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なぜthe cabsは特別な存在になったのか――12年ぶりの“再生”を前に、当時の記憶を振り返る

“残響レコードの正統”が今の時代に響く理由

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若手バンドから感じる残響レコード周辺とのリンク

ではなぜ12年ぶりに復活をしたthe cabsが大きな注目を浴びているのか。これもまずは当時のシーンの状況から振り返ってみよう。2010年代に入るとサカナクションthe telephonesらが人気を集め、「ロックフェスでバンドがオーディエンスを踊らせる」ことが一般化していき、この先で生まれたのが「四つ打ちロック」のブーム。KANA-BOONの「ないものねだり」、ゲスの極み乙女。の「キラーボール」、フレデリックの「オドループ」などとともに、首藤が作詞作曲を手がけたKEYTALKの「MONSTER DANCE」もこの時代を彩った1曲なのは間違いない。さらに2010年代の半ばからはシティポップのブームが始まり、ソウル、ファンク、ヒップホップなどをルーツに持つバンドが浮上して、シーンはより多面的になっていった。

こういった流れもあって、2010年代の日本のメジャーなバンドシーンでオルタナティブな音楽性はトレンドからやや遠ざかっていたように思うが、その一方、海外では1990年代のエモを現代によみがえらせるエモリバイバルの流れが浮上した。2000年代の日本のバンドにも影響を与えたAmerican Football、Mineral、Penfoldといった伝説的なバンドたちが再結成をして、その流れを受け継ぐ若いバンドたちもTopshelf、Count Your Lucky Stars、Run For Coverといったレーベルから作品を発表。これによって、まだオーバーグラウンド化はしないまでも、2010年代半ば以降の国内ライブハウスシーンではエモリバイバルの影響を受けたオルタナなバンドがまた増え始めていた。

この流れはコロナ禍によって一旦中断を余儀なくされるも、収束とともにライブハウスの熱を求めるオーディエンスの気分とフィットして、そこにアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」による下北沢ギターロックのリバイバルも加わり、2022年以降はその盛り上がりが加速。現在頭角を現しつつあるkurayamisakaひとひらyubioriといった若手バンドからは残響レコード周辺とのリンクが感じられ、実際にリスペクトを語るメンバーも多く存在する。こうした世代が、映像でしか観ることのできなかったthe cabsの再結成に熱狂的な反応を示したのだ。

アニメやボカロといった現代のユースカルチャーとのリンク

また現在the cabsが注目されている理由として、アニメやボカロといった現代のユースカルチャーとのリンクも重要だ。解散時には「今後音楽に対して向き合っていく自分を想像することが難しく、他の活動をしていくことは現時点で考えていません」とコメントを出していた高橋が、SoundCloudにアップしていたösterreich名義でのソロプロジェクトを本格的にリリースすることになったきっかけは、マンガ家・石田スイからのオファーだった。

「東京喰種√A」ノンテロップOP映像  österreich「無能」

österreichは2015年にアニメ「東京喰種トーキョーグール√A」のオープニング曲として、元ハイスイノナサ鎌野愛をゲストボーカルに迎えた「無能」をリリース。2018年にはcinema staffの飯田瑞規がゲストボーカルを務めた、「東京喰種トーキョーグール:re」のエンディング曲であり、中止になってしまったthe cabsの1stアルバムのリリースツアーと同じタイトルの「楽園の君」を発表した。この曲のリリース時には、原作者である石田が「一番はじめの出来事」に収録されている「二月の兵隊」に言及し、「元々、『the cabs』というバンドが好きだった。とくに『二月の兵隊』という曲が好きで、無印7巻あたりは、ずっとこの曲だけを聴いて描いていた。アニメになるなら、『the cabs』に音楽をつくってもらいたいと考えていた」とコメントしている。

the cabs「二月の兵隊」ミュージックビデオ

現在のösterreichのライブには飯田や鎌野だけでなく、cinema staffの三島想平も参加している。高橋の再起を元レーベルメイトたちが支え、それがあったからこそthe cabsの復活にもつながったのだと思うと、彼らの活動を近くで見ていた1人として感慨深い思いだ。また、cinema staffの「great escape」(「進撃の巨人」エンディングテーマ)や、People In The Boxの「聖者たち」(「東京喰種トーキョーグール√A」エンディングテーマ)など、the cabs以外の残響レコード出身のバンドも現在若い世代から支持を受けるダークファンタジー系の作品と相性がよく、残響レコード自体にリバイバルの機運があるのも納得できる。

そして、その世界観や構築的な楽曲に対しては、ボカロ系のクリエイターからの支持も厚い。特に有名なのが「呪術廻戦 懐玉・玉折」(劇伴をハイスイノナサの照井順政が担当)のオープニングテーマである「青のすみか」で知られるキタニタツヤ。彼は以前から残響レコードおよびthe cabsのファンであることを公言していて、再結成発表後の「オールナイトニッポンX」ではthe cabsについて「間違いなく人生で一番聴いた音楽」と話し、その後も「再結成」についての持論を熱く語ったことがファンの間で大きな反響を呼んでいた。彼のようにオルタナやポストロックに愛着を持つボカロ世代のクリエイターが支持を集めることによって、結果的にそのルーツにあたるthe cabsへの支持にもつながっていると言えるだろう。

もう1つ、ネットやSNSとの関係性においては、「弾いてみた」系の動画が非常に多いこともthe cabsの特徴だ。変拍子の難しいフレーズを流麗に弾きこなす高橋のプレイはエモやマスロック好きのギタリストを刺激し、手数の多い中村のプレイを再現しようとするドラマーも多く見られ、その複雑さ・難解さはある種ネットミーム的な広がりを生んでいると言える。この流れは海外のリスナーにも伝播していて、動画やSNSには日本語以外のコメントも多く、12年という歳月の中でthe cabsの名前が大きく広まった理由としてかなり大きいはずだ。

今年5月に中村一太がInstagramに投稿した写真。左から高橋國光、首藤義勝、中村一太。

今年5月に中村一太がInstagramに投稿した写真。左から高橋國光、首藤義勝、中村一太。

さて、いよいよ目前に迫った8月4日のLIQUIDROOMでのライブはどんなものになるだろう。このメンバーで音を合わせるのはひさしぶりでも、それぞれがそれぞれの音楽活動を続けてきた3人なので、個人的にあまり心配はない。高橋はösterreichとしてthe cabsの世界観を受け継ぐ活動をしてきたし、首藤はKEYTALKで当時のthe cabs以上の大舞台を何度となく経験してきた。中村はベルリンで現地のミュージシャンとセッションを重ねてきたようで、彼の進化は最大の注目ポイントになるかもしれない。もちろん、メンバーとオーディエンス双方にとって、過去も含めたさまざまな思いを持ち寄る1日にもなるはずだ。12年の伏線回収としてはあまりにもできすぎな「再生の風景」というタイトル通り、ここからまた新たな世界線で、the cabsの物語が再び始まる。

公演情報

the cabs tour 2025 “再生の風景”

2025年8月4日(月)東京都 LIQUIDROOM
2025年8月29日(金)宮城県 Rensa
2025年9月7日(日)愛知県 THE BOTTOM LINE
2025年9月26日(金)福岡県 DRUM LOGOS
2025年10月5日(日)大阪府 BIGCAT
2025年10月10日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
2025年10月18日(土)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
2025年11月1日(土)東京都 Spotify O-EAST
2025年11月5日(水)東京都 豊洲PIT

金子厚武

1979年生まれ。インディーズバンドでの活動や音楽出版社勤務を経て、現在はフリーランスのライターとして音楽を中心に雑誌やWebで執筆している。2015年発売の「ポストロック・ディスク・ガイド」を監修。

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読者の反応

鎌野 愛 Ai Kamano @kamanoai

金子さんの書いたこの記事はとても丁寧だし正しいと思う。
最近もやもやする記事を多く見つけていたので、なんかすっきりした。
8/4からいよいよですね。楽しみだしドキドキする。 https://t.co/NVbBrct17B

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