コナリミサトが2016年よりエレガンスイブ(秋田書店)で連載していた「凪のお暇」が、今年完結。6月には単行本の最終12巻が発売された。
「凪のお暇」は場の空気を読みすぎてしまうOLの大島凪が、仕事を辞め、彼氏からも逃げ、東京の片隅にあるボロアパートで人生をリセットしようとすることから始まるラブコメディ。2019年には黒木華、高橋一生、中村倫也ら出演によりTVドラマ化されたことでも話題を集めた。そんな「凪のお暇」の完結を記念した特集を展開するにあたり、コナリに対談をしたい相手を伺うと、名前が挙がったのは佐伯ポインティ。YouTubeの「佐伯ポインティのwaidanTV」、Podcastの「生き放題ラジオ」などで多くのリスナーからの支持を集める佐伯は「凪のお暇」の大ファンで、コナリともかねてより交流があるという。2人には完結を迎えた今、「凪のお暇」という作品について語り合ってもらった。
また特集記事の後半では、7月5日に東京・青山ブックセンターで行われた2人のトークイベントの模様もレポートしている。
取材・文 / ちゃんめい撮影 / 武田真和
出会った日に最終回の相談!? 2人の出会いとは
佐伯ポインティ コナリさんとの出会いのきっかけは、知り合いの編集さんが紹介してくれたんですよね。当時「凪のお暇」を毎巻楽しみに読んでいたので、コナリさんが「佐伯ポインティのwaidanTV」を観てくださってると聞いて「そんなことあるんだ!?」と驚きました。で、編集さんと3人でご飯に行ったのが初対面でしたね。
コナリミサト 最初にポイさんにお会いしたとき、作品をすごく細かいところまで読んでくださっているのが伝わってきて、感動しちゃったんです。「この人にだけは絶対嫌われたくない!」って思いました。こんなに自分のマンガを真剣に読んでくれる人がいるなんて……って。それに、「この人、本当にマンガが好きなんだなあ」というのも、話していてすごく伝わってきて。あとから、以前はマンガの編集者もされていたと聞いて納得しました。出会って間もないのに、私いきなり「最終回って、どんな展開だったら面白いと思います?」って聞いちゃって(笑)。そしたら即座にいろんなパターンを返してくれて「敏腕編集だ……!」ってなりました。
佐伯 いやいやそんな!(笑) でもあの最終回についての質問は、コナリさんから自分への、読者としての信頼を感じてうれしかったです!
コナリ 今回の対談にあたって、改めてポイさんの「生き放題ラジオ」も聴いたんですけど、これも本当にすごいですよね。相談への答え方が、もうまるでマンガの作品そのもので。なんて言ったらいいんだろう? そもそもお悩み相談って、一度ちゃんと悩みを咀嚼して、自分の言葉で返すものだと思うんですけど、その答えがまるごと“ポイさんの世界”になってるんです。私の好きな世界観でコミカライズされているみたいで、しかもそれがすごく粋で。重たいテーマでも決して重たくならないし、ちゃんと相手の気持ちを受け止めて、ふっと元気にさせてくれる。そんな力があるんですよね。それに、お悩みに対して「この本が効きますよ」って勧められるのも、まるで本のソムリエみたいで……。もう、唯一無二!って思いました。
佐伯 そう言ってもらえるの、めちゃくちゃうれしいです。本やマンガのタッチポイントになれたらいいなって、いつも思っているので。
コナリ そういえば、以前「凪のお暇」を「ドラを鳴らして全部終わらせたい!」って思ったことがあって。ポイさんにそんなLINEをしたら「こんなのありますよ」って、「黄龍の村」という映画をおすすめしてくれたんです。あれも本当に面白かった!
佐伯 「ベイビーわるきゅーれ」で知られている阪元裕吾監督が撮った、村落ホラー系の映画なんですけど、コナリさんが求めていたテンションに合うかなと思って。
コナリ 本当にドラが鳴って終わるんですよね(笑)。あの「終わったー!」っていう感じも最高だったし、全部が仕組まれていたみたいな裏切り展開も……。もう、たまらなかったです。
佐伯 おお、よかった! 出会ったのは割と最近なんですけど、映画の試写会に行ったり、ご飯に行ったり、ちょこちょこお会いしてますよね。とはいえ、連載中はなかなかこちらからお誘いしづらくて。
コナリ いやもう、めっちゃご飯行きましょう!
現実にはいるのに、なかなか描かれてこなかった男「ゴン」
佐伯 約9年間の連載だったじゃないですか。振り返ると、連載が始まった頃って大学生で。社会人になって経験が増えてくると、「凪のお暇」で描かれていることへの、解像度が上がってくる感覚がありました。あと、それこそ「佐伯ポインティのwaidanTV」でも、ゴンさんを例えとしてめちゃくちゃ使わせてもらってました。
コナリ そうそう! 私、それがきっかけで初めてポイさんの動画を観たんです。「いや、ゴンかい!」って(笑)。
佐伯 慎二じゃなくて、ゴンなんですよね。ゴンみたいなキャラクターって、現実には確かにいるんだけど、マンガではあまり描かれてこなかった気がして。だから、「めちゃくちゃいい例えだな」と思って、つい多用しちゃってました(笑)。実際、ゴンみたいな男性との恋愛体験談ってけっこう届くんですよ。それこそ「ゴンみたいな人に沼っちゃった話」が本当に多くて。これまでは「そういう人、いるよね」くらいの解像度だったのが、「凪のお暇」以降は「ゴンさんみたいな人じゃん」って具体的に言えるようになったというか。例えとしてすごくポピュラーになったなと思います。ちなみに、ゴンってどんな経緯で生まれたキャラなんですか?
コナリ うーん、「こういう人、いるよね」っていう“あるある”からですかね。ゴンみたいな人にハマってる人の愚痴って、なんかどこか楽しそうなんですよ。
佐伯 わかるー! 相手の魅力ごと伝えてきますもんね。
コナリ 「もう信じられないー!」とか言いながら、絶対に関係はやめない(笑)。
佐伯 ずっと連載続けてくれますよね。まだ別れてないんだ!?みたいな。
コナリ そう! 打ち切りかな?と思ったら連載再開してるんですよね。
ただれるし、血も凍る!? 「凪のお暇」の真骨頂
佐伯 恋愛の話でいうと、1巻の時点で慎二の泣き顔が描かれて「本当は凪のことが大好きだった」ということが明かされていて、ゴンもかなり早い段階で登場して。ゴンと慎二と凪の三角関係の構図は、すでに1巻の段階でしっかり仕込まれていた印象があるんですよね。お暇期間の恋愛構想って、最初からある程度イメージされていたんですか?
コナリ なんとなく構想はしていた、みたいな感じだったかも。あと、私は男の子が2人いて、女子が真ん中にいて、みたいな三角関係の構図が大好きなんですよね。だから自然と寄っていったんだと思います。
佐伯 でも、そこにあとから円が登場するじゃないですか。あれ、けっこうでかい4人目だなと思ったんですよ。円はどういう経緯で生まれたんですか?
コナリ 円は、慎二にも出会いがあったほうがいいかなと思って。最初はいわゆる少女マンガの定石というか、“恋のライバル”っぽい立ち位置で出そうとしてたんですけど、描いてみたら全然違う形になっていきました。でも、それはそれでよかったなって思っています。
佐伯 そこから恋愛が進んでいく過程で描かれる、セクシャルな描写もすごく印象的なんですよね。読み返して改めて思ったんですけど、当時も「えっ、凪とゴンさんが、ただれた関係に!?」ってびっくりしました(笑)。
コナリ え、それは致すシーンのこと!?(笑)
佐伯 そうです! 凪のパーソナリティが深まっていく中で、あのほんわかした絵柄から、急にゴンさんとただれるセクシャルなシーンが挟まる。少女マンガだとしたら、ああいう“ただれ方”って、なかなか見ないじゃないですか?
コナリ おお、それはちょっと初めて聞いた感想かも!
佐伯 あと、初期の婚活パーティのくだりがすごく印象に残っていて。凪が男性から嫌な絡まれ方をして、下に見られているからモテるみたいな展開があった後に、自分も「この人たち、慎二より年収が下だな」と見下していたことに気付いて「血が凍った」って言うじゃないですか。あの瞬間「このマンガ、血が凍るんだ!?」って(笑)。“ただれる”し、“血が凍る”しで、「いや表紙、もっとゆるふわじゃなかった?」みたいな。タイトルも「凪のお暇」で、一見するとゆるやかライフが始まるぞ感が溢れているのに、ここまで振り幅あるとは……。このマンガ半端ねえぞ!って衝撃を受けました。
コナリ うれしい。
佐伯 でもそのギャップがすごく効いていて。人の“エグみ”というか、欲望が滲み出る瞬間を、コナリさんはすごく丁寧に描かれているなと、改めて読み直して感じました。そういう、人のちょっと醜い部分を描くときって、何か意識されていることはありますか?
コナリ 意識してるっていうよりは、「まあ、そうは言っても、人ってこういうとこあるよね」って、自分でツッコミを入れながら描いてる感じですね。
佐伯 ああ、わかります。今回の対談に向けて、事前に話したいことをメモしてたんですけど、そこに“セルフツッコミの主観”って書いてあって(笑)。コナリさんって、めちゃくちゃツッコミの人だなあって思ってました。
コナリ 凪は、ともすればちょっと達観して、みんなに何かを説くようなキャラになりがちなんです。だから、そこを「ちょっと待って待って」って、自分でツッコミを入れながらバランスを取っていくような描き方をしていたかもしれないですね。
次のページ »
ギスギスもご飯でゆるむ、作品に流れる優しさの正体