M-1グランプリがスタートして約25年。大学のお笑いサークル出身者の躍進や、高校生が出場する「ハイスクールマンザイ」の活況など、若くして芸人を志す人も増えた中、お笑いそのものを題材にした創作も徐々に増えつつある。そんな中、“お笑いマンガ”の列に新たに加わったのが、新鋭・桜箱が花とゆめWEBで連載中の「スベる天使」。高校生の男女がひょんなことからコンビを組み、手探りでお笑いを追求していく爽やか青春マンガ……でありつつも、どうやらこの作品、ちょっと様子がおかしいようだ。
「スベる天使」1巻発売を記念し、コミックナタリーでは真空ジェシカ・ガクにインタビュー。マンガ好きであり、「M-1グランプリ」4年連続ファイナリストでもある彼は、「読んだことないタイプのお笑いマンガ」「まったく同じ状況になったことがある」と多面的に「スベる天使」の魅力を語ってくれた。最後には芸人を目指す学生へのアドバイスも聞いているので、芸人になりたい人もお見逃しなく。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 小川遼
「スベる天使」
高校2年の夏。夢も目標も特にない平凡な男子・城間は、才色兼備でクラスの人気者・天羽さんがモノマネの練習をしているところを目撃する。思わず「俺もお笑い芸人目指そうとしたことあるし」と出まかせを言ってしまったことから、天羽さんに誘われてコンビを組むことになった城間。独自の笑いを追求する天羽さんに振り回されつつも、2人はコンビとして少しずつ成長していく。新鋭・桜箱が白泉社の花とゆめWEBで連載中だ。1巻の帯には「これ描いて死ね」のとよ田みのるが推薦コメントを寄せた。
マンガとともにあった人生と言えなくもない
──ガクさんはこれまで、どんなふうにマンガと接してきたんでしょうか。
ホント普通だと思います。お兄ちゃんがいるんですけど、ちっちゃい頃はお兄ちゃんが月刊コロコロコミックを買っていて、僕はコミックボンボンを買っていました。その後お兄ちゃんが週刊少年ジャンプを買うようになると、僕は週刊少年サンデーを買うようになって……普通に少年マンガ雑誌を読んで育った感じですね。
──なるほど。いい兄弟関係ですね。
で、マンガ雑誌にはよく読者投稿コーナーがあるじゃないですか。ジャンプだったら「ジャンプ放送局」とか。そういうのに投稿したい気持ちがあったんですけど、ジャンプとかに送っても通らないだろうなと思って、ボンボンの「おれたちBOM2団」によく送ってました。初めて掲載してもらえたのがボンボンで、BOM2団の会員証を持っています。
──その当時から、面白いことを考えて人に伝えたい思いが強かったんですね。
いや、でも投稿していたのは主にイラストでしたね。掲載されたのは確か「へろへろくん」の絵とかだったと思います。
──そんな幼少期を経て、常にマンガとともにある人生だった?
そこまでマンガとともにはなかったかもしれないですけど(笑)。でもまあマンガは好きなんで、その時期その時期で好きなマンガ作品は常にありました。そういう意味では「マンガとともにあった」と言えなくもない……いや、今日はコミックナタリーさんの取材なんで、ここはそう言っておきましょう。マンガとともにありました!
──(笑)。ちなみに少女マンガを読むことはありますか?
少女マンガは……正直、ちゃんとがっつり読んだことはないかもしれないです。周りに読んでる人もいなかったし、オススメされたこともなかったんで。別に、意識的に避けていたとかでは全然ないんですけど。
──たまたま出会わなかったから読んでこなかっただけで。
そうですね。オススメされてたら普通に読んでたと思います。
今までに読んだことのないお笑いマンガ
──今回、まさにオススメのような形で「スベる天使」を読んでいただいたわけですが、率直にいかがでしたか?
めっちゃ面白かったです! お笑いはけっこう好きなほうなんで、お笑いをテーマにしたマンガはこれまでにもいろいろ読んできてるんですけど、「スベる天使」はそのどれとも違うというか。今までに読んだことないタイプのお笑いマンガ、という印象ですね。熱血お笑いマンガではないし、かといってギャグに全振りしているわけでもなく、恋愛要素もあるけど恋愛にも別に特化してなくて……その全部の中間みたいな。
──特に気に入ったポイントはどういう部分でしょう。
設定がまず面白いです。普通、お笑いのマンガってすごいセンスや才能の持ち主を描くものだと思うんですけど、この作品はタイトルどおり“天羽さんがスベる”ことを軸にしてるじゃないですか。相方の城間くんも別にお笑いが特別好きなわけじゃなくて、天羽さんがかわいい女の子だからコンビを組みたいだけだし(笑)。その感じが新しいですよね。
──確かに、なかなかほかにはないキャラクター設定だと思います。
ぬるっとギャグが行われていく感じもめっちゃ好みです。登場人物が変な人しかいなくて、「おかしいだろー!」とツッコむヤツもいない。変な人たちが変な行動をするところを淡々と切り取っただけ、という感じが非常によかったですね。“変な人しか出てこないお笑い恋愛マンガ”とでも言えばいいのかな。
──おっしゃる通り、「どうだ、変だろう!」という押しつけがましさが皆無ですよね。
そうですね。その世界で普通に生きている人たちがたまたま変だっただけ、みたいな感じが心地よくて。これみよがしに笑わせようとしていないから、逆に笑っちゃうというか。
──思わず笑ってしまったシーンを挙げるとすると?
たくさんありますよ。けっこう意味わかんないセリフが多くて……例えば文化祭のシーンで、1人舞台を前に緊張してる天羽さんが城間くんに言った「苦手なプルコギサンドを食べようとして震えてただけ」とか、まったく意味がわからない(笑)。
──しかも城間くんがそれにツッコむわけでもなく、そのまま普通に会話が進行していくんですよね。
そうそう。そのあとに急遽2人でコントをすることになるシーンでも、貝お兄ちゃんがたまたま小道具を持ってきてる意味もよくわからないし(笑)。読んでる側からすると思わずツッコみたくなるシーンが、マンガの中ではツッコミどころとしては描かれていないところがいいんですよね。そのぬるっとした感じがたまらないです。
天羽さんとまったく同じ状況になったことがある
──芸人として共感できるシーンなどはありましたか?
やっぱり、ネタ披露のシーンにはすごく共感しました。文化祭のステージで2人がめっちゃスベって、お客さんが怖い顔をしている描写があるじゃないですか。あれ、僕も日常的によく見る光景で(笑)。自分のやろうとした笑いが伝わってないときって、お客さんは本当にああいう顔になるんですよ。
──だとすると、読んでいてつらくなったりしないですか?
その段階はもう乗り越えました(笑)。そんなことでいちいちつらくなってたら、芸人なんてやってられないんで。あと“共感”ということでいうと、天羽さんのピンネタ中にトウモロコシの衣装が破けちゃう場面がありましたよね。実は僕、あれとまったく同じ状況になったことがあるんですよ。
──それはぜひ詳しく聞かせてください。
以前、「普段ネタを考えてないヤツがピンネタを作る」という趣旨のライブに出演したことがあって。でもネタの作り方なんてわからないから、突拍子もない設定とかに頼らないと怖くて……なので、でっかいおみくじ箱を用意して「おみくじを引こうと思ったら全然違うものが出てくる」というのをリズムに乗せてやるネタを考えたんです。
──しかもリズムネタだったんですね(笑)。
中にいろんなものを入れておいて、「ここを押したらこれが出てくる」みたいな装置を作っていったんですよ。おみくじじゃなくてのどちんこが出てきたりする、よくわからないやつを(笑)。それが本番で故障して動かなくなって、ネタを続行することができなくなっちゃって。
──その窮地をどう切り抜けたんですか?
切り抜けられなかったです(笑)。「すみません! これ以上ネタができないんで、やめさせてもらいますー!」って途中で引っ込みました。そのときのことを鮮明に思い出しましたね。
──天羽さんが直面したあの状況は、プロでも切り抜けられないものだったわけですね。
はい。そのときは僕も芸歴10年近かったんですけど、ダメでしたね。天羽さんの場合は城間くんが助けに来たけど、僕には助けてくれる人もいなかったし。そうなったらもうどうしようもないです。
──ちなみに天羽さんのトウモロコシネタや埋没毛ネタについては、プロの芸人としてどう評価しますか?
ネタとしてのよしあし以前に、僕は気持ちがめっちゃわかります。僕もああいう系統のネタを作ってしまうタイプなので。
──おみくじネタを筆頭に。
はい。
──芸人としてのスタイル的に、天羽さんには近いものを感じる?
そうですね。ただ、僕の場合は天羽さんみたいに「これが面白いんだ!」という信念を貫いているわけじゃなくて、「ぶっ飛んだ設定とか見た目に頼らないと怖くてできない」という心理に基づいているので、違うっちゃ違うんですけど。結果スベるのは同じでも(笑)。
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