対して、魅力がわかりにくいなと思ったときは『このキャラじゃないと思います』と言いますが、こうしてほしいという具体的な例は言わないことが多いです。作家さんのモチベーションは下げたくないので、キャラ作りは基本的にはお任せして、魅力的に映らないときは早めに言うようにしています」

編集者としては、「カッコつけすぎない」作品を意識しているとも話してくれた。

「作風にもよりますが、なるべく難しく考えすぎず、ちょっとアホっぽく、がちょうどいいかなと。自分が楽しまないと読者も楽しくないと思うので、そうしたさじ加減を大事にしています」

“褒め”はコミュニケーションを円滑に

福田氏とはこの取材で初対面だったが、リモート取材にもかかわらず、話すテンポといい表情といい、話しやすい人特有のオーラが湧き出ているように感じた。担当作家陣も、福田氏相手ならなんでも安心して話せていることが想像できる。そんな福田氏が作家との打ち合わせで心がけているのは、「作家が話しやすい土壌づくり」。

「まずは作家さんにとって信頼される人になることを目指しています。例えば、ネームに関して『こう直したほうがいいのでは?』と言ったとき、作家さん側には実は意図があったのに、何も意見できず編集に言われたままに直しちゃうのだともったいなくて。作家さんから『本当はこういうことがしたかったんです』と伝えてもらえる関係になれるように、なるべく私も話はするし、しゃべってもらえるようにこころがけています。

実際には、打ち合わせでは雑談が多いですね。最近読んだマンガとかTwitterで見たこととか、会社のどうでもいい話とか、真剣な話はあんまりしていないです」

作家との関係では、シンプルに「いいところをたくさん見つけ、伝えること」、つまりは“褒め”が大事だという。

「私も経験が浅いうちは、褒めるのがおべっかみたいに思われたら嫌だなと思っていたこともあります。だけど、大御所の先生含め、どの作家さんも褒められたいとおっしゃるし、自分の言葉が力になるならありがたいので、積極的にお伝えするようにはしています。

私はけっこう淡々としているって言われるので、あんまり感情的な言い方はしないんですけど、真摯に『めちゃくちゃ面白かったです』と伝えます。そんな長時間は話しませんが、自分が思ったいいところをひたすらしゃべる感じです。桜井先生は『はい。はい』って聞いてくれていますね(笑)」

下ネタでも、好きなものはいつか武器になる

ヤンキーからラブコメ、ギャグまで、さまざまなジャンルの作家を担当している福田氏に、“天才”について聞いてみた。

「担当している作家さんはみんな天才というか、才能ある方ばかりです。わかりやすい例で言うと、『吸血鬼』の連載が始まってすぐのときに、美味しいネタは序盤に積極的に入れて欲しいという願いから盆ノ木さんと『もしこの連載があと3話で終わるとなったら、次の話は何やります?』という話をしたんです。そうしたら即答で、『股間に花を咲かせる吸血鬼を出そうと思うんですけど、薔薇とゼラニウムどっちがいいですか?』と。その発想はなかったと思いながら『ゼラニウムにしてください』って答えました(笑)。その結果誕生したのが吸血鬼ゼンラニウムというキャラクターです。すごくバカバカしくて天才だな、と思いました。私がそのネタがあまりに好きだったので、話数の入れ替えもしてもらいました。桜井先生も藤近先生も小沢先生も、読者を引き付けようとする力がすごく強い人たちなので、そういうネームを目の当たりにするといつもすごいなと思います」

そんな福田氏に、“編集者の心得”を聞いてみたところ、「好きなものがたくさんあること」と、らしい答えが返ってきた。

「好きなものが支えになったり、役に立ったりすることがあります。意外なものが役に立ったりするんですよ。私は、当初少年マンガならスポーツものをやりたいと思ったんですけど、実際やろうとしたら全然向いてなくて。スポーツマンガになると、マンガ家さんへのアドバイスも全然センスがなくてダメなんですよ(笑)。

一方で、担当作でうまくいくようなマンガはギャグが多いことに気付きました。私は小さいころからギャグマンガが好きだったんですが、読みすぎていて逆に意識していなかったんですね。『魔法陣グルグル』は私のギャグマンガの土台になっているし、『音無可憐さん』に『泣くようぐいす』『かってに改蔵』──下ネタマンガも多いですが(笑)、小さいころから好きだったことが30代になって役に立ったりするのかも。私自身は決して面白いことは言えないんですよ(笑)。だけど、面白いものに惹かれていく嗅覚はあるかもしれない。特別意識していなくても自分のルーツになっているのかもと思います。

そのことに気付いたのは、先輩に『福田さんは下ネタマンガが好きだな』って言われたからなんですが、確かにそのとき担当していた『Gメン』も『みつどもえ』も『吸血鬼』も、下ネタが面白い作品だったんです。自分が意識してないところで助けられることがあるので、なるべくいろんなものを見ておいたほうがいいですね」

得意ジャンルで道を極めようとしている福田氏。今後、当初志望していた女性誌にチャレンジすることはあるのか聞いてみたところ、「センスが全然足りないと思うので……」との謙遜が返ってきた。

「たぶん行ってもお役に立てないと思います(笑)。秋田の女性誌系で最近のヒット作だと、『凪のお暇』や『海が走るエンドロール』がありますが、『エンドロール』担当の女性の先輩は企画力がものすごいんです。自分はこうはなれないと思うので、違う分野でがんばろうと思っています。13年も編集をやっていると、向き不向きがあることはわかるし、全部なんでもできる編集になろうと思わないようにしようと。それよりも、好きなことを活かすことに注力しようと心がけています」

髙橋ヒロシも担当中、Webtoonで試行錯誤

現在はヤングチャンピオン編集部に在籍しつつ、マンガクロスでも担当作を持つ福田氏。現在の担当作を語ってくれた。

「マンガクロスでは『僕ヤバ』と藤近先生の『隣のお姉さんが好き』を、ヤングチャンピオンでは高橋ヒロシ先生の『ジャンク・ランク・ファミリー』と、高橋先生が原作、カズ・ヤンセさん作画の『OREN'S』を担当しています。それ以外には、外部のフリー編集さんと組んでいくつか作品を作っています」

「ジャンク・ランク・ファミリー」1巻

「ジャンク・ランク・ファミリー」1巻

不良マンガの大家、髙橋ヒロシとはどんなふうなやり取りをしているのか聞いてみた。

「髙橋先生はあんなに大御所なのに、ネームの修正も『なるほど! それ、すごいいいね!』という感じで、すごく前向きに聞いてくださるんですよ。そうすると私も気後れしないで言いやすくなるんですよね。作家さんが私の言葉が活力になると言ってれるからこそ、自分の言葉も引き出されるし、お互いに引き出しあってるのかもしれない。作品を面白くしようと全力で取り組んでくださり、今なお進化し続ける先生の姿勢から学ばせていただくことがすごく多いです」

今後、力を入れていきたいのはWebtoon。試行錯誤の日々だという。

「今、若い人がWebtoonをすごく読んでいるので、これから主流になっていくかもしれない。私のほうでもヤンチャン編集長指令のもと、外部の編集さんに協力いただいてWebtoonの企画を作っているんですけど、これまで作っていたマンガとは観点が違うので、なかなかついていけてないんですよ。教えてもらっている段階なので、もうちょっと自分の中で経験や知識を増やして、ちゃんと担当できるようになりたいと思います。

数年前に電子でマンガが読めるようになったときにも、『スマホでなんて、ちっちゃくて読めないよ!』ってみんな言ってたけど、今では普通に読んでるじゃないですか。60歳過ぎの私のおばもスマホで読んでいる。なので、出始めのときは『あるわけない』と思っていたことが、すぐ先の未来にやって来る可能性が高い。がんばりたいと思います」

福田裕子(フクダユウコ)

2009年に秋田書店に入社。入社後、週刊少年チャンピオン編集部に配属されたのち、販売部を経て現在はヤングチャンピオン編集部に所属。主な担当作品に小沢としお「ナンバデッドエンド」、盆ノ木至「吸血鬼すぐ死ぬ」、桜井のりお「僕の心のヤバイやつ」、いちかわ暖「新しい上司はど天然」など多数。

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桜井のりお@僕ヤバ⑧3/8発売&TVアニメ4/1から @lovely_pig328

担当氏!!!👁👁 https://t.co/JWcLWFNPF0

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