マンガ編集者の原点 Vol.14 [バックナンバー]
「あまつき」「魔界王子」の君島彩子(一迅社 月刊コミックZERO-SUM編集長)
「女オタクの心が読める編集者」の作り方
2024年12月26日 15:00 2
マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。
今回登場するのは、一迅社で月刊コミックZERO-SUM(以下ゼロサム)の編集長を務める君島彩子氏。2002年に一迅社の前身である一賽社に入社し、入社の翌月に創刊されたゼロサムの編集部に従事。「あまつき」「ハイガクラ」の
取材・
母の英才教育でマンガと歴史が大好きに
おとなしめの子供だったという君島氏は、小説やマンガが大好きだという母の「英才教育」を受けて育った。
「マンガを好きになったのは母の影響が大きいです。母は本が好きで、マンガも常に家にありました。私もりぼん(集英社)や花とゆめ、Lala(ともに白泉社)を買ってもらって一緒に読むようになりました。マンガ以外ですと、母が特に日本史が好きだったこともあり、私もその影響を強く受けました。小学生向けに書かれた日本史関連の本もたくさん買ってもらっていたのですが、小学校低学年のときに買ってもらった『平家物語』は自分にとってかなり衝撃的だったようで、登場する安徳天皇について調べて学校の壁新聞にしていたくらい影響を受けていました」
マンガと歴史の英才教育。安徳天皇をテーマにして壁新聞を作るあたりに、編集者としての萌芽が感じられる。
「りぼんをはじめとした少女マンガ誌は当時予告に『次回は◯ページ掲載しますよ』という告知が出ていたんですね。私は翌月、本当にその枚数が載っているのか全作品数えていました。また、それが何ページたまると新刊が出るのか数えていたんですよね。これって今思うとすごく編集者っぽいエピソードだと思うんですが、小学生のときはなんだか無意識でやっていました」
加えて、昭和生まれの君島氏は、この世代の女子がみんな通る道を通った。
「りぼんの作品の中でも『ときめきトゥナイト』(池野恋)が特に大好きでした。私がこの作品を知った頃にはコミックスもけっこう出ていたのですが、まとめ読みした後に、『いつか自分の学校に真壁俊のような人が来るんじゃないか』とずっと思って過ごしていましたね。別種族が存在するというところにすごく憧れまして、今思うと異世界(魔界ですが)に興味を持った最初の作品だったかもしれません。もちろん恋愛要素やコミカル要素もすごく好きで擦り切れるくらい読んだ作品です。お小遣いが追いつかないから母親にコミックスを大人買いしてもらっていました」
マンガと歴史が大好きな少女は、文系まっしぐらで成長していく。
「中学くらいから、より歴史や古典が好きになっていました。中でも母が読んでいた『あさきゆめみし』(大和和紀)というマンガをきっかけに『源氏物語』が好きになりました。その後、円地文子さんの現代語訳を読んですっかり虜になり日本文学自体に興味が出てきていました。それもあって大学では日本文学を勉強するようになり『更級日記』も好きになりました。また、大学生の頃はミステリ小説にもかなりはまってしまい、講談社ノベルスの作品をよく愛読していました。図書館で蔵書を整理するアルバイトにも行っていたので、読書をいっぱいした大学生活でした。
マンガも変わらず大好きで、中学から大学、社会人になり立ての頃は週刊少年ジャンプ(集英社)の『銀魂』(空知英秋)や『幽☆遊☆白書』『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)にかなりハマっていたと思います。『ヒカルの碁』(原作:ほったゆみ、漫画:小畑健)も大好きで、囲碁の解説本を手に読んでいました。
同人誌も大学時代から読むようになり、大手ジャンルを追っていましたし自分でもマンガや絵を描いて友達同士でコピー本を作って回し読みしたりしていましたね……」
現在の職場である一迅社はライトノベルやアニメの原作もののマンガを多く出版しているが、そちら方面はどうだったのだろうか。
「小学生の頃はアニメから入りましたが、富士見文庫の『スレイヤーズ』(神坂一)が好きでした。中学生の頃になると少女系のライトノベルが好きになり、コバルト文庫(集英社)の『吸血鬼はお年ごろシリーズ』(赤川次郎)や、講談社ホワイトハート文庫の『十二国記』(小野不由美)シリーズも集めていました。高校生から大学生くらいになると、確かちょうど電撃文庫が大ブームになった時期があって『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平)や、『ソードアート・オンライン』(川原礫)なども読んでました。
アニメについては小学生の頃は高橋留美子先生の作品のアニメが印象に残っていて『めぞん一刻』や『らんま1/2」はテレビに張り付いて観ていました。当時は再放送アニメが多くて、自分の世代よりちょっと前のアニメ作品になりますが『ベルサイユのばら』や『エースをねらえ!』も再放送で3回くらい観た記憶があります。リアルタイムだと『幽☆遊☆白書』『テニスの王子様』『ヒカルの碁』『HUNTER×HUNTER』などのジャンプの王道作品が特に好きでした」
転職しゼロサム創刊に立ち会う
マンガに歴史にラノベにアニメ。ここまで、女性オタクが好きなものはひと通り履修し、ハマってきた「正統派オタク」の印象がある君島氏。就活では出版社を志した。
「大学を卒業し、今より少し堅めの出版社に入りました。辞書編纂に憧れて入った会社だったのですが、そこでは辞書ではなく実用書に近いハウツー本の編集をすることになってしまいました。やってみて楽しかった部分もたくさんあったのですが、若いうちに次のステップに進みたいなと思い、2年間勤めたあと次の仕事も決めずに辞めました。仕事を辞めたあとは、図書館で本を読んだり、ゲームばかりしていたんですが、一迅社の前身である一賽舎のアルバイト募集を見つけて応募して採用されました。のちに上司から『男性ばかりだったので、三国志好きか麻雀ができる女性がほしいと思っていたらちょうど三国志ガチ勢が来たから、この人でいいと思った』と言われましたね(笑)。実は大学時代から『三国志』も大好きだったのが役に立ったと思いました。
当時はスタッフが5人くらいしかいませんでした。しかも女性は私ともう1人のアルバイトの2人。私が入社したのは2月だったと思うのですがゼロサムの創刊が3月でしたからまさに校了中で、入社してすぐに雑誌校了の体験をしました。こんなにカツカツに進めるんだなと驚いたんですよね。雑誌と書籍はまったく進め方が異なりました」
月刊コミックZERO-SUMは2002年3月に創刊。創刊号の表紙は峰倉かずやの「最遊記RELOAD」が飾った。高河ゆん「BELOVED」が巻頭カラーで、執筆陣には沢田翔、遠藤海成、夜麻みゆき、上田信舟、堤抄子、美川べるの、雁えりかの名前が躍る。
「入社前からスクウェア・エニックス(旧エニックス)の本も好きで、高河先生や峰倉先生の作品は読んで集めていたので、ゼロサムの作品はなじみ深いものが多く、実はかなりテンションは上がっていました。携われるのがうれしくてがんばっていたのですが、当時はデジタル製版ではなかったこともあり、写植も自分で貼り付けなくてはいけないのに、それすら微妙に曲がってしまうなど、初歩的なことがまったくできなくてけっこう悩んでいました。
引き継ぎで最初に担当したのは、
「編集部の人数があまりにも少なかったので、アルバイトといえどいろんなことをやらないといけない環境でした。写植を指定する、入力作業をするといった作業もあれば、誌面の記事を担当し文章も自分で作成するような仕事もありました。特に記事の作成は個人的にはけっこう好きでした。雑誌の予告を作ることをしていたのですが、半年周期で勝手に『星』『花』『季節』とテーマを決めて、雑誌全体にかかるキャッチを作っていました。例えばですが、星シリーズですと『世界を彩る一等星の輝き』とか、なんだかよくわかりませんが美麗な言葉をつけて、次号も素敵なマンガが掲載されますという思いをキャッチに込めて作っていました。だからか予告担当ではなくなったときはけっこう寂しかったです。
また、雑誌ができたばっかりだったので月例賞や新人賞の作品を社員の方と一緒に整理し、読んで批評するという作業もしていました。今思うとこの仕事はすごく勉強になっていました。プロを目指す方の原稿を見ることで『どう作成していくと人は惹きつけられるのか』を真剣に考えるようになりました。この経験があったことで自然と担当できるようになった気がします。そんな中、最初に引き継ぎで担当させていただくことになったのが川添真理子先生です。
「ロスト~異界の獣たち~」は、原作担当の中村幸子先生、そしてマンガ担当の川添先生の作品です。両作家様は連載経験も豊富な方々だったので、私はただただ作業を見て学んでいきました。そもそも打ち合せをどのタイミングでしていき、雑誌に間に合わせていくのかも含めてすべてこの作品で教えてもらったと思います。川添先生とはよくお会いしていました。定期的に打ち合わせをさせていただく中で、お互いの近況報告もしながら過ごす時間は作家様との会話とは何かを学べる機会になったと思います。最初に担当できた先生が川添先生でよかったなと思います。優しく接してくださる先生でした」
高山しのぶをバックアップしデビューへ導く
マンガ編集者としてパワフルに成長していく君島氏。一方、初めて作家発掘から連載立ち上げまで担当したのが高山しのぶだった。
「高山先生とは共通の知人がいる関係でした。当時、学生だった高山先生がマンガ家を目指していると知人から教えてもらったのがきっかけで作品を見せていただきました。ちょうどゼロサムでコミック大賞を開催することが決まっていたタイミングでしたので、ご本人とお話しして『こちらに応募しませんか』とお声がけしました。
当時のゼロサムのコミック大賞には3部門あり、雑誌掲載作の中から読者の投票が一番多かった作品を選ぶ読者賞、編集者たちが選ぶ編集部賞、連載している作家さんが投票で選ぶ作家賞がありました。高山先生に応募いただいた作品は、読者賞と編集部賞を受賞しデビューが確定しました。先生は学生さんでしたのですぐに連載をすることは難しかったのですが、卒業までの間に読み切りを2本描いていただきました。読み切りは将来、連載にするためにどういった方向性のお話でいくか読者様の反応を見ることができる機会となりました。1つは和風モチーフの作品で、妖怪や烏天狗が出てくるお話。もう1作は中華もので神獣が出てくるお話です。いずれも連載に繋がっていて、和風モチーフの作品が『あまつき』に、中華作品は『ハイガクラ』としてのちに連載の原型になりました」
「あまつき」の主人公は、男子高校生の鴇時(ときどき)。次世代型博物館・大江戸幕末巡回展を巡るうちに、突然現れた妖(あやかし)「鵺(ぬえ)」に襲われ、人と妖が存在する異世界「あまつき」に飛ばされてしまう。鴇時は彼より前にあまつきに飛ばされた同級生・紺とともに、もとの世界に戻る方法を探すが、やがて自分の使命を知って……というお話。高山のデビュー作ながら、歴史や古典の要素をちりばめた独特の世界観が魅力的な近未来ファンタジーで、多くのファンを獲得した。2005年に1巻が発売され、2008年にはアニメ化。2018年に最終24巻が発売された。
「最初に高山先生の絵柄や二次創作を拝見したとき、すごく印象に残る表情が描ける方だと思いました。絵柄がかわいらしかったのももちろんありますが、キャラの表情やしぐさに自然に目が留まるように切り出すのが上手な方だと思いました。また、セリフ自体は少し多くて難しい言葉もあるのですが、『ここは聞いてください』という箇所が浮かんでくる感じというかメリハリを強く感じるマンガを描かれているという印象がありました。
自分がただ読者としてマンガを読んでいた学生時代に途中までまったく読んでない作品でも、ぱらっとめくった際に印象的な表情やセリフがある作品を見つけると『これなんだっけ? 読んでみようかな』と振り返って読みたくなるケースも多かったので、自分がそう思う部分が先生の作品には自然と入っている気がしました。
先生が連載を始める際には上記の部分は読者さんにも伝わるだろうと感じましたし、華やかな雰囲気のファンタジーを描かれる先生がゼロサムには多くいらしたので、既存の連載作品と一緒に読んでくれる可能性はかなり高いと感じていました」
ちなみに、コミック大賞に挑戦してもらおうと高山先生を後押ししていた頃、君島氏はまだアルバイトという立場だった。
「当時の編集長に『アルバイトでも、コミック大賞を盛り上げるために新人さんにお声がけして作品を出していいですか?』と聞いたところ『どんどんやりなよ』と言ってもらえました。その延長としてほかの企画のためにもイベントで作家様にお声がけもしました。今と違ってアバウトな時代だったので結構長い期間アルバイトだったことは会社には忘れられていたと思うんです。『私まだアルバイトなんですけど契約社員にしてくれませんか』と自分たちで言いに行きました。その後も連載企画などを立てていくことが多くなったので『私、正社員になれませんか』と聞きに行きました。『あれ? ずっとそう思っていた』みたいな感じで言われましたが、なんとか正社員になれました(笑)」
そうした環境下では、新人編集を教育しようという土壌も用意されてはいなかったため、仕事は先輩の背中を見て学んだ。
「電話での打ち合わせをする先輩編集も多かったので、先輩の電話を盗み聞きしてどういうふうに回答しているのかを観察していました。コミック大賞や月例賞で先輩がどんな講評をつけているのかも気にしていましたね。同じ作品でも自分の印象とどう違うかを見て考えていました。もちろん担当作のネームが気になるときには、先輩に『1回読んでほしい』とお願いすることもしてはいましたが、どちらかというとそっと様子をうかがって取り入れていることのほうが多かったかなと思います」
貪欲にスキルを磨く君島氏。幼い頃から母とともに読んできた膨大な数の蓄積も役に立ったという。
「文字を読んで頭に画像が浮かぶときに、私の場合はマンガ画面で浮かぶことが多い気もします。昔から少しオタク気質の女性は『マンガのコマの間と間に自分の妄想したコマが挟まっているのが見える』とよく言われていたんですが、これは実際にそうだと思いますし、とても役立つ妄想力?想像力だと思いました。また、小説の文字の表現やセリフを読んだときに自分の中では情景がかなりはっきり浮かぶケースも多く、そういうときは映えるものができると感じることが多いです」
ヒット作「あまつき」「はめふら」舞台裏
高山しのぶのほかの記事
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渡辺由美子 月曜イ47b「女性アニメビジネス」コミケ参加 @watanabe_yumiko
ああ、私と同じ文化を通ってる編集さんだ。ゼロサムはアニメと親和性高い。
《当初、社内では異世界作品に対して歓迎ムードではなかったという。
「『はめふら』をコミカライズした17年頃はまだ、小説家になろう系異世界ファンタジーのコミカライズにはヒットの兆しはあったものの主流ではなかった》 https://t.co/jKP6jC3Oun