東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.3

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.3 [バックナンバー]

ギャンブル依存症ならぬ小劇場演劇依存症

索引「◎ / 代役 / 助成金の秋」

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辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ金山寿甲が新たな角度で解釈。今回は「◎」「代役」「助成金の秋」について解説する。

まえがき

演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。

……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。

金山寿甲(撮影:田中大介)

金山寿甲(撮影:田中大介)

索引「◎ / 代役 / 助成金の秋」

・◎(にじゅうまる)

伊集院静さんがお亡くなりになりました。ご著書を読んだことはないのですが、発言や佇まいを拝見するにつけ、かっこいい人だなぁと思っておりました。僕が伊集院静さんで真っ先に思い浮かぶのは競輪です。時折スポーツ紙に競輪についてのコラムを寄せておられました。公営ギャンブルの中で、最もドラマを感じることができるのが競輪ではないでしょうか。個人競技ではあるものの、仲間との連携や犠牲のもとに勝負が決していきます(この人間ドラマを追い求めれば求めるほど、車券は当たらなくなるのですが……)。

僕の主戦場は競輪ではなくオートレースです。今年、お陰さまで岸田國士戯曲賞を受賞致しました。下衆を承知のうえで、岸田賞受賞作家の肩書きを名刺代わりに営業をかけたいと考えているものが一つだけあります。スポーツ紙(願わくば日刊スポーツ)でオートレースのコラムを書きたいのです。そして、毎年大晦日に川口オートレース場で行われる「スーパースター王座決定戦」の中継にゲストとして呼ばれ、予想したいのです(故・平尾昌晃さんが担っていたポジション)。岸田賞の授賞式の際に新聞社の方からお名刺を頂いたのですが、本件について連絡してよいものなのでしょうか。

さて、前置きが長くなりましたが、◎について。レース予想の際、本命に打たれる印が◎ですが、小劇場演劇では全く別の意図でこの◎が打たれます。使われ方はこんな感じです。

12月23日(土)15:00開演△ / 19:00開演◎

これは12月23日の19:00開演回のチケットが全然売れていないことを意味しています。そして、この回のチケットを必死で売ろうとする劇団サイドの売り文句として使われるのが、「ゆったりとご覧いただけておススメです」という類のもの。誰が小劇場演劇をゆったりと鑑賞したいのでしょうか。立錐の余地もない客席を立ち見客が囲む、消防法度外視の満ち満ちの空間。期待値が上がりまくった観客が生み出す張り詰めた空気を切り裂くように幕が開く。そんな小劇場演劇が観たいのではないでしょうか。出演者の演劇仲間や身内とおぼしきお客さんが点々とする中で、お客さんより多いのではないかという人数が出演し、今客席で起こっている悲劇よりも幾分ヌルい悲劇を舞台上で上演する。小劇場演劇はそこに◎を打つのです。初日間近にも関わらず、◎や○や△の印が8ステージ中に5つもついている公演があったりします。他ならぬ僕自身もそんな印だらけの公演を過去に垂れ流してきました。オートレースは通常8車立てで行われます。日刊スポーツでは8車に対し5つの印予想がつきます(◎本命 / ○対抗 / ▲3番手評価 / △4番手評価 / ☆注意)。8車のうち5つも印を打てばそりゃ当たるだろうとお思いになりますか? 同じです。車券も面白い小劇場演劇にもなかなか当たるものではありません。だからこそ当たったときの悦びが忘れられずにまた劇場に向かってしまうのです。そうなったらもう小劇場演劇依存症です。

・代役(だいやく)

1994年9月7日、「代打、長嶋一茂」の場内アナウンスに東京ドームがどよめきました。絶不調とはいえ、巨人の絶対的4番打者・原辰徳に対して出された代打の長嶋一茂。しかも送り出したのは父親の長嶋茂雄監督。この時スポーツからドラマに転じたように、スポーツでなくなる瞬間が訪れるところに僕は野球の魅力を感じています。

そして代役のお話を。舞台終演後に心筋梗塞で倒れた天海祐希さんの代役を急遽引き受けた宮沢りえさんは、たったの2日で膨大な台詞を覚え、見事に演じきったというお話をご存知の方も多いと思います。こうなると観客は、舞台上で描かれるドラマに自ずと舞台裏のドラマを重ね合わせるという、無限ドラマ状態に陥るわけです。さぞスペシャルな観劇体験をなさったことでしょう。小劇場演劇にも降板 / 代役にまつわる話が山ほどあります。「体調不良により降板」の一言で済まされることがほとんどですが、体調不良が本当の理由だったことはほとんどありません。そして、実は出たがりなのが見え見えの主宰が生き生きと代役を演じる場合がほとんどです。僕も4年前にとある舞台で一度だけ代役を引き受けたことがあります。吉本興業さんが主催する公演で、体調不良により降板した赤羽健壱さんの代役を演じました。僕のことを覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、この場をお借りして一言。「キングオブコント」優勝おめでとうございます。

予言者たち (@yogensyatachi) | X

・助成金の秋(じょせいきんのあき)

小劇場演劇界隈の秋は、実りの秋でも、読書の秋でも、紅葉の秋でも、食欲の秋でもありません。助成金の秋です。11月〆切の助成金申請がいくつもあるからです。来年1月に行う公演の内容も決まっていないのに、2年先の演劇のあらすじを考えてエントリーシートに記入しなければなりません。11月15日の17:00〆切のところ、16:52に申請書をアップロードしているあたり、ギリギリまで格闘していたことが伺えます。そして、意外にいい感じのものが思いついて、どうせ助成金申請が通るかどうかわからないのだから、次の公演でやっちゃおうかなという気持ちが湧いてきたりしています。なぜ助成金の申請は11月が多いのでしょうか。芸術の秋ということなのでしょうか。

2020年に上演された東葛スポーツ公演「A-(2)活動の継続・再開のための公演」では、助成金を題材にしたステージが繰り広げられた。(撮影:石丸恵利佳)

2020年に上演された東葛スポーツ公演「A-(2)活動の継続・再開のための公演」では、助成金を題材にしたステージが繰り広げられた。(撮影:石丸恵利佳)

金山寿甲 プロフィール

脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。

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てれびのスキマ/戸部田 誠 @u5u

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“車券も面白い小劇場演劇にもなかなか当たるものではありません。だからこそ当たったときの悦びが忘れられずにまた劇場に向かってしまうのです。そうなったらもう小劇場演劇依存症です”

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